この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
【キャディ・小橋昭文】Apple『AirPods』の開発を手掛けた29歳CTOが“技術者としてのプライド”にこだわる理由
従来、金属加工の見積もりは何度もプロトタイプを試作し、細かな要望を聞き入れ、調整作業を繰り返して作成していた。そんな町工場の業務時間とコストを大幅に削減できるソリューションをご存知だろうか。
金属加工の受発注プラットフォーム『CADDi』。設計図をアップロードすれば、AIの力で即座に見積もりができあがる。
派手なスマートフォンアプリでもなければ、若者向けのソリューションでもない。一見地味にも思えるが、『CADDi』を手掛ける29歳CTO・小橋昭文さんの経歴は華々しい。スタンフォード大学・大学院で学びながら、アメリカ最大手の軍事企業ロッキード・マーティン本社に勤務し、卒業後はApple本社という世界最先端の場所でスキルを磨いてきた。
「社会的にインパクトのあるサービスを生み出したい」と考えていた小橋さんが、なぜその思いを実現できるAppleを辞めて起業という決断に至ったのか。そこには「技術者としてのプライドを持って、自ら社会的なインパクトを生み出したい」という確固たる意思があった。
「ユーザーのためにプロダクトは存在する」
だからAppleのエンジニアは喜び勇んでバグを直す
2歳からずっとアメリカ。スタンフォード大学へ進み、そのまま大学院へ進学。日中は大学院の講義に出席し、夜はロッキードで夜勤。「大学院時代は、24時間フル稼働するくらい働いてましたね」と、小橋さんは自身のキャリアを振り返る。
「当時は、スタンフォードへ通う学費や生活費を稼ぐために、授業とは別に週40時間くらい働いていました。ロッキードでは膨大な数の衛星の画像処理やデータ分析を手掛け、それ以外はフリーランスといえば聞こえはいいですけど、Web制作の受託開発から教授のアシスタントまで、とにかくひたすら働いていましたね」
大学院卒業後は、Appleに入社。『iPhone』『iPad』『AppleWatch』の電池部分や『AirPods』のセンサー部分の開発に携わることになった。
「Appleは生粋のギーク野郎たちが集まっていて、バグを一つ直すだけでも『よっしゃー、直してやるぜ!』って、なんだか嬉しそうでテンションがとにかく高いんですよ(笑)。『バグだるいですわ』っていう空気じゃない。なぜかというと、全エンジニアが『ユーザーのために最高のプロダクトを開発しているんだ』という、圧倒的なプライドを持っているからなんです」
そんな環境で、徹底したユーザー視点を持つエンジニアたちと仕事をした日々が、小橋さんの技術者としての軸を形つくった。
「Appleの開発現場では、『それはユーザーのためになるのか?』と常に問われ続けます。何をやるにも、なぜその作業をやるのか、どうユーザーのためになるのかを言語化させられるんですよね。だから具体的な理由を説明できるところまで腹落ちしている。『この機能がユーザーのどんな課題を解決するのか』を常に考えていた日々は、『ユーザーのためにプロダクトは存在する』という考えの礎をつくったと思います」
「絶対に実現できない」と言われた
『AirPods』を開発できた理由
そんな小橋さんにとって、キャリアの分岐点となった印象的なプロジェクトがある。それは、退職する直前まで開発に関わっていたワイヤレスイヤホン『AirPods』だ。新しい体験価値をつくったイヤホンで、耳に入っていることを感知する「自動耳検出」で音が鳴り、指で2回タップすると音楽が流れる。このUXは、小橋さんが企画・設計したセンサーによって成り立っている。
「センサーって本当に繊細で、温度や湿度、経年劣化、工場のコンディション、あるいは使う人の肌の質感、耳垢、どんな強さでタッチしたかなど、あらゆる外的要因によって動作条件が変わってしまいます。にもかかわらず、常に同じ結果を出さなければいけない。はっきり言って『実現不可能な無理難題』なんです」
当時、小橋さんはBluetooth対応のセンサー部分の開発リードを担当し、機能の企画、設計から部品の調達まで一貫して任されていた。企画したセンサーは、部品を調達する取引工場でも、絶対に実現できないと呆れられたと言う。
「基本的に、何もかも無理だって言われました。あの小ささであれだけの電池容量で、そんな高いパフォーマンスは出せっこないって。そもそもイヤホンという小さなプロダクトの中に、これだけの回路やチップが入るわけがない。あまりにも難しいんで、『本当に開発できるのか?』と、自分で企画しておきながら途方に暮れましたね(笑)」
しかし、Appleには「無理難題を形にするためのノウハウがあった」と小橋さんは続ける。
「それでも『AirPods』の開発を成功させられた理由は、プロジェクトを『点ではなく線で見ることができたから』です。Appleが掲げるビジョンは常に圧倒的に高い。そんなビジョンを達成するためには、取引先や調達先などの状況一つ一つの点をもとに線として思考できる力がエンジニアに求められます。どうすればビジョンを叶えられるかというHowの部分を、どんどん現実的なラインへと近づけていく力が求められるんです。『AirPods』の開発を成功させたことは、どんな難しい課題でもHowを突き詰めれば実現できるという、技術者としてのプライドにつながったと思います」
モノづくりに携わる一人として、
プロダクトにプライドを持ち続けていたい
そして2017年、知己の間柄だったマッキンゼー出身の加藤勇志郎さんに誘われ、キャディを創業する。そのままAppleにいれば、先々でもっと偉大なプロダクトの開発に関われたのではないだろうか。そんな疑問をぶつけると、「でもそれって、Appleだからできることなんですよね」と小橋さんは事もなげに話してくれた。
「Appleで一通り設計からリリースまでを経験すると同時に、他のメンバーを育てたり、自分がいなくてもプロジェクトが回る仕組みをつくったりすることはできました。そうした経験を経て、エンジニアとして『自分にしかできないこと』を毎日考えるようになったんですよね」
「世の中にインパクトを与えるプロダクトを開発できたのは、Appleにいたからなのかもしれない。そうじゃなくて、自分が今持っている価値を使って、自分の力で世の中の課題を解決できるようなプロダクトを開発し、自ら社会的なインパクトを生み出す人生を過ごしたいと考えるようになりました」
加藤さんから『CADDi』のアイデアを聞いたのは、そんなタイミングのことだった。加藤さんはマッキンゼーで主に製造業を担当し、資材調達の側面から「製造業の構造は産業全体にとって不利益でしかない」という課題を抱いていた。
町工場が何時間もかけてつくった見積もりも、複数社の競合に敗れれば徒労に終わる。一社依存のキャッシュフローから抜け出せず、コストカットを言い渡された瞬間、赤字に転落。そして確かな技術を持っているはずの町工場で働く人たちが、職を失っていく。そんな光景を加藤さんは何度も見ていた。
「私自身もAppleでの開発経験を通して、部品調達の苦しさ、難しさを設計者側の立場から感じていました。なぜ、モノづくりの世界では、部品調達が非効率なままなのか。なぜ部品の『調達』という領域で、イノベーションが起きていないのか。そういった疑問を抱いていたんです」
そうして加藤さんのアイデアに共感した小橋さんは、Appleを辞めて加藤さんとキャディを共同創業した。
「加藤も僕も、自分の名前で世の中に出てみたら、外の世界を何も知らなかったんだということに気が付きました。会社を運営するって、当たり前ですけどとても大変で。エンジニアとしてこれまでにやってきたことが通用しないこともたくさんあります。でもAppleで学んだように、ビジョンから逆算して『どうやって実現させるか』とHowを突き詰める。この地道な繰り返しが大きなイノベーションにつながると信じて、愚直に、泥臭く向き合うことで何とかここまでやってこれたという感覚です」
小橋さんはグローバルで戦ってきた圧倒的な技術力で、総生産額180兆円の規模を誇る製造業の世界を本気で変えようとしている。「世界で誰も挑戦していない、前例がない分野だからこそ面白い。過去にとらわれないやり方で変えていきたい」と力を込めながら、最後にこう語ってくれた。
「日本には優秀なエンジニアがたくさんいるのに、みんな謙虚であまり自慢しないことが美徳とされてますよね。でも、もっと自信を持っていいと思うんです。『あのプロダクト、俺が開発したんだぜ!』みたいに自慢できることはエンジニアとしての誇りだし、何より幸せなこと」
「僕自身、モノづくりに携わる一人として、自分がつくるプロダクトにプライドを持ち続けていたいんです。そのためには、実現したいビジョンから逆算し、Howを突き詰めることで地道に自信を得るしかない。その工程を決して怠ってはいけないと、いつも自分に言い聞かせています。そうした努力の積み重ねによって築き上げた技術者としての本物のプライドが、結果的に小さな町工場から歴史ある大規模メーカーまで、金属加工に携わる全ての人に『CADDi』という最高のプロダクトを届けることにつながると信じています」
取材・文/石川香苗子 撮影/桑原美樹
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