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日本で唯一の医療CGクリエーター瀬尾拡史が実践する“橋渡し”のイノベーション「超一流の人をその気にさせる。それが自分の役目」

働き方

    本特集では、テクノロジーの力で社会課題の解決に取り組む「未来の創り手」たちの仕事にフォーカス。彼らが描くビジョン、挑戦の原動力、エンジニアがイノベーターへの一歩を踏み出すためのヒントを聞いた

    医療CGクリエーター・瀬尾拡史さんは読んで字の如く、医療の課題をCGを使って解決するクリエーター。臓器などの複雑な立体構造をデザイン性の高いCG技術により可視化し、使い勝手のいいソフトウエアにすることで、学習支援や手術精度の向上などに貢献する。言うなれば、医学とCGデザインという二つの世界をつなぐ人だ。

    この時代、テクノロジーを武器にレガシーな業界にメスを入れようという事例自体は少なくない。瀬尾さんがユニークなのは、高い専門性が求められる二つの世界のどちらにも自ら深く足を踏み入れていることだ。東大医学部を出て医師免許を取得。臨床医として2年間の勤務経験もある一方で、学部生時代にダブルスクールでデジタルハリウッドにも通い、CGデザインの技術を習得している。

    イノベーションは既知と既知のまったく新しい組み合わせから生まれると言われる。本人にその自覚はなくても、その意味で瀬尾さんはまさにイノベーターだ。瀬尾さんはなぜ二足の草鞋を履く道を進んだのか。二つの世界をつなぐ上で本当に大切なこととはーー。

    株式会社サイアメント 代表取締役社長 医師 / 医療CGクリエーター 瀬尾 拡史さん(@HirofumiSeo)

    株式会社サイアメント 代表取締役社長
    医師 / 医療CGクリエーター 瀬尾 拡史さん(@HirofumiSeo

    1985年生まれ。東京大学医学部医学科卒。在学中、デジタルハリウッドへのダブルスクールで3DCGの基礎を習得する。大学3年生時、裁判員制度での3DCGの利用を最高検察庁に提案し、裁判員裁判第1号事件では証拠画像としての3DCG画像を制作。その功績により東京大学総長賞、及び総長大賞を受賞した。現在はサインアメントにて医療CGクリエーターとして活動し、医療用のCG映像やソフトウエアなどのさまざまなコンテンツ制作の統括及び開発を行っている

    幼少期の趣味は「因数分解」。筑駒パ研の天才たちからCGを学ぶ

    今に至るルーツを大元まで辿れば、幼稚園時代ということになります。教育熱心な親だったこともあり早くから公文式で学んでいて、小学4年で高校2年の数学をやっているような子どもでした。6歳の頃の趣味は因数分解。数学的な意味や、それが何に役立つのかが分かっていたわけではなく、足し算と掛け算でできたパズルを解くのがただ楽しかったんです。

    中学は筑波大学附属駒場に進学。親に「21世紀はコンピュータくらいできなきゃダメだ」と言われて育ったので、部活はパーソナルコンピュータ研究部(通称・パ研)を選びました。入学したのは1998年だから、やっとWindows98が出た頃。まだまだ子どもがパソコンを触るような時代ではなかったですが、そんな中、かなり本格的にプログラミングをする部活でした。

    当時高校2年で部長だったのが、現在Wantedlyで取締役CTOを務める川崎禎紀さん。高校1年で副部長だったのがPreferred Networksの代表取締役社長CEOの西川徹さん。今振り返れば、相当すごい人たちに囲まれてプログラミングを学びました。環境って本当に大事だと思います。

    株式会社サイアメント 代表取締役社長 医師 / 医療CGクリエーター 瀬尾 拡史さん

    初めてCGと出会ったのもこの時でした。毎年11月に文化祭があり、パ研も出展するのですが、中学2年の時の部の研究テーマが3DCGだったんです。ゲームエンジンも何もない時代だから、ゼロからC言語とアセンブラでゴリゴリ作って。CGを作ろうと思うと実際の中身は数学と物理の塊なんですが、幼い頃から公文式でやってきた算数・数学が「こういう形で役立つのか」と初めて知れたのが楽しかった。

    CGのいろはを教えてくれたのは、パ研の同期だった大島芳樹くんです。現在は阪大の准教授をしていますが、国際数学オリンピックに日本人最多となる5回も出場して、ウィキペディアにも載っているほどの数学の達人。部としてCGをやろうとなった時には、当時中学2年生にして、CGを作るために必要な高校・大学レベルの数学を網羅した教科書を作ってくれました。僕はもちろん、高校生だった西川さんや川崎さんも彼が作った教科書でCGを学んでいます。

    とはいえ、この時点ではCGを使って世の中の課題を解決しようなんて発想はまったくなくて。CGと言えば、映画やゲームなどのエンターテインメントに使うものという認識でした。

    その認識が変わったのは、中学2年の時にNHKの番組『驚異の小宇宙 人体Ⅲ』を見たところから。CGをふんだんに使って「DNAとは何か、遺伝子とは何か」を特集する番組を見て、いわゆる教育・教養向けにもCGの使い道があることを知りました。

    『驚異の小宇宙 人体Ⅲ』

    驚異の小宇宙 人体Ⅲ

    CGは表現する手段でしかないけれど、同時に表現する中身についてもしっかり学べばこういうものが作れるのだと知り、僕もこの道に進みたいと思うようになりました。その後に東京大学の理科三類に進んだのも、番組を作るのに必要な人体の中身について学ぶには、医学部が最適と考えたからでした。

    一方でCGに関しても、デザイナーやクリエーターが使うようなソフトの使い方をしっかり学びたいと思ったので、教養学部の単位は最初の半年で集中してほぼ全て取り切り、大学2年の1年間はダブルスクール状態でデジタルハリウッドに通いました。

    作ったCGが裁判員裁判第1号事件の証拠に。

    ただ、この頃に考えていたのはあくまで、子どもたちが医学や生物学に興味を持つ入り口をつくりたい、難しいことを分かりやすく伝えたいということだけ。CGが治療に役立つとか、医療が抱えている課題を直接的に解決できるものだという発想はまだありませんでした。

    その認識が徐々に変わっていったのは、2007年に大学3年になり、医学部に進んでからです。東大では医学部に進むとチューターの先生がランダムに付くのですが、僕に付いてくれたのはたまたま法医学の先生でした。

    株式会社サイアメント 代表取締役社長 医師 / 医療CGクリエーター 瀬尾 拡史さん

    当時の僕は1年間のダブルスクールを終えたタイミング。医学部にいる残りの4年間で、東大と一緒に何かしらの医療系のCGを作れたらいいなと漠然と考えていました。そこでチューターの法医学の先生との最初の懇親会の前にアメリカの法医学のCG事情について調べておき、自己紹介でその話をしました。アメリカは裁判大国だし、昔から陪審員制度がある。医療事故や交通外傷が起こった時にどういう状態かが分かるCGを作る職業もあったんです。

    すると、先生が僕の話にすごく関心を示してくださって。日本でも2年後の2009年から裁判員制度が始まることが決まっていました。とはいえ、実際の運用はまだ手探りの状態。これまで専門家しかいなかった裁判の現場に素人が入ってくる。殺人の状況や傷の状態を一般人にいきなり写真で見せても理解出来ません。「良い運用方法を考えてほしい」と政府から先生方に依頼が来ており、ちょうど頭を悩ませていたところだったんです。

    先生はCGにはこれまで馴染みのない方でしたが、「2カ月後に最高検察庁で裁判員制度の運用方法について発表する会がある。そこに向けて何か作ってくれないか」と僕に言いました。「必要な機材はすべて揃えていいから」と言って50万円近くを研究室で用意してくださって。僕としてももう引き下がれない状況でした。

    株式会社サイアメント 代表取締役社長 医師 / 医療CGクリエーター 瀬尾 拡史さん

    検察庁が作った仮想の殺人事件の鑑定書を元にCGを作るというのが、その内容でした。作業期間は実質1か月。突貫工事でしたが、これがかなり評判が良かったんです。その後、実際の裁判員裁判第1号事件の証拠にも、僕の作ったCGが使われています。

    こうした経験を重ねるうちに、テレビ番組を作ることで子どもたちに科学の面白さを伝える以外にも、もっと直接的に社会に役立つCGの使い方があることが分かってきました。これは、医学部に入り、法医学の現場を経験したからこそ気付けたこと。そこで、卒業後もすぐにCGの世界に入るのではなく、2年間の研修医期間を利用してさまざまな科を回ることで、医療の抱える課題をできるだけ具体的に知ろうと考えました。

    これは医療に限った話ではないでしょうが、本当の課題がなんなのかは、やはり現場に入らないことには分からないものだと思います。

    異なる分野の専門家をつなぐには「通訳」が必要だ

    今ではさまざまな医療関係者からお仕事の依頼をいただきますが、依頼してくる本人も何がしたいのかがよく分かっておらず、「こういう治療に役立てたいのだけれど、CGを使って何かできないか」など、ざっくりとした相談から始まるケースも多いです。当然ですが、ざっくりしたままでは何も作れませんから、これを具体的な形にしていく必要がある。

    例えば、最近取り組んでいるプロジェクトの一つに、手術を控えた子どもの心臓のCGを作り、シミュレーションに使うというものがあります。まず病気の子どものCTを撮り、そのデータを元にCGを作るのですが、心臓の内側を再現するのはそれほど難しくない反面、外側の表面を作るのは現在の技術だとかなり難しいんです。

    でも「心臓のCGを作ってほしい」という先方の話をよくよく聞いていくと、手術をする際に内側の正確性はかなり重要だけれども、外側はそこまででなくても用が足りることが分かってくる。

    株式会社サイアメント 代表取締役社長 医師 / 医療CGクリエーター 瀬尾 拡史さん

    「こんなことをやりたい」と言っている中にもいろいろな要素が含まれているから、対話を繰り返す中でそれを順々に解きほぐし、一番実現したいこと、あるいは最低限これができればいいという足切りラインを明らかにする。その上で、現在あるCG技術で実現可能かを検討していきます。

    けれども、こうした対話をするためには、医学のことをある程度知っている必要がありますし、一方ではテクノロジーのことも知っていなければ難しい。例えば、外科手術のシミュレーションに使うCGソフトウエアを作るという話になると、多くの人はできるだけ本物そっくりに作ればいいと考える。でも、本物と区別ができないレベルでCGを作ると、それはそれで問題が起こるんです。

    CGを作る際にはCTなどの画像を元にするのですが、こうした画像には体の中のすべてが写っているわけではないから、細過ぎて映らない血管などは「ないもの」として扱われることになります。そのCGがあまりに本物そっくりだと、シミュレーションを終えて実際に手術をする際、そこにあるはずの大切な血管を「ないもの」として切り込んでしまうことが起こる。過去にはそういった事故が実際に起きています。

    映画やゲームなどでたくさんのCGを見ている私からすれば、医療で用いるCGは、本物っぽく、けれども本物っぽすぎない絶妙なバランスで作るべきだと常識的に分かるのですが、医師からするとそうではない。だから、二つの世界をつなぐには、両方を知っている通訳的な存在が少なくとも一人は必要なんだろうと思います。優秀な日本人と中国人がいたとして、でもお互いの言語が分からなかったら、何もできないじゃないですか。三流でもいいから、一応通訳できる人がいて初めて何かになる。それと同じです。

    超一流の人を「その気にさせる」ためにできること

    医工連携はなかなかうまくいかないと言われますが、その理由の一つは、エンジニアは医者を馬鹿にするし、医者はエンジニアを馬鹿にするみたいなところがあるからだと思います。似たような話は企業の中にもあるのではないでしょうか。営業と企画、企画とエンジニア……お互いが歩み寄れないがゆえにイノベーティブなことができない、価値ある仕事が生まれないという事例は山ほどあります。

    株式会社サイアメント 代表取締役社長 医師 / 医療CGクリエーター 瀬尾 拡史さん

    とはいえ、自分の専門外のことにはなかなか想像力が働かないのも確か。そこはやはり、少しでもいいからどちらもやっている人が緩衝材や橋渡し役になる必要があるのでは。僕自身はそちら側の人間だと思っています。

    二つの世界の両方で一流になるのは普通は無理です。少なくとも僕自身はせいぜい二流か三流にしかなれないだろうと思っています。本気でCGの研究をしている人には勝てないし、専門医の先生にだって勝てるわけがない。思えば、僕がバリバリのプログラマーの道に進まなかったのも、パ研時代に超一流の人に囲まれていて、「プログラマーになるのはああいう人だ」と認識していたからかもしれません。

    そんな二流の僕が二つ以上の世界をつなぐためには、それぞれの分野の超一流の人に都度教わることが不可欠になります。ですが通常、超一流の人は二流、三流の人と話すのは面倒臭いと考える。教えるのに時間が掛かるし、相手から学ぶことがないからです。

    僕が常に意識しているのは、そうした、自分よりもできる人をいかに退屈させないか。「こいつは分かってないところもあるけれど、吸収しようと思っているな。こいつになら教えてもいいか」と思ってもらえることが大事で。

    教えを請いに来たその人が口だけなのか、それとも本気で何かをやりたいと思っているのかは、超一流の人からすると全部透けて見えるもの。できる限りのところまでは自分で学んでいくとか、分からないことを明確にするとかして、いかに超一流の人を「その気にさせるか」は常に心掛けていることですね。

    取材・文/鈴木陸夫 撮影/吉永和久

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