株式会社圓窓
代表取締役
澤 円さん
立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、日本マイクロソフトに転職、2020年8月に退職し、現在に至る。プレゼンテーションに関する講演多数。琉球大学客員教授。数多くのベンチャー企業の顧問を務める。 2021年3月、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」に就任
4月13〜17日開催のオンラインカンファレンス『ENGINEERキャリアデザインウイーク』(ECDW)から、澤円さん、村上臣さん、戸倉彩さんによるセッション「エンジニアキャリア2.0 ~新時代の働き方、生き方を探る~」の内容を抜粋してお届けする。
COVID-19の感染爆発がいまだ止まらない中、社会のあり方や私たちの生き方・働き方にも大きな変化が求められている。そんな“新時代”にエンジニアが理想のキャリアを築いていくために大事なことは何か。独自のキャリアを歩む一方、技術者の長期的キャリア形成を導いてもきた3人に語り合ってもらった。
澤:「エンジニアの」というのを主語にする必要はないと思います。ここは個人名でいい。「エンジニアだからうんぬん」というような、タイトルだったり何かのクラスタだったりを主体にして、自分がそこに合わせにいくのではなく、「私の働き方はこう変えていくのである」と誰もが言える時代なのではないかというのが僕の見立てです。
裏を返せばそれをできる人、その勇気を持つ人が、より一層キャリアアップできる。「合わせなければならない」というマインドセットの人がしんどい時代になっていくのではないでしょうか。
戸倉:「エンジニアの働き方」と聞くと、「企業でエンジニアとして、本業で、正社員で働かないと」という固定観念を持っている方がまだまだ多いです。今はもう、その人自身として「テクノロジーとどう向き合っていくか」が問われる個の時代に入ってきたと考えています。社会がいろいろとITで動いている中、いかに社会課題をテクノロジーで解決することに貢献できるか、そこにチャレンジする人の活躍の場が広がっていくでしょう。
これはコロナになって一層感じたことですが、そこに夢を持ってチャレンジする人たち、「なぜ自分がエンジニアという職業を選んでいるのか」という原点に立ち返った人たちが強いのではないかと。今後もコロナに限らず、私たちを取り巻く環境は変わっていくことを踏まえると、「私自身がどうありたいか」というところが、働き方にも直結していくのではないかと考えています。
村上:このイベント自体が「キャリア2.0」と銘打っていますが、「1.0」、つまり今までの日本型雇用では自分のキャリアを会社に預け、委ねてしまっていたんですよね。3年ごとにローテーションがきて、「次はあっち、次はこっちへ行って」みたいなことを言われて。それでも受け入れていたのは、会社の言うことに従っていると、時間が経つと年功序列でいいポジションになるということが全員に約束されていたから。
ただ、今はこのシステム、終身雇用・年功序列はもう無理だと会社の方が言っているわけじゃないですか。なのになぜかいまだに皆さん「いやいや、そうはいっても」みたいに半分信じ続けている。会社も経団連も無理だと言ってるのだから、もう無理なんですよ。であれば、年金手帳と一緒に会社に預けている自分のキャリアを自分の手に取り戻さないといけない。
ここまではエンジニアに限らない話ですが、特にエンジニアということで言うと、やはりモノを作っていないといけない。私自身は「元」エンジニアで、今はモノを作ってはいないですが、サービス運営の責任者ではあります。今はDXを進める中で、業務プロセスを変えるとか、いろいろなことをやらないといけないのですが、そうした環境においては、エンジニアリングが分かっていることがむちゃくちゃ強いと実感しています。
仕組みが分かっているから、その上で「業務をこう変えていこう」と考えられる。全員がやっていかないといけないDXの中で、これからのエンジニアの働き方、活躍の場は、さらに広がるのではと思っています。
戸倉:私は結構早い段階からだったかもしれません。ちょうど約20年前、シマンテック時代にWomantypeという雑誌の取材を受けていて、その中で私は実務経験プラスアルファが必要、そのプラスアルファの部分は自分が頑張らないといけないという話をしているんですね。
当時は氷河期で、エンジニアの仕事を手に入れるのは難しく、やっとのことでエンジニアになったという思いがあった。そこで、「せっかくコンピューターを触れる専門職の仕事を手に入れたのであれば、プラスアルファやろう。それが人生もっと楽しくなることにつながる」と、その当時から思っていたように思います。
村上:僕は割と場当たり的。エンジニアになりたくてなったわけでもない。どちらかというと「面白いことを突き詰めていったらエンジニアという道になっちゃった」という言い方が正しいです。
子供の頃からものづくりが大好きで、最初は『ラジオの製作』という雑誌を本屋で見て、父親に「秋葉原に連れて行って」と言ってはんだ付けするところから始まりました。やっているうちに、ハードウエアをもっと自分の思うようにコントロールする技があることを知り、ちょうど中学に上がる頃にベーシックとマシン語でマイコンの制御をやり始めました。
結局、自分のやりたいことをやるためにコードを書かなくちゃいけなかった。それがずっと続いていて。モバイルインターネットに出会った時も、その時点ではもうある程度コードが書けたので、「こういうものが作りたい」と思ってガシガシ書いていたら、それがエンジニアと呼ばれていた。
そういう意味では、僕にとってコーディングは文房具。ペンと紙のようなものです。人にものを伝えるためにペンが必要なのと同じように、コードが書けたら人を便利にすることができた、という話。エンジニアから事業企画、さらには外資のカントリーマネジャーとキャリアの変遷が激しいのも、そういう考え方だったからなのかなと思っています。
村上:そうです。もっと言えば、僕は志を持って働いたことなんてない。ものづくりをやっている人は細かいところが好き。きれいに設計できて「これはよくできた!」とか「うまく動いた」というところに満足感を得る。僕もそういうタイプでした。
ただ、隣にいる人がだいたい志を持っていた。ビジョナリーな人と一緒に働くことで、人のビジョンに乗っかるのが得意だったんです。ソフトバンクグループに長くいたのもおそらく、日本有数のビジョナリーな人がトップにいたからで。
若い人が「やりたいことがない」「志がないんです」と言っているのを聞くし、一方でピッチ大会を見れば「世界を変えるんです」なんて言っている。素直にすごいなと思います。でも、そんな人は1%未満。だとしたら、共感できるビジョンを持っている人を見つけて、一緒に働く。その中で自分の貢献できることを探す。そうすると、もうちょっと先のキャリアに選択肢が増えてくるのではないかと思います。
澤:僕も志なんてないですね。完全に場当たり的。でも場当たり的にならざるを得なかったんです。それは23年間いたマイクロソフトという会社での働き方が場当たり的だったから。これはいい意味で、ですよ。「場当たり」というのは「思いつき」ということじゃない。常に半歩先のことをやったら場当たり的に見えるものなんです。
すべての答えが整った状態で始めるのではなく、「とりあえず必要かも」でやっていくことからイノベーションは起きていく。まだ誰もやっていないとか、成功するか分からないことに手を出していくことが、会社経営としては一歩二歩先行できる要素になる。マイクロソフトはそういうことをやっていた会社でした。
日本人の大好きなGAFAもおそらくそうでしょう。「よく分かんないけど、とりあえず今これはやった方がいい」ということに、経営判断として取り組んでいるから、あれだけの規模の会社でも成功を収めている。だったらもっと小回りのきく、その最小単位である個人であれば、もっともっと自由にやっちゃっていいのでは?
志というと聞こえはいいけれど、ともすると自分に対する呪いに化ける場合もある。「必ず持たないといけない」という呪縛を自らかける必要はないと思います。
戸倉:私は転職するときに必ずチェックするポイントがあるんです。一つは、会社のミッションだったり、何を目指しているかだったり、それらが自分の同意できるものかどうか。骨をうずめる気持ちはなかったとしても、仕事をしている時間は人生の中で大きな部分を占める。会社とある意味“お付き合い”していく上では、そこが一致しているかがまず大事です。
二つ目に、活躍を通じて自分が成長できるチャンスがあるかどうか。それができない会社に自分の身を置くと、辛いことになるのではないでしょうか。
三つ目に、とはいえ、自分のやりたいことと組織のやりたいことは必ずしも一致しない。現場に入れば、モヤモヤするようなことも仕事としてやらなければならないこともあります。ただ、そこのギャップがあった時に、「自分はこう思う」と気持ちを表現するコミュニケーションが許容されているかどうか。自分を大事にしてくれる会社に勤めることが重要ではないかと思います。これは、私がIT業界で20年近く働く中で感じることです。
村上:これからは会社組織と個人がよりフェアに、よりフラットになっていくべきと思っています。繰り返しになりますが、今までは会社が一生面倒を見てくれるから、若いうちは多少給料が安くても我慢して、という“丁稚奉公スタイル”が機能していた。今はもうそういう契約、保証がなくなったのに、文化としての丁稚奉公スタイルだけが残っている。この現状は極めてアンフェアですよね。
LinkedIn(リンクトイン)の創業者リード・ホフマンが昔『アライアンス』という本を書いています。会社と個人の双方が一定期間、相手への貢献についてコミットし合う関係性をアライアンスと呼び、一番いい関係なのではないかと言っている。僕はこの点にすごく共感していて。
例えば、5年この会社で働く間にこういうステップアップ、スキルアップをしたいと個人が思い、会社はそれを応援する。会社がそれを応援するのは、そこに会社としてのメリットがあるからです。お互いがいい意味で利用し合う。それを達成したらもうネクストプレイで、「次の目標はこれです、それは今この会社にはないから他に行きます」「おお、頑張れよ。またタイミングが合えば戻って来いよ」と。そういう会話を健全にできる会社と個人の関係が、一番生産性が高いと思います。
澤:エンジニアにとって会社に属していることのメリットって何かといえば、会社が持っているリソースを使えることです。苦手なことは他の人に頼めるとか、さまざまなアセットを利用して自分の力にテコ入れできるとか。臣さんの言うように、組織と個人はまさしく相互に利用し合う関係にある。フェアであり、フラットであるというのが理想の関係です。奴隷契約ではない。お互いに選択権があると考えることが重要かと思います。
あともう一つ、もうそろそろ就社の考え方はやめた方がいい。
村上:僕が今回書いた『転職2.0』という本も、まさに就社が「1.0」で、就職が「2.0」というのがコンセプトです。日本以外はとっくの昔からみんなジョブ型雇用。日本だけが高度経済成長期の歴史を引きずって、特殊な形でやってきていたんです。そういう意味だと、僕自身は昔からいい意味で会社を使わせてもらっていました。経験を積みたいとか、面白いプロジェクト、ものづくりができるとか。
その感覚はやはり、学生時代に起業していたことが大きいのでしょう。一方で個人でも受託開発をやっていたので、バリューを出さないとまずいという意識も強かった。その場所で出せるバリューを考え抜く癖はあったと思います。
戸倉:そうですね。女性である自分には、テクニカルスキルで乗り越えられることがある一方で、肉体的に乗り越えられないことがあるというのは感じていました。気持ちもそうですし、フィジカルとも向き合って仕事をしていかないといけないな、と。
女性には「まず土台を作って守りに入らないといけない」という意識が強い人も多いのでは? 私自身も20代の時は、認めてもらうためには男性の何倍も頑張らないとダメだと、上の人からも言われていたし、実際そうだと感じているところもありました。
ただ、今は時代がすごく変わって、国連もSDGsで取り上げているし、ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)という言葉で多くの企業が取り組んでいる。一人一人が活躍できる場所を作り、応援していこうという意識に日本の会社も少しずつ変わってきています。
ですから昔ほどは構えなくていいと思うのですが、それでも女性はライフステージにより、やはり戦略的に動いた方がいい部分があるでしょう。あるいは戦略的に動かなかったとしても、先ほど触れた「こうなりたい」というイメージは事前に何らか持っていた方が、次のステップに勇気を持って進みやすいのではないでしょうか。
澤:戸倉さんのおっしゃる通り、女性の場合はライフイベントがフィジカルにも与える影響が大きい。ここに関しては男性も理解を深めていかないといけない部分があります。
一方で、本当は男性・女性で分けるのも雑なんですよね。D&Iをすなわち女性活用と、とんでもない勘違いをしている経営者もいる。実際には個々人の個性を尊重し、それぞれが楽しく生きて、なおかつ仕事もしましょうということだと僕は解釈しています。
村上:澤さんがものすごくきれいにまとめてくれましたが、要は「まったく同じ人はいない」ということですよね。日本では今、ジェンダーというすごくギャップのあるところに力を入れざるを得ないというだけであって、本当は性別に限らない。澤さんと僕はどちらも髪は長いけれど、倍くらい長さが違う。それを雑に「ロン毛」とくくられたりする(笑)
個々人の個性をしっかり会社が理解し、生かしていくことで、基本的には生産性は上がるんです。なぜなら「会社にケアされている」と思えばモチベーションが上がるから。楽しく、モチベーションをもって働いている人は、そうでない人より明らかにパフォーマンスがいい。これは科学的に証明されていることです。
澤:「自分自身がどういうことに喜ぶのか」を一回ちゃんと定義した方がいいと思います。そこが分かっていないと、何を与えてもらえばいいのかも分からない。となると、会社だってどうしていいか分かりません。まずは自分自身に問いかけることをやった方がいいと思います。
その上で、それにマッチする組織があるならそこへ行けばいいし、マッチしていなくても、その中でできるだけそれに近しい時間の使い方をすれば
いい。今は選択肢が無限に増えてきています。このカオスな状況を存分に生かしていけばいいでしょう。
澤:「今」ということで言えば、やはりCOVID-19のことを理解した方がいい。ちょっと絵を描きながら話しますね。
2020年は1995年と並ぶ「グレートリセット」。1995は言うまでもなくインターネット元年です。これを境に、電話・ファクス・手紙だったコミュニケーションがメール・チャット・SNSに変わった。今、ファクスでしかお客さんとコミュニケーションしないという“強者”はほぼいないでしょう。ただそれは、位置付けが変わったというだけであって、なくなったわけではない。
そして二つ目のグレートリセットが2020のCOVID-19によるものですが、ここで何が変わったか。移動・対面だったコミュニケーションあるいは仕事の仕方が、オンラインに変わりましたよね。でも、ここでも移動・対面がなくなったわけではない。まずはこの点を認識すること。グレートリセットの前後で位置付けや意味合いが変わったことを意識しながら、技術トレンドを見ていく必要があります。
その意味で言うと、トレンドはまだない。カオス、オンゴーイングの状態です。その過渡期の中で、例えば移動・対面とオンラインのハイブリッドの状況では何が価値を生むのか。この中でうまく振る舞うために何が欠けているのか。そこらへんが言語化できると、それがビジネスになったり、これから伸びていく技術領域になったりするのでしょう。
村上:私としても、今の働き方のトレンドについて話をするとなると、やっぱりテレワーク関連に目が行きます。私もこの1年以上、100%在宅勤務をやっていますが、日本の会社はこれまで、同じ時間に同じ場所で働くことを前提にし過ぎていたんですよね。例えばアメリカの場合は西海岸と東海岸でもだいぶ時差がありますから、昔から電話ベースでリモートワークをしていたと言える。
テレワークになって何が違うかといえば、言語化能力だと思います。エンジニアの方はもともと技術仕様書とかを書くのは得意だと思いますが、普通の方にも分かるように端的に論点をまとめるという意味での言語化能力、プラスそれをやや抽象化して一発で伝えるという意味での言語化能力が、今まで以上に必要になってきています。
例えばSlackなどのチャットをやる時も、1行で書いてお願いできるかどうか。もしくはこういったビデオ会議の中で、自分の意見を相手が分かるようにしっかり伝えられるか。今までは「あれがそれであれね」で良かったところ、しっかりと伝えられないと仕事ができなくなっています。
戸倉:私からは、トレンドをもう少し大きく捉えた考え方を。コロナの話もありましたが、日本は自然災害大国ですし、今はグローバル規模でも自然災害が問題になっています。「VUCA」とも言われるように、変動性、不確実性、複雑性、曖昧性が入り乱れている時代ですから、まず自分の身を守れるかというのが大前提になると思うんです。これはトレンドというか、改めて考えておいた方がいいのではないかと。
技術的なトレンドとしては、これ別にIBMだからというのわけではなく、人工知能に私たちはもっと信頼感をもって接しても良いんじゃないかな、ということ。例えば私が今所属している会社だと「あなたはこういうトレーニングを受けた方がいいですよ」というレコメンドがあるのですが、これは全て、AIがこれまでのキャリア目標や受講科目を分析した上で出しています。
このように、見えていないところでAIがかなり活躍しているんです。そこではもちろん、精度が上がっていくことが非常に重要。エンジニアにはその精度を上げることを目指すという道もあるのではないかということです。
澤:お二人の話にも通ずる部分だと思うんだけれど、今までの日本企業って、経営に携わっている人にエンジニア的な経験がなかったり、テクノロジーに携わってきた人たちが経営に深く関わっていなかったり、という状況がなぜか続いてきた。これからは全業種がテックカンパニーにならざるを得ない中で、本来なら経営者の人たちが全員テクノロジーを理解しなきゃいけないんだけど、日本では今この瞬間そのようになっていない。だとしたらそこをブリッジする、通訳する人の重要度がすごすごく上がってくる。今エンジニアをやっている人は、皆その候補生と言えるわけです。
仕事というのは全部が具体です。お客さんに営業するのも、モノを作るのもそう。それを抽象・汎用化できる人、なおかつこの抽象・汎用化されたものを別の具体に落とし込める人が「仕事ができる人」だと思います。ボクはハードル走のメダリストである為末大さんが、結構この「具体→抽象・汎用→具体」ができるロールモデルだと思っています。
自分のやっている具体をいかに抽象・汎用化して、別の具体に落とし込めるかが、これからは一層求められます。抽象・汎用化する癖をつけることが、これからのビジネスパーソンには必須になるでしょう。それをうまく表現できると、臣さんの言うコミュニケーション能力にもなるし、戸倉さんの言うAIというキーワードをいろんな業種に展開することにもなるかと思います。
村上:転職するかしないかの見極めの前に、常に転職活動しましょうよ、と言いたいです。要するに、自分が市場の中でどれくらい価値があるのかを認識しておくことが大事。そのために常に自分をアップデートしておくというループを作るのが大事だと思います。
転職する気がなくてもいいんです。転職サイトに登録したり、キャリアコンサルタントに相談したりしてみると、例えばいろんな会社を提案されます。要はマインドセットとして「いつでも他に移れるよ」と思えるかどうかが重要で。仕事にはいい時も悪い時もあります。悪い時に自分の中に「プランB」がないと単純にツライじゃないですか。
個人として選択肢を増やす努力は自分でできます。だから常に転職できるようにしておくというのがまずあるかな、と。その上で、するかしないかの見極めは、最近エクセレントカンパニーを卒業された澤さんに譲ります。
澤:ぶっちゃけ辞める理由なんて全然なかったんですよ。でも、ゲームがリセットしたら動いた方がいいというのが僕のセオリーなので。COVID-19でこれだけ混乱している中、ここで動いて世の中をもっと俯瞰できるようにしたいと思い、転職ではなく退職をしました。そうしたら、結果的にたくさんお声掛けいただくことができた。要は、マイクロソフトというユニホームを脱いだことで声を掛けてもらいやすくなったということだと思います。
とはいえ、こうなることはある程度予想できてもいました。なぜなら、村上さんの書いた『転職2.0』にもタグ付けの重要性が書いてありましたけれど、「個人のタグ付け」がちゃんとできている自覚をある程度もっていたから。そのタグで気づいてくれる人がある程度はいるだろうとは思っていました。
言いたいのは、自分にタグがついたなと思ったらいつでも辞められる状態だから安心していいってことです。要するに純粋想起してもらえるかどうか。僕の場合だったら「長髪でプレゼンする人」と大体の人が認識してくれているので。
村上:「プレゼンの神」という凄まじいタグがついているじゃないですか。
澤:さすがに「神」とは自分では言ってないからね?(笑)。 自分で言っていたらただのイタイ人だから。でもそういうタグがついていると本当に楽です。そういった意味では、戸倉さんも「IBMの金髪の“中の人”」ということでマイクロソフト時代からすごいタグがついていましたが。
戸倉:私からは三つあります。一つは自分らしくいられるか。それこそ金髪でいられるかもそうだったと思います。自分がやりたいことを100%はできないにしても、折り合いをつけた中で、自分が優先したいことができる会社が理想かなと。自分らしく、人間らしくいられるか。それができなかったら転職だなと思います。
二つ目は、「あなたが必要である」と管理職の人がきちんと言葉にして伝えてくれるか。上からのそういうコミュニケーションがなくなってきた時、あるいはもっとストレートに「君はいなくていい」などと言われたりしたら、私なら「自分をそこにいさせるのはもったいない」と思う。そうなれば転職という選択をするでしょう。
三つ目は、先ほど村上さんがおっしゃったように、常に市場を見て、どんなポジションが空いているかを把握しておく。今後は今までなかったようなエンジニアの仕事もどんどん生まれてくると思います。例えばLinkedInなどを使って市場を見ていて、「これは面白そう」、なおかつ「今しかできない!」と自分が思うようなものに出会ったら、迷わず転職へGOだと思います。同じチャンスは二度と来ないかもしれないですからね。
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後日動画アーカイブを公開予定。お楽しみに!
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株式会社圓窓
代表取締役
澤 円さん
立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、日本マイクロソフトに転職、2020年8月に退職し、現在に至る。プレゼンテーションに関する講演多数。琉球大学客員教授。数多くのベンチャー企業の顧問を務める。 2021年3月、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」に就任
日本アイ・ビー・エム株式会社
テクノロジー事業本部 カスタマーサクセスマネージャー(アーキテクト)
戸倉 彩さん
2011年11月より日本マイクロソフトにてテクニカルエバンジェリストとして『クラウディア窓辺』の「中の人」を担う。18年5⽉、IBMに転職。 セミナーやイベント登壇、授業講師、執筆活動を通じて クラウドネイティブや開発ツールの技術啓蒙を⾏う
リンクトイン・ジャパン株式会社
日本代表
村上 臣さん
大学院在学中に、有限会社電脳隊を設立。2000年、ヤフー株式会社に入社し、11年に一度ヤフーを退職。 12年にヤフーへ出戻り、若干36歳で同社執行役員兼CMOに就任。17年11月、リンクトインの日本代表に就任し、同社再生に挑む。国内外の雇用事情に精通した「働き方のプロ」として、NewsPicksアカデミア講師を務めるなどメディアにも多数登場し、転職や働き方について発信。複数のスタートアップ企業で戦略・技術顧問を務める 21年4月『転職2.0』を上梓
文/森川直樹
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