ネットコマース株式会社 代表取締役
斎藤 昌義氏
1982年日本アイ・ビー・エム入社。1995年に退職後、ネットコマースを設立。各種コンサルティングやプロデュースを始め、講演、雑誌、Webメディア等の記事寄稿など多方面で活躍する。著書に、『システムインテグレーション崩壊』(2014年)『システムインテグレーション再生の戦略 ~いまSIerは何を考え、どう行動すればいいのか?』(2016年、どちらも技術評論社)がある
近年、企業にとって「デジタルビジネス」の重要性が増している。
ITの急速な進化により、人、モノ、コトをつなぎ、新たなビジネスを創出したり、ビジネスに新たな価値をもたらすことが可能になった。日進月歩のスピードで変化するIT社会に取り残されず、最前線で活躍していくためにはどんなビジネスパーソンになるべきなのだろうか。
『未来を味方にする技術 ~これからのビジネスを創るITの基礎の基礎』(技術評論社)の著書であり、最新のITビジネス開発と人材育成を支援するネットコマース代表取締役の斎藤昌義氏が、各事業会社が進めるデジタルビジネスの近況や、それを支援するSI・ベンダー側の動きがどう変わっているかを紹介した講演内で、デジタル社会を生き抜くヒントを語ってくれた。
10月29日、東京ドームシティプリズムホール内で開催された『@typeエンジニア転職フェア』内の、「デジタルビジネス最前線~常識崩壊の時代、ITと一体化するビジネスとどう向き合うか~」より、講演内容の一部を紹介する。
ネットコマース株式会社 代表取締役
斎藤 昌義氏
1982年日本アイ・ビー・エム入社。1995年に退職後、ネットコマースを設立。各種コンサルティングやプロデュースを始め、講演、雑誌、Webメディア等の記事寄稿など多方面で活躍する。著書に、『システムインテグレーション崩壊』(2014年)『システムインテグレーション再生の戦略 ~いまSIerは何を考え、どう行動すればいいのか?』(2016年、どちらも技術評論社)がある
今、私たちの行動は無意識にデジタル化されています。今後も現実世界のモノはことごとくデジタルデータに置き換わっていくでしょう。自覚がない人もいるかもしれませんが、例えばGoogleマップを使ったり、ポケモンGOで遊んでいること自体も、「自分の行動をデジタルデータに置き換えている」ことを差します。
IoTの台頭に代表されるように、今はあらゆるモノにセンサが組み込まれ、たくさんのデバイスからデータを送るような仕組みができています。2009年の時点では、25億種類のデバイスがインターネットにつながっていると言われていましたが、去年2015年で180億、そして2020年には500億種類以上になると予想されているほど、「デジタルデータ取得先」は急速に増えているのです。
そして次には、私たちが無意識に作ったこの膨大なデータをどう処理していくかという問題が出てきます。
データの内容はテキスト、画像、動画、言語もさまざまなので、それらをすべて人間が処理することはできません。そこで、「あなたの生活行動パターンはこうだから、こうした方がいいですよ」というデータ解析、フィードバックを人工知能(AI)がやってくれるようになるでしょう。
最近よく聞く話かもしれませんが、実はこれってIT業界の大変革。今までのITは、業務の効率化・生産性の向上のため、作業の標準化をするために使われていました。しかし膨大なデータをAIが処理することで、標準化ではなく個々にパーソナライズされるようになりました。個人のための情報データが世の中を動かす時代になってきたのです。
AIが台頭していくと、作業の「自動化」ではなく「自律化」が進んでいきます。人間が指示をするためのプログラミングを組むのではなく、AIが自分で調整して自発的にデジタル化してくれるようになると、私たちの生活基盤もそのようにシフトしていきます。
IT前提のビジネスが普及すると、そのスピード変化についていかざるを得なくなります。そしてビジネスの成功はITの成功に依存するようになるでしょう。開発体制も、アジャイル開発で対応するしかなくなってきます。
もちろんロボットの普及だって、遠い未来の話ではありません。自動運転技術などはすでに技術的に可能になっていて、今や商品化に向けて動いている段階。私たちが思い描いていた未来はもう目の前にきていて、今後もITは経済・思想・政治などさまざまな分野に影響を与えていくでしょう。
そんな時代のITビジネスは、「アンビエントIT」がキーワードになってきます。私たちが気付かないうちに、周囲のあらゆる場面にITが散りばめられていて、いつでも必要な時に利用できる状態。普段使っている冷蔵庫・車・時計などの日用品がアンビエントIT化し、今後はそんな状態を活かしたビジネスが生まれてくるでしょう。
人間が一生懸命労力をかける時代が終焉を迎えるので、そんな時代にどう生き抜いていくのかを、私たちは考えていかなければいけません。
ビジネスが変わると、私たちが働く環境も変わってきます。そもそも私たちの世界は、「人が働く」ことを前提として成り立っていました。それを前提に、作業を標準化するのがITの役割でした。
ですが、囲碁プログラムの『AlphaGo』がプロ棋士に勝利したという事例に見られるように、ある側面だけを見れば、ITはもはや人間を超えた存在になっています。「人間前提」という時代が終わり、「機械が働くこと前提」の働き方にシフトしていくでしょう。
例えば、タクシー業界が良い例です。人間を前提とした従来のビジネスプロセスの場合では、人間が車を停めたり休憩するための事業所もいる、マネジメントする人も、コールセンターも必要です。場合によっては、適切な人員配置を行うための予約システムもいるかもしれません。私たちは、こういった経費を含めて、タクシーの運賃を払っていました。
しかし、Uberが誕生されてからはどうでしょう。Uberではスマホの位置情報を使って、近くにいる個人所有の車で仕事をしているUberドライバーをスマホのアプリで呼び出せるからコールセンターもいりませんし、人が待機する事業所も必要ありません。このビジネスモデルだと人が関わる仕事が大幅になくなるので、ドライバーの収入を増やしつつ、私たちが支払う運賃を減らすこともできます。
アメリカではすでに多くの人がUberを利用していて、ついに今年の1月、サンフランシスコ最大のタクシー会社だったイエローキャブ社が倒産してしまいました。Uberのようなデジタルビジネスの出現で、従来のタクシー会社にはドライバーも顧客も集まらなくなってしまったのです。
ITの力で需要と供給を直接結び付けることができるので、今後はイエローキャブ社の事例のように仲介的な仕事の必要がなくなってくるでしょう。
このような形で、ITは人間の働き方を変えていきます。2000年代に、Amazonが流通業界を破壊した時のように、今後はデジタルビジネスによってどんどん既存のビジネスは崩壊していくでしょう。
それでは、エンジニアはどのようにしてこの次世代の波に対応していくべきなのでしょうか。私は、ガートナーが提唱している情報システム特性の「モード1」から「モード2」へのシフトチェンジが重要であると考えます。
「モード1」とは、安定性を重視して変化の少ないシステムを扱うことです。システム効率化によるコスト削減を目指す場合が多く、人事や会計、生産管理などの機関系業務が中心となるので、高品質で安定的な稼動が厳しく求められます。
一方「モード2」では、開発・改善のスピードや使いやすさなどを重視します。モード2の場合は仕様書どおりシステムを作るのではなく「お客様のビジネスを成功させる」というのがゴールになってきます。
ITで作業を標準化しようとするモード1に比べて、モード2のシステムは「顧客接点をITで創る」といった目的で使われることが多いでしょう。今後はモード2の需要が高まり、ITで利益を追求していくビジネスにより多くの人材が求められるようになります。
逆に、モード1の領域がこの世から消えることはないものの、モード2のようにシステムを差別化することができないので需要は先細りになっていきます。
ビジネスの在り方をモード2にシフトする必要性は、トラディショナルな企業であっても同じことが言えると思いますし、すでに「できる人からモード2への民族大移動が始まっている状態」といえます。
また、モード2領域でのビジネスで求められる人物は、「作業ができる」人ではなく、「ビジネスに貢献できる」人になってくると思います。データベース構築ができます、アプリ開発ができます、むしろそれしかできません、というのは、いずれ「知的力仕事」と見なされてくるでしょう。
そうすると、「ベテランだから大丈夫」という作業単位の経験値が通用しなくなる時代が到来します。胡坐をかいているベテラン層こそ、危機感を持たなければならないと思いますね。
なぜなら、モード2では、システムをつくるのは手段であり、一つのコードを書くだけでは単なる作業者だからです。エンジニアであっても、ビジネス視点を持たなければ生き残ることはできません。
理想を言えば、「全部できるのが普通、全部を目指すべき」だというのが私の考え方です。
例えば、アメリカの海兵隊の兵士は、陸上戦・海上戦・航空戦とあらゆる戦闘に必要な能力を備えています。それは、専門職をつけてしまうと誰がいつやられるか分からない危険な戦闘地域で「ヘリコプターの操縦者がいなくなったら、誰もヘリコプターを動かせなくなり作戦が遂行できなくなってしまうから」という状況を生み出してしまうから。
もちろんその中で、自分の好き嫌いや得意不得意はあるとは思いますが、それではチームとして、臨機応変にビジネス・ニーズの変化に迅速、柔軟に対応できないからです。
ビジネスの適切なゴール設定をすることができれば、作業や力仕事ではない仕事ができるようになります。そうしないと、今後も変わり行くデジタルビジネス社会に置いていかれてしまうのではないでしょうか。
文・撮影/大室倫子(編集部)
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