アイキャッチ

「誰もやらないなら僕らがやる」日本初・新型コロナ後遺症調査アプリ開発のBuzzreachが明かす“猶予3カ月”爆速リリースの裏側

働き方

今後の成長に期待が膨らむネオジェネレーションなスタートアップをエンジニアtype編集部がピックアップ。各社が手掛ける事業の「発想」「技術」「チーム」にフォーカスし、サービスグロースのヒントを学ぶ!

新型コロナウイルスの蔓延とともに懸念される、コロナ後遺症やワクチンの副作用。これらが人体に及ぼす影響について確かな調査結果がない現在の状況に、一筋の光となるニュースが飛び込んできた。

それが臨床試験・臨床研究に関わる業務効率化プラットフォームシステムの開発などを手掛けるスタートアップBuzzreach(バズリーチ)と、大阪大学による日本初の「コロナ後遺症を研究する産学共同プロジェクト」だ。

Buzzreachは、このプロジェクトの基盤となる新型コロナ患者やワクチン接種者の体調や健康状態などの情報共有・データ化を目的としたアプリ『VOICE powered by ミライク』(以下、『VOICE』)の開発、提供を行っている。

同社代表取締役CEOの猪川崇輝さんは「将来的に『VOICE』で患者さん同士が自分の症状を共有し合えるようにするほか、集めたデータを地方自治体に共有して地域の新型コロナ感染対策につなげたり、医学の専門家と連携して製薬企業などと医療の発展にも役立てたい」と話す。

また、同社で『VOICE』の開発責任者を務めたYoakim(ヨアキム)さんは、製薬業界や医療現場で新型コロナ対策が急がれる中で「アプリのβ版リリースまでの猶予はたった3カ月しかなかった」と明かす。

新型コロナショックを機に突然生まれた世の中のニーズに、Buzzreachの開発チームが即対応することができたのはなぜだったのだろうか。

「必要とされている」にもかかわらず、他社が踏み込めなかった難易度の高い領域に切り込むことができた理由を探った。

プロフィール画像

株式会社Buzzreach
代表取締役CEO
猪川 崇輝さん(@inokawa3

2005年、治験被験者募集専門会社のクリニカル・トライアルの立ち上げに参画し、取締役を務める。09年、製薬企業向け治験広告の専門企業クロエの立ち上げに参画し、取締役に就任。17年5月に独立し、同年6月にBuzzreachを設立。製薬会社と患者をつなぐ数々のSaaSを手掛け、メディカル業界の課題をテクノロジーで解決することに取り組んでいる

プロフィール画像

システム開発部GM
Yoakim Andersson(ヨアキム アンダーソン)さん(@yoakimandersson

スウェーデン生まれ。日本に留学した際に日本文化に魅了され、2005年から日本のIT業界でエンジニアとして働き始める。12年にクロエでリードエンジニアとして活躍後、アイスタイルで開発に従事。19年からBuzzreachにジョイン。同社のシステムチーム立ち上げから携わり、現在は開発チームのジェネラルマネジャーを務める

日本でも「患者ファーストな医療」を根付かせたい

——日本初の「コロナ後遺症を研究する産学共同プロジェクト」として『VOICE』の今後が注目されています。『VOICE』の開発はどのように始まりましたか?

inokawa

猪川:僕とヨアキムはもともと、新薬開発に欠かせない「治験」に関わるベンチャー企業クロエのメンバーだったのですが、当時、製薬業界のクライアントと仕事をする中で抱いた課題感がこの『VOICE』開発の出発点になっています。

——その「課題感」とは?

猪川:製薬企業があまりに医師の方だけに向きすぎているという課題です。今までは業界の仕組み上、どうしても製薬企業が直接エンドユーザーである患者の声を聞けるような構造ではなかった。

でも、10年前くらいからアメリカを中心に「もっと患者側の声を取り入れた医薬品開発をしよう(ペイシェント・セントリシティ)」という議論が活発化して、その波がいよいよ日本にも訪れた。

SNSなどを使って患者側が医薬品を使って実際どうだったのか口コミを書いたり、意見を求めたりすることも今後は増えてくると思います。

inokawa

猪川:そういった流れがあり、現在アメリカでは患者コミュニティーの『PatientsLikeMe』や患者同士がつながるSNS『MyHealthTeam』などの成功例が出てきています。

そこで僕らも患者ファーストなこの動きを日本でも浸透させようということで新型コロナが流行し始めた2020年にプレリリースしたのが患者特化型SNSサービス『MiiLike(ミライク)』。

それに続き、特定の母集団に対して、継続した健康調査アンケートを行うことができる患者等主観情報収集(ePRO※)アプリ『VOICE』を開発しました。

VOICEは様々な領域の医学的健康調査をアカデミアの専門家(主に医師など)が自由にプロジェクトを立ち上げることが可能で、第一弾として、新型コロナウイルスの後遺症とワクチン副反応に特化したプロジェクトをスタートしました。

新型コロナを患った方や、ワクチンの副反応が出た方に健康状態を書き込んでいただき、情報をデータ化して医学の発展に役立てるほか、現在は一部の回答に限られていますが、患者さん同士がほかの人の症状を見ることもできます。

※ePROとはelectric Patient-reported-outcome(電子的な患者報告アウトカム)の略語で、PRO(患者が直接報告するアウトカム)を取得するためのシステムのこと

inokawa

患者等主観情報収集アプリ『VOICE』のアプリケーションイメージ。医療分野の専門家と連携し、コロナ後遺症やワクチン副反応に関するさまざまな情報を患者やワクチン摂取者から収集。患者同士が自分の健康状態などを書き込み、共有することができる(現在は一部の書き込みを閲覧できる)

—— なぜコロナ後遺症とワクチン副反応を第一弾のプロジェクトとして選ばれたのでしょうか?

猪川:『VOICE』のプロジェクトが立ち上がったのは、新型コロナウイルスが流行し始めて、ワクチンの開発に世間の関心が高まっていた時期でした。

inokawa

猪川:中でも、ワクチン接種後の副反応への関心度は非常に高かった。

いったいどの程度の熱が出るのか、後遺症はないのか。そうしたデータを収集するためのプラットフォームが製薬会社からも一般の方からも求められていたんです。

その頃アメリカでは、米国疾病管理予防センターによって『V-safe』と呼ばれる報告システムが誕生していました。

ところが日本では、そうした動きはみられなかった。今すぐ必要とされているものなのに、どこも作っていない。「それならば僕たちがやろう」と名乗りを上げました。

——製薬会社からのリアクションはどうでしたか?

猪川:ある程度の要件定義が終わった段階で「こんなアプリをつくります」とリリースを打ちました。

その直後に、某製薬企業から「ワクチンを製造するからぜひ導入検討したい」というお話をいただきました。まだ形のないプロダクトであったにも関わらず、です。

ーーまさに、必要とされていたプロダクトだったわけですね。

そう思います。あとは、こうやってすぐに提携のお声掛けをいただけたのは、臨床開発(主に治験)分野でさまざまなSaaSサービスを提供してきたBuzzreachの実績も、大きいと思います。

inokawa

Buzzreachでは、『MiiLike』『VOICE』以外にも、治験向けSaaSの『puzz』や治験情報マッチングプラットフォーム『smt』、治験参加者向け管理アプリ『スタディ・コンシェルジュ』など、臨床開発現場に特化したサービスを開発・提供している

——その後、産学連携プロジェクトになった経緯は?

猪川:私たちのサービスを知った医療関係者が、ちょうどCOVID‑19について調べ始めていた大阪大学の忽那賢志先生に「こんなユニークなサービスがある」と雑談レベルで話をしたそうで。

忽那先生は感染症領域で著名な先生ですが、専門家とはいえ、自ら大量のデータ収集をすることはなかなか難しい。

そこで「『VOICE』を活用してデータ収集し、研究に生かしたい」とお話をいただきました。

「猶予はたった3カ月」ワクチン接種開始に合わせてスピード開発

——『VOICE』を開発する上で特に苦労したことは?

inokawa

ヨアキム:何よりも大変だったのは、開発期間の短さですね。こうしたプロダクトは半年〜1年かけて作っていくことが多いのですが、『VOICE』の開発に与えられた期間は3カ月ほど。

猪川が先ほど言ったとおり、製薬企業での導入も決まっていたため、1回目のワクチン接種が始まるタイミングに間に合わせる必要があったからです。

リリースを打ったタイミングでは細かいアーキテクト部分までドキュメントにしていなかったこともあり、結構大変でしたね(笑)。猛スピードで仕様を決めて開発を進めていきました。

——スピードを重視した結果、理想を追求できなかったところも実際あったのでは?

ヨアキム:そうですね。ただ、「アイデアを思いつき、多数決がとれたら、ひとまずGOしてみる」というのがわれわれが大切にしているものづくりのスタンス。

スピーディーに進める分、多かれ少なかれ技術的な代償を残してしまうこともありますが、少なくとも新型コロナのテーマに関しては、スピードが求められていたし、われわれの開発姿勢がうまくハマったんですよ。

——とはいえ、なぜたった3カ月でリリースできたのでしょう?

inokawa

ヨアキム:まずはチームで目標を共有し、やるべきことを洗い出していきました。今回の場合は「3カ月後にリリース」は確定していたので、どうすれば3カ月で第一弾をリリースできるか、ゴールから逆算して考えていったんです。

それで、フルスクラッチにこだわらない開発をしようと決めて。弊社の既存サービスで使用しているパーツや技術をうまく取り入れて、効率化を図りました。

特に、バックエンドで使っているシステムは、弊社の別アプリで使っているバックエンドシステムのベースを活用したので、管理画面はコストを割かずに立ち上げることができました。

まだまだUI/UXが洗練されていない箇所があるのは事実なのですが、そういう部分は今後ユーザーの反応や動きを見ながら、どんどんブラッシュアップしていく予定です。

——『VOICE』をグロースさせる上での今後最も大きな課題は?

大きな壁となるのが、「ユーザーの継続利用」ですね。薬やワクチンの影響や病状を正確にはかるには、長期間にわたってユーザーの状態を知らせていただく必要があるんです。

ところが、使い勝手が悪いとユーザーがアプリを使わなくなってしまう。そうするとデータの価値も失われてしまうので、UI/UXの改善が急務だと考えています。

——具体的に、どのように改善する予定ですか?

ヨアキム:まずは、Webアプリからネーティブアプリへと移行させ、使い勝手を良くすることですね。

加えて、9月には「みんなの回答」という機能を新たにリリースする予定です。

これは、ユーザーが自身の体調変化についてのアンケートに回答し終わった後、同じような回答をした人がどのくらいいるのかをグラフなどで見られる機能。今は一部の回答が見られるだけなのですが、閲覧できる範囲を増やす予定です。

inokawa

ヨアキム:似たような症状の人が複数いることが分かれば、「自分だけじゃないんだ」と安心できますからね。

あと、自分の回答がきちんと役に立っている感覚にもつながり、ユーザーが「次も答えたい」と感じやすくなるのではと考えています。

——ほかにも、ユーザーに情報提供を続けてもらうために考えていることはありますか?

猪川:アンケート自体の負担を軽くすることも重要ですね。実際に、阪大との協同プロジェクトでは、代表研究者である忽那先生にご相談して、調査期間を3年程度に、アンケート項目もできる限りまとめていただきました。

学術研究である以上、どこまで短縮してもよいかのバランスには忽那先生も相当悩んでおられましたが、協力してくれる患者さんがいなければそもそも立ち上がらないプロジェクトですから、試行錯誤してできる限り凝縮していただきました。

——一般的なアンケートでは、回答のお礼としていくばくかのインセンティブ(報酬)を設けて回答率を上げたりしますよね。『VOICE』ではそうした施策は取り入れないのですか?

猪川:そういった施策が大事なときもあるのですが、薬やワクチンとなると、インセンティブの有無が回答に影響を及ぼさないとも限らない。

例えば、お金がもらえるから適当に回答しておこう、という人がいてはダメなわけです。健康に関わる問題である以上、データがゆがめられるリスクは避けないといけない。ですから、回答のお返しも慎重に考える必要があって。

現在は、地方自治体や医療現場と連携しながら回答率を上げる施策を模索しています。

「スピード勝負」の時こそ、上流設計が肝になる

——『VOICE』のように「今この時に必要とされるもの」をスピード開発した経験は、Buzzreachのエンジニアリングチームに何をもたらしましたか?

ヨアキム:一つは、「良いアイデアがでたら、まずは世に出してみる」というカルチャーで、成功体験を積めたことですね。これはチームにとって良い刺激となりました。

inokawa

ヨアキム:もう一つは、良くも悪くも限られた納期で開発を経験したことで、上流設計により一層力を入れるような意識が高まったこと。

雑な設計をしてしまうと「その時だけ使われて終わり」みたいになりがちですが、継続的に成長するプロダクトの設計はどうあるべきか、「最低限ここのドキュメントまでは整えて、開発に着手しよう」とディスカッションできるようになりました。

設計フェーズに注力し、より高い品質のプロダクトを開発できる体制が整ってきたと思います。

——今後は、どのような目標を達成したいですか。

inokawa

猪川:まずは『VOICE』を通じて得られた様々なデータを、きちんと学術論文として世に送り出すことです。

新型コロナウイルスに限らず、あらゆる疾病には未知の部分が残されています。『VOICE』によって、製薬企業がより多くの患者さんの声を取り入れる患者中心医療の社会が実現できればうれしいですね。

そのためには、『VOICE』自体もさらにバージョンアップしていく必要があります。現在の『VOICE』はあくまでもβ版で、決してベストな状態とは言えませんから。

今後は患者会などへのヒアリングを通して「患者さんが本当にほしいもの」を探り、プロダクトの改善に生かしていければと思います。

▼Buzzreachにご興味のある方はこちらもご覧ください
Buzzreach採用HP
Buzzreach公式Twitter

文/夏野かおる 撮影/赤松洋太 編集/玉城智子(編集部)

Xをフォローしよう

この記事をシェア

RELATED関連記事

RANKING人気記事ランキング

JOB BOARD編集部オススメ求人特集





サイトマップ