本連載では、「世の中で活躍するエンジニアの過去の失敗」にフォーカス。どのような失敗をし、どう対処し、そこから何を学んだのか。仕事で失敗してしまった時の対処法や心構えを先輩エンジニアから学ぼう!
日米で4社起業したエンジニア増井雄一郎が20代で経験した“失敗”とは?「会社を畳んだのは、自分の実力を見誤ったせい」
生きていれば大小さまざまな壁にぶつかる。ときには目の前の壁に跳ね返され、挫折感や失望感を味わう。避けられるものなら避けたいと思うのが「失敗」というものかもしれない。
今回のゲストは、日米で通算4度の起業を経験し、最近ではソフトウェア・プロダクトの立ち上げに留まらず、ハードウェア設計やクラブDJに挑戦するなど、多彩な活動をしている増井雄一郎さん。
果たして増井さんには、一体どのような失敗体験があるのだろうか?
失敗を過度に気にしてしまうのは「期待値が高過ぎる」から
今朝、この取材の企画書を読み直して、改めて分かったことがあります。それは、自分がいかに物事を失敗や成功という枠組みで捉えていないか、ということでした。
もちろん、生きている限り思い通りにならないことはたくさんあります。
例えば最近、自作したプリント基板に電流を流したら、部品から煙が出てダメにしちゃいましたし、この間大きな会場でDJをしたときも、初めて扱うプロ用機材の操作をミスってパニックになりかけたり。
もちろん、思い通りにならなければ「残念だ」とは思いますよ。でも、だからといって「失敗した」とは思わないんです。
そもそも何事に対しても“期待しない”からだと思います。もちろん努力した結果が報われればうれしいですよ。でも、それが僕にとってのゴールじゃないですし、仕事をする上での動機付けでもないんです。
知らなかったことを知ったり、できなかったことができるようになったり、知識や技術を習得すること。それさえあれば僕自身は満足なんです。
だから思い通りになっても、ならなくても、あまり気にならない。ミスやエラーから学べることはたくさんありますから。
自分の力を過信して、20代半ばで会社を畳むことに……
20代半ば以降は、なくなりましたね。
はい。大学在学中に個人で仕事を受けていた取引先から請われてWeb制作会社を立ち上げたのですが、メンバーが増えるにつれて、経営もやらざるを得なくなって。
当時は経営とエンジニアリングの両方をきちんとやりたかったし、やれると思っていましたが、実際にはキャパオーバーで、僕自身の存在が組織のボトルネックになっていました。
端的に言えば自分の実力を見誤っていたということになります。会社の業績は決して悪くありませんでしたが、メンバーと腹を割って話し合った結果、創業から5年後に解散する道を選びました。
解散してフリーランスに戻ってから1年ぐらいは、「自分は経営者としてうまく立ち回れなかった。失敗したんだ」というネガティブな思考にとらわれていましたね。
時間が癒やしてくれた面はもちろんありますが、しばらくしてから振り返って、結局失敗というのは「現実と理想の間にあるギャップなんだ」ということに気付いたんです。
能力を高く見積もり過ぎれば失敗ですし、たとえ偶然が重なった結果だとしても、見込み通りの成果が出れば成功だと思うわけです。
あの一件を通じて、「自分にも他人にも過度な期待を寄せるべきではないし、小さな出来事で一喜一憂すべきではない」ということを学びました。
そうですね。成果が出せないときは「もっと努力すれば……」と、思うかもしれません。でも、最善を尽くしたとしても結果が伴わないことなんていくらでもあります。もちろん努力不足が原因ということもあるでしょう。
ただ、そもそも能力や成果に対する期待値が高過ぎて「失敗した」と感じてしまうことは、少なくないと思います。
だから僕は常に、今この瞬間にも「自分の実力を高く見積もりすぎていないか、期待値が高すぎないか」ということを気にしているし、自然と気になってしまうんです。
そうですね。経営やマネジメントは年齢を重ねてからの方がうまく回せそうですが、エンジニアリングは一度現場から離れてしまうと、ブランクを埋めるのがかなり難しくなってしまいます。
また、会社を畳んだタイミングで自分を振り返り、僕にとってもっとも大事なのは、好奇心や知識欲を満たすことなんだと確信できたので、それ以降は基本的にエンジニアリングに軸足を置くようになりました。
今はスタートアップでCTOをしていますが、僕にとって、起業するのもCTOの役割を果たすのも必要に駆られてのことであって、役職に対するこだわりも執着もないんです。
一発勝負ではなく、長期戦で考えれば失敗は怖くない
挽回できる失敗は、失敗ではないということでしょうか。
これはDJをやるようになって身に染みて感じるんですが、DJは本番の数時間が全てです。ミスも経験値にはなるとはいえ、現場でのしくじりはしくじり。その場でリカバーができないことが少なくありません。
でも、経営やエンジニアリングは長期戦ですから、もし施策を打って成果が出なければ、次々と改善策を繰り出して精度を高めればいい。一発勝負の短期戦と長期戦では、緊張感が全然違います。
そう思います。うまくいかなかったら、うまくいくまで何度もやり直せばいいんです。
他人からの評価を気にして落ち込む人もいるでしょうが、「他人の評価」と言いつつ、実は自分で自分を追い詰めている人も多そうです。
失敗に対して過度に反応しがちな人は、ちょっと冷静になって「自己評価が高過ぎるだけなのかも」って、疑うべきだと思います。
「自分はこうあるべきだ」とか「周囲の期待に応えなければ」とか、そういう思考でがんじがらめになって身動きが取れなくなっているとしたら、少し考え方を緩めたほうがいいでしょうね。
気持ちが楽になることは、決して手を抜くことと同じではありません。肩の力を抜いても最善は尽くせます。
今日、全てを失っても明日から生きていけると思えるよう準備すること。そして、安心して失敗できる環境をつくり、“失敗慣れ”することだと思います。
例えば僕の場合は、明日突然会社をクビになり、家や財産もなくなり、奥さんから離婚届を突きつけられたとしても、パソコン1台あれば仕事をしてお金を得ることができます。幸いパソコンと住む場所を提供してくれるような友だちはいるから、どんなことが起きても最低限の生活は営める。
僕が毎年、英語で講演したり、何かプロダクト作っては発表したりしているのは、何か不測の事態が起きても対応できる状況をつくっておきたいから。その準備や心構えの一貫として、自分に課している習慣なんです。
心身が健康で、何が起こっても生き伸びられると思えるようになれば、大抵の「失敗」は怖くなくなります。
実験的な取り組みからはたくさんの学びが得られますから、失敗の経験は必要です。
しかし実際問題、人事評価にも直結するため、職種や立場によっては務めている会社でそうそう失敗はできない人もいるでしょう。
そういう場合は、個人プロジェクトでもいいですし、『Qiita』に書かれているTipsを試すでも、 オーププンソース活動に参加するでも構いません。
仕事ほどシビアでない環境でいろいろ挑戦して失敗慣れすると、挽回可能な失敗は、失敗ではないということが実感できると思います。うまくいかなかった経験が、巡り巡って仕事に生きることもありますしね。
はい。加えて、自分のモチベーションの源泉がどこにあるのかをよく理解し、自分や他人を縛る先入観や過度な期待が捨てられれば、失敗を恐れる気持ちは薄くなるはずです。
世間と折り合いをつけるために必要な距離感や着地点は人それぞれ。自分らしくいられる場所を見つけるためにも、小さな失敗を重く考え過ぎないようにしてほしいですね。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/川松敬規(編集部) 編集/河西ことみ(編集部)
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