コラボlab
エンジニアが異業種、異職種の人同士の集まる混成チームにアサインされた時、どのようにコラボレーションして新たなイノベーションを創出していくのかに焦点を当て、その極意を発見・発掘していく。
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エンジニアが異業種、異職種の人同士の集まる混成チームにアサインされた時、どのようにコラボレーションして新たなイノベーションを創出していくのかに焦点を当て、その極意を発見・発掘していく。
異業種、異職種の人が集まる混成チームをうまく舵取りしている、さまざまな分野のリーダーを取材してその極意を見出し、コラボレーションの本質に迫る本連載。
第二回となる今回は、『Pepper』向けアプリ開発、システムインテグレーション、コンサルティングで知られるヘッドウォータースで開発の中心を担うインタラクションデザイン部部長の松山玄樹氏と、共同で『Pepper』のロボットUI開発を行うよしもとロボット研究所の代表取締役社長・梁弘一氏に、コンテンツチームと技術者チームによるコラボレーションをうまく実現してきた極意について話を聞いた。
今から約4年前、親会社であるソフトバンクから「人を笑わせる」ノウハウがロボットへも転用できるのではないかと期待され、当時プロトタイプだった『Pepper』のコミュニケーション部分の相談がよしもとロボット研究所に来たのが開発のキッカケであったと梁氏は言う。
こうして「お笑いのノウハウ」を活かしたロボアプリ開発が始まったのだが、当初、開発に携わっていたのはよしもとロボット研究所のクリエイティブなメンバーのみであった。だが、開発規模が拡大し、より困難な技術的なことに挑戦するため、実装段階で以前から懇意にしていたヘッドウォータースの松山氏に共同開発の話を持ち掛ける。
「それから、吉本のクリエイターとヘッドウォータースの4人と、テレビで活躍している作家さんやプロデューサー、ディレクター、デザイナーなどの方々による混成チームを編成し、試行錯誤を繰り返しながら現在の『Pepper』のパーソナリティやエンタメに特化したアプリを作り上げました」(梁氏)
このプロジェクトに参画することになったヘッドウォータースは、以前よりBtoC、BtoB両方のロボアプリを数多く開発しており、現在ではみずほ銀行など大手との共同案件も手掛けている。新しい技術を取り入れてイノベーションを起こそうと『Pepper』に期待する企業からオリジナルアプリ開発の引き合いが多く、さまざまな企業とコラボレーションしているという。
みずほ銀行の『Pepper』活用に関しては、米国の金融業界団体が主催する国際コンテストで、最優秀イノベーション賞も受賞している。
さまざまな分野の顧客企業が抱えている課題に対応できる要因として、「Pepperが開発される初期段階から携わってきた知見に加えて、新しいアイデアをプラスさせることで対応してきた」と松山氏は話す。
『Pepper』のローンチ前は誰もロボアプリなど作ったことがない状態ゆえ、トライ&エラーの繰り返しであったが、新しいナレッジはどんどんチーム内で共有し開発を進めて行った。
また、『Pepper』はコミュニケーションロボットであることから、台本を使い、時には人間が演じてみることで、挙動のイメージを共有していった。そうやってプロデューサー、ディレクター、デザイナー、エンジニアとそれぞれ立場の異なるメンバーが、イメージを具体化し、共有することができたという。
クライアントへの提案書も台本、絵コンテを元に作成する事が有効な方法になっていたとのことである。
具体的には、『Pepper』のキャラクターを表現する台本をよしもとロボット研究所側が制作し、その台本を元にヘッドウォータースが技術的に変換させる。そんなお互いを助け合う関係性でこの混成チームはビジネスを進めてきた。
■ 営業の場へエンジニアが同行することで受注効率アップ
■ 台本、絵コンテはチーム内のイメージ共有に有効
などを実施することで、「肩書きなどは関係なしに、お互いの関係を近付けていった」と松山氏は話す。
ロボアプリ開発はハードウエアとも密接に関わるため、さまざまな技術的制限も生じる。その中で誰もやったことがない新しいモノを作り出す過程では、当然ながら壁にぶつかることも多い。
それでも、「面白いモノを作ってクライアントやその先のお客さんをビックリさせたい、喜ばせたいという気持ちがチーム内で共有できていたので乗り越えることができた」と松山氏は話す。
ただし、この「面白い」という抽象的な概念を共有するプロセスには一工夫する必要があった。実際、開発の初期段階ではヘッドウォータースとよしもとロボット研究所との間で「開発における共通言語」がなく、困ったそうそうだ。
例えば提案の場では、システム開発側は要件定義書を、よしもとロボット研究所は前述の台本を示してくるという相違があった。そんな中でお互いの理解を深めるために、作業する際の席をいつも隣に陣取ったり、台本をただもらうだけでなく作家の企画会議からヘッドウォータースが参加するなど、物理的な「距離」を縮めることから始めたという。
このような行動から徐々にお互いの関係を近付け、最終的には肩書きをもとっぱらってコミュニケーションができる関係になれたと松山氏は話す。
「開発していく中では、クオリティを求めるがゆえに一度作ったモノを壊し作り直すことも多々あります。人とロボットとの体験を作り出すということは、ドキュメントでは表現し切れないことが多いからです。作ってみないと分からなかったり、お客さまの意向と逆を行くこともあります。例えば(『Pepper』による)商品の紹介をしたいという場合、セリフが長くなり過ぎるとユーザーは頭に入ってこなくなるため、適切な文章の長さにカットし、そのカットした文章の補助として『Pepper』の胸元にあるタブレットを使用したりします」(松山氏)
ちなみにこうした仕様変更に対して、経験の長いエンジニアほど難色を示す傾向にあるため、若手の方が開発にフィットするケースが多いとのことである。
この突破力を形成したものとはつまり、
■ 台本制作の企画会議からエンジニアが参加して「狙い」を共有
■ 開発メンバーの人となりをよく観察して、お互いの違いに慣らすこと
の2つということだ。
梁氏は今後の展望について、「過去のロボットの波は20年スパンで起きているが、ことごとく失敗して来たのが日本のロボット開発の歴史。しかし、今、拡大しているロボット市場においては、いろんな人を励ましたり、助ける存在になれるコミュニケーションロボットの可能性がとても大きくなると考えています。そして、よしもとロボット研究所のような存在が、コミュニケーションロボット普及のためにできる役割はたくさんあるはずです」と語る。
コミュニケーションロボットは、介護分野での活用なども考えられる。また、センサ技術がどんどん進化していく中で、究極的には空気を読めるロボットができるはずと構想を語る。「空気を読む」ということは、周囲の人間の「ツッコミ」を可能にする。それこそがお笑いそのものであり、ロボットが作り出せる楽しい世界だと梁氏は言う。
「今はいろんな技術を使いながら、テクノロジーのムダ使いとも呼べる面白い実験もやっています。一見くだらないと思える発想が、イノベーションを起こすことがあると思っています」(梁氏)
以下の動画がその一例だ。
これは、距離設定で歩くことがプログラム上容易な『Pepper』に、規定の線の上を歩き続けるようプログラムし、ポケモンGOの卵を孵化させるものだ(ポケモンGOの「孵化」とは、スマホのGPS機能を利用してユーザーが歩いた移動距離を測ることで、ゲーム内でモンスターの卵を孵化させポケモンをゲットできるものである)。
松山氏も、コミュニケーションロボットの可能性をこう語る。
「これまでは家にロボットがいること自体が文化にありませんでした。しかし時代は動いているので、いずれ家庭にロボットが入るようになり、文化が根本的に変わっていくと考えています。予想だにしない切り口でロボットが家庭に入っていくことを見据えています」(松山氏)
梁氏の言う「空気を読むロボット」の開発についても、「ロボットをIoTデバイスの一種であると考えれば、その中で家庭内や身の回りのさまざまなデバイス、センサと連携することで、ロボットが空気を読むことができたらいい」と共鳴している。
最後にエンジニアへのメッセージを語ってもらった。
松山氏は、「エンジニアとして『作ること』だけには固執してほしくない。技術を振り回し納品物を作るのではなく、作ることの先にある、お客さんの笑顔を見たいという本質を意識してほしい」と語る。
他方、梁氏は「今までいろんなエンジニアがいたから、世の中が良くなってきたという歴史を認識してほしい。ヘッドウォータースは、言われたことをこなすだけのエンジニア集団ではない。それがあったからこそ、吉本のチームとうまく融合できて、クオリティの高い『Pepper』を作り出せた」と語る。
今回紹介したコラボレーションを例にするまでもなく、異業種・異職種の人たちと連携しながら開発を進めるようなシチュエーションは今後もっと増えていくだろう。そこでは、エンジニアにも実際に「作る」だけではない働き方が求められる。それこそが新たなプロジェクトにアサインされた際に必要とされる能力である。
お互いが同じ目的意識を持ちながら寄り添い合う今回のプロジェクトの運営方法を、参考にしてみてはいかがだろうか?
>> 連載第一回:元AIBO開発関係者が語る、成果を出しやすいプロジェクト運営4つのポイント
取材・文・撮影/田中千晶
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