VR ZONE、MAZARIAの開発者が描く“VR爆発的普及”への道筋【コヤ所長×タミヤ室長】
「VR元年」といわれた2016年から、各社が徐々にVR事業に力を入れ始めた。その中でも特に一般層へのVR普及に一役買ったのが、エンターテインメント施設『VR ZONE』や『MAZARIA』を運営する、バンダイナムコアミューズメントだ。
『マリオカートアーケードグランプリVR』『エヴァンゲリオンVR THE 魂の座:暴走』など、筐体(きょうたい)を用いたアクティビティーをはじめ、フィールド内を自由に動き回ることができる『攻殻機動隊ARISE Stealth Hounds』や『ドラゴンクエストVR』の開発を手掛け、人々をワクワクさせることでVRエンタメの期待値を大きく上げた。
今回はそんなバンダイナムコアミューズメントのコヤ所長とタミヤ室長に、『VR ZONE』の開発舞台裏やこれからのVR業界の動向について話を伺った。
アーケードからフィールドVRへ。「前代未聞」のジャンルに踏み出す、コヤ所長の“天の一声”
もともとお二人はアーケードゲームの開発を手掛けていたんですよね。例えばどんなタイトルを開発していたんですか?
ストックを手に持ち、脚部スライド台で操作するスキーゲーム『アルペンレーサー』や、ドームスクリーンを使った『機動戦士ガンダム 戦場の絆』などを開発していました。実は僕らは、VRの技術が出てくる前からアーケードゲームで“VR的なこと”はいろいろやっていたんです。
私は気付けば入社以来ほぼずっと、コヤ所長と一緒に働いていますね。なんとなくいつも「コヤ所長の部下」という感じで……(笑)
それで、いつ頃からVR事業の活動が本格的に始まったのでしょう?
最初の始まりは2015年頃でした。それまでゲームセンター事業はずっと右肩下がりで、近年は横ばいではあったものの発展があまりないような状態でしたし、参入企業も国内大手か中国企業ばかりで。
そのままではこれからのエンターテインメントの新しい可能性は見いだせないので「新規事業の部署をつくって新しいことをやろう!」って宣言しちゃったんです(笑)
最初はメンバー集めから苦戦して。社内で手を挙げてくれたのはたった4人だけでしたね。まさにドラゴンクエストのパーティーのような(笑)
そこから、「VR元年」と呼ばれた 2016年に、VIVE、Oculus Rift、PlayStation VRがほぼ同時期に発売されました。これに、僕らがこれまで手掛けてきた“VR的な”アーケードゲームを組み合わせれば“一世代超えることができるんじゃないか”と思ったんですよ。
非常に大きな可能性を秘めていたので、「これはすぐにゲームセンター向けに開発するのではなく、まずは施設をつくって実験してみよう!」という形で、ダイバーシティ東京プラザに『VR ZONE Project i Can』をオープンすることになったんです。
なるほど!そこで蓄積された技術やアイデアから、VR ZONE SHINJUKUで特に注目を集めた『攻殻機動隊ARISE Stealth Hounds』や『ドラゴンクエストVR』などの「フィールドVRアクティビティー」が生まれたんですね。
まさにその通りです。最初はVRデバイスと筐体を組み合わせ、これまでやってきたアーケードゲームの延長線上のようなゲームを試行錯誤しながらつくっていて。
空飛ぶ自転車に乗るとか、人をケーブルの範囲で歩かせてみるとか、いろいろ試してみた結果「これはもっと面白いことができるぞ!思い切って体験者がフィールドを自由にうろうろ歩けるようにしちゃおう!!」とひらめいたんです。
ところがこれが本っっ当に難しかった(笑)
フィールドを自由に歩き回れるVRゲームなんて、当時世界中のどこを見渡しても、前例もなければ参考書籍もなくて。全てが手探りでした。
いや~、アーケードゲームよりはるかに大変でしたね(苦笑)!!!
品質保証から「論外」扱い! トラブル続きの開発ウラ話
例えばどういったところで苦労したんですか?
もう、全てですね(笑)。最初に着手した『攻殻機動隊ARISE Stealth Hounds』は、リアルタイムで8人のプレーヤーが同じフィールド上を動き回ってバトルをするというアクティビティーでして。
まずは人の動きを検出するために、映画やゲームのCG制作で使われているモーションキャプチャーの仕組みをそのまま『VR ZONE SHINJUKU』の施設内に再現することから始めました。
フィールドは25mプールを一回り小さくしたくらいの大きさなのですが、その壁中にカメラをぶわーーーーーっと並べて、複数人の動きを同時に検出するシステムをつくったんです。
ただ、検出がなかなかうまくいかなくてね。銃を使ったリアルタイムバトルなので、手の動きと映像にラグがあったり画面がぐらついたりしてしまうと、体験者が3D酔いをしてしまったり、倒れたりしてしまう可能性がある。動きと映像をリンクするためには「瞬時に正しく体験者の動きを読み取って、即刻VR画面に返す」必要があって。
試行錯誤の末、1秒間に90回の速度で「全てのカメラで8人全員の位置を計算し続けて、それを一つのサーバーに集めて、8人のバックパックPCに落としこみ、映像に返す」ということが安定してできる仕組みができまして。
でも、おかげで体験者が重装備になっちゃってね。手足と腰にモーションセンサーをつけて、バックパックPCを背負ってもらって、ゴーグルをつけて、さらに銃を持ってという状態に。
全部で12kgぐらいあるし、装着するのに5分以上もかかっちゃうの(笑)
これは僕らにとっても体験者にとっても非常に大変でしたけど、これまでケーブルにつながれた範囲でしか遊べなかったところから、ケーブルが外れたことでゲーム世界への没入感が劇的に高くなったという手応えがありました。
今の最新技術ならもっと軽量・コンパクト化できるので、これからこうしたゲームがもっと快適に遊べるようになっていくと思いますよ。
聞いているだけでもすごい苦労だったんですね……。開発期間はどれぐらいかかったんですか?
結局、1年ちょっと掛かりましたね。
だってトラブル続出で、これまで一度も怒ったことのない「仏のタミヤ」がとうとう声を荒げたぐらいだもん。
一体、どんなトラブルが?
例えば、使用したモーションキャプチャーシステムの仕様では8人同時に使えるはずなのに、2人の段階でもうフリーズしちゃうとか。
どうしてそんなトラブルが起こるのかすら分からなかったよね。
でもメーカーからすれば「なんでそんな使い方するの?」っていうイレギュラーな使い方をしてましたよね(笑)
VRゴーグルのセンサーをあえて一部殺して、うちのオリジナルセンサーを搭載したりとか。
わあ、すごい(笑)
新しいデバイスを使うことはゴールじゃなくて、大切なのは「どうしたらお客さまに楽しんでもらえるか」なので、そのためにはデバイスの使い方を柔軟に見直すことも必要なんです。VRの技術については全員が手探りで、良い方法を見つけていくしかないという状態でしたね。
あとは、 品質保証部にえらい怒られるとかもあったよね。
詳しく聞きたいです(笑)
まず品質保証部からしたら、『VR ZONE』って問題外なエンターテインメントなんですよ。例えば『極限度胸試し 高所恐怖SHOW』なんて、VR上とはいえ「地上200mの高さから板が伸びていて、そこを人が歩く」というゲームですから。
論外でしょうね(笑)
最初は「体験者が板の上を歩く? しかもその板がグラグラする? 何言ってんの? 」みたいな反応で(笑)
さらに攻殻機動隊やドラゴンクエストVRなんて、体験者全員がVRゴーグルを装着して、いわば目隠しの状態でシューティングしたり剣を振り回したりするわけです。「ぶつかったらどうするの、転んだらどうするの」って喧々諤々でした。
だから最初のタイトルの時から、むしろ品質保証部を開発に巻き込んで、ポジティブに口説いていくようにしていましたね。
たしかに、話を聞く限り安全なわけがないですよね(笑)。品質保証部というと、最も堅そうな部署というイメージがありますが、どう口説いたんですか?
「これからVRの業界は絶対に伸びていくし、僕らが伸ばしていかなきゃいけない。業界を牽引していく新しいスタンダードをつくるためにも一緒にやってほしい。力を貸してくれ!」って。
今やっていることは品質保証部の面倒を増やすことでも、お客さまの安全を脅かすことでもない。“新しい時代の安全基準をつくること”なんだと繰り返し説きました。
最近になってようやく安全対策や品質保証のノウハウが蓄積されてきました。彼らも、今ではVRのデバッグや安全対策はうちの会社が世界一だという自負を持って仕事をしているんですよ。
素敵な物語だ……。あと、個人的に驚いたのが『エヴァンゲリオンVR The魂の座:暴走』でL.C.L.が注入されるときのリアルな感覚だったんですが、これはどういう風に再現したんですか?
どのアクティビティーでも同じですが、エヴァンゲリオンVRの開発では特にアニメの世界観を忠実に再現することに力を入れていましたね。エントリープラグ内にL.C.Lが充てんされていく感覚を表現するところでは、ハードエンジニアががんばってくれて。
あるとき急に呼び出されて、「ちょっと来てくださいよ、LCL溶液が満たされるときに下から風をあてると、それっぽくなるんですよ」とかって言われて。
最初こそ「いや、そんなわけないでしょ」って思ったんですけど、実験したら「あ、ホントだ!」って(笑)
だから、エヴァンゲリオンVRにはヘッドセットの正面に送風ユニットが付いてるんですよ。
お互いに手探り状態だったからこそ、エンジニアのものづくり魂に火が着いたのかもしれません。ゲーム業界は分業化が進んでいるけど、VR事業はそうもいかない。
何事も「これをやってくれ」じゃなくて、「これ、どうすればいい?」って相談ベースで巻き込んでいったからこそ、自由に発想してくれたんだと思います。
コヤ所長が説く「新しい技術が世の中に受け入れられる」道筋
VR ZONEやMAZARIAの影響でVRエンタメは広く認知されましたが、VRビジネスで成功している企業はまだ少ないですよね。これからVRが普及するためには何が課題ですか?
それでいうと、僕らはVRコンテンツをあまりにも急いでつくって展開しちゃったんですよね(笑)。VRを初めて手掛けた時、僕たちは実在感を出すことや、異世界にトリップさせるといった“感覚のベネフィット”ばかり追求していたんです。でも、だからこそ「VRって楽しい」は実現できたけど、「VRを買いたい」にはつながらなくて。
新しいプロダクトを開発するなら本来、「VRのこういう機能を使うことで、人間の生活をこんな風に簡単・便利してくれる」というような“機能のベネフィット”を追求するところから始めるべきだったんです。
だけど僕たちは12kgのバックパックPCを“お客さまに”背負わせてきた。それでは「購入して家で遊びたい!」と思ってくれるわけがないんですよ。
でも近年、BtoBやエンタープライズ領域で、手術にまつわる問題解決や老人介護施設の入所者の目線を追うなど、ようやくVRの新しい使い方が見いだされ始めてきましたよね。これから先、BtoBの領域で「簡単・便利」が実現したとき、私たちエンターテインメントの出番がもう一回来る。きっとそのタイミングでVRが爆発的に世の中に普及するんだと思います。
では、これからVR業界で働きたいエンジニアは何に取り組めばいいのでしょう?
最近はVRのスタートアップもちらほら聞きますが、最初から自分の技術でBtoC向けプロダクトの勝負をするというのは危ないと思います。まずはBtoB向けのビジネスをすでに展開している企業を目指し、世の中の企業がVRに求めるニーズや事業課題を知った方が良い。
いきなりプロダクトをつくって商品戦略を考えるなんてプロのマーケターでも軒並み苦労している難しいことですから、技術経験しかない人にはお勧めできないかな。
今はネットがあるからいろんな意味で企業と個人のマッチングがしやすい世の中です。そういう意味では、自分の好きなことや得意なことなど、“人より尖っている部分”をどんどん尖らせて、磨いておくといいのではないでしょうか。そして、活動をSNSで発信することで「自分はこんなに特殊なスキルを持った人です」という状態でい続けるんです。
するといずれ、「なんか面白いエンジニアがいるぞ」って思われるようになったりして、企業から声が掛かったり。“好きで得意なこと”を買ってもらえるって一番幸せな働き方の状態だと思うので、VR業界で活躍したいと意気込んでいる方には、ぜひそういう活動もしてみてほしいですね。
取材・文/石川香苗子 撮影/赤松洋太
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