東大卒・物理オリンピック金メダリストの28歳が、自分のキャリアを“損切り”できた理由
大学院で修士、または博士課程を修了した人の就職先といえば、企業の研究職、あるいはポスドク(博士研究員)や任期付き教員が一般的とされている。ところが、このような単一的なキャリア形成に疑問を抱き、未知なる業界に飛び込んだ人がいる。
東京大学大学院理学系研究科研究奨励賞受賞、第40回国際物理オリンピック 金メダル受賞など、輝かしい経歴を持つ東川 翔さんが選んだのは、社員約120名のベンチャー企業でのWebエンジニア職だった。
将来有望と言われ、周囲に期待されていたにもかかわらず、なぜこれまでのキャリアをリセットして新たな道を選択したのかーー。その真意を求めて、東川さんにインタビューを実施した。
これまでのキャリアを“損切り”して、将来性のあるIT業界を選んだ
フォルシアは大手旅行業界に特化した商品検索システムの構築をメインで扱っています。僕はフロントからバックエンドまで担当するWebエンジニアとして、裏側のシステム構築に携わっています。ユーザーにとって利便性の高いWebサイトを構築して、クライアントに貢献することが最大のミッションです。
就職先を決める過程では、「研究職を選ぶか否か」「企業に就職するなら、どの業界を選ぶのか」という2つの段階がありました。まず研究職を選ばなかった理由は、将来性や働き方にリスキーな点が多すぎると思ったからです。
例えば、大学教授を目指そうと思ったら、数年間のポスドクを2,3回経験した後、助教を10年弱やって、准教授か教授を目指すのが一般的な道です。ただ、教授になるまでには苛烈な競争があります。
勝ち残って教授になれたとしても、大学の講義や運営に相当な時間を取られてしまうので、研究に専念できる時間は意外と少ないんです。研究職を選ぶのに「研究する時間が少ない」というのは、私にとって大きな懸念材料でした。
加えて、もし教授になる手前で別のキャリアを考えたとしても、それまでやってきた研究は外の世界では評価されにくいのが現実。年齢が上になればなるほど、このデメリットが重くのしかかってきます。
このように長期的な視点で考えたとき、博士課程まで積み上げたものを一旦チャラにして“損切り”してでも、別の業界に就職する方が、自分の納得するキャリアを手に入れられると思いました。
IT以外にも金融、コンサルなど、さまざまな業界について調べましたが、ITは社会全体の需要が上がっているし、自分でキャリアをコントロールしやすい点に魅力を感じました。
中でもベンチャーを選んだのは、凝り固まった職務内容ではなく、幅広いスキルセットが得られると思ったからです。
特に当社の場合は、一人のエンジニアがフロントからバックまでトータルに担当できて、個人の裁量が大きく柔軟性がある点をメリットに感じましたね。
もちろん、周囲の先輩たちが選んだキャリアと大きくズレている自覚はありましたし、否定的な意見もありました。
でも、その人たちが正しいかどうか、僕にとってのベストかどうかは、正直分からないと思います。一方で、自分以外の人たちのキャリア選択が間違っているとも思いませんが。
それに、キャリアの「局所最適化」の考え方はもう辞めようと思っていました。
これまでは、その時々のタイミングでキャリアを選択して積み重ねてきました。
大学院でも目の前の研究に没頭するタイプで、それはそれで楽しかった。でも、立ち止まって将来を考えてみたら、「このままだとヤバくない?」と冷静になって……。
先ほど申し上げた通り、局所ではなく長期的なキャリア全体で考えたら、研究以外の道に進んだ方が良いわけです。これまでとは考え方を変えなければいけないと強く思いました。
過去の研究は仕事に生きていないし、自分が秀でているとも思わない
システム開発の業務に直接役に立つということはありません。強いていえば、社内の福利厚生制度の「シャッフルランチ」参加希望者を3〜4人のチームに自動で分けるアルゴリズムを作った時は数学的な分析スキルが役に立ちましたが、そのくらいです。
そもそも自分としては一旦キャリアをリセットしている意識が強いので、これまでの研究を仕事に生かそうという意識はあまりないんです。大学を卒業してすぐに就職してエンジニア一筋でやってきた同い年の人と比べて、自分が秀でていると思うところもありません。
物理オリンピックの金メダルもこれまでの研究も、今のキャリアに直結しているわけではありませんから。周りが思っているほど役に立たないですし、今はとにかく覚えることだらけで毎日が勉強です。
毎日のように新しい話題に触れることができるので、知的好奇心が満たされるところが気に入っています。
学生時代の研究でも知的好奇心によってドライブが掛かり、より没頭できることが多かったのですが、IT業界も知的好奇心を満たすには事欠かない環境です。それが何より楽しいし、モチベーションになっています。
そういう意味では、博士課程で身に付いた「知的好奇心をドライブに楽しむ力」は今のキャリアでも生きていますね。
今はまだまだ未知なことばかりです。とにかく目の前の課題を解決し、知識を吸収して、経験を積みたいという思いが強いので、理想像は明確に描かないようにしています。
というのも、自分の適性は勉強しながら経験を積んでいく中で自然に磨かれていくものだと僕は思っていて、今はそれを探している最中です。それに理想を描いたとしても結局ハズれると思うんです。
過去を振り返っても、研究を始めた頃は5年後に研究職に就いているだろうと思っていたけど、実際は全くそうじゃなかった。だから、あえて道筋は描いていません。
「やりたい」だけじゃなく、“クールな視点”が必要だと思った
研究者は、研究を通して培ってきたスキルを直接生かしたいという思いが強いからだと思います。研究職の特殊性として、仕事に対する評価が間接的で希薄になりがちな点が挙げられます。いざ、研究以外の職に就こうと思ったときに評価が難しく、結果として低い評価になりがちです。
また、企業の研究職だと、現在の研究結果が製品化されて世の中に出るのは5年後だったりする中、製品から受けるフィードバックはどうしても希薄になりがちで、研究者に対する評価が難しい。
いずれにしても、キャリアの基盤が脆弱な中で研究を続けなければいけない状況であることは、研究者は自覚するべきなのかもしれないですね。
キャリアを選ぶときの視点として、「やりたいかどうか」という気持ち面だけじゃなく、その職業をクールに見つめる必要性があると思っています。僕は雇用の不安定さに比べて教授が得られるリターンは大きくないと判断して、研究職ではない別のキャリアを選びました。
一番良くないのは、期待値をきちんと見積もらないままキャリアを選ぶこと。「●●はすごい」と言われるような世間の考え方に流されず、「その道を選ぶとどうなるのか」を冷静に見極めることが大切なのではないでしょうか。
期待値を見積もった上で「それでもやりたい」と決めたことは、誰にも咎められることのない、その人にとっての“正解”だと思います。
僕が一番に求めているのは“安定”です。研究に没頭していたところから今後のキャリアを考えた時、人生が安定していないことにすごく危機感を覚えました。研究の道に進んでも、数年単位での契約で雇用は不安定だし、年収も低い。そして、他の人の都合によってキャリアが左右されてしまう可能性があるわけです。
そのことに気付いたとき、「自分の人生の決定権をちゃんと自分で握っていたい」と強く感じました。自律的にキャリアを築いて、人生を安定させたいと思っています。
キャリアに悩んでいる方がいたら、現在の持ち札だけではなく、長期的なリターンを見越して考えみると、また違った選択肢も見えてくるかもしれません。
特に修士・博士課程の修了者は、違うキャリアがあるはずなのに、それを自覚していない人が多いのではないでしょうか。その自覚がないままでいると、失望だけが残るような気がします。
クールに選択肢を見極めて、「自分で選ぶ」。そういう意識を持つことが大切なんだと思います。
取材・文/小林 香織 企画・編集/天野夏海 撮影/川松 敬規(編集部)
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