コロナショックの影響で、採用中止や縮小を発表する企業が増えている。
すでにエンジニア採用市場にも異変は起きていて、特に受託開発系の企業を中心に、ポテンシャル層の採用枠が減少傾向だ。
一方で、今まで通りエンジニア採用を継続すると決断した企業も存在する。
「世の中がどんな状況であっても、事業成長のためにエンジニア不足は避けなければならない」と力強く語るのは、クラウド名刺管理サービスを提供するSansanのCTO、藤倉成太さん。
同じく、クラウド人事労務ソフトを開発するSmartHRのCTO芹澤雅人さん、キュレーションアプリ『Gunosy』を運営するGunosyのCTO小出幸典さんも、「エンジニアの採用を積極的に進めている」と話す。
社会が不安定な状況でも、エンジニア採用を続ける彼らにはどんな思いがあるのだろうか?
コロナ禍におけるベンチャー企業のエンジニア採用の実態、そして転職検討中の若手エンジニアへのアドバイスを3人に聞いた。
応募者の層が変化。コロナ禍、採用の裏側で見えたこと
――コロナショックによって、皆さんの会社のエンジニア採用にはどんな影響が出ましたか?
藤倉さん(以下、敬称略):「経営資源の使い方はこのままでいいのか」という議論を3月に入ってから繰り返し行いました。
一度は「エンジニア採用も縮小しようか」という話が出たのですが、議論を重ねる中で「こういう時だからこそ、優秀なエンジニアの方が転職市場に出てくる可能性もある」という考えに至り、「エンジニア採用は今まで通り積極的に行っていこう」と決めました。
われわれは自社でサービスを開発している会社なので、世の中のどんな変化にも対応し、事業を伸ばすしか生き残る道はありません。
そのためには、エンジニア不足はどんな状況であろうと避ける必要がありました。
芹澤さん(以下、敬称略):僕らもSansanさんとほぼ同じ状況です。SmartHRのサービスの性質上、コロナ禍でも事業計画が大きく変わることはなかったので、エンジニア採用の計画も変更せずに進めることに決めました。
小出さん(以下、敬称略):弊社も、今後のwithコロナを考えたときに、エンジニアへのコストは変えずにいたいという意思で、採用は変わらず続けています。
変化の激しい時代は、見方を変えれば「新しいプロダクトを作るチャンス」です。エンジニアのリソースが必要な事業が生まれる可能性も十分あると考え、採用継続を判断しました。
――皆さん今まで通りエンジニア採用を進めているとのことですが、この数カ月での採用活動で何か変化を感じた点はありますか?
小出さん:応募者の方の「層」に変化があったように感じます。例えば、これまでであれば転職市場になかなか出てこなかったような、一つの会社で長く働き続けてきた方にもお会いできる機会が増えた印象です。外出自粛がキャリアを考え直すきっかけになったのかもしれませんね。
しかも今は、各社がWEB面談を取り入れていることも多いと思います。すぐに転職したいわけではなく、カジュアルに話が聞きたいだけという方もいらっしゃるので、応募者の方にとってはより気軽に転職活動ができる環境になってきたのではないでしょうか。
藤倉:当社の場合は、RubyやPythonのようなLL系の言語を扱うポジションの応募数が上がりました。これはスタートアップ界隈でよく使われる言語なので、もしかすると今の会社で事業の見通しが立たなくなってしまったために、先を見据えて転職活動に乗り出した方が増えたことの裏返しなのかもしれません。
一方で、銀行向けのシステム開発などでよく用いられるC#.NETなどの言語を扱える方の応募数は、若干ですが減少傾向です。SIerや大手の老舗企業に勤めているような方だと、この状況の中で今の会社に留まる方も多いのかな、と感じました。
芹澤:それはあるかもしれないですね。当社は際立った変化は今のところありませんが、コロナをきっかけに勤務制度が変わったことによって、普段からリモートワークで働きたい応募者の方にもリーチできるようになったと感じています。
今まではエンジニアも出社を前提としていたのですが、これから当社の働き方はもっと柔軟になっていくと思うので、応募者の間口はますます広がるんじゃないかと思っています。
――各社、新しい層にリーチできるようになったということですね。
芹澤:そうですね。あとは、オフラインで採用面接をしていた頃は、会議室が足りないために日程調整が難航し、応募者の方に内定を出すまでの期間が長期化してしまうケースがありました。ですが、Zoomを面接で使い始めてからは日程調整がかなりスムーズになりました。これは、想定外のメリットでしたね。
ただ、選考中にオフィスに来てもらうことができないと、カルチャーマッチの確認がお互いに不十分になるのではないかという心配も残ります。リモート選考が会社への帰属意識などに与える影響は、正直なところまだ分からないですね。
「技術力を高めれば、給料も高くなる」という勘違い
――今、不況を見越してよりスキルの高い経験者だけを獲得しようと「厳選採用」に舵を切る企業が増えています。これからの転職を検討しているエンジニアは、どんなことを意識すべきだと思われますか?
藤倉:ここ数年、スタートアップ企業にお金が集まりやすい状況が続いていました。つまり、世の中の景気が良かったために、実力以上の勢いで成長している企業も多かったと思うんです。
一方で、不況のときにこそ、その会社の真の姿が見えてきますよね。どんな思いで事業を行っていて、何を大事にしている組織なのかということが、クリアになっていくタイミングです。
そういう意味で、転職を検討している方には、ぜひその“思い”の部分に共感できるかを大事にしながら企業選択をしてほしいですね。この先、会社の経営が苦しくなったりした場合に、自分がそこで一踏ん張りできるかどうかは、その“思い”の部分に共感できているかどうかだと思うので。
芹澤さん:エンジニアの方だと、転職先の企業で技術力を上げられるかを重視する人も多いですよね。でも、今こそ「技術を習得」を目的にせず、技術力を生かして「何の課題を解決したいのか」を考えて転職することが大切なのではないでしょうか。
特に、若手のうちは「技術への好奇心」が勝ってしまうことはよくあると思うんですよ。でも、社会人として働く以上は、組織の利益に貢献し、対価を得ることが前提となります。
自分は何に貢献したいのか、そのために自分はこれからどうするのか。それを面接などを通して企業側にちゃんと伝えられれば、行き場は必ずあると思いますね。
藤倉:「技術力を高めれば、給料も高くなる」と勘違いしてしまうエンジニアも中にはいますよね。でも、ビジネスパーソンである以上、給料は事業に貢献してこそもらえるものだと思った方がいい。
営業には営業トークが必要だし、マーケターにはマーケティングの知識が必要。それと同じように、エンジニアにも専門知識としての技術力は必要ですが、それは単なる手段に過ぎない。そこにこだわり過ぎて、事業貢献の意識を失ってしまうのでは本末転倒です。
小出:今、若手の方の技術レベルって非常に高くなっていますよね。
Gunosyでは新卒採用も行っていますが、技術力のレベルでいえば、年々上がっていっていると感じます。でも、これから先、エンジニアとして長く働き続けていくためには、技術の専門性を身に付けることが全てではないと僕も感じていて。
ユーザーを取り巻く社会環境や課題がどう変化していくのかを考え、それを解決できる領域にチャレンジすれば、同年代のエンジニアに対してアドバンテージのあるキャリアをつくっていけると思います。
芹澤:自分の子ども時代を思い返してみると、その頃はプログラミングスクールなんてなかったので、本を見ながら手探りでコードを書いたりしていました。
学習環境が整っていなかったのになぜ学べたかのというと、作りたいものがあったからなんですね。当時はそれがゲームだったんですけど(笑)
やっぱり、大なり小なり何か目的があった上で臨まないと、技術の習得も中途半端になってしまうんじゃないかなと思います。
時代に左右されない「自分なりのストーリー」を持つ
――先ほど、藤倉さんから「思い」に共感できる企業を転職先として選ぶべきというお話がありましたが、お二人はいかがですか?
小出:そう思いますね。先ほどのお話と重なる部分もありますが、その企業が事業を通して解決したいと思っている課題を、自分も解決したいと思えるかどうかが重要だと思います。
withコロナの時代、新しい社会課題が山ほど生まれていますから、自分がそのどれを解決したいのか、考える機会も多いはず。そして、その課題を解決する引き出しを増やすために技術を習得するという順番で考えられるといいですね。
芹澤:あのUberやAirbnbがリーマンショック期に生まれたことを考えると、新規のサービスやスタートアップ企業はこれからたくさん出てきそうですよね。
きっとこれから先、世界中の人にとっての「新しい当たり前」をつくっていくようなビジネスに参画できる機会も増えていくと思います。
そういう場でチャレンジができるのは、エンジニアにとっても非常に有意義なのではないでしょうか。
藤倉:個人的には世の中がどんな状況であっても、自分なりの価値観や哲学を大事にしながら転職活動をしてほしいと思います。
ただ「不安だから」という理由で行動するよりも、自分が叶えたい働き方や生き方を実現するための転職をした方が、絶対に幸せになれるはずですから。
世の中が不安定な状況なので、「今は動かない」と決めているのであれば、もちろんそれでもいいと思います。
反対に、このような状況だから「今こそ動く」という強い意思があるなら、それもいい。自分は何のためにエンジニアとして働くのか、そのためにどこに身を置くのか……大切なのは一人一人がその「自分なりのストーリー」をしっかりと持つことです。
それさえあれば、動くも動かないも、どちらも正解だと思います。
Sansan株式会社 CTO
藤倉成太さん(@sigemoto)
株式会社オージス総研に入社し、ミドルウエア製品の導入コンサルティング業務に従事。赴任先の米国・シリコンバレーで現地ベンチャー企業との共同開発事業に携わる。帰国後は開発ツールやプロセスの技術開発に従事する傍ら、金沢工業大学大学院(現・KIT虎ノ門大学院)で経営やビジネスを学び、同大学院工学研究科知的創造システム専攻を修了。2009年にSansan株式会社へ入社し、クラウド名刺管理サービス「Sansan」の開発に携わった後、開発部長に就任。16年からはプロダクトマネジャーを兼務。18年、CTOに就任し、全社の技術戦略を指揮する
株式会社Gunosy 執行役員 最高技術責任者(CTO)、Gunosy Tech Lab 所長
小出幸典さん
慶應義塾大学政策・メディア研究科修了。アクセンチュア株式会社を経て、2014年にGunosyに入社。メディアプロダクトの配信アルゴリズム開発や、全社データ基盤構築等を担当し、2019年7月より執行役員、最高技術責任者(CTO)に就任。また、同社の中長期ビジョンを実現するための研究開発部門「Gunosy Tech Lab」の所長も兼任している
株式会社 SmartHR 執行役員 CTO
芹澤雅人さん (@masato_serizawa)
早稲田大学社会科学部卒。ナビゲーションサービスの運営会社にエンジニアとして入社。経路検索や交通費精算、動態管理などのサービスを支える大規模なWebAPIの設計・開発を担当。2015年、SmartHRに参画。開発業務の他、VPoEとしてエンジニアチームのビルディングとマネジメントを担当。19年1月より現職
取材・文/一本麻衣 撮影/赤松洋太
※今回の取材はオンラインで実施。写真は2020年3月以前に撮影したものを使用しています