日本マクドナルド株式会社 テクノロジーデベロップメント部
統括マネージャー 飯沼亜紀さん
メーカー系ソフトウエア開発会社、アパレル製造小売会社でのプロダクトマネージャーを経て2018年より現職。得意分野は主にEC、OMO領域で、特に長年にわたり構築されてきた難解なオペレーションを紐解きテクノロジーの力で新たな体験をつくること。現在の主な担当プロダクトは『マクドナルド公式アプリ』
プロダクト開発において、経営層や他部門の同僚、あるいはクライアントからの「こうしてほしい」というオーダーを、「そのままは受け入れられない」と感じたことがあるエンジニアは多いのでは?
しかし、相手が目上の人となると「No」を伝えるのは難しい。「不愉快な思いをさせてしまったらどうしよう」「正しく意図を伝えられるだろうか」と不安になる人もいるだろう。
そんな「Noを言えないエンジニア」にお届けしたいのが、10月26日(火)に開催されたイベント『プロダクトマネージャーカンファレンス2021』で日本マクドナルドの飯沼亜紀さんが発表した「Noを伝える技術」の内容だ。
同セッションでは、飯沼さんがこれまでのPM経験を通じて培った、ステークホルダーとの信頼関係を壊さずに「No」を伝える方法が語られた。
日本マクドナルド株式会社 テクノロジーデベロップメント部
統括マネージャー 飯沼亜紀さん
メーカー系ソフトウエア開発会社、アパレル製造小売会社でのプロダクトマネージャーを経て2018年より現職。得意分野は主にEC、OMO領域で、特に長年にわたり構築されてきた難解なオペレーションを紐解きテクノロジーの力で新たな体験をつくること。現在の主な担当プロダクトは『マクドナルド公式アプリ』
プロダクトマネージャーの立場でステークホルダーとコミュニケーションを重ねていくと、相手の要求に「No」と言わなければいけない状況がよく訪れます。なぜなら、全ての要望に「Yes」と答えて受け入れてしまうと、プロダクトの一貫性が薄れてしまうから。
分かりやすいのが、以下のような画像の例です。
これは俗にいう「10徳ナイフ」に膨大なツールを付け加えたものですが、そもそも10徳ナイフとは、「実用性のあるツールをコンパクトに持ち運べる」ところに価値を置いていたはずです。
しかし画像のナイフは、できることは増えたけれど、本来の価値を見失ってしまった。これを実用目的で購入したいという人は、きっとほとんどいないですよね。
上記の例は極端ではありますが、実はこういった話に近いことは、さまざまな現場で起こっていると思うのです。
例えば、開発現場に無理難題を要求してきたのが皆さんの会社にとって影響力のあるお客さまだとしたら、あなたは「Yes」と「No」のどちらの方が言いやすいですか?
おそらく、そのお客さまには「Yes」と答えて、あとで社内のメンバーに「なんでYesと言ったんだ」と悪者にされる方が、数倍楽なのではないでしょうか。
ただ、そうしているうちに、プロダクトが徐々に画像のナイフ化してしまう。だからこそ、プロダクトのためには強い意志で断ることもときには必要なのです。
一方で、PMという仕事には「ステークホルダーとの良好な関係を築いて維持すること」も求められます。「Noと言ったら人間関係が壊れてしまうのでは」と心配する人がいて当然です。
よく「意見の否定は人格の否定ではない」というような話もありますが、現実には「No」と伝えたことによって、相手がネガティブな思考に陥り、人間関係の悪化につながることも残念ながら起こり得ます。
だからこそ、相手にとって不都合なことを伝えるときほど、納得感のあるコミュニケーションを心掛ける必要があります。
では、プロダクトに関する意思決定について納得感を得やすい状態とは、一体どういうものなのでしょうか。私は「プロダクトのブレない軸」「信頼」「伝え方」の三つが重要だと考えています。
「プロダクトの軸」は判断を行なう際の拠り所になるところです。その上で、信頼関係を構築する。そして、適切な伝え方をする。この三つが揃うことによって、こちらの「No」に対して納得感を持ってもらうことができるわけです。
ここからは、「信頼」と「伝え方」、特にこちらの立場を理解してもらうこととNoを分解することにフォーカスしていきたいと思います。
初めに、相手との関係を壊さずに「No」を伝える上では、こちらの立場(主張)を理解してもらうことが欠かせません。
そのために、何よりもまずは相手の話をよく聞くこと。これによって少なくとも「要望をちゃんと聞いてくれなかった」というネガティブな印象を与えるのを防ぐことができます。
次に「相手の提案にどんな価値があるのか」について、共通理解を持ちましょう。相手はどういう価値を見込んでその提案をしているのか。そもそも今どんな課題を解決したいのか。相手の提案の裏にある思いまでをしっかりと言語化し、要望に対する共通認識をすり合わせます。
最後に、相手の要望をかなえるために掛かるコストを丁寧に説明すること。依頼者側からは一見簡単なオーダーのように思えても、実は実装の難易度が高かったり、追加要望によって他の開発が後ろ倒しになってしまったり、目に見えないところでもさまざまなコストが掛かるものです。
そういった、「要望をかなえる上で必要な犠牲」についても正しく理解してもらうことが大切です。
ここまで丁寧に段階を踏むと、依頼者もこちらの主張に対して納得感を持つことができますよね。
加えて、仮に相手の要望が筋の悪い内容だった場合に、対話の過程で依頼者自ら「ちょっと違いますね」と気付き、こちらが「No」を言わずともリクエストを取り下げてくれる、といった確率も少しだけ上がります。
丁寧なコミュニケーションを心掛け、こちらの立場を理解してもらっても、いざ「No」という主張を伝えるとなると難しいものです。では、どうすれば効果的に伝わるか。特に、「Noと言わずにNoを伝えるにはどうすればいいのか」を考えていきましょう。
「No」を伝えなければいけないシーンに直面したとき、まずはなぜ自分がその要望に対して「No」を伝えなければならないのかを、正しく理解し整理しましょう。具体的には“Not”で考えてみる方法がおすすめです。
Notで考えてみると、「No」にもさまざまな種類があることが分かります。
例えば、「Not Now(今じゃない)」「Not That Way(その方法じゃない)」「Not This Product(このプロダクトじゃない)」「Not Aligned with the Vision(ビジョンと合っていない)」など。
具体的な例を挙げると、マクドナルドの公式アプリの事例で、過去に「モバイルオーダーのドライブスルー対応」の要望が社内各所で上がり、「Not Now(今じゃない)」という理由でNoを伝えたことがありました。
当時はドライブスルーでモバイルオーダーを実現するために必要なバージョンを満たしたPOS(レジ)が国内店舗に少なく、時期尚早と判断したのです。
ちなみに最近新しいバージョンのPOSの導入が進んでおり、一部の店舗でモバイルオーダーのドライブスルーの導入を始めています。
こうして「なぜNoを伝えなければならないのか」が整理できたら、次は直接的な「No」ではなく、できるだけポジティブに言い換えることを意識しましょう。
「Not Now(今じゃない)」の場合は「〇月には着手できそうです」と時期を伝えてあげる。「Not That Way」であれば「〇〇という方法はどうですか?」と代案を提示してあげる。こうした言い回しを心掛けるだけで、「Noと言わずにNoを伝える」ことができるのです。
ただし、Noの理由が「Not Aligned with the Vision(ビジョンと合っていない)」だったときには、プロダクトの価値を守るためにもはっきりと「No」を伝えた方がいいケースもあります。そうすることで、ステークホルダーにプロダクトの価値観を再認識してもらうきっかけになりますよね。
また、ビジョンに沿って考えることの必要性や、PMが何を大切にしてプロダクト開発をしているのかを理解してもらうことによって、次からのリクエストの質を上げることにも期待ができ、長い目で見るとプロダクトの価値向上にもつながるのです。
「No」と言わなければいけないシーンが訪れたとしても、その前段階を丁寧に踏んでいれば、相手にネガティブな印象を与えて信頼関係を失う事態は防げるはず。
プロダクトを成長させていくためには、プロダクトの軸をブラさないことと、ステークホルダーとの信頼関係の両立が欠かせません。そのために、「No」を伝えることが必要なシーンは必ず訪れます。
今回お話した「『No』の伝え方」を、ぜひ参考にしていただけたらと思います。
文/鈴木はる奈 編集/河西ことみ(編集部)
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