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【さくらインターネット田中邦裕】「見たいものだけを見る」エンジニアがダメなワケ

働き方

    技術革新が進み、かつて人間が担っていた仕事はどんどん自動化している。すると、人間にしかできない「やりたいこと、好きなこと」を仕事にすることが大事だと言われるようになってきた。

    一方で、「自分がやりたいことを見つける」ことにハードルを感じるエンジニアも少なくないだろう。そんな人たちにヒントをくれるのが、さくらインターネットの創業者、田中邦裕さんの講演だ。インターネットに魅せられ、18歳で起業して20年。まさに日本のインターネット隆盛の立役者である田中さんから見た、これからの技術者が理想のキャリアを築くために持つべき価値観とは?

    未来に向けて、「何かを変えたい」と考える人たちのまなびと交流の場を提供する『WASEDA NEO』の、第12回パイオニアセミナーから紹介しよう。

    さくらインターネット株式会社 代表取締役社長 田中邦裕(たなか・くにひろ)さん

    さくらインターネット株式会社 代表取締役社長 田中邦裕(たなか・くにひろ)さん

    1978年大阪府生まれ。生後すぐに大和郡山市に移住し、10年ほど過ごす。その後、兵庫県篠山市に移住するが、幼い頃に奈良工業高等専門学校で見たロボットに夢をはせ、高専を目指す。 舞鶴工業高等専門学校時代には、ロボコンに打ち込むかたわらインターネットにも興味を持ち、趣味が高じて在学中の1996年にさくらインターネットを創業。当時国内ではまだ珍しかった共有ホスティングサービス(さくらウェブ)を開始。1999年にはさくらインターネット株式会社を設立し、社長に就任。現在は、インターネット業界発展のため、各種団体に理事や委員として多数参画する

    IoTやAI、AR/VRなどが台頭する、第四次産業革命の時が迫っている

    キャリアの話をする上で、まずは大前提として私たちが歩んできた時代背景を説明します。最近は、時代の変化が早いと言われていますが、人々はこれまで幾度となく産業革命を経験してきました。産業革命がくると、ほんの十数年で世界がガラッと変わるわけですが、今私たちが体験しているのが、90年ごろからはじまった第三次産業革命、いわゆるIT革命です。そしてこれから来るのが、IoTやAI、AR/VRなどが台頭する第四次産業革命です。

    特にこの10年、通勤電車の風景を一変させたのはスマートフォンでしょう。以前は本や新聞を読んでいる人が多かったですが、今はほとんどの人が下を向いてスマートフォンを見ています。ワールドカップでも、2006年の時はデジタルカメラが全盛でしたが、2014年にはほとんどの人がスマートフォンで写真を撮っていました。こうした時代の変化によって巨大企業ですら足元をすくわれ、倒産してしまう可能性があるのです。

    日本では、この20年を「失われた20年」とネガティブにとらえてきました。日本経済はほとんど成長せず、労働生産性がどんどん落ちていると言われています。事実、2018年の時価総額ランキングを見てみると、世界トップ20の中に日本企業はありません。そのほとんどが、海外のIT企業です。

    この20年は、インターネットが急速に普及した歳月でもあります。50年前からあった技術であるインターネットが、91年に発明されたWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)、93年に発明されたWebブラウザ、そしてWindows95によって爆発的に広がったのは記憶に新しいですね。

    あらゆるモノがインターネットとつながり、世界の変化は加速する

    コンピューターやソフトウェアの性能が上がると、どんどん生産性が高まり、売り上げにつながります。するとこれからは、ほとんどの業界で「IT×○○」というキーワード、つまり、全ての会社がIT企業になり得ます。X-Techという言葉があるように、FinTech、HRTech、EDTechと、あらゆる分野がITとつながるようになりました。

    ここから言えることは、世の中がIT前提社会になったということです。Uberがタクシー会社かというと、そういうわけではありません。Airbnbも、ホテルあるいは旅行代理店かというと、そうとは言えないでしょう。多くの人がIT企業だと言うはずです。

    基本的に全てのことが、ITによって置き換えられていく。例えば全日空では、今や半数以上の航空券が公式サイトから購入されるようになりました。インターネットによってお客さまとリアルタイムにコミュニケーションでき、販売スタイルが大きく変わったのです。ITは単なるツールではなく重要な営業拠点になり、企業が飛躍するための大きな原動力になっています。

    インターネット自体も、パソコンの前でつなぐものから、IoTの発達によって家電やATM、クルマ、時計などあらゆるモノとつながるものへと変わりました。いともたやすく、前提は変わるのです。

    さくらインターネット株式会社 代表取締役社長 田中邦裕(たなか・くにひろ)さん

    「人月」勝負は終わった。
    クリエイティビティを高める鍵は“多様性”

    そんな現代で求められるのはシェアの概念です。以前は「占有」が前提でしたが、インターネットによってヒトやモノのつながりが急速に進み、「シェア」が前提になりました。

    例えば空間(シェアハウス、シェアオフィス)、モノ(フリマアプリ、レンタルサービス)、スキル(クラウドソーシング、家事代行、シッターサービス)、移動(カーシェアリング、シェアサイクル)、カネ(クラウドファンディング)など、さまざまなものがシェアされています。

    その中で、これからはヒトの労働時間だってシェアが当たり前。労働集約や効率化という概念は古い。ここで、「常識」と言われていたことへの転換が必要になってきています。

    例えば終身雇用は、誰かの人生をたった1社で占有することです。個人にとっては、自分の人生をたった1社に差し出すということ。そこを2回転職すれば、自分の人生を3社でシェアでき、その分スキルアップやキャリアアップを望めます。転職だけでなく、余った時間を他の会社とシェアする「副業」をする人も増えています。

    これからは労働集約型ではない働き方をする人も増えるでしょう。コンサルティングは、まさにそう。「人月」ではなく、その人が生み出す価値がビジネスになり、短時間で働けるようになる。すると労働時間のシェアはより一層進むはずです。

    そうすると、クリエイティビティの時代がやってきます。人口減少が進み、労働賃金が下がっている現代では、お金を出される側のアイデアとクリエイティビティが高ければ、労働者側が強くなるのです。

    “働きがい”で仕事をする時代。
    「消火器を探せ」を意識せよ

    日本は残念ながらあまり寛容ではない社会ですし、人それぞれに合った仕事のマッチングがなかなかなされていません。たとえば、営業がとても苦手な私が、1社目で営業部に配属されていたら、すぐに辞めていたでしょう。クリエイティビティを最大化するためには、その人に合った仕事や寛容な生き方・働き方を認めることが重要になってきます。

    そしてこれらが前提になる社会では、お金のために働くのではなく、働きがいのために働くことになります。この時、企業が提供すべきなのは働きやすい環境です。例えば当社でも、2016年から『さぶりこ』(Sakura Business and Life Co-Creation)と総称し、さまざまな制度を導入しています。会社に縛られず広いキャリアを形成(Business)しながら、プライベートも充実させ(Life)、その両方で得た知識や経験をもって共創(Co-Creation)へつなげることを目指してつくりました。

    テレワークやフレックス、会社に申請することなく副業をしていいパラレルキャリア、その日やるべき業務が終わっていれば定時の30分前に帰ることができる『ショート30』などを導入し、「さっさと帰ると得をする」ことを制度設計の中に組み込みました。

    ともすると、人はやるべきことだけで一日を終えてしまいがち。でも、自分がやりたいことをやってこそのクリエイティビティだと思うのです。

    そう言うとやりたいことなんて見つからないと言う人もいますが、そういう人に私がよく言うのは、「消火器を探せ」ということ。今、「あなたの家の近くで消火器はどこにありますか?」と聞かれて答えられる人は少ないでしょう。でも普段から気を付けて見ていれば「家の斜め前に1つ置かれています」と答えることができる。普段は目につかないものでも、意識していればその位置が分かるのです。

    つまり何が言いたいかというと、やりたいことを見つけるために、常にアンテナを張れということ。人間は見たいものしか見ません。その「見たいもの」の質を上げていくことで、見える世界も変わってくるのです。

    文/石川 香苗子 撮影/大室倫子(編集部)

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