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研究者、棋士、エンジニア「全部あるからバランスがとれる」三つの顔を持つ28歳の“全方位全力”のキャリア

働き方

エンジニアであり、東京大学博士課程在学中のAI研究者であり、そしてプロ棋士。そんな3足のわらじを履くのが、谷合廣紀さん(28歳 )だ。

最近では副業に取り組む人も増え、いくつかの職業をかけ持ちし、パラレルキャリアを築くエンジニアもめずらしくない。

しかし、谷合さんがその他のエンジニアと一線を画しているのは、3足のわらじの全ての領域でトップクラスの実績とスキルを持っているプロフェッショナルだということ。

棋士、研究者、エンジニア……「三つあって、それぞれに全力をそそげるからバランスがとれる」と話す谷合さんに、全ての道でプロを目指す生き方について聞いた。

谷合 廣紀

谷合廣紀さん
1994年生まれ。プロ棋士、四段。東京大学大学院博士課程に在学し、自動運転をテーマにAIを研究中。2019年より株式会社ティアフォーでパートタイムエンジニアとして勤務、22年3月に退社。自ら将棋AIのプログラミングも行う。著書に 「AI解析から読み解く 藤井聡太の選択」(マイナビ出版)「Pythonで理解する統計解析の基礎」(技術評論社)

好きなことを追求していたら…自然と広がった選択肢

谷合さんが最初に履いたのは、「棋士」のわらじだ。

小学校に上がる前から、将棋の有段者だった祖父に習ってハマり、中学入学時には棋士の養成機関である奨励会に入会するほどに腕を上げていた。

「当時はプロ棋士を目指していたわけではなく、知り合いも入会していたので自分も……くらいの軽い気持ちでした」

将棋に夢中で、学校の勉強はほとんどしていなかったというが、高2でふと思い立って本腰を入れると成績が急上昇。勉強の面白さに開眼し、現役で東大に合格する。

「当時はちょうど『将棋AIが人間に勝つか負けるか』と盛り上がっていた頃。それなら将棋界に身を置く者として、プログラミングも学んでおきたいと思い、工学部へ進みました」

現在は、大学院の博士課程で「AI研究者」という2足目のわらじを履いている。研究テーマは、将棋ではなく「フォークリフトの運転支援」についてだという。

谷合 廣紀

「好きなものが多いから、いろんなテーマに手を出しちゃうんですよ」

3足目のわらじである「エンジニア」としての活動は、2019年に本格スタートした。

自動車技術会主催のシミュレーション競技「第一回自動運転AIチャレンジ 」に参加して優勝したのを機に、自動運転業界のスタートアップ企業ティアフォーからスカウトされ、エンジニアとして働き始めたのだ。

「スタートアップでは研究に近い開発をしていたので、働いている感覚はあまりなかったし、いろいろな人との出会いもあって、とにかく面白かったですね」

その後、2020年には棋士としてプロ入りを果たし、本格的な3足のわらじ生活がスタートする。

「最近は、個人的にやっていた将棋AIの開発にもっと時間を割きたいと思うようになり、2022年3月にティアフォーを退社しました。なのでエンジニアとしての活動は、今は『将棋AIの開発』がメインですね」

将棋AIへの造詣は深く、月刊誌『将棋世界』では、藤井聡太五冠の将棋をAIを利用して徹底的に分析する連載を担当していたほど。

2021年末には、全13局の解説をまとめた書籍『AI解析から読み解く 藤井聡太の選択』(マイナビ出版)も発売された。

谷合 廣紀

「生意気な奴だと思われないか、最初は少し心配でした(笑)」

「人間の指し手と将棋AIの読み筋って、結構違うんですよ。AI的に見たら悪手でも、人間の思考プロセスでは自然なこともある。連載では対局者の思考を丁寧にトレースすることを心掛けました」

連載当初は、プロ棋士一年目。先輩棋士の将棋を解説するなんて生意気に見られないかと心配したそうだが、ふたを開けると各方面に好評。書籍で紹介した対戦相手の棋士から「面白い」と褒められることも多い。

そんな背景もあり、将棋AIのソースコードを見て「どうしてこう書くのか?」と疑問を持つことも多く、一度自分で作ってみたかったのだそう。

そして、ティアフォー退社後の2022年5月には、「世界コンピュータ将棋選手権」に自作の将棋AIで参加。独創的な技術やエンターテインメント性を示したプログラムとして「独創賞」を受賞した。

「将棋AIは、盤面を画像として入力し、画像処理させるのが一般的。今回、私は駒の文字を直接文字列として入力する自然言語処理的なアプローチをとったのですが、それが評価されたようです」

将棋・AI研究・プログラミング、三つあるからバランスがいい

プロ棋士というとその道一本で食べている人も多いイメージだが、谷合さんは複数のキャリアがある方が心地良いのだという。

「もともといろいろなことに興味を持つタイプ。将棋もAI研究もプログラミングもどれも楽しいから全部やりたいんです。

没頭している時の集中力は高い一方、飽きっぽいところもあるので、やりたいことが複数あるくらいがちょうどいいんですよね。

将棋で負けてモチベーションが下がった時にプログラミングで気分を切り替えたり、逆にプログラミングで行き詰まった時に将棋で息抜きができたりしますから。基本的にはどれも好きなペースでやっていますが、論文の締め切り、対局や競技会の日程が迫っていたら、近いものを優先する感じです。

おかげでいろいろな人と知り合うことができ、視野や考え方が広がるメリットも感じています。私自身も大学の研究の過程で得た技術を会社で共有するなど、パラレルキャリアの強みを還元できていると思いますよ」

谷合 廣紀

現在特に注力しているという「将棋ソフト」には、オープンソースとしてあげられているものも少なくない。 GitHubなどで公開されており、谷合さんも自身の将棋AIのソースを共有している。

「GitHubでスターが付くとうれしいですし、承認欲求が満たされてエンジニアとしてのモチベーションアップにもつながります。

ただ悩ましいのが、もし今後ものすごく強い将棋AIを作り上げたとき、公開すると他のプロ棋士にも使われてしまうこと。それって競合他社に情報を渡すようなものなので、悩ましいですよね(笑)」

大学で研究しているAIも、将来的に将棋につながる可能性がある。

「今は自動運転が研究テーマですが、今後テーマをガラッと変えて、将棋AIで論文を書くのもいいなと思っています。将棋AIの開発で何か発見があれば、大学の研究論文に生かせますし、すべてがつながれば相乗効果も高まるはずですから」

プロフェッショナルは、必ず「対価に見合う仕事」をする

三つの道、それぞれを極める谷合さんは「プロの仕事とはどうあるべきか」について持論がある。

「まずプロ棋士としては、『棋譜を売る』のが一番の仕事だと考えています。もちろん勝つことが一番大事ですが、見る人が面白いと思ってくれなければ成り立たない職業ですから。

実は最近、将棋AIの影響もあって、AIが悪手とみなす指し方をしない棋士が増え、戦法の幅が狭まっている面もあります。でも将棋AIの指し方って、『またこれか』と思うことも多いんですよね。

それを否定するわけではないのですが、私自身はどれだけ自分らしい面白い将棋を指せるかを大事にしています」

谷合さん自身は、AIが得意としない「振り飛車」という戦法を好んで指す。その中でもさらに独自の工夫を凝らしており、「名前を隠しても谷合さんの将棋だと分かる」とよく言われるという。

谷合 廣紀

「エンジニアとしても、お金をもらっている限り重要視すべきは『対価に見合う成果』を出すことです。スタートアップで働いていた時は、他社のエンジニアより良いものを作らなければ、という意識は常にありました。

今取り組んでいる将棋AIの開発はまだ仕事にはなっていないので、プロ意識とは少し違うかもしれません。ただ、将棋AIの開発で得られた知見は、そのままプロ棋士の仕事に応用できますし、プロ棋士の立場からもコンピュータ将棋界を盛り上げていきたいという思いは強いです」

いずれは究極の将棋AIを完成させ、さらには初心者が効率的に将棋を勉強できるツールなどを作りたいと谷合さんは言う。

「おこがましいかもしれませんが、どんな分野であれプロフェッショナルというのはそうやって『対価に見合う何か』を生み出せる人のことを言うのだろうと思います」

強みは「欲求」の先に見えてくる

谷合 廣紀

彼のように、興味を持ったそれぞれの分野で「極める」まで進むのは難しいもの。しかし谷合さんはシンプルに「自分が好きなものや楽しいと思うもの、欲求に従っているだけ」だと話す。

「僕は何かを極めなければ……と思っているわけではなくて、ただ好きなものに向かっているだけ。やっぱり興味がなければ楽しくないし、そもそもモチベーションも続かないのですから。

特にエンジニアであれば『好きな分野×プログラミング』の掛け合わせは独自の強みになりますから、そこが自分の武器になりやすいですよね」

実は谷合さんも、プログラミングに関しては「それ自体がものすごく好きだったわけではない」という。

「ある日、プログラミング競技会があると知って試しに参加してみたら、人と競うことそれ自体がゲーム感覚で楽しかったんですよ。

もともと競争心が強くて、すっごく負けず嫌いなので(笑)。それ以降、面白そうな競技会の情報をTwitterで収集して積極的に参加していたら、自然と自分の興味がある分野や、研究したいものが見つかったという感じです。

プロとしては『求められるもの』や『対価』が大事だとは思いますが、その前段階では、興味の延長線上で心に刺さるものを見つけること。思わぬことがきっかけでキャリアが広がる可能性もあるのではないかなと思います」

取材・文/古屋江美子 撮影/桑原美樹

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