【Live2D】会社消滅寸前だったとあるベンチャーが、世界初の2D立体表現技術を完成できたワケ
自分の描いた2次元のキャラクターが、3次元空間上を自由に動き回る——。そんな夢のような世界が、いよいよ現実のものとなろうとしている。
株式会社Live2D(旧社名:サイバーノイズ)が創業以来、独自開発を続けてきた『Live2D(ライブツーディー)』は、イラスト、マンガ、アニメなどの2D画像を2D独特の形状や画風を保ったまま立体的に動かすことのできる、世界に類を見ない表現技術だ。
すでに100作品以上のゲームに採用されている同社の従来製品『Live2D Cubism』は動きの範囲が左右30度ほどに限られていたが、このほど開発された『Live2D Euclid』は360度の立体表現に対応。まだプロトタイプの段階ではあるが、同社が「最終目標」に置いていた技術に完成のメドが立った。
描いたキャラクターを動かすにはこれまで、手描きで1枚1枚描いてつなげるか3Dポリゴンを作るのが主流で、手間が掛かる上に、動かしやすさ重視の簡素なデザインにする必要があった。
『Live2D』を使えば、この「かわいらしいキャラクターイラストが、3Dにした途端にかわいくなくなってしまう」という問題を解決し、日本独特のキャラクター文化をそのままに表現できる。さらには、従来の技術では無理だった水彩塗りや墨絵などの立体表現も可能になるといい、漫画家の井上雄彦氏の作品でも採用されている。
自身もエンジニアである代表取締役の中城哲也氏は、2006年に同社を創業。以来9年間、受託開発などはいっさいせずに、『Live2D』の技術1本に絞って研鑽してきた。
しかし、現在に至るまでには会社消滅寸前にまで追い込まれた苦しい時期もあったという。『Live2D』はいかにして危機を乗り越え、日の目を見ることができたのか。中城氏へのインタビューから、その歩みを追った。
日本発で世界標準のソフトウエアを作りたい
中城氏は京大工学部在学中に神戸のグラフィックソフト開発会社でアルバイトを始め、この世界に足を踏み入れた。10年務めて最終的に役員まで上り詰めたが、在学当時から起業への意識は高く、独立の道を選んだ。
中城氏を最終的に起業へと駆り立てたのは、「世界標準の技術を作りたい」という思いだったという。
「日本発で世界に通用しているのはゲームくらいで、世界標準のソフトウエアはないように思えました。輸出できる技術、ものすごく売れるものを作って、何かしら世界にインパクトを残したかった。だから最初から独自技術1本で勝負することに決めていましたし、受託開発で安易に儲けようという考えはなかったですね」
事業のアイデアは、前職在職中から研究を進めていた『Live2D』を含め、3つあった。
「前職を通じて、技術だけでは勝負できない、広報や営業といったビジネス戦略が技術そのものと同じくらい重要であると感じていましたが、エンジニアとしてのキャリアを積んできた自分にとって、広報や営業などは得意分野ではありません。『Live2D』ならば作品自体が宣伝になり、実績が実績を呼ぶと考えました」
その考え自体が正しかったことは、その後の『Live2D』の歩みが証明している。だが、その好循環に入るまでには5年の歳月を要したという。
社員ゼロの危機を救った3つの転換点
創業直後に経産省の個人プログラマー向け支援事業「未踏ソフトウエア創造事業」への申請が通り、技術開発は順調に進んだ。しかし、その技術を実際に使ってくれる企業はなかなか現れなかった。
「興味は持ってくれても、実績がないのを理由に尻込みしてしまう会社が多かった」
次第に資金は減っていき、かろうじて給料の遅配こそないものの、3カ月後には立ちゆかなくなることが目に見えていた。当時のスタッフには泣く泣く辞めてもらうことになった。
しかし、会社が消滅してしまえば育んできた技術はどこか別の会社のものになってしまう。サイバーノイズは社員ゼロ、中城氏たった1人の会社として存続し、開発は細々と続けられた。
光明が見えたのは創業5年目のことだ。とある開発会社の社長に『Live2D』の表現力の高さが評価され、バンダイナムコゲームスのPSP用ゲームソフト『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル』に採用された。
これが、反転攻勢に向けた最初の転換点となった。その後続けてiPhone、Androidが出たことは、『Live2D』にとってさらなる幸運だった。
「コンシューマーゲームは開発に1年以上かかりますが、スマホゲームであれば数カ月でリリースできます。短いサイクルで実績が実績を呼ぶ好循環が生まれたのは、ここからでした」
ちょうどそのころ、後にチーフデザイナーとなる國定みゆきさん、『Euclid』の開発リーダーを務めることになるエンジニアの阿曽直貴氏という両輪がチームに加わったことも大きかった。
「決してまだ好転しているとは言いがたい会社の状況を考えて、当初は入社を断るつもりで非常に難しい課題を課したんです。でも、高い要求に次々と応えてきたため、この人材は無理してでも採用しなければと思い、入ってもらうことにしました。彼らの存在がなかったら『Live2D』の今はなかったと思います」
ベンチャーは追随する大手企業とどう戦うべきか
こうして完成した独自技術『Live2D』について、現時点で競合と考えられるようなものはないと話す中城氏。
だが、ソニーの関連会社が2007年ごろ、顔写真を3Dアニメ化する「モーションポートレート」という技術を開発していると耳にした際は、数日間寝込むほどの脅威を感じたという。
結果的にその製品は『Live2D』とは競合しない技術だったが、今後に関しては予断を許さない。『Live2D』が技術的な可能性やマーケットの存在を証明したことで、今後は追随する企業が現れてもおかしくない。
大手とどう戦っていくかは、ベンチャーが避けて通ることのできない問題だ。
Live2Dは今回の『Euclid』関連の新技術で3本の特許を取得済みで、国際出願も進めている。こうした「守りの施策」と同時に、多くの実績をいち早く積み上げてデファクトスタンダードとなることが重要と考えており、アメリカで開催されるゲーム開発者会議に出展するなど「攻めの姿勢」も打ち出している。韓国、中国などの日本のキャラクター文化になじみ深い国の企業からは、すでに複数の採用があるという。
開発スピードを上げるという意味では、社内の限られたリソースをコアな技術開発に注げるよう、東大の研究室と共同研究を行ったり、単純作業のクラウドソーシングを利用したりもしている。こうした施策を当然のように打ちつつも、中城氏は競合についての考え方を次のように語る。
「かつてある支援者の方から言われたんです。世界を変え得る、100年先まで残る技術だと自分が本当に信じているようなものであるなら、競合の1つや2つが出てくるのは当たり前のこと。それでビジネスが終わるわけではない、と。今では、守って攻めて、ライバルとも一緒になって発展させていくのが、技術開発にとって一番良いことだと考えています」
エンジニア:デザイナー=1:1の開発体制
Live2Dは現在、アルバイトを含めてエンジニア10人、グラフィックデザイナー10人の「エンジニア:デザイナー=1:1」の体制で開発を進めている。
デザインを専門とする会社が自社ツールを開発するエンジニアを抱えているケースはあるものの、独自技術を開発しているエンジニアの会社が、これだけの充実したデザイナーチームを抱えているのは、珍しい例と言える。
「会社が軌道に乗るまでの数年間には、私自身がキャラクターデザインまでを行っていて、せっかく開発した技術のポテンシャルを十分に活かし切れていなかったという反省がありました。いくら革新的なものを作っても、魅力的なサンプルが作れなくては誰も気付いてくれないですから」
Live2Dには今月から新たなメンバーとして、昨年までスタジオジブリで映像部エンジニア室室長を務めた井上雅史氏が加わる。井上氏がいくつかある選択肢の中からLive2Dを新天地として選んだのは、『Live2D』の技術的な魅力に加えて、それを十分に表現できるだけのデザインチームの存在が決め手になったようだ。
夢は新技術活用のアニメ映画でアカデミー賞
左右30度ほどしか動かせなかった従来製品の『Cubism』は主に会話形式のゲームに利用されてきたが、360度の動きに対応した『Euclid』であれば、フィールドを自由に動き回るゲームや、Oculusのような仮想空間にも対応できる。年間に出るゲームの5、6割はキャラクターゲームであるとされており、その市場は大きい。
さらには、アニメ制作への活用も自由度が広がった。中城氏がかねてより目標に置いていたのが、過去2度にわたって作品に使ってもらった井上雄彦氏の漫画作品『バガボンド』の映画化だ。
漫画でありながら墨絵のようなタッチの同作品のアニメ化は、手描きでも3Dでも実現不可能だった。中城氏は、『Live2D』の技術こそが実現に一番近いところにいると確信している。
「思えば5年前には、井上雄彦先生とお仕事をさせていただくということだけでも夢のまた夢でした。技術、体制、ビジネス戦略とさまざまな方向から1歩ずつ歩みを進めてきたことで、ゴールへと確実に近づいていることを実感しています。まったく新しい技術を使って世界的なヒット映画を作ることができたら、アカデミー賞も夢ではないと真剣に思っているんです」
取材・文・撮影/鈴木陸夫(編集部)
◆Twitter公式アカウント:@Live2D
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