「ロジカルさよりも大切なものがある」DeNAから学ぶ、データサイエンティストに求められるマインドとは
各社がこぞって事業へのAI技術導入を推進する中で、市場価値が高まり続けている職種がある。それが、データサイエンティストだ。この波に乗じて、データサイエンティストを志す技術者も少なくないはず。では、「データサイエンティストに必要な資質」とは何なのだろう? AIシステム部を持つ株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)で活躍する、エースサイエンティストに話を聞かせてもらった。
21世紀で最もセクシーな職業・データサイエンティストとの出会い
建築学、制御工学、経済学、金融工学、計算機科学、非線形力学……田中氏が学生時代に興味を持ち、学んだ領域を聞くと、あまりの多彩さに驚かされる。その中でも特に田中氏を魅了したのが、データ分析だった。その世界の奥深さはもちろんのこと、ハーバードビジネスレビューの過去の記事にあった、『データサイエンティストは21世紀で最もセクシーな職業だ』という言葉にも強く惹かれた、とはにかみながら教えてくれた。
田中氏が社会人となったのは、すでに世の中でAIやデータ分析の重要性が盛大に語られていた2017年4月。Kaggleの世界大会で入賞するほどのレベルにまで到達していた田中氏は、就職に際しても引く手あまただったはず。それでもDeNAへの入社を決めた理由は、大きく分けて3つ。同社に国内トップクラスの技術者が多く在籍していたこと、フラットなカルチャーが浸透していたこと、そして、幅広い事業領域を持っていたことだ。
「『世界で誰もやっていないことにいち早くチャレンジして、社会にインパクトを与えたい』というのが僕のこだわりだったので、DeNAならばそれが実現できると思い、入社を決めました」
そう語る田中氏は、入社から現在に至るまで、ゲームアプリ『逆転オセロニア(以下、オセロニア)』のAI開発に携わっている。「ゲームにAIを活用」と聞くと、チェスや将棋のコンピュータ対戦ですでに一般化されているようにも思えるが、田中氏は首を横に振った。
「オセロニアは、単なるオセロと違い格段に複雑な構造のゲーム。キャラクターの種類は数千体あり、その中から16体を選び、デッキを編成し、プレイヤーは、キャラクターが持つ多種多様なスキルを駆使して勝負に挑みます。僕たちは、蓄積されていく膨大なデータを用いて『教師あり学習』『強化学習』『表現学習』『データ分析』などを行い、AIでゲームの面白さをどんどん高めていくサポートをしたいと考えています。グラフ解析やトピックモデルといった機械学習等々を駆使して、今どんなゲーム環境なのかをスピーディかつ適切に把握するような取り組みにもチャレンジしています。ここまでAI活用に挑戦しているゲームアプリは世界でも多くないですし、オセロニアはその数少ない一つという自負があります。」
直感とユーモアでデータに向き合うこと。そこにこそ、AIに負けない人間の強さがある
データサイエンティストとしての仕事を楽しんでいる様子がうかがえる田中氏だが、そもそも「データサイエンティストの醍醐味」はどこにあるのだろう。たずねたところ、返ってきたのは「答えのないものに答えを出すこと」という回答だった。
「例えば、基本的にデータというのは、無機質な数字や記号が無数に並んでいるだけに見えます。でも、その中から『価値ある何か』を探り当てる工程こそが面白いんです。視点を変え、発想を変え、アプローチを何度も変えた果てに見える一筋の光明。その瞬間、なんとも言えない充実感が味わえるんですよね。
データサイエンティストはデータの中から新たな関係性を発見したり、データの特性を活かしたメトリクスを考察したり、データを使って今までできなかったことをするのが仕事です。答えが用意された仕事ではないので、頭を悩ませることも多いし、結果的に上手く結論が出ないなんてことも日常茶飯事。こんなことを言うと、よく『M気質なんじゃないの?』なんて言われてしまうのですが(笑)、『この先にどんな発見があるだろう』と考えることに日々ワクワクしています」
答えのないものに答えを出す。いかにもロジカルな思考が重要そうにも感じるが、意外にも田中氏はそれを否定した。では、データサイエンティストに必要なものとは何なのだろうか?
「大切なのは、直感力やユーモアさだと思います。教科書通りのロジックで物事を考えるだけでは、新しい発見にはつながりません。最近、『データ分析の大半がAIによって自動的に行われるようになる』と言われるようになったことからも分かる通り、今はまだ市場価値の高いデータサイエンティストですが『AIに代替できてしまう分析しかできないデータサイエンティストは必要ない』という時代が、まもなくやってきます。機械にできないこと、つまり、直感を働かせてデータの背景を探り、データを味わえることこそ人間の強みですし、面白いところだと思っています」
こうした直感力を磨くうえで、他のスタッフ、例えば企画担当やデザイナーやエンジニアと熱い議論を交わすことは重要なのだという。だからこそ、垣根なく意見交換ができるDeNAのカルチャーが最適なのだ、と教えてくれた。
こだわって高めた1%の精度は、数億円の価値へとつながっていく
「とはいえ、いくらデータサイエンティストが面白がってデータをいじっても、それだけでは価値は生まれません。僕たちが目指すのは、プレイヤーさんの満足度を高めていくことなので、分析によって得られた有益なデータを、いかにしてサービスに活かしていくのかまで考える必要があります。
ゲームを例にすれば、どこにつまづきポイントや面白さがあるのかを発見し、改善に必要な要素は何かを考え、それはプレイヤーさんにとって本当に嬉しいのかを議論し、安定的に運用するにはプログラムをどうするかとか。そうした部分をゲームプランナーやエンジニアと議論するためには、技術的な素養はもちろんのこと、コミュニケーションを楽しみ、お互い尊重し合う姿勢も必要なのです」
さらに、ビジネスに用いるデータだからこそ、その精度はシビアに評価される。ここでは、田中氏が在学中から参加し、DeNAとしても注力しているKaggleが役立つという。
「データ分析の精度が1%上がるだけで、ビジネス上の収益は数億円単位で変動したりする。日本中、あるいは世界中のKagglerと競い合う経験を通じて、精度へのこだわりは磨かれていくと思います。競争で鍛えられたデータサイエンティストは、そうではない人よりスピード感や引き出しの数でも勝りますからね」
データサイエンティストという職業の魅力を、終始楽しげに語ってくれた田中氏。最後に、今後の目標について聞いてみた。
「今はオセロニアを面白くすることに夢中ですが、いずれはファッションやジュエリーといった創造性の高い世界に携わってみたいですね。まだまだデータが整理されきっていなかったり、自分が想像できない領域で、その可能性を探りたいな、と思って。とにかくデータサイエンスは、どんな領域にも携わることができるのが魅力の一つ。学生時代から好奇心は旺盛ですから、可能な限りさまざまな世界に手を伸ばしてみたいですね」
取材・文/森川直樹 撮影/赤松洋太
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