NEOジェネレーションなスタートアップで働く技術者たちの、「挑戦」と「成長」ヒストリーを紹介します!
「すべては猫様のため」敏腕エンジニャーが続々集まる“キャットテック企業”RABOが経営難易度Sクラス事業を急成長させたワケ
「世界中の猫と飼い主が、1秒でも長く一緒にいられるように 猫の生活をテクノロジーで見守る。」
自分たちの役割をそんな風に定義し、“猫様”の幸せを守るべく急成長しているスタートアップが株式会社RABOだ。
猫の生活をテクノロジーで見守るスマート首輪『Catlog』と、排泄活動を把握し健康管理に役立てる『Catlog Board』をリリースし、2022年4月には国内のペットテック・スタートアップ(※1)として最大となる累計21.7億円の資金調達を記録。
大手企業やメルカリなどのメガベンチャーで活躍していた敏腕“エンジニャー”たちが今、続々とRABOにジョインしている。
同4月には、衛生用品大手のユニ・チャームとの提携も発表。今後は医療機関や他の猫様関連企業との連携を進めつつ、海外展開も加速させていくという。
同社代表取締役CEOの伊豫さんは、「猫様にとことん特化したものづくりをしていきたい。犬など対象となるペットを増やすことはしない」と話す。
猫様のためだけのものづくりを貫くRABOの事例から、プロダクトグロースのヒントを探る。
※1 株式会社矢野経済研究所によるペットテック市場に関する調査の対象を参照
株式会社RABO 代表取締役CEO 伊豫 愉芸子さん(@oyuki_cat)
東京海洋大学大学院博士前期課程修了。大学では海洋動物に小型センサーをつけて行動生態を調査するバイオロギング研究に従事。大学院修了後は株式会社リクルートに新卒入社し、インターネットサービスの企画やプロダクトの設計、新規事業開発を担当。2018年2月22日の猫の日に、株式会社RABOを創業。“猫様”と30年以上暮らす愛猫家で、現在の愛猫でもある「ブリ丸」は同社CCO(Chief Cat Officer)を務める。一般社団法人日本ペット技能検定協会認定キャットケアスペシャリスト/キャットシッター資格所有
ソフトウェアエンジニャー 鈴木則夫さん(@suzuki)
独学でプログラミングを学ぶところからエンジニア人生をスタート。2000年から一貫してインターネット業界に従事。途中、技術担当取締役などマネジメント職を歴任するも「このまま技術を離れてしまってエンジニアとして悔いは残らないだろうか」という気持ちから転職し、13年にエンジニアとして復帰。メガベンチャーに勤めながら副業としてRABOの仕事をスタートさせ、21年から本格参加。現在は社員としてBackend領域を担当している。Markdownでメモを取るのが好きで、毎日なにかを書いている。また、路上で猫を見かけるとカメラで撮らずにはいられない習性を持つ
機械学習エンジニャー 眞嶋啓介さん
大学3年生で機械学習の面白さにハマる。どうせやるなら自分の好きなもので学びたいと思い「機械学習 猫」でググって出てきたのがRABOだった、というのが同社との出会い。休学してRABOの長期インターンを経験し、新卒でRABOへ入社。猫の行動の波形画像を大量に見ているため、波形画像から猫の行動がだいたいわかるようになった。GANやVAEなどの画像生成モデルが好き
CCO(Chief Cat Officer) ブリ丸さん(@Catlog_RABO)
2016年3月24日、東京都足立区のキャッテリーにてアビシニアンブルーの母とソマリルディの父の間に生まれる。同年5月にRABO代表の伊豫に見初められ家族になる。18年2月22日より同社のChief Cat Officerに就任、テストデータ収集やプロダクト開発、カスタマーサクセスを担当。世界中の猫様の幸せのため日々奔走している。好きな言葉は「トリムネ」
【RABOについてもっと知れるオウンドメディア『RABOニンゲン課』はこちら】
▼ニンゲン課URL
https://rabo.cat/ningenka/
猫様特化はぶらさない。猫様と飼い主のニーズを正しく把握する
——まず、伊豫さんが『Catlog』のサービスを着想したきっかけから教えてください。
伊豫:かれこれ30年近く、猫様と暮していますが、大切な家族なのでいつも1日でも長生きしてほしい、1秒でも長く一緒にいられたらと思っていて。
だから、体調は昨日と変わりないだろうか、今日も楽しく過ごせただろうかと気になるんですが、猫様は言葉が話せませんよね。
それに、病院に行くのが苦手な子も多いし。無理やり連れていくと負担になるし、かといって、異変が出るまで放置すると手遅れになることも。
猫様と私では、情報の非対称性が大きすぎる。もっと日常的に、猫様の変化を捉えることはできないのか……。
そんなふうにモヤモヤしていたら、ある時、ハッと「いやいや、私が大学で学んだことって、まさにそういう研究じゃないか」と気付いたんです(笑)
——どのような研究を?
伊豫:大学から院まで、バイオロギングを用いた海洋動物の研究に携わっていました。バイオロギングとは、動物の体に小型の電子端末(データロガー)を装着することで行動データを取得・分析する手法です。
海洋動物は陸上動物とは違い、海に潜ったり、空を飛んだりするため、目視による行動観察がしづらい生き物ですが、データロガーを使えば、目視できない行動もデータ化して解析できます。つまり、動物の“見えない時間”を可視化できるわけです。
データロガーを猫様に装着し、モニタリングして解析できたら、世界中の猫様と猫様を愛する飼い主が救われるかもしれないと思いました。
——猫様の飼い主として感じていた課題が開発の出発点だったのですね。当時から「このプロダクトは伸びる」という確信はありましたか?
伊豫:愛猫家として必要性は十分に感じつつ、事前調査も行いました。周囲の飼い主さんにインタビューをしたり、Webでアンケートをとったり。結果をみて、市場性や需要はあるなと確信しました。
製品化の実現性については、大学院時代の恩師にも相談しましたね。研究室では日常的にデータロガーで生体調査をしているので、対象が猫様になっても「問題なくいけるだろう」と背中を押してもらいました。
また、前職のリクルート時代にプロダクト開発・新規事業開発を経験していたので、事業化までのプロセスが分かっていたことも役立ちました。ただ、アイデア着想時点では何も形がない状態だったので、プロダクト開発を専門に仕事をしている夫からは登記前夜まで「製品のイメージが持てないし、やめておいた方がいい」と言われていました(笑)
——でもやめなかったと(笑)。ちなみに、当時似たような製品はなかったのですか?
伊豫:2016年~17年頃、欧米を中心にApple WatchやFitbitのような人間の健康管理をするウェアラブルデバイスが少しずつ普及してきていました。
それと同時に、ペットに装着するデバイスもちらほら出てきてはいましたがいずれも伸び悩んでいる状態でしたね。
ひと口に犬と猫をペットでくくっても、まったく違った性質を持つ動物ですし、飼い主のインサイトやユースケースも異なります。だから、大雑把な開発をすると、どちらのニーズも満たせない。
それもあって、私は猫様と猫様の飼い主のためのプロダクトにこだわろうと思いました。
——RABOはペットテック企業ではなく、キャットテック企業というわけですね。
伊豫:はい。しかも、猫様を長年飼っていて、バイオロギングの研究者で、新規事業の始め方も分かっている人はきっと日本中に私しかいない。
だからこそ、この事業は「私がやらなきゃ」と思えたことがチャレンジを後押ししました。
テクノロジー×猫様で唯一無二のポジションを築けば、グローバル市場でNo.1になることも夢じゃない。そう考えています。
——会社を立ち上げた時から、グローバル市場を見据えていたのでしょうか。
伊豫:はい。私たちはハードウエアメーカーになりたいわけではなく、あくまでも猫様が幸せになることをゴールに据えて活動しています。
猫様の健康にはどのようなプロダクトやサービスが必要なのかを考え、ロードマップを逆算し、第一弾として発表したのが『Catlog』。
世界中すべての猫様に使ってほしい、幸せに過ごしてほしいと考えています。
地道に猫様動画とデータを眺めて高い精度を実現
——エンジニャーのお二人は、着想したアイデアを形にしていくために、まずは何から手をつけたのでしょうか?
機械学習エンジニャー 眞嶋:『Catlog』のプロトタイプづくり、つまり猫様の行動をモデル化するところからスタートしました。
データロガーを猫様に装着してデータを取ると同時に、ビデオを回して動画を撮影。ロガーで取れた波形と動画を見比べながら、「食べる」「走る」「寝る」といった動物の基本行動をモデル化していきました。
——一匹一匹の行動データをためてモデル化していくのはかなり地道な作業だと思いますが、苦労したポイントは?
眞嶋:一番苦労したのは、「データの先に生き物がいる」という点ですね。
というのも、現在の機械学習の主流は、画像認識や自然言語処理です。これらの領域ではオープンソースなデータやモデルが配布されているため、一定の基礎がある状態でスタートできます。
しかし猫様のデータとなると、モデルもなければ研究者の数も少ない。ゼロからデータを集めて解析し、さまざまな行動を試行錯誤しながらモデル化していく必要がありました。
眞嶋:特に、一番苦労するのが、時系列データであることです。画像や言語はデータの切れ目がはっきりしている、つまり、「ここまでが1レコード」と決まった状態です。
対する時系列データは、パターンを分析して、こちら側でレコードを切ってあげなくてはいけない。
例えば、「食べる」行為一つとっても、ご飯を機械のようにずっと食べているわけではなく、顔を上げて周りの状況を確認したり、途中で水を飲んだり、横から2匹目が突進してきたり、いろいろな行動が含まれます。
この見極めに失敗すると、例えば、「ときどきキョロキョロしながら(中断しながら)ごはんを食べていた」という行動が「複数回の食事をとった」というふうに記録されてしまうんです。
なおかつ、猫様の個性や住環境を考慮する必要もありました。同じ「走る」という動作でも、活発な猫様とおっとりした猫様では特徴量が異なります。
また、複数の猫様がいるおうちだと、「Aの猫がトイレに入っているときに、Bの猫がトイレの屋根に登ってしまう」(2匹分の体重がカウントされる)ような状況も発生します。
——どんな風に打開していったんですか?
眞嶋:魔法みたいに解決する方法はないので、地道にデータと動画を眺め、一つずつ判定し、精度を上げていくしかありません。
ソフトウエアエンジニャー 鈴木:あと、決して数字だけじゃなく、人間の判断も織り交ぜていますね。センサーが伝えるデータだけを見てしまうと、食べている回数がかなり多くなるパターンもあり得る。そこを人間の感覚を入れながら調整していくというか。
飼い主さんがアプリで確認した時に、「この子はこの時間帯にご飯を食べていたんだ」と納得感があるデータとなるようにする。0か1かではなく、若干のあいまいさがあるデータを、人間の判断も取り入れながら 納得感のあるデータになるようアルゴリズムを作っていきました。
——一定の行動判定ができるまでには、どのくらいかかりましたか?
伊豫:1年くらいですかね。一定の行動パターンが把握できるようになり、目標として掲げていた精度を上回ったタイミングでローンチしました。
——行動データを収集するバックエンド側はどんな点に苦労しましたか?
鈴木:蓄積データの増大と機能追加の狭間で難しさを感じています。
ローンチ当初はまだまだ収集データもユーザー数もそこまで多くなかったため、そこまでエレガントな設計でなくともワークした面がありました。
しかし、現在では蓄積した行動データが約44億件あり、ありがたいことにユーザーも増えています。もちろん、サービスが向上していくに従ってアプリの機能も増加しています。
例えば、ローンチ当初は「週」ごとのデータを見るだけでよかったものが、「月」ごと(週のデータの約4倍)、「年」ごと(週のデータの約50倍)のデータを見るような機能が追加されました。
アプリのレスポンスの良さがクリティカルにユーザー体験に響くので、新たなデータ構造を導入しながら、データ量の増大に対応していきました。
とはいえ、いかに効率よくデータを加工するかといった点はスピード感と機能の複雑性の狭間で、この先もずっと苦心し続けると思います(笑)
——そんな苦労をかけて作られた『Catlog』は、見た目のおしゃれさも評価されています。「いかにも計測器具」でないところが素敵ですね。
伊豫:そこもこだわりのポイントです。まずは、猫様が装着したときの安全性と快適性が確保されていること。なおかつ、猫様本来の美しさを損なわないよう、きちんと洗練されたデザインであることが大切だと考えました。
まず、安全性についてですが、家猫は家の外を歩く機会がないことが多く、交通事故等のリスクはそこまで高くありません。
その代わりに注意すべきなのが、室内での事故です。例えば、室内で活発に運動するうちに首輪が家具に引っかかるなどし、窒息してしまうような事態は避けなければなりません。
もちろん、こうした事故を防ぐために、一定以上の力がかかると外れる首輪なども市販されています。しかしこうした首輪は、セキュリティバックル部分のデザインが無骨なことも多く……。飼い主として、「もう少しオシャレだったらいいのに」と思う商品も多い。これは大きな課題だと感じていました。
そこで『Catlog』では、純粋に首輪として見たときのデザインにもこだわりました。大きさもなるべく小型化し、猫様に負担がかからないように調整。
ちなみに、プロトタイプの検証は弊社CCOであるブリ丸にお願いしたのですが、少しでも気に入らないと嫌がって外してしまうため、たいへん参考になりました(笑)
——機械学習のモデル構築、大量のデータを収集・蓄積するソフトウエア、そのデータを分かりやすく表示するアプリ、洗練されたハードウエア。これにサブスク料金体系となると、事業としてはかなり難易度が高かったのでは。
伊豫:ええ。投資家からは「難易度Sクラスの事業」と言われました。
ただ、難易度が高いからこそ、参入障壁も高いわけで。高難度の事業を軌道に乗せた希少性の高い企業としてマーケットから評価をいただいています。
とはいえ、このような難しいプロダクトをスピーディーに開発できるのは、ここにいる2名を含めたトップクラスのメンバーが集まってくれているおかげ。
“猫気質”なチームには楽しく働ける工夫を凝らす
——RABOの事業がここまでグロースしているのは、優秀なメンバーたちがいたからこそなんですね。
伊豫:はい、スタートアップは、プロダクトのクオリティーが成長率を大きく左右すると考えていました。質の高いプロダクトを一気に作り上げて市場に参入したいと思っていたので、まずは少数精鋭で突っ走れるのが理想だと考えていました。
また、「コトに向かう人」は自走できるので、マイクロマネジメントをしなくてもよいというメリットもあります。
——これほどのスピード感でリリースをしているにも関わらず、マイクロマネジメントをしていないとは驚きです。
伊豫:RABOのメンバーに必要なものはマイクロマネジメントというより、楽しく働ける工夫くらいです。新しいオフィスは広いだけでなく、自席は設けながらフリースペースも多く設けてちょっとしたコミュニケーションが活発におこなえるようにしたり、「Cat Park」というコンセプトエリアを設けて猫様と一緒にくつろいだり。その他、たこ焼き部を設けたり、TGIF(Thank God It’s Fridayの略)をやったり、自由闊達なコミュニケーションが自発的に生まれるような工夫をしています。
——それぞれが高い能力を持ち、自由に動き回りながら結果を残す。どこか猫っぽい……。
鈴木:今後RABOはグローバル展開に向けて、本格的に動き出すところ。今の『Catlog』には多少、ドメスティックな部分が残されています。ここをブラッシュアップして、グローバル市場にしっかりと送り出していくのが今のミッションです。
眞嶋:機械学習のモデル調整においても、グローバル市場対応は急務です。猫様の行動は原則として万国共通ですが、住環境やごはんの種類は地域によって大きく違う。ここをどうモデルに織り込むか、MLエンジニアとしての腕の見せどころです。
伊豫:まだまだ課題はありますが、RABOは今後も「世界中の猫と飼い主が1秒でも長く一緒にいられるために、猫の生活をテクノロジーで見守る」をミッションに動き続けます。猫様の魅力は世界共通。世界中の猫様を幸せにできる日まで、私たちの使命は続きます。
取材・文/夏野かおる、編集/玉城智子、撮影/赤松洋太
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