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フルスタックの次はフルスケール!?SORACOM玉川憲氏が語る「IoT普及で求められるエンジニア像」

ITニュース

    「SORACOMという社名のSORAは宙、COMはコミュニケーションです」

    自ら立ち上げた会社の名前をこう説明するのは、同社の代表取締役社長で共同創業者、玉川憲氏だ。AWSエバンジェリストとしての活躍を知っている人も多いだろう。

    AWSという巨大なWebプラットフォームの黎明期から携わってきた玉川氏は今、新たにIoTのプラットフォームビジネスを立ち上げる準備に追われている。ステルスで開発が進んでいた同社のプラットフォームは、いよいよ今週、9月30日にそのサービス詳細が発表されるという。

    AWS卒業から約半年間の雌伏の時を終え、再び表舞台に立とうとしている同氏は、なぜIoTプラットフォームビジネスを手掛ける決心をしたのか。開発の様子や今後のIoT時代に求められるエンジニア像とともに、本人に語ってもらった。

    なぜ日本から「プラットフォーマー」を目指すのか?

    AWSという一大プラットフォームを普及させた玉川氏が「次」に手掛けるビジネスとは?

    AWSという一大プラットフォームを普及させた玉川氏が「次」に手掛けるビジネスとは?

    ―― まずは、SORACOMとしてなぜプラットフォームビジネスを展開しようとされたのか、その理由を聞かせてください。

    僕らが今開発しているプラットフォームビジネスは、AmazonとかGoogleとかFacebookとか、そういった性質のビジネスを目指すものです。僕が関わっていたAWSもプラットフォームの一つ。任天堂も楽天も、それからプレイステーションも、プラットフォームと言えるでしょう。

    最近は、AirbnbやUberなど社歴の浅いスタートアップもプラットフォームを構築し、それをビジネスにしています。プラットフォームをビジネスにするとは、多くの関係するグループを一つのプラットフォームに乗せることで相乗効果を生み出し、新しいエコシステムを構築するということ。これを僕は「クールなビジネス」だと思っています。

    よく言われているように、日本からはプラットフォームビジネスを手掛けるスタートアップがなかなか生まれません。

    その理由の一つは、メンタリティ。30代後半くらいの、経験も人脈も技術もある人こそスタートアップに挑戦するのが当たり前という、アメリカの西海岸では当たり前の感覚がないことです。

    それから、投資を得るための環境もまるで違います。さらに付け加えると、日本のエリート層が「こういうことができたらいいよね」という理想のようなものを口にするのを忘れていることも、原因の一つだと思っています。

    でも、日本からプラットフォームが誕生しないのは、やっぱり寂しい。SORACOMは、日本から、AWSのようなフェアでオープンなプラットフォームを作りたいと思って取り組んでいます。

    ―― 玉川さんの言う「フェアでオープンなプラットフォーム」とは?

    ユーザーがあまりお金がない状態でも、「こういうモノを創りたい」という情熱があれば、プラットフォームを利用してお小遣いレベルで良いアイデアを実現できるという意味です。誰にでも平等に利用する機会が与えられているものでもあるでしょう。

    AWSを辞めた今だから逆に堂々と言えますが(笑)、世界中にさまざまなWebサービスが生まれたのは、安価で気軽に使えるAWSがあったおかげだと思っています。AWSは開発のトライ&エラーを容易にし、失敗のコストを劇的に下げました。

    SORACOMのメンバーは、そういうプラットフォームが好きで、それを構築するのがカッコいいことだと思っている人たちばかりです。

    SORACOMは企業理念の一つに、「新たなテクノロジーを生み出すことで『世界の姿』を描き直す」というのを掲げているんですが、良いプラットフォームはそれ自体がそういうテクノロジーで世界の姿を描き直せると思っています。

    今回起業してみて、こういう思いに共感し、僕らとともに「プラットフォームづくりをやりたい」と言ってくれる人はけっこういるんだと実感しています。だから、その期待をぜひ形にしていきたい。

    ―― 現時点ではどのような社員構成なのですか?

    社員のほとんどはエンジニアですね。現在エンジニアは8名いて、クラウドやセキュリティ、Webなど、さまざまな分野のシニアレベルのスーパーエンジニアばかりです。

    サッカーで例えれば、それぞれどのポジションもこなせるのだけれど、集まると自然に「お前はFW、俺はMF」と最適なチームを組める陣容です。

    「普及するプラットフォーム」4つの原則

    今回の新サービスローンチに向け、さまざまな知識を蓄え直したという玉川氏

    今回の新サービスローンチに向け、さまざまな知識を蓄え直したという玉川氏

    ―― 玉川さんもご指摘のように、日本発では「巨大なプラットフォームビジネス」がほとんど生まれていないというのが事実です。その点をどうクリアされるおつもりですか?

    おっしゃる通り、プラットフォームはそう簡単には作れません。先ほど述べたように、ITの世界で巨大なプラットフォームを生み出してきたアメリカに比べると、資金調達可能な額が違うというのも事実でしょう。

    でも、それ以外にも理由はあると考えています。僕の考える、利用者にとっての理想的なプラットフォームとは、

    ・初期コストがほとんど掛からない
    ・すぐに試せて、すぐに止められる
    ・運用の手間を省ける
    ・スケーラブルである(たくさん使ってもコストが非線形にならない)

    と4つの条件を満たすものだと考えていますが、それはなかなか存在しません。

    理由はいくつか考えられます。一つは提供者が初期のビジネスを優先し過ぎていて、グローバルで長期的にペイするものを作ろうとしていないから。

    AWSのように、利用者がセルフサービスで便利に使えて運用が楽になるプラットフォームをガッツリ作るのは、ある程度、開発力と投資が必要です。サインアップの仕組み、課金の仕組み、ドキュメント、API、グローバル展開など、クリアすべき条件はさまざまあります。

    それから、十分に良いモノを作って(一度利用してから離れた)お客さまが戻ってくるという自信がないと、「お客さまがすぐに利用を辞められる」というフェアなサービスになりません。

    さらに、お客さまやパートナーがたくさんプラットフォームに乗ってきても、スケーラブルに対応できるように設計しておくのも案外大変です。規模が大きくなった時にも運用コストが非線形にならず、結果としてエンドユーザーに莫大な価格を転嫁しないような設計は、技術的に難しいものです。

    こういう開発力の差が、アメリカと日本の違いを生んでいたと考えてもいいでしょう。

    ただ、少なくとも開発に必要な技術力の面において、その差は年々縮まっていると考えられます。必要な技術情報は、いまやネットを介して世界中で接することができるからです。

    それに伴い、人材の確保という面でも、今の日本なら世界と戦えるレベルにあると思っています。SORACOMはまだスタートアップしたての会社ですが、前述のように最初から「シニアレベルのスーパーエンジニア」を確保できています。給料なども、一般的なスタートアップのイメージのようにやたら給料を下げて入る、ということのないよう、良い額を支払えるように資金調達しています。

    IoTが浸透したら、エンジニアには「横のスキル拡張」も求められる

    玉川氏が語る「フルスタックの次に来るエンジニア」とは?

    玉川氏が語る「フルスタックの次に来るエンジニア」とは?

    ―― そもそもIoTビジネスはまだ黎明期です。これから、IoTビジネスがより広く普及していったとして、どんなエンジニアが求められるとお考えですか?

    IoTプロダクトの開発に必要な専門知識は広範囲に及びます。僕はAWSに入る以前、日本IBMでウエアラブルの研究開発に携わっていたので、メカ、エレキ、組込みソフトとひと通り触ることができました。当時の経験から、この“スキル横断型エンジニア”の貴重さも身に染みて分かっているつもりです。

    さらに、僕らが構想しているようなIoTのプラットフォームを作ったり、それを使った革新的なサービスを提供するには、よく言う「ソフトとハード」の話以外にも、バッテリ問題に詳しい人、セキュリティに精通した人、BLEなども含めた端末とネットの接続部分に関する知識などさまざまなスキルが必要になります。

    ですから、今後はこれまで混じり合ってこなかった、数種類のエンジニアが持つスキルが求められるでしょう。ざっくり言うと、ITのエンジニアとモノづくりエンジニアの持つスキルの両方が必要になる。Web、インターネットのみならず、デバイスや組込みソフトを使いこなす能力もですね。

    これまで、こういったジャンルのエンジニアが混じり合うことはほとんどありませんでした。しかし、IoTのプラットフォームを作ろうとしたら、両方のエンジニアが必ず必要になりますし、我々の手掛けているIoTプラットフォームができれば、両方のエンジニアはさらに境がなくなっていくと思います。

    ―― それを「一人のエンジニア」に求めるのは難しいのではないでしょうか?

    ハイスペックであることは否定しません。それでも、不可能ではないと思います。

    だって、かつてITのエンジニアも、アプリ側とインフラ側とに専門領域が分かれていましたよね。それがAWSのようなコードで操作できるクラウドプラットフォームの登場により、アプリ側の人がコードでインフラに触れるようになり、インフラ側の人もインフラ自体をコードで操ることができるようになったことでアプリ寄りに近づいていきました。

    AWSの出現であらゆる開発がプログラマブルになっていった結果登場したのが、両方に詳しいフルスタックエンジニアです。それと同じことが、良いIoTプラットフォームが出現したら起こるのだと思います。

    人だけでなくあらゆるデバイスがインターネットにつながるわけですから、これまではいなかった、エレキやメカも分かるITエンジニア、ITもクラウドも分かるモノづくりのエンジニアが求められ、実際にそういう人たちが生まれてくるはずです。

    ―― 食い下がりますが(笑)、少なくとも現時点でそれらすべてを兼ね備えたエンジニアは非常に希少だと思います。

    ご指摘はその通りです。だから、最初のうちはチームで足りないスキルを補い合う形が必要でしょう。

    でも、Web開発の世界でフルスタックエンジニアが生まれたように、今後、IoTの世界でより幅広いスキルを駆使するエンジニアは登場するでしょうし、そのサポートをするのもプラットフォーマーの役割だと考えています。AWSが成し遂げたことを振り返っていただければ、絵空事ではないと思うのです。

    フルスタックエンジニアを超えたそういうエンジニアは、もしかすると、「アルティメットエンジニア」と呼ばれるようになるかもしれません。立ち技も寝技もありの総合格闘技の世界で戦えるファイターはアルティメットファイターと呼ばれるので、そこから思いついた呼称ですが……この名称、流行らなさそうですね……。

    ―― ぜひ、もうひとひねりしていただければ(笑)。

    あるいは、「フルスケールエンジニア」と言ってもいいかもしれませんね。IoTはスケーラビリティが大事なので、デバイスからクラウドまでエンドツーエンドでスケーラビリティや冗長構成、高可用性を考えて設計できるエンジニアが求められる。

    ―― Web開発に必要な一連のスキルを深掘りしていくのが「フルスタック」なら、そこに横幅も加えたのが「フルスケール」と。イメージは伝わりました。

    この呼称が流行るかどうかは、まったく自信がありません(笑)。ただ、これから作るIoTプラットフォームに関しては、勝算があります。100%ではありませんが、100%勝つと分かっていたら、やっていても面白くありませんから。

    ―― 貴重なお話をありがとうございました。

    取材・文/片瀬京子 撮影/竹井俊晴

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