LINE株式会社 Effective Team and Delivery室 室長
横道 稔さん
SIer、事業会社を経て、2018年にLINEに入社。エンジニアやエンジニアリングマネジャー、プロダクトオーナーなどの経験を生かし、19年8月に新設されたLINE Effective Team and Delivery室を率いる
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創業期に育まれた良い文化が、企業規模の拡大とともに失われてしまうことがある。
組織の秩序を守り、開発を統制するためにつくられたはずのルールに縛られ、自律性や組織を超えた協調が損なわれたり、エンジニアの創造性が阻害されてしまうことがあるからだ。
コミュニケーションアプリで知られるLINEには、チームと開発プロセスの視点からこうした文化の「衰退」を防ぐチームが存在している。
彼らは具体的にどのような活動をしているのか、LINE株式会社 Effective Team and Delivery室(以下、ETD室)のメンバーに話を聞いた。
LINE株式会社 Effective Team and Delivery室 室長
横道 稔さん
SIer、事業会社を経て、2018年にLINEに入社。エンジニアやエンジニアリングマネジャー、プロダクトオーナーなどの経験を生かし、19年8月に新設されたLINE Effective Team and Delivery室を率いる
LINE株式会社 Delivery Managementチーム
谷川能章さん
SIerのパブリッククラウド開発部門で、主に開発プロセス整備やリリース管理などのPMO業務を経験。18年、LINEに入社。現在は、LINE Effective Team and Delivery室のDelivery Managementチームに所属し、プロジェクトやチームにおけるマネジメントを支援している
LINE Fukuoka株式会社 Lean & Agileチーム
中村亮介さん
SIerのエンジニアとして、銀行向けシステム開発を経験し、14年、LINEに入社。サーバーサイドエンジニア、エンジニアリングマネジャーを経て、現在は、LINE Effective Team and Delivery室のLean & Agile チームの一員として、福岡でエンジニア組織の課題解決支援にあたる
横道さん(以下、敬称略):ETD室はCTO直下組織で、プロジェクトマネジメントに関する専門性を持つメンバーが集まる「Delivery Managementチーム」と、スクラムマスター、アジャイルコーチなどの専門性を持つメンバーを中心とした「Lean & Agileチーム」からなる組織です。
チームや開発プロセス、プロダクトそのものを改善し続けるために必要な手法の知見や、改善自体のサポートを、現場で働くチームやマネジャーたちに提供する役割を果たしています。
横道:標準化を推進する組織は、傾向としてトップダウン型の組織で現場に強制力を持った指示を出したり、現場から上がってきた申請を承認したりするような権限を与えられてしまうことがあります。
しかし、ETD室のアプローチはそのようなものにはしたくないと強く思っていて、指示や強制ではなく、現場の皆さんがもともと持っている能力を最大限に発揮してもらって課題解決することを支援したいと考えています。もともと優秀な人材がとても多いですから。
横道:はい。第三者的な立場から、プロジェクトマネジメントやアジャイルに関する専門的な支援を行うというのが私たちの役割です。
プロダクト開発自体やそのプロセスはとても不確実性の高いことが多く、発生した課題に対してベストプラクティスを当てはめれば解決できるような単純なものは少なくなっていると思います。ですから、私たちは開発プロセスを標準化し、現場に一括適用するような手法は取りません。
必要に応じて、開発プロセスにまつわるトレーニングなども提供しますが、それはあくまでも対話の基礎となる共通言語をつくるためです。現場での対話から、当事者であるチームメンバーやマネジャーの能力を十分に発揮してもらうことを重視しています。
第三者の客観的な視点が入ることで、自分たちの能力に客観的に気が付いたり、利害のない状態でフラットな議論ができることで、そういったことが可能になるケースは多くあります。
横道:LINEはこの2~3年間で社員数が倍増し、急速に組織が拡大しています。
ETD室を立ち上げたのは、そのような中でも創業期からLINEが培ってきた、自律性や協調性、人の創造性を重んじる文化を守るためです。
組織が拡大するままに任せていては、こうした文化はやがて失われてしまうでしょうし、ルールでガチガチに縛る手法は現場の創造性をなくすことにもつながり、LINEには馴染みません。
そこで、2019年8月、以前からプロジェクトやチームの支援に同様に携わっていた二つのチームを統合し、ETD室を立ち上げました。チームや開発プロセスの観点からアプローチするためです。
横道:ETD室では、専門性や経験、得意分野によってチームを分けており、現場から寄せられた依頼の課題内容に応じて適任者が担当する体制になっています。
Delivery Managementチーム、Lean & Agileチームそれぞれの具体的な取り組みや実績については、現場で支援に携わっているメンバーから説明してもらおうと思います。
谷川さん(以下、敬称略):Delivery Managementチームは、ETD室の中でもとりわけ、プロジェクトマネジメントや開発プロセスにまつわる課題解決にフォーカスしたチームです。
私たちのミッションを簡単にまとめると、支援先のメンバーとディスカッションしながらともに課題の根本原因と改善策を考え、課題解決へと導くことにあります。
仮説検証を通じて得た経験をもとに、「自ら課題を見つけ解決し続けるカルチャー」をチームに根付かせることも大事なミッションです。
谷川:最近の取り組みとしては、『LINE』の開発者向けプライベートクラウド「Verda(ベルダ)」を開発、運用するチームが抱えていた、プロジェクトマネジメント上の課題解決を支援しました。
「Verda」は、仮想サーバー5万台、物理サーバーが1万8000台もの膨大なインフラリソースを支えるプライベートクラウドです。
機能強化によって関わるエンジニアも増え、稼働するプロジェクトの数が増える一方で、プロジェクトの進捗管理やリスク管理が甘くなり、組織長のタイムリーでスムーズな意思決定が難しい状況になりつつありました。
谷川:アンケートや面談を通じて課題の分析を行う一方で、まず表面的に見えている課題であったプロジェクトの可視化を進めていきました。
これで当初の課題はある程度解決されたのですが、専任のプロジェクトマネジャーのような第三者が可視化をし続ける体制は、組織がスケールした時に同じ課題がまた発生します。
したがって、次の取り組みとしてプロジェクトを実際にリードするチームメンバー自身によるプロジェクト管理、チーム運営がうまくなされるような仕組みづくりに注力しました。
プロジェクトの観点で一つ例を挙げると、ワークショップなどを通じて、プロジェクト関係者のロールを具体的な仕事レベルで定義し直し、共有するということをやりました。
関係者それぞれに求められる役割や期待値の認識にばらつきがあると、誰がやるべきか判断しづらいイレギュラーな業務や割り込み業務が発生した場合、意思決定や対応が遅れてしまうことがあると考えたからです。
チーム運営の観点だと、アジャイル開発のプラクティスを活用しつつ、プロダクトとチームの行動を理想に近づけるために、理想の認識合わせや、プロセス・ルールづくりを定期的に計画する習慣化することを支援しました。
谷川:新規プロジェクトやチーム同士のコラボレーションをセットアップする段階で、メンバー間でお互いに「期待すること」「期待しないこと」を共有し合うことによって、オープンなコミュニケーションに基づいた意思決定がされるようになりました。
加えて、プロジェクトの途中段階で振り返る習慣を促進したこともあり、メンバーが抱えていた不満や不安が軽減されたという評価を聞いています。
中村さん(以下、敬称略):リーンソフトウェア開発やアジャイル開発の価値観や原則を大切にしつつ、組織やチームがより自律的かつ協調的に自身の課題を解決できるよう支援するのが、Lean & Agileチームの役割です。
中村:アジャイルコーチとして、スクラム導入支援やプロジェクトやチームが直面する組織上の課題解決を支援する一方、最近特に注力しているのがマネジャーを対象とした支援活動です。
中村:私自身もこのロールの前はマネジャーだったので良く分かるのですが、「仕事上の悩みを気軽に相談できる相手がいない」というマネジャーが少なくないからです。
ヒアリングを通じて、例え隣接する部門のマネジャー同士であっても、専門領域や部署が異なると、お互いの共通項や関心事について把握していないことが多いことが明らかとなりました。相談を持ち掛けたくても躊躇してしまうことが分かったため、改善に向けた取り組みを始めることにしました。
マネジャーという立場上、メンバーには話しづらいこともありますし、もし直面している悩みが直属の上司にも相談しにくい内容だと一人で抱え込んでしまうこともあり、かえって問題をこじらせてしまうことも少なくありません。マネジャーって意外と孤独な存在だと思うんです。
中村:一対一で相談に乗ったり、トレーニングを提供することもありますが、特に力を入れているのは、マネジャー同士の交流促進です。
直接的な取り組みとしては、悩み事を持ち寄り解決に向けてアイデアを出し合う「マネジャー相談会」、少し間接的な取り組みだと、書籍をテーマとした「読書会」も定期的に開催しています。
なぜ読書会かというと、書籍という共通のコンテキストを介在させることで、相互理解や課題発見の糸口をつかみやすくなるという利点があるからです。
中村:選択肢としてトップダウン型のマネジメントスタイルを重視していたマネジャーが、マネジャー相談会を機にメンバーと一緒に考え意思決定に参加してもらうようなマネジメントスタイルに変えたところ、メンバーがより主体的に動くようになったという事例がありました。
トップダウン型のマネジメントは、解決に急を要するような問題を解決する際にはとても有効なのですが、平時においては、メンバーのマネジャー依存を高めてしまいます。
これではチームの自律性は育まれず、マネジャーの負担も増すばかりです。
体系化された研修やトレーニングを受けることも大切ですが、それぞれのマネジャーが持つ経験やノウハウを横につなぐことで学びを得ることも、組織をより良くしていくには重要なポイントだと考えています。
横道:前身の組織の頃も含めて、この取り組みを始めたばかりの頃は、支援を受ける側の人たちから「なぜ、マネジャーでもない人がチームミーティングに加わるのか」「自分たちの仕事にケチでも付けられるのではないか」といった懐疑的な目もあったと思います。自分が逆の立場だったら同じように思うので、その気持ちはよく理解できます。
しかし、チームや開発プロセス上の課題や組織が抱えている問題を自分たちで解決する成功事例が増えるにつれ、今では専門性を持つ第三者を前向きに捉えてくれる場合がほとんどになりました。
少しずつですが信頼貯金を積み上げることができたかなと実感しています。
横道:これまでいろいろなチームが達成した数々の良い事例を、社内コミュニティーを活用しながら広げ、同じ課題を抱える方々同士が有機的につながり、協同的に高め合い続けられるような活動をもっと広げていきたいと考えています。
谷川:私たちにとって究極の目標は、社内のあらゆる組織に、絶えず自律的に課題を発見し、自らの力で解決していく力が備わっている状況をつくることにあります。
今後もワークショップやトレーニング、イベントの開催、プロジェクトやチームに対する支援を通じ、こうした状態を実現して維持していくよう、プロジェクトマネジメントやアジャイルの知見を広め、チームやプロジェクトに貢献できればと思います。
中村:マネジメントの素養や能力が高いにも関わらず、マネジャーになるというキャリアパスにネガティブな印象を抱いているエンジニアも中にはいます。
もちろん、エンジニアにとってマネジャーになることが唯一のキャリアパスではないですが、知識や経験、そしてマネジャーを支援する仕組みがないばかりにキャリアの選択肢を狭めてしまっているとしたら、個人にとっても組織にとっても大きな損失です。
ETD室での活動を通じて、一人でも多くのエンジニアがさらに能力を発揮できる環境づくりに力を注げたらと思っています。
横道:多くの方に、開発プロセスや組織課題に専門的に向き合えるキャリアパスがあることも知っていただけたらうれしいですね。
また逆に、ETD室で得た知見や経験を生かし、エンジニアやエンジニアリングマネジャーに戻ったり、プロダクトマネジャーに転身したりするような人材も出てくるはずです。
現場でのメンバーやマネジャーとはまた違った視点で知見と経験を深められるキャリアとして、皆さんに認識してもらえるよう、これからも活動領域を広げていきたいと思っています。
取材・文/武田敏則(グレタケ)
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