この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
【LINE新CTO池邉智洋】生粋の技術屋が組織マネジメントに苦しんだ過去から学んだ“開発チーム戦”時代の生き抜き方
2022年4月、LINEの新CTOに池邉智洋さんが就任した。
池邉さんの直近のミッションは、LINEの開発組織の刷新。エンジニアが働きやすく、成果を出しやすい環境づくりに注力していく。
そこでCTO就任早々に実現したのが「組織の運営責任者」と「技術・プロダクトの責任者」を明確に分ける開発体制への切り替えだ。「マネジメントも技術も」一人二役状態のエンジニアをなくし、一人一人の機能を明確に切り分けることで、意思決定のスピードアップを狙う。
池邉さん自身はというと、根っからのエンジニア。20代の頃はコードを書くこと、自分の手でものづくりをすることに楽しみを見いだすタイプだった。しかし、前職のライブドアでCTOに就任して以来、組織マネジメントに一貫して軸足を置いている。
「過去には、マネジメントの面白さが見いだせない時期もありました。人と向き合い続けて、一体何になるんだろうって。でも、Webサービス開発のトレンドが移り変わるにつれて『マネジメントって、実はエンジニアリングだな』って思うようになったんですよね」
そう言って笑顔を見せる池邉さんに、その言葉の真意とキャリアの転機について聞いた。
技術も組織も責任を持つ「一人二役時代」にピリオドを打つ
今回の開発体制刷新で、特に大きな変更だったのが、LINEグループの拠点(法人)ごとに組織の運営責任者(Entitiy CTO)と、事業ドメインごとに技術・プロダクト責任者(Domain Technical Director)を設置したことだ。
これまでは一人の人が両方の役割を一人二役で担うケースがほとんどだったが、その役割を明確に切り分けた。その背景には、「組織の肥大化」があると池邉さんは明かす。
「LINEが運営する事業はコミュニケーションアプリが中心ではありますが、メディア事業もあれば、音楽やマンガを楽しめるようなエンタメ事業もあり、『LINE Pay』などの金融サービスもある。
事業ドメインが多岐にわたると同時に、開発拠点も国内外に複数あり、エンジニアだけでも約3300名(グループ全体)在籍する規模になっています。
そうなると、以前のように技術も組織運営も同じ人が責任を持つ状態では、素早い意思決定をすることができなくなっていました。
そこで、縦串で各法人の組織戦略を担うEntitiy CTOを配置。一方、事業ドメインごとに横串で技術を統括するDomain Technical Directorを置き、誰がどこからどこまで責任を持つのか範囲や権限移譲を明確にし、各リーダーが組織マネジメントあるいは事業を伸ばすことに集中できる体制にしたんです」
この役割分担で、さまざまな課題の解決に向けてスピーディーに意思決定し、施策を実行に移せる体制へ。チームでの成果を最大化させることが狙いだ。
「日々発生する組織の内的課題も技術課題も、適切かつスピーディーにクリアできる体制にすることで、エンジニア一人一人の自主性や開発への集中力がより一層高まるはず。
私自身は、各Entitiy CTOが描くゴールにたどり着けるようサポートしながら、LINE全体の組織戦略(採用や評価・福利厚生などの制度設計)に時間を割いていきます。
会社規模が大きくなっても、チームでいいプロダクトを作る組織でありたい。そのために、最高のエンジニアリング環境を用意していくつもりです」
「一体これは何になるんだ」20代でぶつかったマネジメントの壁
元々は「天才エンジニア集団」とも言われたオン・ザ・エッジのエンジニアだった池邉さん。技術のプロから領域を広げ、組織運営やメンバーマネジメントにも取り組むようになったのは、2007年のライブドア再建時にCTOのポジションに就いたことがきっかけだった。
「CTOを打診された時は、なんで自分が? とは思いました。組織づくりやマネジメントは自分の領域ではなかったし、当時は会社が潰れるか再建できるかも分からない状況で、社内は結構めちゃくちゃでしたから。
でも、そんな状況の中でCTOをやることは、経験としては間違いなくレア。他ではなかなか見られない景色を見ることができそうだし、今後の自分の糧にもなるはず。そう思って引き受けました」
CTOに就任すると、業務の変化は予想以上だった。会議ばかりで「何の意味があるんだ?」と思うことも多々。メンバーとの1on1の時間も膨らみ、退職者が続出する組織で会社を辞めそうなエンジニアの引き留めにあたった。
「ただ相手のためだけに時間を浪費しているような感覚もあって、一体何をしているんだろうという気持ちになっていきました。
それまで仕事のほとんどの時間をコンピューターに向き合って過ごしていたのに、人と向き合って過ごす時間ばかりになってしまい、内心穏やかではありませんでした。コードもほとんど書かなくなり、このままエンジニアリングからは離れていくのだろうか……と悩んだりもしましたね」
マネジメントもエンジニアリングだった
しかし、Webサービス開発のトレンドが変わっていくにつれて、マネジメントに対するネガティブな印象も少しずつ変化していった。
「スマホが普及し始めた2013年頃から、エンジニアリングが『個人戦』から『チーム戦』へと変化していきました。それとともに、自分の考え方も変わっていったんです」
池邊さんが開発現場の一エンジニアとしてコードを書いていた約20年前は、インターネットの技術がまだ成熟しておらず、やること全てがシンプルかつ規模もコンパクトだった。そのため、一人のエンジニアが開発できる範囲が広く、個人でプロダクトをリリースする人も多かった。
「それがスマホの台頭で一気に変わって。ここ数年で、アプリやWebのサーバーサイドの技術もクライアントサイドの技術もかなり複雑化していますし、今時のサービスなら『機械学習で気の利いたレコメンデーションくらい入っていないとサムい』という感覚にもなってきている。
この20年で、世の中のWebサービスに対する期待値がすごく高くなっていて、多様な視点やスキルを持ったエンジニアが集うチームでものづくりに当たらなければ、世の中の人を満足させたり、価値を提供したりするのが難しくなりました。
そういう時代の移り変わりを受けて、僕自身も自然とチームの力を最大化させてアウトプットを出すことの重要性を痛感するようになったんです」
そこで池邊さんが辿り着いたのが、「組織戦略を立てたり、人と向き合ったりすることも、結局はエンジニアリング」だという結論だ。
ソフトウエアのエンジニアリングは、大部分のコードを人が書く。そのため、エンジニアたちのパフォーマンスが成果物の良し悪しに影響を与えることは言うまでもない。
「アウトプットは人やチームの関係性に左右されやすいんです。たとえ個々のエンジニアの能力が高くても、その人たちの仕事がうまく噛み合わないと、良いシステムや良いサービスは作れない
そして、個人の能力をチームで生かせるかはマネジメント次第。そう考えると組織づくりって重要だし、そこに集中する価値もある。自分にとってもおもしろいものだと思えるようになりました」
とはいえ、技術から離れることに未練はなかったのか。そう問い掛けると、池邊さんは「ものを作りたい欲求は、個人でも満たせる」ときっぱり言い切る。
「キャリアは不可逆なので、今さら『こうすればよかった』と後悔することはないですね。ただ、自分の手で何か作りたいという欲求は、今ならいくらでも個人で満たせるとも思っていて。今も技術を楽しめる環境にいるとは思っていますよ」
キャリアの選択基準は「そのスキルに汎用性があるか」
「こうして過去のこと振り返ると、自分にはキャリア戦略と言えるようなものは何もなかった」と池邉さんは言う。
CTOのポジションでマネジメントの仕事に注力するようになったのも、時代や会社に求められてのこと。しかし、「キャリア選択はそうやって、良い意味で流されるように決めて良いのでは?」と池邉さんは続ける。
「キャリアは自分でコントロールできない部分が大きくて、運や時代に左右されることも多いものですよね。だから、あまりガチガチに決めても意味がないというか。
そこで僕が個人的に大事にしているのは、なるべく人からのオファーを断らないこと。求められるものにしっかり応え続けていくことが、自分の価値につながると信じていますし、僕にとってのマネジメントのように、やってみたらだんだんとその面白さに気づくものもあると思います」
また、流された場所でうまく波に乗るためには、「汎用的なスキルがあるといい」と池邊さんは言う。
「IT、Webの世界は流動性の激しい業界ですから汎用性、言い換えれば他の会社でも生かせる『ポータブル』(持ち運び可能)なスキルがあると役立ちますね。
技術スキルは基本的に汎用性が高いものですが、できれば流行りのフレームワークを追うだけでなく、コードの裏に隠れている思想まで理解しておきたい。なぜなら、その思想こそ高い汎用性があり、重宝するものだからです」
エンジニアに敬遠されがちなマネジメントの仕事こそ、今あらゆる職場で求められている「ポータブルなスキル」だと池邊さんは断言する。
「チームをつくらない会社はないし、仕事をしている以上は必ず人と向き合う必要がある。個別の事情まではテンプレート化できないにしても、マネジメント経験から得る組織を育てるための知識や学びはさまざまなビジネスシーンで生かせるはずです。
また、エンジニアの学習環境は年々進化しているので、純粋な技術知識やスキルだけなら新卒の方が高いこともある。そんなときにも、同じ土俵で対抗するのではなく、マネジメントスキルなど、技術以外のことに目を向けた方がいいこともありますよね」
今後、Webサービス開発の現場では、「チーム戦」の重要性がますます増していく。そんな中で、自分はチームに何で貢献できる人なのかを理解しておくことも重要だ。
例えば、池邉さんは自身をロールプレイングの登場人物に例えるなら「回復や毒消しもできる、いるとちょっと便利なキャラクター」だと分析している。
「今の僕は、攻撃に特化する戦士じゃないんですよね。高い技術力で敵をやっつけるような戦士も重要なキャラですが、パーティー全員が戦士でも旅はうまくいきません。
違った強みを持つ人たちがチームを組んで、それぞれの役割に徹するからこそ強敵を倒したり、目的を果たせたりするようになるわけです。
もし僕のような『便利キャラ』を目指すなら、汎用性の高いマネジメントスキルを身に付けるのはおすすめですね。この先のキャリアに迷っている人は、とりあえずいろいろなことに挑戦してみてください。
人からかけてもらった期待に応えているうちに、新しい扉が開いて、自然と自分なりのキャラメイクができるようになっていくと思いますよ」
文・取材/古屋江美子 編集/玉城智子
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