この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
ヤプリCTO佐野将史に聞く“ノーコード時代”のエンジニアキャリア論「好奇心の赴くまま、遊び感覚を絶やさずに」
昨今、急速に「ノーコード」という言葉が広がっている。プログラミングの知識がなくても、用意されたパーツをドラッグ&ドロップするだけで、誰でもWebサイトやアプリを作ることができる。
中でも、ヤプリは2013年頃からいち早くコーディングなしでスマホアプリが作れるノーコードのサービスを日本で広めた会社だ。創業当時はまだ、スマートフォンが普及し始めたばかりの頃だった。
この先、ノーコードがますます世の中に浸透したら、エンジニアのキャリアにはどんな影響があるのだろうか。ヤプリCTOの佐野将史さんに話を聞いた。
株式会社ヤプリ CTO
佐野将史さん
ヤフー株式会社に新卒入社。『Yahoo!ファイナンス』のiOSアプリやスマートフォンサイトを開発。同時並行で社内新規事業の立ち上げと、『Yappli』の開発に取り組む。2013年にファストメディア株式会社(現・株式会社ヤプリ)を共同創業。経産省所管のIPA(独立行政法人 情報処理推進機構)「未踏ユース2007年度下期クリエーター」として事業採択 。UXデザイナー/デベロッパー
週末の楽しみから起業。ノーコードは「最初は誰にも見向きもされなかった」
新卒でヤフーに入社し、ガラケー版の『Yahoo!ファイナンス』を開発することになった佐野さん。社内ベンチャーの立ち上げや、人手不足のチームでプロダクト開発をサポートする業務も担う傍ら、休日は1人で『Yappli』の開発をすることに夢中になっていたという。
『Yappli』開発のきっかけは、「Web上のCMSを操作するだけで、動的なアプリを作るにはどうすればいいか」というテーマに純粋に興味を持ったことだった。楽しい、面白いという気持ちに突き動かされ、『Yappli』開発に没頭した。
「いま、ノーコードが盛り上がってきて素直にうれしい」と笑顔を見せる佐野さんだが、2013年のファストメディア(現ヤプリ)創業当時は、ノーコードは誰にも見向きもされなかったと明かす。
「最初に『Yappli』をリリースした時は、周囲から何の反響もありませんでしたよ(笑)。その頃は『パーツを組み合わせたら、誰にでもアプリが作れます』なんて人に言っても、まるで伝わらなくて。デモを見せてようやく『これはすごい!』って相手の顔色が変わる。そんなことの繰り返しでした」
採用面談に訪れたエンジニアに『Yappli』でできることを説明しても、「コードを自動生成するソースコードジェネレーターなんでしょ?」と、言われてしまうこともあったのだとか。
創業当初は、中小企業やスタートアップ向けに『Yappli』の導入を提案していた。しかし、次第にアプリの運用や更新に悩む大手企業からも声が掛かるように。その広がりを決定付けたのは、ある大手アパレルブランドからのアプリ制作依頼だった。
「店舗とEC、ブログを連動させたスマートフォンアプリの制作を依頼されました。スクラッチでアプリを作ったはいいけれど、更新方法が分からず、自社にエンジニアもいない。
手をこまねいているうちに、OSはアップデートされてしまうし、どんどん新しいデバイスがリリースされて、せっかく作ったアプリが一年経っても放置されている、と相談があって」
その時、『Yappli』は「非エンジニアの困り事を解決できる画期的なプロダクトなのかもしれない」という思いが確かなものになった。
それから7年。いまでは400社以上の大手企業に導入され、あらゆる業界で企業のDX推進を牽引している。
ノーコード時代に求められるのは、“どこにもない”をつくれるエンジニア
佐野さんがたった1人で開発を始めた『Yappli』も、いまや従業員数は150人以上に。かつては見向きもされなかった「ノーコード」は、バズワードとなっている。
実際、カオスマップができるほど多くのプロダクトが生まれているノーコード市場だが、言葉の定義も、プロダクトの内容もばらつきがあるのが実態だと、佐野さんは言う。
「結局コーディングが必要なものもあるし、プログラミング知識ゼロの人が使えるものばかりではありません。また、Webサイトを作るためのものか、アプリを作るためのものか、アウトプットもサービスによってまちまちです」
佐野さん自身は、ノーコードとは「非エンジニアが作りたいものを、自力で作れるよう支援するサービス」だと定義している。 なぜ、そのような世界を目指すのか。
「すごくハッピーな世界が訪れると思うんですよ。だって、誰でもUI/UXや表現力の高いアプリを簡単に手に入れられるようになるわけですから。
そうすれば、アプリの見栄えや美しさは標準装備のスタンダードになり、データやコンテンツといった本質的な内容でアプリが評価されるようになるでしょう? すると、使い勝手が悪くて利用者を獲得できていなかったアプリも平等に評価されるようになるはずです」
アプリの制作力ではなく、アプリの内容やコンテンツの充実度で勝負できるようになると、佐野さんは力を込めて言う。
一方、専門知識を持たない人でも優れたアプリやWebサイトを作れるようになった場合、エンジニアの仕事はどう変わるのか。
「皆さんお分かりだとは思いますが、エンジニアの仕事が無くなるというような、極端なことはあり得ないと思っています。ただ、ある種のエンジニアが生き残るには、厳しい時代が来ることは確かです。
例えば、似たようなコードを量産してどのアプリにも同じように実装するエンジニアや、既存のコードを素早く書くだけのエンジニア……もし仕事の中にクリエーティブな要素がないと感じるなら、働き方を見直してみてもいいのかもしれません」
では、佐野さん自身は「エンジニアがクリエーティブに働く」ということを、どのように考えているのか。そう問いかけると、「世界の価値観を丸ごと変えてしまうような、どこにもないサービスを作ること」と真っすぐな目で答えた。
「ドラえもんの道具みたいに、『あんなことできたらいいな』という願望を叶えたり、誰も解けなかった大きな課題を解決できたりするソリューションをつくることが、これからのエンジニアに求められるクリエーティブさではないでしょうか。だって、『Zoom』みたいに、何百人も同時接続できるアプリケーションは、どうやったってノーコードだけじゃ作れませんから」
小さくても、ニッチでもいい。「自分が一番になれる場所」に身を置いてみる
「世界の価値観を変える」「どこにもないサービスを作る」、確かにそんなクリエーティブな仕事ができたらいいけれど、実際にやるとなると、難易度が高いことのように感じてしまう。しかし、佐野さんは「エンジニアの皆さんが、『好きなこと』をすればいいんですよ」と、さらりと言ってのけた。
「もちろん『自分の好きな仕事しかやりません』『自分の伸ばしたい能力だけ伸ばします』というスタンスは、ただのわがままです。会社で嫌われるだけですから、それはやめましょう。僕が言う『好きなことをする』というのは、やるべき仕事を、自分の好きなこととうまく近づけていくことで、『やるべきこと』と『やりたいこと』のバランスを自分で調節していくイメージです」
やるべきことと好きなことを近づけられると、仕事が楽しくなり、それによって成果も生み出しやすくなると佐野さんは言う。
『Yahoo!ファイナンス』のスマートフォンアプリを制作していた頃を振り返り、「これでもかというくらい、自分が興味のある機能を盛り込んだ」と笑う。
iPhone 3Gが発売され、Android端末の挙動がまだ不安定だった2010年当時、Webサイトにアプリのような動的な動きをさせたり、当時の限られた技術でPWA(Progressive Web Apps)を実現しようとしたのだそう。当時タブレット端末を持っている人は少なかったのに、iPad用アプリに熱を上げ過ぎて株価が立体的に動いて見えるUIを実装したこともあったという。
「僕みたいに技術が好きなタイプのエンジニアなら、新しい技術に触れられる機会を『やるべき仕事』の中にどう組み込めるか考えてみるといいと思います。好奇心が刺激されれば、ずっと遊び感覚で学べるし、仕事も楽しめるはずです。
また、いま活躍が目立つエンジニアの人たちって、必要性に応じて何かを学んできた人たちというよりは、遊び心とか、好奇心とか、そういうものを出発点に技術を磨いてきた人たちが多い印象です」
佐野さんは、これから活躍の幅を広げていきたい若手エンジニアに向けて、「自分が一番になれる環境を探し、身を置くこと」を勧める。
「どんなコミュニティーでもいいので、自分が一番になれる場所を探してみてください。『トップエンジニア』であるかどうかで、周りからの期待値やチャレンジできるチャンスの数が格段に違ってきます。そこで慢心する暇もないくらい真剣に仕事に向き合ったら、その分、見える世界が圧倒的に変わってきます」
技術好きの佐野さんが、CTOになった今も自分の好奇心を刺激するために取り組んでいるのは、やはり自分の手を実際に動かすことだ。
「今は開発以外の仕事が多くなっていますが、その合間を縫って新しい技術に触れる機会をつくったり、トレンドの開発手法を試してみたり、あえて昔ながらの手法で開発してみたり、自分の手でやってみることも止めないようにしています。
いま興味があるのは、iOSとAndroidを一度に開発できる『Flutter』というGoogleが開発したモバイルアプリケーションフレームワーク。遊び感覚で、ずっと触っていますね」
好奇心に突き動かされ、楽しみから価値を作り出していく佐野さんの姿勢から学ぶことは多いはずだ。
取材・文/石川香苗子 写真提供/株式会社ヤプリ
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