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広告ゼロで世界展開に成功~2D立体表現ソフト『Live2D』開発を支える「学会モデル」とは

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    「Go Global」の旗印の下、自社製品で海外市場に挑戦する――。これは、プロダクト開発に携わるあらゆる人にとって、憧れのビジネス展開といえよう。

    だが、とりわけIT業界において、日本発で世界展開に成功した企業は非常に少ない。ローカライズの壁や体制づくりの失敗など、要因はさまざまあるだろう。

    そんな中、ゲームやキャラクター表現の世界で、国際的に知名度を高めつつある日本のベンチャーがある。2Dによる立体表現ツール『Live2D』を開発・提供する株式会社Live2Dだ。

    2D立体表現ソフト『Live2D』

    2D立体表現ソフト『Live2D

    このツールは、イラスト、マンガ、アニメなどの2D画像を、2D独特の形状や画風を保ったまま立体的に動かすという世界に類を見ない技術だ。

    「イラストを3Dにした途端、かわいらしさが失われる」、「キャラクターの動きが変になる」といった課題を解消することで国内外のクリエータから好評を博し、今ではアジアを中心に海外での売上が2割以上を占めるようになっている。

    しかも、個人・法人を問わず利用者はイベントや口コミ経由で広がっており、海外での広告活動は一切行っていないという。

    なぜ、Live2Dは「プロダクトの魅力」だけで世界シェアを獲っていくという理想的なサイクルを回すことができているのか。その背景の一つには、同社が地道に築いてきたユーザーコミュニティとのつながりを活かした「学会モデル」という仕組みがあった。

    積極的にコミュニティを運営する中で出てきた「コアなファンの社員化」

    (写真左から)Live2D代表取締役の中城哲也氏と、チーフプログラマの阿曽直貴氏

    (写真左から)Live2D代表取締役の中城哲也氏と、チーフプログラマの阿曽直貴氏

    イラストやマンガの2次元キャラクターをディスプレイ上で動かすには、少しずつ変化をつけた絵を何枚も描いて動きを表現するか、3Dソフトを使って3次元化したモデルを動かす方法を採るのが一般的だ。だが、いずれも煩雑な作業が伴う上、動かしやすさを優先させる場合は見る者に原画とは異なるイメージを与えてしまうことがある。

    2000年代半ば、ここに商機を見いだしたLive2Dは、旧社名であるサイバーノイズの時代から技術開発を進めながら、試行錯誤を繰り返してきた。

    その過程は決して順風満帆なものではなく、一時期は社員が代表取締役の中城哲也氏たった1人になるような危機も経験しているが(参照記事は以下)、そこから国内外で知名度を高めるまでになった理由はひとえに「ツールの磨き込み」が奏功したから。

    >> 参照記事:会社消滅寸前だったとあるベンチャーが、世界初の2D立体表現技術を完成できたワケ

    学生時代からグラフィックソフト開発会社でアルバイトするなど、グラフィック領域での経験が豊富な中城氏

    学生時代からグラフィックソフト開発会社でアルバイトするなど、グラフィック領域での経験が豊富な中城氏

    原画から切り出した顔や身体などの部位にポリゴンを割り当て、再構成したキャラクターを立体的に動かすというシンプルな操作方法や、制作したアニメーションを同社のSDKによってゲームやアプリに転用できる点などを理由に、現行バージョンの『Live2D Cubism』は概算で世界200作品以上のキャラクター制作に使われるようになったと中城氏は言う。

    「日本ではバンダイナムコゲームスのPSP用ゲームソフト『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル』といったビッグタイトルに採用されたことが普及のきっかけになりましたが、海外においても同様の好循環ができつつあります」

    この好循環を生み出す礎が、同社が「学会モデル」と呼ぶ開発スタイルなのだ。

    これは、「描いたイラストを動かす」ための基盤ツールを提供するだけではなく、海外で行われる技術展示会や自社が企画するコンテストなどを軸にユーザーコミュニティを広げながら、コミュニティメンバーと共に開発を進めていく手法である。

    「当社はこれまで、Live2Dを使った創作活動に関わる方々が集まるイベント『alive』や、コンテスト型のイベント『Live2D Creative Award』などを通じて、ユーザーへの情報発信やQ&Aを活発に行うように心掛けてきました。それが国内外にLive2Dの熱心なファンを生み、いつしか『ディベロッパーとして入社したい』という人を生み出すようになった。こうした関係性を、社内で『学会モデル』と呼んでいます」

    一般に学会は、国内外の教育機関や民間企業の研究者らが立場を越え、一つのテーマのもとに議論を重ねながら、その分野の発展に寄与することを目的としたコミュニティだ。この仕組みと同じように、同社では、「描いたイラストを動かす、という表現分野」そのものの発展を支援するため、基盤ツールだけでなく、情報、ノウハウ、交流の機会、発表の場を提供し、そのコミュニティを活性化している。

    チーフプログラマとしてLive2Dの次世代版『Live2D Euclid』の開発に携わる阿曽直貴氏も、この「学会的なコミュニティ」によって自らの仕事が支えられているのを感じている。

    「私たちの開発チームには、もともとユーザーとしてLive2Dを使っていたメンバーが大勢います。彼らの多くは自分で作品を作るだけでなく、Live2Dコミュニティで他のユーザーをサポートしたり、作品コンテストに参加していた人たちです。“中の人”以上にLive2Dを熟知した人も少なくありません」(阿曽氏)

    開発チームにはこれまで、アメリカの名門カリフォルニア大学バークレー校出身のインターン学生や、インドネシアから入社した「元コアユーザー」が多数在籍してきた。直近でも、ドイツから来たエンジニアを社員雇用すべく動いているという。彼らはいずれも、各国のユーザーコミュニティの中心にいた人たちだ。

    他にも、C++の中でも先進的なライブラリとして知られる『Boost』の開発に携わっている日本人エンジニアや、元ジブリの開発者など、そうそうたる経歴を持ったメンバーが集まっている。

    「彼らに共通するのは、Live2Dのユーザーとして、プロダクトに対して強い思い入れがあること。その情熱が高じて、さらなる“磨き込み”に参画してくれるのです」(中城氏)

    「開発の進め方にも『信長の鉄砲三段打ち』のような革新が必要」

    こうして出来上がったLive2Dの開発チームは、必然的に多国籍な陣容になっている。

    現在、現行版のCubismチームと次世代版のEuclidチームを合わせると10名ほどが在籍しているが、今後はさらに改善スピードを上げるべく人員拡大に取り組むという。

    チーフプログラマの阿曽氏自身も、かつてはユーザーとして『Live2D』を利用する1人だった

    チーフプログラマの阿曽氏自身も、かつてはユーザーとして『Live2D』を利用する1人だった

    「まだまだ少人数の体制には変わりないので、開発のやり方自体は工夫し続けなければならないと考えています。僕らのような小さなベンチャーが世界標準のモノづくりをしていくには、織田信長の『鉄砲三段打ち』しかり、手法そのものを革新しなければなりませんから」(中城氏)

    その一つとして挙げられるのが、クラウドソーシングを活用した「技術調査・検証作業の簡略化」だ。

    近年、クラウドソーシングを活用した開発は珍しくなくなったが、Live2Dでは「ネット上に3人くらい部下を持つ感覚」(中城氏)で検証作業を外注しているという。

    「エンジニアたちには、予算枠にとらわれずどんどん外部に発注していいと公言しています。新しいツールやライブリの調査やテスト、サンプル作成などに時間と人手を割くより、プロダクトの磨き込みに集中した方が、結果的に良い製品ができるはずです」(中城氏)

    こうした体制を採るのは、将来への危機感があるからに他ならないと中城氏。

    「Live2Dを支持してくれるファンは増えていますが、現状のLive2Dはまだまだ理想形から程遠い状態だと思っています。一方、3Dソフトの進歩も速いので、うかうかしていると『3Dソフトでいいじゃないか』という声が強くなることも十分に考えられる。そうなってしまってからでは挽回は困難です。ですから私たちは、常にやり方そのものを革新していく必要があるんです」(中城氏)

    海外売上5割以上を目指して開発陣を強化

    この「やり方」に関しては、エンジニアのみならず、ユーザーの立場に近いグラフィックチームの意見も汲み取りながら、日常的に意見交換をする場を設けているそう。今後は、本格的に需要が伸び始めた海外ユーザーへのサポートもいっそう力を入れる構えだ。

    「世界展開はこの2~3年が勝負だと思っていますので、1年半後までに70名体制くらいに組織を大きくして、いち早く海外売上比率を5割まで引き上げたい。そのためにも、これまで以上にコミュニティとの関係を強化していくつもりです」(中城氏)

    コミュニティの力を最大限に取り込み業績を伸ばしてきたLive2D。当面はキャラクターの360度回転にも対応する『Live2D Euclid』の正式リリースによって、国内外の市場を席巻することが目標になる。

    そのためには、組織も次の段階へステップアップしなければならないだろう。

    「昨年までエンジニアが3名で今年は10名程度ですから、組織が大きくなることによる問題はまだ表面化していません。とはいえチームはすでに多国籍化していますし、今まで以上のスピードで組織が拡大することは見えているので、部署間の意思疎通をスムーズにしたり、クラウドソーシングやコミュニティの皆さんの力を借りていく手法についても改善を重ね、考えを尽くさなければと考えています」(阿曽氏)

    組織が成長することによって「学会モデル」がどう変化するか。ユーザーに愛されることで成長してきたLive2Dは今、世界市場でデファクトの地位を築くという新たな目標を前に、日々試行錯誤を繰り返している。

    取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/伊藤健吾(編集部)

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