転職、副業、フリーで独立……キャリアの選択肢は広がっているけれど、起業という選択肢にハードルの高さはまだ残る。では、DX全盛時代に起業のカタチはどう変わる? エンジニアが会社を興すことで得られるものは? エンジニア社長への取材を通して“起業研究”してみよう。
元SIer勤務のSEから最高日商1千万の“ブラジャー社長”へ。大ヒット商品『24hブラ』開発に生きたエンジニア視点
新卒で入社したIT企業を3年目で退職し、ランジェリーブランド『BELLE MACARON(ベルマカロン)』を展開する経営者へと転身を遂げたのは、通称“こじみく”こと、小島未紅さん。
エンジニア時代、長時間にわたるブラの着用による不快感から、「着心地もデザインも妥協しないノンワイヤーブラが欲しい」と熱望。自ら開発した『24hブラ』を2018年に発売し、最高日商1000万円を記録する大ヒット商品となった。
ITとはかけ離れたアパレル業界での起業は、今までの経験がリセットされた状態からの再スタートのようにも見える。しかし実際は、「エンジニアの経験は今の仕事にものすごく役立った」と、こじみくさんは実感を込めて話す。
エンジニアのスキルは、こじみくさんのビジネスにどのように役立ったのか? IT業界を飛び出して夢を追ったこじみくさんに話を聞いた。
いつの間に、タンスの中がモノクロに!? 「機能性とデザインを両立したブラがほしい」
就活の時に、ものづくりを通して世の中に新しい価値を届けるのは、すごく面白そうだなと思ったんです。IT業界はそれが実現しやすい分野だと思いましたし、大学の授業で学んだプログラミングにも興味があったので、エンジニアを志望しました。
主に携わっていたのは、BtoC向けオンラインストレージサービスです。私はバックエンドの開発を中心に担当していました。テレビCMの影響もあって、ユーザー数は100万人ほどに成長し、自分の担当したサービスが世の中に浸透していくのを実感できましたね。
大規模なプロジェクトならではのやりがいはあったのですが、その分残業も多く、朝7時に家を出て深夜0時に帰宅する日が続く時期もありました。
そうですね。そんなふうに長時間働いていると、ブラジャーの締め付け感がだんだん気になるようになってきて。いつの間にか、デザインよりも機能性を重視してシンプルなノンワイヤーのブラを選ぶようになっていました。
そして、入社一年目も終わりを迎えようとしていたある日、タンスの中を見てはっとしたんです。
学生の頃は、いつもここにかわいいブラジャーが並んでいて、「今日は何にしようかな」と選ぶのを楽しみにしていたはず。それなのに、今目の前に並んでいるのは、白やグレー、黒など地味な色のブラばかり。素材もテロテロで全然かわいくない……!
「あれ、私のタンスの中ってこんなだったっけ!?」と、ショックを受けました。
はい。それに、前職ではキャリアに対する不安もありました。大企業ではあったのですが、「この会社の経験は、外で生かせるのだろうか?」「自分は価値のあるキャリアを積めているのだろうか?」というモヤモヤをずっと抱えていたんです。
例えば、たった3行のコードを修正するために、母体システムへの影響範囲を入念に調べて、資料を作り、上長に決裁を仰ぐという仕事もあって。今振り返れば、それも必要な経験だと理解できるのですが、当時はそれが今後のキャリアでどう生かせるのかがよく分かりませんでした。
そこで、まずはエンジニアとして仕事を続けながら、空き時間でブラジャーを作り始めてみたんです。すると、見える景色がどんどん変わっていきました。
「ブラってこういうデザインがあるんだ」とか、「こんな生地をこんな感じに使ったらかわいいかな」とか、ブラ作りに関する知見がどんどん溜まるだけでなく、Webサイトを自分で作ったり、経理やマーケティングなどの勉強を進めたりする中で、汎用的な知識やスキルも獲得できました。
自分のキャリアを切り開いている実感があったので、退職を決めてからも、不安は感じませんでしたね。
週3日エンジニアとして働きながら会社を経営。起業3年目にして『24hブラ』が大ヒット
社会人3年目の夏に退職して起業しましたが、生活費を稼ぐために、翌年の春までは派遣社員として商社に務めていました。その後の2年半は、エンジニアとして業務委託で働いていました。
派遣社員をしていた頃は週5日働いていましたが、エンジニアの仕事は報酬が高く、週3日働くだけでも生活できたのでかなり助かりました。自分にはずっとスキルがないと思い込んでいたのですが、これをきっかけに「エンジニアの経験は自分が思っていたよりもずっと価値がある」と感じられるようになりましたね。
工程としては縫製工場を探して、デザインや素材などを決めていくという流れで進めていきました。ただ、最初は肝心の工場探しにつまづいてしまって。どの工場も、基本的には全然動いてくれませんでした。
「ブラジャーを売りたいと思っている小島という者ですが」と個人名で電話していたので、警戒されても仕方ありませんよね(笑)。「こんな電話を取ってる時間はない!」とお叱りを受けたこともありました。
でも、全部で200社ほどのリストを作成した中で、話を聞いてくれる工場が1~2社だけあったんです。
そうですね。工場に依頼する場合は、まとまった数で発注する必要があったので、貯金と退職金を元手に200万円ほどを投資し、最初の商品は200組作ってもらいました。
それからクラウドファンディングなどを活用して何とか売り切りましたが、この時点ではまだ、「このまま伸びて行きそう」という感触はなかったんです。
『24hブラ』を商品化して、ツイッターを始めた2019年2月頃ですね。
当時はブランドの認知度を上げるために、商品のPRだけなくブラジャーやバストに関する発信もしていたんです。そうしたらある日、ブラジャーの干し方について説明したツイートがすごく反響があって。リプ欄で『24hブラ』を宣伝したら、その日だけで10万円も売り上げが立ったんです。
ブラジャーの干し方で悩むのは今日で最後にしましょうか?
男性のみなさまも脳裏に焼き付けておいてください? pic.twitter.com/iJBHRQqVIF
— こじみく?24hブラのプロデューサー (@milkonPANDA) March 25, 2019
しかも、買ってくださったお客さまが、「めちゃくちゃ良かったです!」と感想を投稿してくださって。それを見たお客さまがまた買ってくれるという循環が生まれて、どんどん売り上げが伸びていきました。
自分の中で、挑戦する期間を決めていたのがよかったのかもしれません。起業した時から、「3年間やってダメだったら、別の道に進もう」と考えていました。
だから、『24hブラ』を発売した時は、もうラストチャンス。社運というか、私の人生が懸かっているぐらいの感じでしたね。これからも続けていけそうな手応えを得られて、本当にうれしかったです。
エンジニアのスキルはIT業界の「外」でも役立つ。退職して分かった価値
それは、ものすごくたくさんありますね。エンジニアをやっていて最もよかったと思うのは、ものづくりに対する基本的な考え方を学べたことです。
システム開発では、ものづくりの工程が明確に決められています。私はシステムに関しては、設計から納品まで全ての工程を経験していたので、初めにブラを作った時も、「ものは違えど、工程通りに進めていけばきっと作れる」という自信を持つことができていました。
また、『24hブラ』を大量生産する段階では、縫製をコーディングのようなものだと捉えていたので、どれぐらいのボリュームをどのぐらいのリードタイムで作れるのかが、すごくイメージしやすかったんです。
さらに、デザインを変える際には、考えるべきポイントがすぐに分かるメリットもあります。例えば「ブラのストラップを変えるなら、縫い口も変えないといけないな」とか。一つの機能の変更による“母体システム”への影響を把握する感じですね(笑)
そうですね。あとは、自分一人で業務改善ができるのも、元エンジニアで良かったと思うポイントです。
よく、「一人で会社経営をしている」と言うと驚かれるのですが、それができるのは、エンジニアのスキルを生かして作業を効率化しているからなんです。
例えば、ショッピングサイトと発送代行会社でデータの扱い方が異なる場合、注文が入るたびに手作業で変換している人は多いと思うのですが、私はポチッと押すだけで処理が完了する自動変換ツールを自分で作成し、使用しています。
また、サイズ交換や返品などの問い合わせ対応については、エンジニアがバグを管理するときに使う「チケット管理」の仕組みを活用しているので、タスクの優先度や、作業の状況を一目で確認できるんです。
その通りで、今ではエンジニアのキャリアがない自分は想像できないぐらいです。「エンジニアの経験は他の業界では役に立たない」と思っている方もいるかもしれませんが、私の場合、決してそんなことはありませんでした。
今後については、まずは既存のブランドを育てていき、今の10倍ぐらいの売り上げが常にある状況を目指しています。そのためには、さらなる効率化を進めていかなくてはいけません。これからもエンジニアのスキルはどんどん活用していくと思います。
今エンジニアで、「今後自分の手でものづくりをしていきたい、会社を興してみたい」と考えている方がいれば、ぜひテクノロジーの分野以外にも可能性が広がっていることを知っていただけたらうれしいです。
取材・文/一本麻衣 撮影/赤松洋太 編集/河西ことみ(編集部)
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