“X-Tech”を地でいく子どもが増える影響とは?Tech Kids School代表に聞く、プログラミング教育必修化の未来
2020年から、小学校でプログラミング教育が必修化される。プログラミングを学んだ子どもたちが社会に出る未来、社会全体やエンジニアにはどういった影響が及ぶのだろう。小学生のためのプログラミングスクール「Tech Kids School」の代表を務める上野朝大さんに、プログラミング教育の現状と未来予想を語ってもらった。
“プログラミング的思考”によって、
日本のプログラミング教育は複雑化してしまった
2013年5月にCA Tech Kidsを立ち上げて約5年。この間には当時の想像をはるかにしのぐ、大きな変化がありました。
スクール設立当初は、一部の感度の高い層、いわゆるアーリーアダプター層の親御さんたちからは好反応をいただきましたが、世間の大部分のリアクションは「子どもがプログラミング? 何それ?」というもの。
その後、2014年9月にイングランドで5歳からプログラミング教育の必修化がスタート。2016年4月には日本でも、全ての小学校で2020年にプログラミング教育を必修化するという発表がされました。そうしてようやくプログラミング教育への注目が世間一般に広まっていきました。現在は「大学入学共通試験」への導入も検討されています。
プログラミング教育の必修化が決まってからは、自治体や民間企業などがワークショップを開催するようになり、プログラミングに触れたことのある子どもの数は年々増えてきています。子どもたちにとって、プログラミングは勉強というよりは「ゲームをつくる」という感覚。当校の体験授業後のアンケートでも、99%が「楽しかった」と回答しています。子どもたちがプログラミングに触れる間口が広がったのは、とてもいいことだと思っています。
ただ、同時に問題点も感じています。プログラミング教育の実施は、元々はIT人材の不足という課題感に基づいて決まった話だったのですが、「小学校教育は職業訓練をする場所ではない」ですので、建前上、その理由では受け入れづらい。そこで、「論理的に物事を考えられるようになるための“プログラミング的思考”を養うのがプログラミング教育必修化の目的」というような、少しひねった打ち出し方をしたのでしょう。
これによって、事態は複雑になってしまったように感じます。
最新版の学習指導要領では、プログラミングを教えるための新しい教科は設けずに、理科や算数など既存の教科の時間内に組み込む形でプログラミング教育を行うことになっています。また、何年生からはじめるか、どのレベルまで教えるか、どのような教え方をするかについては、現場の裁量に任されている部分が大きい。
“プログラミング的思考”を養うことを目的としたことで、「体系立てたカリキュラムを用意してコードの記法を教えなくてもいい。それならばどの教科でも教えることができるだろう」という、ややもすると詭弁のような理論がまかり通ってしまっているように思えます。
“X-Tech”を地でいく子どもたちの増加は、
エンジニアにとって大きなメリット
こんな状況なので、実際にプログラミングを習得できるようなカリキュラムになるのかは正直なところ疑問です。2020年にプログラミング教育が必修化されたからといって、エンジニアの数が数年のうちに急激に増えることはないと思います。
ただ世界的にもプログラミング教育が義務教育に組み込まれる流れはあり、長い目で見れば、入社時点からプログラミングスキルを持っている新卒社員が増えていくことは確実です。そうなったときに大きな影響を受けるのは、エンジニアではなく、むしろビジネス職の人々ではないかと考えています。
Tech Kids Schoolには、将来エンジニアになりたいという子ももちろんいますが、そうでない子もたくさんいます。例えば本を読むのが好きで、ヒットした文学作品の共通点を分析するプログラムを作っている子や、スポーツトレーナーを目指していて、将来は練習メニューをプログラミングで組み立てようと考えている子もいます。エンジニアリングを生業にはしないけれど、自分の好きな分野をエンジニアリングという手段で掘り下げていく。そんな“X-Tech”を地でいくような子どもたちが社会に出たとき、従来のビジネス職の目には、劇的に違う人類のように映るんじゃないでしょうか。
一方のエンジニアにとっては、メリットが大きいと思います。「プログラミングの知識があるエンジニア以外の人」の総数が増えることによって、非エンジニア職との共通言語が増え、仕事がしやすい環境になるでしょう。
例えば、非エンジニア職の人から「ちょっと直すだけだから簡単でしょ」と無理難題を言われてしまう。仕様変更に掛かる工数が想像できないことから生じる、よくあるケースですよね。でも相手がプログラミング経験者なら、こういったコミュニケーションの齟齬は、認識のズレがなくなることで解消される。より深い次元で意思疎通ができるようになれば、仕事は随分進めやすくなるはずです。
もしかしたら、専門性の高いエンジニアを1万人増やすよりも、1億3000万人の国民全体のITリテラシーが高まった方が、国としての生産性は高まるかもしれません。
プログラミング体操にプログラミング絵本……
現役エンジニアにはおかしな教育にツッコミを入れてほしい
小学生のころからプログラミングを学んだ子どもたちが成長し、新卒の時点でバリバリコードが書ける若手が出てくる。不安に感じる方もいるかもしれませんが、現役のエンジニアにとって大きな脅威になることはないと思っています。年代によって勝負の仕方が違うというのは、いつの時代も同じです。おじさんにはおじさんなりの戦い方があり、若者は若者なりの武器があるもの。子どもと大人ではそもそもの理解力が違いますし、単純にプログラミング歴が長いからといって、必ずしも技術力が高くなるとは言い切れません。また、時代によって技術も入れ替わります。
ただ先述した通り、現状のプログラミング教育は問題点がたくさんある。本来のプログラミングからはかけ離れたものを「これがプログラミング教育である」と言っている例は多く見られます。
例えば、プログラミング体操。ラジオ体操のように決められた動作をテンポに合わせて順番に実行するのは、プログラムの順次実行と同じ。だからプログラミング的思考を養うことができる、という理論のもとに作られた体操だそうです。煙に巻くような話ですよね(笑)。他にもプログラミング絵本、プログラミングトイなど、「子ども向けだからこのくらいでいいだろう」という思いが透けて見えるようなものはたくさんある。遊びの範囲内であれば結構ですが、それを教育だと言うのには、大きな違和感があります。
子どもだって、きちんと教えればプログラミングはできるようになります。これは、この5年間スクールを運営し、子どもたちの成長を見てきた経験から、はっきりと言えることです。
現役のエンジニアの皆さんにはぜひ、今の日本のお遊戯的なプログラミング教育に対して、「これはプログラミングではない」と声をあげていただけるとうれしいですね。正しいプログラミング教育の先には、エンジニアにとっての明るい未来があるはず。僕らもスクールを通じて、本格的なプログラミング教育がもたらす子どもたちの姿を示していければと思っています。
取材・文/中村英里 構成・編集/天野夏海
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