本特集では、テクノロジーの力で社会課題の解決に取り組む「未来の創り手」たちの仕事にフォーカス。彼らが描くビジョン、挑戦の原動力、エンジニアがイノベーターへの一歩を踏み出すためのヒントを聞いた
「論理は世界をつまらなくする」イノベーションを生むのはエンジニアの“感情的な意思決定”だ【ウミトロン藤原謙】
世界人口の増加に伴い、人類の“深刻なタンパク質不足”が懸念されているという話を聞いたことがあるだろうか?
地表の70%を海が占める地球では、水産養殖の役割がこれから注目されている。
そんな中、「人類の食料問題と環境問題の解決」という壮大なビジョンを掲げて水産養殖のイノベーションに挑戦するのが、設立4年目のスタートアップ企業、ウミトロンだ。
IoT・AI及び衛星リモートセンシングなどの宇宙開発の技術を水産養殖に応用するビジネスで、水産分野のアーリーステージ投資として世界過去最高額の12.2億円を調達した。
同社を立ち上げたのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)出身のエンジニア、藤原謙さん。ウミトロン創業の経緯を聞くと、「養殖業を選んだのは直感」とのこと。
「ロジカルに考えるだけでは、みんな同じ答えになる。イノベーションに必要なのは“感情的な意思決定”」と語る藤原さんに、エンジニアがイノベーターとしての一歩を踏み出すために必要なことを聞いてみた。
「新しい宇宙開発のカタチ」を実現したい
JAXAで天文衛星の研究開発に携わっていた時は、宇宙開発の技術の多くが世に出ていかないことに、フラストレーションを感じていました。
せっかく時間を掛けて開発した技術でも、実際の産業に役立つ機会はほとんどなかったんです。
“閉じた宇宙開発”ではない、「新しい宇宙開発のカタチ」を探してみたいーー。
そう考えた私は、研究開発の場を離れてアメリカにMBA留学します。帰国後は商社でビジネスサイドから農業ベンチャーの支援に携わりました。
そのベンチャー企業は、人工衛星のリモートセンシング技術を使った食糧生産の効率化に挑戦していたのですが、彼らの支援をしている時に、「これだ!」と思ったんです。
宇宙開発の技術が世の中の大事な産業の役に立ち、その価値が消費者まで届く。
これこそが「新しい宇宙開発のカタチ」だと。
自分もそんな価値提供がしたいと思い、ウミトロンを立ち上げました。
養殖業というフィールドを選んだのは“直感”です。私は瀬戸内海の近くで育ち、子どものころから魚を捕って遊んでいました。
「海、生き物、自然……自分はこういうものが好きなのか」と後になって気付いたのですが、そうした小さい原体験も選択に影響していたと思います。
技術ありきではなく、現場の課題起点で考える
「データ解析によって、餌やりの量とタイミングを最適化する」。これが、私たちが今注力している事業です。
なぜ「餌やり」なのかというと、水産養殖業において最も大きな課題の一つだからです。
餌やりの作業は重労働で、魚の餌代は生産コストの6~7割を占めています。
餌の量は生産者が経験に基づいて判断していますが、魚が食べていないときに餌を与えてしまうと環境負荷が発生してしまう。
ウミトロンはこうした課題を解決するべく、IoT・AI機能を搭載した餌やり機を開発し、餌やりの適正化と自動化に取り組んでいます。
今後は人口衛星のリモートセンシング技術で取得した海洋データを活用して、さらに精度を高めていきたいと考えています。
徹底しているのは、現場の課題起点で考えること。
テクノロジーありきで開発したサービスは、使えないものになってしまう可能性が高いからです。
世の中の産業に役立つものを開発するために、「自分たちの目で見て、自分たちの手で解決する」アプローチを大切にしています。
食糧生産の領域では、まだまだテクノロジーの導入が進んでいません。
食糧生産は時間が掛かるため、生産者の利益のほとんどは餌や肥料などのワーキングキャピタルに吸収されてしまい、テクノロジーに投資するのが難しいという構造上の問題があるからです。
このサイクルを断ち切るためには、まずは食糧生産に関するデータを蓄積することが第一歩となります。
データが集まれば、現状の課題も今後導入するべき技術も明らかになり、収益性の低さや事業の不安定さを解決する道筋が見えてきます。
ウミトロンが自分たちを「データサービスの会社」と定義しているのは、こうした理由からです。
論理的判断は、世界をつまらなくする
宇宙から地球を見ると、地表の70%は海です。そんな“水の惑星”で食糧生産をしていくには、海が持っている自然の力や生態系を活用するのが理想的です。
こうした私の価値観は、仕事を通じてつくられたものばかりではありません。生活を通じて経験した全てのことによって形成されたものです。
会社を始めると、意思決定をする上で「よりどころ」が必要になりますが、それが分かりやすいものであればあるほど、生み出す結果はありきたりでつまらないものになってしまう。
例えば、「収益性が高い方を選ぶ」「最新のテクノロジーを使う」といったものが判断基準になると、大抵、誰が考えても同じ答えが導き出されるんです。そこから新しいものはきっと生まれません。
では、どうすればいいか。
私自身は、世の中に新しいものを生み出すためには、“感情的な意思決定”が必要だと思っています。
言い換えると、「何かこれ、面白そうじゃん!」とか、「何だかワクワクする」みたいな、そういう気持ちで下す意思決定です。
もし、今の日本で「現代のイノベーター」と言えるようなエンジニアが生まれにくいのだとしたら、それは、感情的な意思決定ができる場所が少ないからだと思います。
例えば、皆さんは最近「面白そう」から何かものづくりをしましたか?
理詰めで考えず、感情のままに何かスタートさせたことはありますか?
利益追求を後回しにして、自分のやりたいことに没頭していますか?
そう聞かれると、「意外とないな」と気付く方も多いかもしれません。
5人の優秀な人が揃えば「できないことはない」
では、「面白そうなこと」や「ワクワクすること」はどうすれば見つかるか。
一番良いのは、エンジニア一人一人が自分の“小さな原体験”にしっかり向き合い、イメージを膨らませていくことです。
原体験といっても、特別なものである必要はありません。私が子どものころに海でよく遊んでいたことも、その一つ。
そういう体験から生まれたアイデアを世の中に送り出していくことが、最も社会貢献につながると信じています。
私の場合は事業を立ち上げてから、水産養殖業が自分に合っていると気付いたのですが、直感で判断したことは正しかったと思います。
感情的な意思決定をするためには、頭で考え過ぎないことも必要ですからね。
ところが会社の意思決定は、基本的にロジカルに行われます。特に大きな組織ほど、たくさんの承認を取得していく過程で、最初の発想の面白かった部分がどんどん抜け落ちていってしまう。
企業の利益追求に見合う論理的な提案は、分かりやすくリスクも少ないため上司に認めてもらいやすいかもしれないけれど、世界を面白くはしない。
エンジニアのクリエーティビティーも、段々と萎んでいってしまいます。
そうした状況を回避するために、何も会社員を辞めろとはいいません。
でも、できるだけスモールチームで仕事をすることも大事にしてみてはいかがでしょうか。
チームが小さければ、「これ面白いよね」という感覚的なアイデアを次々に試しやすくなりますし、お互いに思っていることを気軽にシェアし合えます。
今の職場でそうした場所を得るのが難しければ、転職も一つの選択肢だと思いますね。
自分の経験上、5人の優秀なメンバーが100%の力を発揮できれば、解決できない問題はありません。
そこにエンジニアの皆さんがいるなら、つくれないものだってないはずです。
世の中に新しい価値を提供するようなイノベーティブな仕事がしたいなら、感情的な意思決定と、自己表現できるような環境に身を置くこと。
そうすれば、見える世界の景色が、がらりと変わると思いますよ。
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