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『IssueHunt』によってエンジニアの未来はどう変わる? オープンソースの新たな可能性に迫る

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    オープンソースソフトウェア(以下、OSS)コミュニティに参加する理由は人それぞれだ。知的刺激を求める人もいれば、業界内での名声を得たいがために参加する人もいる。

    OSSプロジェクトも技術分野や目的、規模はさまざまだが、一つ共通点がある。それは大半が無償ボランティアとドネーション(寄付)によって開発が支えられていることだ。

    オープンで非集権型のOSSコミュニティの性質を考えれば、無償ボランティアとドネーションによって支えられていること自体は問題ではない。しかしその一方で、多くの人々の時間と労力を注ぎ込まれたプロジェクトの成果がフリーライドされ、OSSコミュニティに還元されないケースは後を絶たない。

    このOSSの課題に対処しようと立ち上がったスタートアップがある。プログラマ向けのノートアプリ『Boostnote』(ブーストノート)の開発で知られる BoostIO(ブーストアイオー)社だ。

    BoostIO社は2018年6月20日、OSSコミュニティへの貢献と見返りのあり方を問うプラットフォーム『IssueHunt』(イシューハント)を公開した。IssueHuntは、オープンソース開発者がGitHubのレポジトリを IssueHunt上にインポートし、バグ修正や機能改善してくれたコントリビューターに報奨金を「投げ銭」することができるサービス。

    今回は、OSS活動に積極的なBoostIO社のCTO、Choi Junyoung(チェ・ジュンヨン)さんと、サンフランシスコのスタートアップ企業ZEIT社で『now』の開発に携わる金澤直之さん、2018年12月にBoostIO社が実施した総額約1億円にのぼる第三者割当増資に参加したDMM.comのCTO、松本勇気さんの3名に集まってもらい、IssueHuntの可能性と開発者がOSSコミュニティに参加するメリットなどについて語ってもらった。

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    合同会社DMM.com 執行役員 CTO 
    松本勇気さん

    1989年鹿児島生まれ。東京大学工学部2013年卒。在学中より株式会社Labitなど複数のベンチャーにてiOS/サーバサイド開発などを担当し、13年1月より株式会社Gunosyに入社。ニュース配信サービス「グノシー」「ニュースパス」などの立ち上げから規模拡大、また広告配信における機械学習アルゴリズムやアーキテクチャ設計を担当し、幅広い領域の開発を手がける。新規事業開発室担当として、ブロックチェーンやVR/ARといった各種技術の調査・開発も行った。18年8月まで同社執行役員 CTOおよび新規事業開発室室長を務め、同年10月、合同会社DMM.comのCTOに就任

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    BoostIO株式会社 CTO 
    Choi Junyoung(チェ・ジュンヨン)さん※以下、愛称のサイと表記

    釜山から留学し、九州大学在学時にBoostIO社代表の横溝 一将さんと出会う。JavaやPHPなどの言語を経て、現在はTypeScript、Reactを中心に開発を行なっており、BoostnoteではCTOを務める。現在は韓国と東京を行き来する生活

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    ZEIT株式会社
    金澤直之さん

    山形県出身。独学でプログラミングを学び、SIerやB2B企業、株式会社ドワンゴと経た後、15年12月より サンフランシスコのスタートアップ ZEIT, Inc に創業メンバーとして入社。フロントエンドからバックエンドまで幅広く担当。JavaScriptのライブラリ Socket.IO のコミッター、 Next.js の作り手の一人

    報奨金はオープンソースの新たな常識になるか?

    「OSSは無償ボランティアの貢献によって支えられています。しかし、開発の継続性と安定性を考えるとそれだけでは心許ない。そこで私たちはプロジェクトに貢献した開発者に報酬を分配できるプラットフォームの開発、提供を開始しました」(サイ)

    BoostIOでCTOを務めるサイさんはIssueHuntの開発理由についてそう話す。

    プログラマのためのノートアプリBoostnoteの機能改善に貢献した人に、見返りを還元したいと考えたことが開発を始めたきっかけだ。

    「BoostnoteはOSSコミュニティの技術力によって開発が進められているプロダクトです。多くの時間と才能を注ぎ込んでくださる皆さんを報いたいという思いから、Boostnote用に報奨金プログラムを書きました。これがIssueHuntの原点です」(サイ)

    さらにサイさんは、「報奨金」というOSSにはなかったインセンティブが選択肢に加わることで、不幸なプロジェクトを少しでも減らすことに繋がるのではないかと考えている。

    「OSSプロジェクトのなかには、管理する余裕がなくなった管理者がプロジェクトから離れてしまい、開発が止まるケースもあります。IssueHuntが、こうした問題をすべて解決できるわけではないかもしれませんが、プロジェクトが長く安定した状況で運営するための助けにはなるのではないかと考えてます」(サイ)

    サイさんの友人であり、コントリビューターとしての実績が買われ、現在の会社にスカウトされた経験を持つ金澤直之さんも「これまでOSSには報酬を得て開発するという文化が希薄だったので、貢献度が高い人に対して対価が支払われるシステムが存在することは良いことだと思う」と話す。

    「自分が割いた時間や貢献度と見返りのバランスが悪くなると、どうしても開発するモチベーションが落ちてしまいメンテナンスが辛くなってしまいがちです。大きなお金が動いて開発方針がねじ曲げられるようなことがあってはなりませんが、貢献に応じて報酬を得られるのはそう悪いことではないと思います」(金澤)

    BoostIOの出資者の一人であり、自身もOSSと関わりを持つDMM.comのCTO、松本勇気さんは、OSSから恩恵を受けている企業こそIssueHuntを積極的に利用すべきと考えている。

    「OSSは無償ゆえ“タダで使えるソフト”というイメージを持たれていますが、本来は非常に優れた技術の結晶です。欧米には大企業がこうしたOSSプロジェクトに敬意を表し、『BugBounty』や寄付などを行うケースも多々見られますが、日本ではこうした文化は比較して少ないのではないかと思います。日本企業はもっとOSS開発者の技術力を自社のサービス開発に活かし、コミュニティへ還元することにも関心を持つべきではないでしょうか。IssueHuntはその突破口になる可能性があります」(松本)

    IssueHuntはリリースから1年に満たないにも関わらず、すでに『Material UI』『Ant Design』『NW.js(node-webkit)』などの著名プロジェクトや、170カ国以上のユーザーに利用されている。

    「私たち自身も自社のサーバライブラリの改修依頼をIssueHuntに投げたところ報奨金は50ドル程度だったにも関わらず、8時間後には解決されたことがありました。このように人を雇うよりも遥かに、安価で迅速に問題を解決できたという事例は少なくありません」(サイ)

    これまでの動向を見る限り、金額の大小と課題の解決率はあまり関係ないとのこと。

    「貨幣価値は国によっても異なりますし、『技術書が買えた』、『ちょっと贅沢な外食ができた』など、満足の声をいただくことも多いです。現状を見る限り、報奨金がかかると金額の大小に関わらず課題解決に至る可能性が高いようです。もともとOSSには貢献度に応じて報酬を得るという文化も概念もなかったので、報酬額が安いからやらないというコントリビューターはあまりいないからなのかもしれません」(サイ)

    オープンソースへの貢献はキャリアアップに直結する

    IssueHuntのような新たな取り組みが広がれば、OSSに関わりを積極的に持ちたいと考える開発者が増える可能性はあるだろう。だが、OSSコミュニティと繋がりを持っていない開発者にとって、ハードルが高いと思う人もいるはずだ。しかしサイさんは「OSSとの関わりを大袈裟に考えるべきではなく、積極的に参加すべき」だと話す。

    「日本人開発者にとって一番の障害は英語だと思いますが、OSSには英語を母語としない開発者が多数参加しています。翻訳サービスを使えば意図は伝えることは可能ですし、バグの報告からコードへの修正まで、貢献の方法もひとつではありません。自分の技術力にあった方法を選べばいいので、気負わず参加してみるべきだと思います」(サイ)

    OSS開発者としての経験が長い金澤さんも同意見だ。

    「そもそも私がOSSと積極的に関わりを持ちたいと思ったのは、会社で使われているコードよりも OSSのコードの方がレベルが高いことに気付いたからです。自分の成長を考えれば、優れた開発者たちとコミュニケーションをとる方が勉強になります。実際、実力がついてくると就職にも有利に働きます。私自身、いまの会社に誘われたのも、Node.jsのライブラリとして知られるSocket.IOのコントリビューターとしての貢献が評価されたからですが、英語は決して得意な方ではありませんでした。やってみたらそれほど大きな問題ではなかったというのが正直なところです」(金澤)

    サイさんも「エンジニアの技術力を知るにはGitHubのアカウントを見せてもらうのが一番」と口を揃える。

    「OSS経験がないと、履歴書や職務経歴書に書いてあることでしか評価できませんが、これらの書類でその人の技術力を推し量ることは難しい。でもGitHubのアカウントを見れば技術力がひと目でわかります。正確だし公平な評価ができるので、開発者としての実力を示したいならすぐにでも始めるべきだと思います」(サイ)

    松本さんは、企業の立場からしてみても、自社の社員がOSSへの関わりを持つことは有益だと説く。

    「テストを書いてドキュメントを残し、ソースコードは皆にレビューされながらマージされていく。そういう環境で開発経験を重ねていくと、いつのまにか開発者としてあるべき作法が身に付き、開発のクオリティーがどんどん上がってきます。それは社内ソフトウェアの品質向上にも役立つのは言うまでもないでしょう。たとえOSS経験が乏しいゆえに間違うことはあっても、OSSでの失敗は単にその変更が無視されるだけの話であり自分の仕事やキャリアで致命傷になるようなことはないので、経験して損なことはありません。むしろ良いことばかりなので、やらない理由は見当たりません」(松本)

    金澤さんも、「開発者であればOSSに関わるのはむしろ当たり前のこと。やっていない人は危機感を持つべき」と続ける。

    「OSSを使っていてバグを見つけたらイシューを投げるのは当然のこと。それをやらないのは誰のためにもなりません。もしユーザーとしてOSSの恩恵を受けているのであれば、自分でも挑戦してみるといいですよね」(金澤)

    いまやOSSは世界中で使われ、ある種の社会基盤として世の中を支えている。それを生み出し、育んでいるのが開発者のモチベーションと善意だ。

    OSSコミュニティを維持するためには新たな人材の確保とOSS活動を持続させる仕組み作りが欠かせない。IssueHuntのような新しい試みが広まれば、今はごく限られた数しか存在しないOSS専業の開発者が爆発的に増える可能性もある。

    開発者としての実力を高めたいのであれば、まず身近に感じるOSSプロジェクトに参加することから始めてみるのも一つの手。最初の一歩を踏み出すことさえできれば、きっと二歩目以降は足取りが軽く感じられるはずだ。

    取材・文/武田敏則(グレタケ) 編集/君和田 郁弥 撮影/桑原美樹

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