この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
【芹澤雅人】20代で技術のスペシャリストになるのを諦めた“文系出身エンジニア”がSmartHRでCTOになれたワケ
企業が行う雇用契約や入社手続きを効率化するクラウド型の人事労務ソフト『SmartHR』。煩雑な業務に掛かる負担を削減したいと考える企業のニーズをつかみ、労務管理クラウドとして、国内シェアNo.1を誇っている。
その勢いとともに、このサービスを提供する株式会社 SmartHRも急成長中だ。
プロダクト開発を担うエンジニアチームを率いるのは、CTOの芹澤雅人さん。同社のメンバーがわずか3人だった頃にジョインし、エンジニアたちのマネジメントやチームビルディングを担いながら、組織の拡大フェーズを支えてきた。
だが新卒でキャリアをスタートした時、芹澤さんは「自分が文系出身のエンジニア」であることにコンプレックスを感じていたという。
それを克服できたのは、あえてスペシャリストの道を選ばず、スキルや知識の幅を広げることで自分の市場価値を高められると気付いたからだった。
文系出身エンジニアの芹澤さんがぶつかった壁
子どもの頃からパソコンが好きでHTMLを書き、中学時代にはゲームを作っていたという芹澤さん。高校、大学ではプログラミング以外に興味を持ち、文系の道へと進んだ。
「でも就活の時期を迎えて、文系の就職先で花形とされる商社やマスコミなどを見て回ったものの、どうもピンとこない。試しにIT企業の説明会に参加したら、自分の中ですごくしっくりきて。それがエンジニアの道を選んだきっかけです」
就職先として選んだのはナビゲーションシステムの運営会社。入社後は、バックエンドや法人向けWebサービスの開発に携わった。
だがここに来て、大学で文系に進んだことが思いがけない壁となって芹澤さんの前に立ちはだかる。
「その会社は社員の約8割がエンジニアで、自分の周囲にいた同期や先輩たちも大学でコンピューターサイエンスなどを学んだ理系出身者が大半でした。なのに自分は独学でしかコンピューターに触れたことがない。
エンジニアとしての基礎を積んでいないことがすごくコンプレックスだったし、『自分がこの人たちに勝てることはあるんだろうか……』と悩みました」
今からでも理系の知識をがむしゃらに勉強すれば、自分もスペシャリストになれるかもしれない。そう思って必死に学んではみたものの、どうしても限界はある。
「ちょうどデータサイエンスのブームが来た頃だったので手を出してみましたが、本を開いたら数式だらけで読み方すら分からない(笑)
でも大学で基礎を学んだ人は、難しいアルゴリズムについてスラスラ話せるわけです。それで『こりゃ一生勝てないわ』と思い、技術のスペシャリストとして生きるのは潔く諦めました。
それからですね、どうすれば自分の市場価値を高められるかを真剣に考え始めたのは。考え抜いて行き着いたのは、理系の知識にこだわらず、経営やマーケティングの本を読んだりして、インプットの幅を広げていくことでした」
こうして自分が興味を持てそうなことにあれこれ手を出すうちに、芹澤さんはある仮説にたどり着く。
それは「一つの領域でスキルを磨いたり、知識を深め続けるのではなく、複数を組み合わせれば自分の市場価値を高められるのではないか」ということだった。
「例えば『エンジニアだけどマーケティングの話もできる』とか『エンジニアだけど経営のことも少し分かる』とか。もしかしたら、それが強みになるんじゃないかと思い始めたんです。技術のことを分かる人はたくさんいるし、マーケティングや経営のことを分かる人もたくさんいる。
だから一つ一つは一般的なことかもしれませんが、その両方を持つ人は意外と少ない。それに気付いてからは、どの知識やスキルに需要があり、どう組み合わせることで自分の市場価値が高まるのかを常に意識するようになりました」
VPoEになった時に確信した、自分ならではの強み
芹澤さんの仮説が正しかったと証明されたのは、現在CTOを務めるSmartHRに移ってからのこと。
転職する直接のきっかけとなったのは、Techイベントのスタートアップバトルで同社が優勝したのを目の当たりにしたことだった。
「前職の仕事も楽しかったのですが、自分には『シード期の小さな会社で働いてみたい』という思いがずっとあって、いつかスタートアップでチャレンジしたいと考えていました。
そんな中で出会ったのがSmartHRです。企業で働く従業員データを体系的に保有できる人事労務管理のプロダクトに将来性を感じたこと、当時のメンバーが3人という小さな組織だったことが決め手となって転職を決めました」
入社したばかりの頃は、ひたすらコードを書いてプロダクト開発に集中していたが、組織が急成長してエンジニアの数が増えたことを受け、VPoEに任命される。
ここで役立ったのが、「エンジニア×マネジメント」のスキルの組み合わせだった。
「実は前職でも、マネジメントを経験させてもらっていたんです。高校時代の部活や大学時代に経験した飲食店のアルバイトでチームワークの楽しさを知り、ずっとマネジメントをやってみたいと思っていたので。
ただ当時は僕もまだ若く未熟だったので、メンバーそれぞれの考えや思いを汲み取れず、『エンジニアとはこうあるべきだ』と自分の理想像を押し付けてしまった。
それでうまくいかなかった反省があるので、今の会社でVPoEになってからはコーチングや1on1などの手法を取り入れ、各メンバーが好きなことや興味があることを把握して、やりたいことを伸び伸びとやってもらえる環境づくりに力を入れてきました」
特定の技術だけを追うのではなく、幅広い経験や知識を得ようと努力することがキャリアの強みをつくる。その仮説がまさに証明された。
この“組み合わせによる強み”は、2019年1月にCTOに就任してからも存分に発揮されている。
「CTOに任命された時、代表の宮田から与えられたミッションが『経営的な視点で、ものづくりの舵取りをしてほしい』ということでした。だから、経営やマーケティングの勉強をしてきたことが、今になってとても役立っています。
ものすごく深い知識を学んだわけではなくても、『それとなく知っている』ってことが意外と大事なんですよ。経営会議に出たときに、他の人が話す専門用語を理解できて、自分も同じ言葉を使って話せるだけでかなり違う。
弊社のビジネスサイドにはマーケティングや事業開発のプロフェッショナルがそろっていますが、こちらに知識がなければ彼らがいかにハイレベルであるかも理解できない。それではビジネスサイドへのリスペクトも生まれません」
いまやSmartHRは社員数が200名を超える規模に拡大した。「これだけ急成長している企業で経営側に身を置けるのは幸せ」と芹澤さん。
以前は「自分もいつか起業したい」と考えていたそうだが、「今はCTOとして、この会社をどこまで大きくできるかにチャレンジしたい」と将来のビジョンも変化していった。
マーケティング的な発想で自分のキャリアを考えよ
常に自分の市場価値を意識してきた芹澤さんは、若手エンジニアにも同様の目線で自分のキャリアを意識してほしいとアドバイスする。
「自分の市場価値を高めるには、“需要と供給”というマーケティング的な発想が必要です。社会がエンジニアに何を求めていて、それに対して自分はどんな価値を提供できるのか。
そこを理解しないと、どこにも需要のない技術を一生懸命に習得するといった無駄な努力をすることになりかねません」
ものづくりが好きで、目の前のことにのめり込みやすいエンジニアほど、自分の得意分野や担当する領域以外のことには無関心になりがち、ということはないだろうか。
「マーケティング的な発想を身に付け、世の中のニーズを知るには、自分の視野を広げることから始めてほしい」と芹澤さんはアドバイスする。
「まずは自分の会社でセールスなどのビジネス部門にいる人と話してみるといいですよ。『モノを売るってこういうことなのか』『マーケティングの人はこんなことを考えているのか』といった気付きがあって、それだけで一気に視野が広がります。
その次は、自分とは全く違うプロダクトを作っている他社のエンジニアと話してみる。同じ職種でも、働き方や求められるスキルはそれぞれ違うことが分かります」
そして、さらに次のステップとして、IT以外の業界・業種の人とも交流することを勧める。
「製造業や銀行、商社など古くからある業界の人と話すと、歴史が浅いIT業界よりもさまざまな点で圧倒的に先を行っていることに驚きます。
例えば、Web業界で数年前に注目された画像認識や異常検知、状況予測などは、製造業では昔から実証実験が繰り返されていて、すでに高いレベルで導入されている。
UIやUXの分野でも、今Webでやっているようなことはゲーム業界ではファミコンの時代から研究されている感じで。
そんな話を聞くたびに、いかに自分が井の中の蛙かを痛感するし、まだまだ勉強することがあると気付く。だから皆さんも、ぜひ他業種の人と積極的に交流してほしいですね」
外の世界に目を向ければ、今の自分に足りないものが見えてきて、何を身に付ければエンジニアとして世の中に価値を提供できるかも分かってくる。
意識的に視野を広げることが、“世の中から求められるエンジニア”への第一歩になるだろう。
取材・文/塚田有香 撮影/赤松洋太 編集/川松敬規(編集部)
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