「こんなはずじゃ…」キャリアの壁をも転機に変える、若手エンジニアの成長促す三つの思考法【クレディセゾンCTO 小野和俊】
憧れだった仕事に就いたはいいけれど、思わぬ壁にぶつかり「あれ、何か違うかも」と立ち止まってしまった経験はないだろうか。
新卒で米国の大手IT企業、サン・マイクロシステムズに入社し、現在はクレディセゾンで活躍する小野さんも「入社した初日から壁にぶつかりました」と話す。
それもそのはず、プログラミングが大好きで入社したサン・マイクロシステムズの日本拠点が「ほぼ営業機能しかない拠点だった」と語る。
その事実に直面した小野さんは、どのように思考を切り替え、状況を打破したのか。そこから見えてきたエンジニアが成長していくための思考法を三つのキーワードにまとめて紹介したい。
※本記事は、2022年4月16日に開催された日本最大級のエンジニア転職イベント「typeエンジニア転職フェア」内の特別講演『やりたいことを突き詰めることが成長する近道!〜クレディセゾンCTO小野和俊が語る!エンジニアとして成長するために必要な戦略〜』において語られた内容を一部抜粋・編集の上紹介しています。
思考法1:その領域でナンバーワンになる、ラストマン戦略
サン・マイクロシステムズに新卒入社した初日に面食らいました。小4からプログラミングが好きで好きでたまらない根っからのプログラミングオタクの私が「よし、ここから開発にどっぷり浸かれるぞ!」って意気揚々と入社したら、日本拠点はサーバーやOS、ミドルウエアを売る営業拠点だったわけですから。
例えるなら、八百屋だと思って入ったのに肉屋だったみたいな(笑)。私と同じように勘違いして入社した同期もいました。
どうやって気持ちを切り替えたかですが、普通は「野菜を売りたいから八百屋に転職する」のが一つ目の選択肢になります。二つ目は、郷に入れば郷に従えで「野菜は諦めて肉屋でプロになる」という選択肢。
私はそのどちらでもない三つ目の戦略をとりました。「肉屋の中で、野菜に一番詳しいやつ」というポジショニングでいこうと思ったんです。
まぁ、これを一般的なエンジニアの例に置き換えるなら「ソフトウエア開発ができる会社へ転職しよう」となるはず。あるいは、「プログラミングは好きだけど、ぶっちゃけ少しかじっていた程度だし。これを機にハードウエア開発の知見を積もう」というパターン。この二つのどちらかに落ちつく人が大半ですよね、という話です。
ただ、私は「ハードの会社でソフトウエアに強い人がいれば、案外需要はあるんじゃないか」と考えたんです。
というのも、私はJavaに強い人になろうと思って、サン・マイクロシステムズに入社しましたが、Javaを開発した会社だけあって「Javaに強い人」はすでにたくさんいたんですよね。そこで一番になるのはとても難しい。
ただ、JavaとXMLを組み合わせれば、ニッチですが、新人でも「その分野は小野が詳しいぞ」となるわけです。
狭い領域だとしても「小野に聞いて分からなければ、うちで分かるヤツはいない」となる、最後のとりでのような存在という意味で「ラストマン戦略」と呼んでいます。
ただ、現実はそんなに甘くなくて。例えば、同期三人の中でも一番になれないことってありますよね。たった三人の中でも一番が取れないなら、それははっきり言って「向いていない」ということ。別の得意分野を探すことをおすすめします。
どの領域でラストマンになるか見極めるポイントとしては、新しい領域でまだ先輩たちが着手できていないものや、ニッチゆえに明確なラストマンがいない領域とかはわかりやすいですね。
例えば、テストツールのラストマン、バグ管理システムのラストマンでもいい。なかなか見つけられないようであれば、会社全体では当該技術を担当している人はいるけど事業部にはいない、みたいな視点からラストマンになる手もあります。
僕自身は、入社時研修後にシリコンバレーにある本社へ行くことに。当時は新卒で米国に行く人なんてあまりいませんでしたから、Java×XMLが大きな武器になりました。
思考法2:「役に立つこと」より「没頭できること」を重視する
プログラミング以外にも没頭したもので言うと、ゲームですかね。以前、Yahoo!ニュースに「小野和俊は一日15時間ゲームをしている」って出て、親戚中から心配されるほどのゲーマーでして(笑)
海外で大成功していた『World of Warcraft(WoW)』というゲームをご存じでしょうか。クエストをクリアして、強い武器をもらいながら世界を探検するオンラインゲームです。めちゃくちゃ面白くて友人を誘うものの「日本語じゃないし」と一蹴されるんですね。
やっているユーザーがいてもほとんどの人が英語で書かれたクエストを読み飛ばしちゃう。それなら自分で日本語版を作ってしまえと思ったんです。
具体的には、まずゲームを構成している各種ファイルから英語のテキストを抽出して、それを自動翻訳するプラグインを作ったんです。ところが、10年以上前で当時の自動翻訳の精度が低くて全然だめで。
例えば『Lady Sylvanas』という高貴で歴史を持つ女性キャラが出てくるんですが、ゲーム上では敬意を込めて『Dark Lady』と呼ばれていました。ただ、自動翻訳されると「暗い女性」って出てきて、威厳もへったくれもない。世界観が台無しなわけですよ。
じゃあどうしたかというと、固有名詞だけテキスト抽出しておいて、WoW用語を翻訳対象外になるようにして、それから自動翻訳をかけるようにプラグインを改良しました(下記図参照)。
そうこうしているうちに有志がどんどん翻訳してくれて、約13,000あった全クエストが翻訳されてプラグインに登録され、後にほぼ公式プラグインみたいな感じになったことがありました。
まぁ、わざと極端な例を出しましたけど(笑)。伝えたかったのは、大概の人がエンジニアの成長において「こういうことはやっちゃいけない」って思いがちなんですね。ゲームなんて最たる例で、役立たないものの代表格みたいに扱われがちですし。
でも、世界最高峰のゲームのプラグインを作っているとコンテンツ作りが全部分かるわけです。めちゃくちゃ洗練されたアーキテクチャに触れて、結果的に私のエンジニアリング力やアーキテクチャ力が上がりました。
実際、大手・中小企業の約3000社(2019年8月末)に導入された国産データ連携ソフトウエア『DataSpider』の設計ではこの時得た知識を参考にしていたりします。
私の経験上、ユニークになれる確率が最も高いのは自分が「心惹かれてやまない領域」です。一見、ネトゲ廃人みたいな没頭経験が自分のユニークさにつながり、仕事にもつながったわけですからね。
役に立つかどうかなんて考えなくていい。役に立つことが証明されている分野、例えば資格試験とか。そういうのって大抵の場合、後追いになりますよね。ナンバーワンにはなりづらいんです。
思考法3:「好き」とCXやEXを一致させると最強のプロダクトに
好きで没頭して作ったものを最後、誰かに届けるときに強く意識してほしいのがCX(カスタマーエクスペリエンス/顧客の体験)、あるいは従業員向けのシステムならEX(エンプロイーエクスペリエンス/社員体験び)との整合性です。
2017年頃、仕事で米国に行った際、初めてスマートスピーカーを見ました。当時から米国ではAmazon EchoやAlexaがKindleの売上を抜いていて、「スマホの次のプラットホームだ」なんて言われていました。
帰国後、当時私が所属していたセゾン情報システムズでもスマートスピーカーの案件を提案していこうとなり、試行錯誤しながら開発していた時、面白いチャンスが訪れました。それが2018年の秋に開かれたAmazon Alexaスキルアワード 2018です。
Amazon Alexaの国内で初めてのスキルコンテストで、大手・中小企業約400社がエントリーする大規模なものでした。女優を使った豪華な動画資料を用意してプレゼンをする大手メーカーもいましたね。
一介のSIerである私たちは、動画などの用意はしておらず、見るからに「敗北確定」みたいな超地味な資料(笑)。ただ、エントリーしたものは、チーム皆が人に喜んでもらいたいと夢中になって開発したものだったことは間違いなく、その思いを伝えるべくプレゼンしました。
すると見事、法人部門で最優秀賞と特別賞をダブルで受賞しちゃったんです。
提案したのは「クイックちゃん」と名付けた、社内マッサージサービスシステム運用のためのスキルです。
セゾン情報システムズには福利厚生の一環で、予約すれば仕事中に15分だけ社内に常駐しているマッサージ師から無料でマッサージを受けられる制度があるんですね。マッサージ師は視覚障害のある方だったので予約台帳などは読めないわけです。
だから、施術が終わって次の人を呼ぶときは、そのために待機している別スタッフに内線をかけて呼び出してもらったり、必要な備品があれば取りに行ってもらったりする形で運用していました。
ある日、マッサージ師の方が「せっかくお給料をいただいて仕事をしているんだから、本当は誰の手も借りず全部1人でやりたいんだよ」とおっしゃっているのを聞いて。心苦しく感じている姿を見て、Amazon Alexaで何かできないかとチームで考えたわけです。
そこで出たアイデアをもとに、予約台帳の代わりとなるクラウドのデータベースを作りました。Alexaのカスタムスキルと掛け合わせ、マッサージ師が「Alexa、クイックちゃんで次の人呼んで」と言えば、社員のスマホに「そろそろ順番です」と連絡が入ったり、「Alexa、クイックちゃんでウェットティッシュが切れたから備品交換お願い」と話せば、社内システムと連携して備品発注ができるシステムを作りました。
クイックちゃんのおかげで1日に施術できる人数が22%アップ、年間192時間のサポート工数削減につながりました。
ただ、こうした定量データ以上に「小野さん、クイックちゃんのおかげで、ついに一人で仕事できているんだよ」というマッサージ師の言葉は一番嬉しかったですね。
それに予想していなかった効果もありました。施術していると「次の予約は〇〇部の〇〇さん」という情報を忘れてしまうことがあったそうですが、サポートしてくれているスタッフに「次は誰でしたっけ」と何度も聞くのははばかられるわけですね。
でも、Alexaなら気兼ねなく何度でも聞き直せる。「次の人は誰だっけ」と不安になることなく、心の準備をして施術に臨めるようになったという話を聞けた時はエンジニア冥利に尽きました。
心引かれて取り組んだ仕事が、誰かの感動体験につながったからです。定量データでは見えずとも、仕事の質がぐっと上がるような開発経験はエンジニアにとってとても大切です。
英語で“ハンマーと釘”という言葉があります。ハンマーしか持っていないと全てが釘に見えてしまうということわざなんですが、例えば、ブロックチェーンを勉強すると「それRDBMSでよくない?」ということも全部ブロックチェーンでやりたくなっちゃう(笑)。向上心の一種ですが、気をつけないと手段が目的になってしまいます。
心引かれたものを抑制せず行動に移してみるのは大事ですが、誰かの喜びにつながらなければただの自己満足です。ちまたでよく言われるDXも、このポイントを抑えないことにはDXごっこで終わってしまいますから注意しなければいけません(笑)
「狭い領域でもいいから、ナンバーワンになる」「心引かれることにふたをしない」「CXやEXを一致させる」という三つのポイントを意識しながら、開発に取り組んでいけば自ずと成長はついてくるかなと思っています。
文/玉城智子(編集部) 撮影/赤松洋太
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