2022年8月、「現役経営者がうつ病になった話」というブログが話題になった。
執筆したのは、IT企業アクシア代表兼トゥモローゲート社員の米村歩さん。公開後、米村さんのもとにはうつ病経験者などからの共感の声が数多く寄せられたという。
一定期間の通院と休息によってうつ病が寛解した今、エンジニア、特にチームを率いるマネジャーに米村さんが伝えたいこととはーー。
アクシア 代表取締役/トゥモローゲート メディア戦略室長
米村歩さん(@yonemura2006)
青山学院大学卒業後、システム開発会社に入社。その後フリーランスを経て、2006年にシステムの受託開発を行う株式会社アクシアを設立。既存のソフトウエアやサービスなどでカバーできない業務分野のWebシステム構築をはじめ、既存システムの保守・運用、サーバー構築までのトータルサービスを手掛ける。かつて同社では長時間労働が常態化していたが、2012年に残業ゼロを断行し、現在も継続中。有給消化率は100%。17年にホワイト企業アワード 労働時間削減部門 大賞を受賞。20年にはオフィスを廃止し、全社員完全リモートワーク化を実現。著書に『完全残業ゼロの働き方改革』(プチ・レトル)など
16年連れ添ったビジネスパートナーの「喪失」がうつの引き金に
ーーブログ「現役経営者がうつ病になった話」が話題になりました。反響はいかがでしたか?
過去にうつ病を経験された方や、まさに今うつ病と戦っている方などから数多くのDMをいただきました。
連絡をくれた方の中には、エンジニアだけではなく大きな会社の経営者の方もいて、私と同じような経験をしている人はたくさんいるのだなと知りました。
ちなみに、私が社員としてお世話になっている企業、トゥモローゲート代表の西崎康平さんも、うつ病経験者です。
西崎さんは自身のうつ病体験談をYouTubeで公開しており、私は自分が一番つらかった時にその動画を見て、かなり気持ちが楽になりました。
私のブログも西崎さんの動画と同じように、誰かの支えになっていたらうれしいです。
ーーそもそも、米村さんがうつを発症したきっかけは何だったのでしょうか。
私が代表を務めるIT企業アクシアで、2021年12月に元役員の不正行為が発覚したことがきっかけだと思います。
それ以降、複数の不正行為が立て続けに明らかになりました。「これ以上の不正行為はない」とお互いに確認し、「よし、ここから立て直そう!」と気持ちを持ち直したにもかかわらず、その翌週にはまた新たな裏切りが発覚するということが何度も繰り返されたのです。
結局、その元役員には今年の3月で会社を辞めてもらいました。しかし彼は、アクシアの創業から16年間ともに歩んできたビジネスパートナーです。隣にいて当たり前だった存在だったことは確かで、その人を突然失ってしまった事実は、想像以上に重くのしかかりました。
病院の先生によると、こうした状態のことを「喪失」と呼ぶそうです。その言葉通り、私の心の中はぽっかりと穴が空いたようになってしまいました。
ーーそこから心身の不調が悪化していったわけですね。実際に病院でうつ病の診断を受けた時は、どのような気持ちでしたか。
一言で表現するのは、とても難しいですね。とにかくその日は、家に帰った瞬間にぽろぽろと涙が溢れてきました。
不正行為に対する怒り、自分に対する悔しさや無力感、一緒に働くメンバーへの申し訳なさなど、さまざまな感情が複雑に混ざり合っていたように思います。
「元気な人にはきつく当たってもいい」は間違い
ーー寛解に向かう過程において、何が一番支えになりましたか?
周囲の人たちが私の状況を理解した上で、腫れ物に触るような接し方をするわけではなく、自然体で向き合ってくれたのが本当にありがたかったです。
例えば、以前からオンラインゲームで休日によく一緒に遊んでいたトゥモローゲートの役員は、私がうつ病になって仕事をお休みさせてもらうようになった後も、以前と変わらない感じでゲームに誘ってくれました。あれはすごくうれしかったですね。
ーーうつ病の診断が出た後、仕事は全てお休みにしていたのですか?
いえ、アクシアの仕事は続けていました。病気を抱えながら働くのはもちろんつらかったです。
でも、社員の皆さんが「何かできることはありますか?」と声を掛けてくれたり、私の仕事を進んで巻き取ってくれたりしたおかげで、メンタルはかなり楽になりました。
病気のことはアクシアの社員には明かしていなかったのですが、私がつらそうにしている様子を見て、いつもと違うことは察してくれていたのでしょう。
ーー仕事仲間の理解が支えになったのですね。反対に、誰かの振る舞いによって苦しくなってしまったことはありましたか?
一部のクライアントとのやり取りについては、かなりつらいと感じることがありました。
クライアントの中には、普段からこちらのメンタルを削るような言動をする人もいて、元気なときは問題なく対応できていたのですが、うつ病になってからはそれを大きな負担に感じるようになってしまいました。
これは病気になって改めて感じたことなのですが、商談とはいえ、どの企業も取引先の相手の心を削るような振る舞いはしない方がいいですよね。
当時のクライアントは、私がうつ病だったことは知らなかったはず。でも場合によっては、彼らの言動が「知らなかった」では済まされない事態を引き起こしていたかもしれません。
それに、もしも「元気な相手になら何を言ってもいい」と考えているなら、それは間違い。相手の状況が実際のところどうかなんて、分からないからです。
僕らはみんな、「今向き合っている相手は、もしかしたらメンタル不調を抱えているのかもしれない」という前提のもと、自身の振る舞いを振り返る必要があると思うんですよね。
これは取引先と接するときだけではなく、同じ会社の社員同士でコミュニケーションをとるときにも当てはまるはずです。
メンタル不調は、誰にでも「突然」起こり得る
ーーうつ病の深刻さについては、まだ十分に理解が浸透していない職場も多い印象です。
そう思います。ただ、確かにうつ病になったことのない人が、この病気について深く理解するのは、難しい面もあると思います。私も自分がうつになって初めて分かったことがたくさんあるからです。
でも、経験がないからといって、うつ病を単なる「根性の問題」と片付けてしまうのは危険。うつは誰でもなり得る病気ですから、それを軽んじることは、職場にとって大きなリスクだと思います。
ーーご自身のうつ病経験を、今後の会社経営にどのように生かしていきたいですか?
実は今回の出来事を受けて、社員のメンタル不調を早期に発見できるように、アクシアではリーダー陣とメンバーが週に1回程度は面談をするルールをつくりました。
当社はフルリモートなので、普段の会話はZoomやチャットで行っています。Zoomは画面オフで使用することも多く、普段はなかなかお互いの顔色までは分かりません。
そうした状況では「誰かが見えないところで病んでしまい、誰もそのことに気付けなかった」という事態が起こり得ます。今回取り入れた運用によって、メンタル不調に気づけるチャンスを少しでも増やしたいです。
ーーエンジニアは昨今リモートワークで働いていることも多いので、周囲から不調が見えにくいことがありそうですよね。
そうですね。メンバーからSOSが出るのはだいぶ状況が悪化してからということも多いので、そうなる前にマネジャーがちょっとした変化に気付くことが大事なのかなと思います。
ただ、メンタルヘルスって本当に難しいんですよね。仕事はすごく順調だったとしても、プライベートの出来事がメンタルに影響を及ぼしてしまうこともありますから。
私の場合はビジネスパートナーの喪失がきっかけになりましたが、それが家族や恋人、ペットなど、その人にとって大切な存在を失ってしまったことで、精神のバランスが突然崩れてしまう可能性は大いにある。
会社やチームのリーダーが社員のメンタルヘルスに配慮した制度・環境を用意することは大事なのですが、プライベートの出来事が大きく影響する以上、メンタル不調に陥る人の数をゼロにすることは実際のところ難しいと思います。
ーー確かにそうですね。
ですから、マネジャーにとって大切なのは「誰もが急に精神を病む可能性がある」という前提に立ち、日頃からメンバーと向き合っていくことではないでしょうか。
エンジニアがメンタル不調になりにくい職場づくりは、経営者やマネジャーを筆頭に、一人一人がうつ病に対して正しい理解を持つことから始まるのだと思います。
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取材・文/一本麻衣