Webエンジニア転職に潜む「売り手市場」の落とし穴【教えてえふしんさん!】
エンジニアは今、空前の売り手市場にある。有効求人倍率は約8倍と、1人を8社が取り合っている状況だ。テクノロジーが生活に不可欠となった今、エンジニアの需要は今後も伸びていくだろう。
転職サイトを見ればエンジニアの求人は山ほどあり、競合からの引き抜きや、SNS転職の事例も多い。転職をして年収が大幅に上がった、という話もよく耳にする。
この数字だけを見ると、この先エンジニアが転職先を見つけられずに途方に暮れるなんてことはまずなさそうだ。とはいえ、エンジニアたちはこの売り手市場にあぐらをかいていていいものなのだろうか。そこに何か、落とし穴はないのか……。そんな疑問を、えふしんさんにぶつけてみた。
Web系企業でエンジニアが足りていない理由
まずはエンジニアが不足している背景について考えてみましょう。前提として、日本のWeb系エンジニアの絶対数が少ないという仮説があります。
僕が大学院で研究をしていた時に、GitHubのアカウントを調べたことがあります。最も多かったのがアメリカで、約40万人。一方の日本は約3万人です。アメリカはシリコンバレーを中心にIT産業が進んでいますから、アカウントが多いのも理解できる。でも、アメリカと日本の人口の差は3倍程度なのに、GitHubのアカウント数には10倍以上もの開きがある。フランスやイギリスに至っては日本よりも人口が少ないのに、アカウント数は日本よりも多いんです。※ソースはこちら
傾向としてこのような数字が見えていますが、そもそも日本のエンジニア全体の数に対して、GitHubのアカウントを持っている人が少ない可能性も否定はできません。GitHubを使っているのは、主にWeb系ベンチャーにいるような人たち。要するにWeb系エンジニアです。
一方で、母数の多い中堅の工業大学卒などからエンジニアを目指す人の就職先は、大半がメーカーやSIer。特にSIerは、ビジネスモデル的にも多くの人材が必要となるため、採用ボリュームも大きくなります。そちらに若手人材が流れていくのは、当然と言えば当然かもしれません。学生の就職先として見たときに、Web系企業はまだまだメジャーではない。世の中の注目度に反して、産業のサイズは決して大きくないのです。
とはいえ、Web系企業が産業拡大のためにガンガン求人を出して新卒採用ができるかというと、それもまた難しいんです。なぜなら、Web系企業の多くでは、新人を迎える土壌が整っていないから。SIerなどの既存産業と違って、新卒社員を採用してから定年退職するまでのモデルがWeb系企業にはありません。この業界に新卒で就職し、定年を迎えた人がまだほとんどいないわけです。
こうした企業の成熟度の違いから、「一から人を育てる」という環境を用意しづらいという現状がWeb系企業にはあります。よって、採用するのも知識や経験のある中途かトップレベルに優秀な新卒学生だけ。「エンジニアの育成」という面で社会貢献できていない以上、我々としてもエンジニア不足を嘆いてばかりはいられないなと思っています。
こんな状況ですから、それなりに経験やスキルがあれば、今の売り手市場の中で転職ができないエンジニアっていうのはほとんどいないのでは。実際、求人も無限に出てきますしね。ただ、この先を考えたとき、僕は2つの落とし穴があると思っています。
落とし穴1. ソフトウェアや技術が「劣化していく」認識がない
まず一つは、「変化ができない人は厳しい」ということ。今持っている技術は何年も使えません。Web系エンジニアの世界に“手に職”という概念も、“一生食っていける技術”も存在しないわけです。
なぜかと言うと、インターネットの世界の変化は、常に外からもたらされるから。システムを頑張って開発したら終わり、ではなくて、毎年インターネットが変わっていくから、既存のシステムは相対的に劣化していくんです。既存システムを提供するために必要なものがどんどん変わっていく中で、「新しいものを開発する」も変化だけど、新しいトレンドを取り込みながら「商品性を維持する」というのもまた、変化なんです。ソフトウェアはどんどん劣化していくから、品質維持をするだけでも「変化」が必要だという事実が、あまり認識されてないような気がします。
技術そのものもどんどん上書きされて、衰退していくものもあります。例えば、数年前まではあらゆる会社がデータセンターでオンプレでサーバ管理をしていました。でも今はAWSの設定を知っていれば、ネットワークのセキュリティを守ることができる。こういう変化が起きた時、オンプレでネットワークを設定する役割を担っていたエンジニアは、AWSを使うという範囲においては仕事がなくなっていくんです。
でも、自分でアカウントを作ってAWSでサーバを立てた経験があれば、AWSを使っている会社に転職できます。「世の中では流行っているけどうちの会社では使わないから」と、新しいものを取り込まないのは危険です。
AWSの経験がない人はオンプレでサーバ管理をしている会社に転職できればいいですが、全員がいけるわけではない。そのチャンスを得られなかった人は、それまでの仕事の質や、技術をどれだけ深掘りしているかで転職の可能性が決まります。ネットワークをちゃんと設定できる人であればどこにでもいけるけれど、オペレーションしかしていない人だと、AWSが出てきた途端にこれまでの経験が無効化されてしまう。会社の中で言われたことだけをやるのではなく、応用力を身に付けなければ、変化についていけない可能性が高いんです。
世の中はどんどん変化していき、自分が持っているスキルはどんどん退化していく。この前提を持っていることは非常に重要だと思います。
落とし穴2. いつまでも「超売り手の若手」ではない
もう一つの落とし穴は、年齢です。20代はポテンシャルで採用されますし、エンジニアの中でも若手は最強の売り手市場。いくらでも転職はできるし、ハイスキルエンジニアの中では、「転職するごとに年収が100〜200万円上がる説」っていうのもあるんですね。転職をし続けた方が年収は上がるんじゃないかっていう。
ただ、一つの職場で苦労や達成感を積み上げていないと、30代以降で困る気がするんです。なぜなら、転職をすることで、何かをリセットしているはずだからです。転職を繰り返す人は、周りからの信頼や、本来そこで得られた経験ややりがいを放棄して、違う職場に行っているケースが多いのです。
不満に対して改善の努力をするとか、踏ん張るといった経験を放棄したという実績は、自分の中に蓄積されていくもの。相性というのも現実的にはありますが、うまくいかない要因は自分の立ち振舞いにあることも少なくありません。
そして当たり前ですけど、毎年新人は出てきます。下の世代はよりインターネットネイティブなわけで、いつまでも「超売り手の若手エンジニア」ではないことは考えた方がいいですね。この先30〜40代で思うような転職をしたいと思った時、問われるのは「どれだけ転職先に貢献ができるのか」です。同じスキルであれば、若い人の方がいいわけです。「チームリーダーができる」「何でも任せられる」とか、先々の自分の価値や役割を考えなくては先細りになってしまうと思います。
“トップエンジニアではない”大多数の人が考えるべきこと
とはいえ、「同じ職場に3年いましょう」とか「泥のように働きましょう」っていう時代でもありません。実際に多くの人が数年で転職をしている現状もあります。
GitHubで活躍しているエンジニアの比率を出したことがあるのですが、誰もが認める超優秀なトップエンジニアはわずか0.63%でした。この人たちはプログラミングが大好きで、遊びのような感覚でやっている人たち。僕は、そこまで目指す必要はなくて、ただ尊敬していればいいと思います。
ではそうではない“大多数のエンジニア”は何をするべきなのか。その答えは、応用力を持ちつつ、普段の仕事を頑張って、周りの信頼を獲得することです。
それは在籍年数に関係なく、その職場の中で「達成した」と思える成果を残すことを意識することが大切だと思います。例えばシステムやサービスの規模が大きくなるほど変化しづらくなりますから、そういう中でいかにより良い変化をさせたかという経験は、他の会社でも絶対に生きてきます。メンバーのモチベーションを高めながら「チャレンジしようよ」とチームを率いるとか、そういった力は組織で仕事をする上で圧倒的に重要です。
Web業界は狭いわけですから、リファレンスチェックをされたときに「この人はいいよ」って言わせられたらめちゃくちゃ強いですよね。0.63%のトップエンジニアが目立つから、信頼をもとにリファラル採用されている人たちはなかなか目には入らない。でも、そういう人たちが確実にいるという事実は頭の隅に置いておくといいですよ。
結局のところ、目の前の事象を自分事として捉えて解決できる力は、どの職場、どの現場においても重宝されるんですよ。そういう人が新しいチャンスを得るだろうし、能動的に動ける人はどんなところにいても活躍できる。インターネットや技術や世の中がどれだけ変化したとしても変わらない、これは普遍的な力だと思います。
次回以降は、エンジニア転職に関する“誤解”について、話していきたいと思います。
取材・文/天野夏海 撮影/赤松洋太
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