ITベンチャーやスタートアップ界隈の社長には2つのタイプがいるような気がしています。表にどんどん出ていくタイプと、あまり出ないタイプ。ユーザーローカル代表の伊藤氏はまさに「能ある鷹は爪隠す」。
筆者が初めてお会いしたのは10年ほど前で、それまでずっと後者のイメージを持っていましたがインタビューの依頼に快諾いただけました。この点について話すと、笑顔で「たまには表に出ないと忘れられちゃうので」とのこと。
この方の人当たりの良さとバランスの良さはどこから来るのでしょうか。エンジニアと経営者としてのバランス、アカデミックとビジネスのバランス。伊藤氏を知る人はその絶妙なバランスにいつも驚かされていることでしょう。
そんな伊藤氏はどのようにして今に至ったか。ビジネス面だけではなく幼少期のお話や「学ぶ」ことへの考え方を探っていきます。
伊藤 将雄(いとう まさお)
1973年生まれ。「データで世界を進化させる」をミッションに、Webマーケティング支援ツールUser Insightや人工知能チャットボットを開発する株式会社ユーザーローカルの代表取締役社長。学生時代に「みんなの就職活動日記(現:楽天みんなの就職活動日記)」を個人で開発し、その後日本最大級の就活くちコミサイトに発展させた。早稲田大学卒業後、出版社で記者職、楽天に転職しエンジニアにキャリアチェンジ。32歳で大学院に進学してユーザーローカルを立ち上げ、2017年3月30日東証マザーズ上場。
雑誌に載っているゲームのコードを手入力して遊んだ小学生時代
――伊藤さんは現在上場企業の経営者ですが、エンジニアでもあります。プログラミングを始めたきっかけは何ですか?
もともとパソコンが好きな小学生でした。きっかけは80年代前半のパソコンブームで、当時はまだインターネットが普及するずっと前。子どもがパソコンですることといえばもっぱらゲームでした。小学5年生頃にパソコンを買ってもらい、BASICというプログラミング言語でゲームを作って遊んでいました。
当時はゲームを自作する子どもが多かった時代だったと思います。子どもなのでゲームを買うお金もないし、ネットもないのでパソコン雑誌に載っているソースコードをそのまま入力するしかない。
これを音楽でいえば、ギターと好きなバンドの楽譜を買ってコピー演奏する、という感じですね。
少しずつ変数をいじっているうちに、「プログラムってこういう風にできているんだ」と理解できるようになり、オリジナルのゲームを作るようになりました。
親から見て役立たないものでも、未来では意味があるかもしれない
当時のパソコンは非常に低機能でしたが15〜20万円以上しました。しかもいまのパソコンやスマートフォンのような実用性があるものでもない。親からするとパソコンを買うのは、非常に高額なおもちゃを買い与える感覚だったと思います。
現代だと子どもが「20万のドローンが欲しい」とか「手品を覚えたいから10万円する手品セットを買ってくれ」と言い出す感じですかね。一般的な家庭だと、それをすんなり買い与えるというのは難しいと思います。
僕が小学生の頃は、パソコンを買ってもらうハードルはこれと同じぐらい高かったですね。
その当時、パソコン入門書にキーボード配列が書かれた付録がついていることがありました。紙をキーボードに見立てて入力の練習をするためのものです。僕もそうですが当時の子どもは、これでまずタイピングを覚えたり、本でプログラムを研究して、親に猛アピールしてねだる、というかんじでした。僕も買ってもらえたときはあまりに嬉しくて、暇さえあればずっとパソコンでプログラミングしてました。
――紙の上でタイピングの練習をするとは、今の子どもたちが聞くと驚きそうですね!当時はおもちゃと思われていたパソコンを触るという経験は今の仕事に役立っているのではないでしょうか?
結果的には、いまの仕事につながっていると思います。でも当時はこれが仕事になるだろうなんて誰も考えていませんでした。たまたま、流れで仕事になっただけ、という感じです。
もし子どもが興味をもっているものが、親としては「人生の役に立たない」と感じるものでも実際はわからないですよね。もしかしたら将来大きなビジネスになるかもしれないわけです。
専門性の高い分野は独学するより、講座を受けた方が身につくのが早い
――みん就の立ち上げや、ユーザーローカルの事業につながるような体系的なプログラミングのスキルはどう身につけたのでしょう?
独学と座学の両方です。
プログラミングの講座を受けたり、大学時代にはウェブサイト制作のアルバイトをしていました。当時Webプログラミング言語といえばPerlが主流でしたね。
仕事でやるようになってからは、データベース用の言語であるSQLやJava講座も受講しました。データベースのように業務的な分野は独学するよりも講座を受講した方が身につくのが早いと思います。
趣味や独学だけでプログラミングの知識を深めていくことも可能ではありますが、自分の得意分野にばかりフォーカスしたり、直接的に役に立つものしか学ぶ気にならなかったりもするので、改めてどこかで人に教えてもらうというような座学を組み合わせるのがおすすめですね。
――みん就で使用していたプログラミング言語は何ですか?
最初のころはPerlです。みんなの就職活動日記のプロトタイプの段階では、無料配布されていた掲示板のスクリプトを改造していました。みん就立ち上げの際に、サービスがビジネスになるとは思っていませんでした。
大学4年の時期だったので、就活掲示板でも作ったら面白いんじゃないかな?という軽い気持ちでした。いまで言うとWordPressをカスタマイズしてニュースサイトを作ってみようというノリと似ていると思います。
ユーザーからの感謝の声に応えるため、真剣にサイト改善に取り組んだ
ありがたいことに、みん就を使ってくれる人が増えるとともに機能追加や改善要望が毎日のように寄せられました。当時はサイト運営していてもまったく収益にはならなかったので、外注することもできず対応が大変でした。
ただ、お金にならない代わりに「このサービスのおかげで内定をもらえました!本当にありがとうございました」というようなお礼メールが、年に100通以上届いていたんです。たくさんのユーザーの声に直に触れたことで、これだけ多くの人がみん就を使ってくれるなら、僕ももっとプログラミングを学び、ユーザーのためにサービスをより良いものにしていこうという気持ちになりました。
ユーザーがどんどん増えるので、サーバーの負荷を少しでも軽減する方法は無いかと探ったりしていくなかで、システムの知識やプログラミングスキルも増えていきました。お金以外の動機で開発に取り組み、実際にユーザーの方に喜んでもらえて感謝のメールが届くというのは、いま振り返ると良い時代だったなあと思います。
ユーザーが求める要素を入れ込むためには、アクセス解析だと考えた
――ユーザーローカルの創業時、事業の核を伊藤さん自身が経験を持つCGMやECではなく、データ分析に定めたのはなぜでしょう?
IT業界にプレイヤーが少なかった時代には、サービスを立ち上げると放っておいても勝手にユーザーが増えていくというパターンがありました。
ところが2004年から2005年頃になると、IT業界内でも激しい競争が行われるようになり、1つの分野に対して複数の企業が参入しているのが当たり前になりました。
みん就や楽天を運営する中で、次第に「この激しい競争を生き抜くためには、よりユーザーにとって使いやすい要素や、他のサイトには無い魅力を自サイトに盛り込んでいかないと駄目だ」と感じるようになりました。
単に作りたいサービスを作るのではなくユーザーのことをしっかりと見据え、ユーザーが求める要素を入れ込むことが重要視される時代が来るし、そうした時代に求められるのはアクセス解析だと考えてデータ分析を始めたんです。
いまはまだ皆が役に立たないと考えているようなことに、あえて取り組んでみたい
――楽天を辞めて進学された大学院では、どういう内容を学んだのですか?
ユーザー行動を中心に、人間工学や社会科学、マルチメディア全般のことを学びました。大学院で学んだことが、いまの事業に大いに活きています。
――32歳での大学院への進学について聞かせてください。改めて進学して学ぼうと思ったきっかけはありますか?社会人になってから、何らかのスキル不足や知識不足を痛感する瞬間などがあったのでしょうか?
学生時代に学んだことや考えたことは、社会人になってからの数年間、非常に役に立った感覚が僕の中にはあります。
ところが知識はだんだんと一般化し、陳腐化していくものです。とくにネット社会になりそのスピードがはやくなってきています。そのような時代においても、何らかの分野においてより専門性が高い知識を自分のものにできないだろうかという気持ちがありました。
会社を辞めて大学院に行くことに対し、恐怖もありました。その期間キャリアを中断することになりますし、そういう人が多いわけでもありません。ただ、恐れよりも学びたい意欲の方が上回ったんです。だからこそ、入学後は、めちゃめちゃ真面目に通って勉強しましたよ。
――わたしの大学時代、休講になって喜んでいた生徒に教授が「海外だと休講になると怒る人がたくさんいるんだよ。」と言っていたことを思い出しました。
海外は、社会人で大学や大学院にいく人が多いですもんね。自分で授業料を払いながら学生をやると、そうなると思います。
大学院の授業って、学費を1コマあたりで割ると5000円とか1万円もするんです。たんに卒業するためだけにぼんやりと授業を受けるにはあまりに高いので、真剣にやらざるをえない。
――アカデミックな場はビジネスとはかなり遠い場になる気がするのですが、その点のギャップはありましたか?
ビジネスの現場に身を置き続けると、お金になること以外が考えづらくなります。「この事業は儲からないけど頑張ろう!」って、企業としてはとてもむずかしい。
ただ自分の成功体験からすると本当に儲かることって、皆が儲かるとは全く考えていなかった分野にたまたま新たなニーズがあって、結果的に利益になったという類のものが多いと感じています。
だからいまはまだ皆が役に立たないと考えているようなことに、あえて取り組んでみたいと僕は常に考えてるんです。
夢から覚めないことも大切
――ビジネスパーソンがプログラミングを学ぶことのメリットは何だと考えていますか?
プログラミングができるようになると、やっぱりビジネスしやすいです。
なにかウェブサイトを立ち上げるにしても、プログラミングができないとなるとパワポでスライドを作り、上司を説得し、エンジニアや利害関係者に根回ししてサービスを作る必要がありますよね。
コストも時間もかかり、プレッシャーも大きなものになります。
その点、自分でプログラミングができるなら周りの人を説得するより先にサービスのプロトタイプを作ってしまうことができるわけです。
パワポや提案段階で却下される可能性が下がります。また、すばやく開発に取り掛かれるので、立ち上げスピードが早くなるのも大きなメリットですね。
その一方、技術を深めていけば深めていくほど、そもそも自分はプログラミングを学んで何を作りたかったのかを忘れてしまう人も少なくないです。
やりたいことがあってもそれを形にできる能力がなくて、夢だけが広がっている状態は大きなストレスです。ですが、もともとやりたいことがあっても、その夢を具現化できるスキルを手に入れたころには「本当に自分がやりたかったことはこれなんだっけ?」と我に返ってしまう人も多いんです。
夢は、対象のことをよく知らない時にこそ膨れ上がるものなのでしょうね。能力を身につけることで、かえって夢が覚めてしまう可能性があることは、技術を学ぶデメリットかもしれないです。
僕の場合は、就活掲示板でも作ってみようと”やりたいことベース”でスクリプトを使ってみん就を立ち上げ、その後はプログラミングをやらざるを得ない状況に置かれたことでスキルを磨きました。
やりたいこととスキルが噛み合ったのは、とても幸運だったと思います。
一番大事なものは意欲
――エンジニアを採用する際、重視している点は何ですか?
その人の伸びしろや意欲を見ています。
技術はいくらでも学ぶことができても、意欲を引き出すことはなかなか難しいんですよね。意欲がなければ技術は定着しません。結局のところ、スキルを得るために一番大事なものは意欲だと思います。
――ユーザーローカルとしては今後、どのような技術を持ったエンジニアを重点的に採用したいですか?
さまざまなエンジニアを採用していきたいと考えてます。Webやアプリ、UnityでVR開発を手掛けられるような人材も必要です。
ただ、あえて言うなら、今後の核となるのは機械学習やディープラーニングの分野で必須なPython(パイソン)エンジニアですかね。
――Python、以前からある言語ですがたしかに最近注目されていますね。魅力は何でしょうか?
各世代ごとに、主流のプログラミング言語があるんです。
いまWeb業界でいえば、40代の人はPerl、その1つ下の年代のエンジニアはPHPをよく使っています。そしていま、だいたい30歳ぐらいの人はRubyを使っていますよね。
そして28歳以下のエンジニアは、RubyとPythonを並行して使っている方が多い印象を受けています。Pythonでプログラミングを始める若い人が増えているように思います。
Pythonの魅力はライブラリの多さです。囲碁や将棋でプロに勝利したことで今AIブームが来ていますが、データ分析やAIのライブラリが多いという理由でPythonが注目されています。
AI分野に進出する大企業も増えています。Googleの現CEOスンダー・ピチャイは「AIファースト」を方針として掲げており、新戦略を加速させています。
エンジニアの1人としてPythonを学びたい
――伊藤さんご自身もエンジニアです。今後学んでみたいプログラミング言語はありますか?
やはりPythonですね。僕はいくつかの言語をやってきましたが、いまはPythonに詳しくなりたいとエンジニアの1人として強く思います。
AIにはまだまだ追いつけない部分が人間にはある
――ソニーがコーディング不要のディープラーニング開発ツールの提供を開始したことが話題です。今後、プログラミングスキルは必ずしも重要なスキルとは呼べなくなるという意見を持つ人もいますが、伊藤さんはどうお考えですか?
プログラミングの重要性の議論は、英語学習の議論に似ています。
10年もしたら自動翻訳が発展するから英語スキルは不要になるという人もいれば、自動翻訳できない部分はどうしても残るので英語スキルは必要であり続けるという人もいます。
どちらも納得感がありますし、今後どちらの立場が主流になるかも分かりません。
これから先、AIが大きく発達すれば将来的にはコンピューターが全自動で自らプログラムを書くことも十分に起こり得ると思ってます。
未来は、天才が1人現れると大きく変わってしまうもの。現にプロ棋士に囲碁AIが勝てるわけなんてないと皆が考えていたのに、ディープラーニングが登場したことでその予想が覆されました。
不可能を可能にする天才が出てくると、それに触発された優秀な人たちが「俺にも何かできるんじゃないか」と考えて、新しいことに取り組み始めます。将来、天才たちがプログラムを自ら書くコンピューターを生み出したら、エンジニアは不要になる可能性もあります。
とはいえ、プログラミングは当面の間、人間ならではのクリエイティビティが発揮できる分野だと個人的には思います。
――これからエンジニアを目指す方に向けて、アドバイスをお願いします。
1人でものを作るだけでなく、作ったものを他の人に見てもらったり、使ってもらうことを意識してほしいと思います。
プログラミングを始めたころ僕は自分で作ったゲームを友達にプレイしてもらいました。「つまらない」とよく言われましたけど、作ったことを後悔していないです。
他人からのフィードバックを受けることは本当に重要で、制作物のクオリティが低ければ素直にだめだと言ってもらった方が後々のためにもなります。
――伊藤さん、ありがとうございました!
編集後記
伊藤さんが代表を務めるユーザーローカルは、TECH::NOTEで紹介されているZaim代表である閑歳さんの前職です。また、伊藤さんは楽天時代にGREEの田中さんやYahoo!の小澤さんと肩を並べてパソコンに向かっていました。
ほかにも今IT業界で急成長している会社の役員は、古くからの友人同士だということが多くあります。
いかに良いコミュニティに属するかが、人生を左右するかもしれません。
プログラミングを学ぶだけなら、オンラインの安いものがあります。1人でもモチベーションを維持し続けることが可能な方なら、無料でスキルを得ることができるでしょう。
TECH::CAMP(テックキャンプ)では教室通いを推奨しています。同じ空間で、肩を並べて学ぶこと、メンター(講師)と共に問題を解決することも、スキル習得と同等・それ以上の価値があるのではないでしょうか?
独学かスクールか、いずれにせよ「まずは行動」です!
取材・文:桜口 アサミ(@asami81)
※こちらの記事は、『TECH::NOTE』コンテンツから転載をしております。
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