“ビジネスを加速させる技術屋”のヒントを探れ!
CTO's BizHack技術領域でビジネスを支えるCTOが、他社のCTOを指名して「聞きたいこと」を聞いていく本連載。彼らの対談から、「プロダクトとビジネスをハックする」ための視点や思考を学んでみよう
“ビジネスを加速させる技術屋”のヒントを探れ!
CTO's BizHack技術領域でビジネスを支えるCTOが、他社のCTOを指名して「聞きたいこと」を聞いていく本連載。彼らの対談から、「プロダクトとビジネスをハックする」ための視点や思考を学んでみよう
前回クックパッド 執行役CTO・成田一生さんと対談した電動マイクロモビリティのシェアリングサービスを展開するLuup CTO・岡田直道さん。彼が次の対談相手に指名したのは、SaaS+Fintech企業としてエンジニアから高い注目を集めるLayerXの代表取締役CTO・松本勇気さんだ。
モビリティ×シェアリングという難易度の高い領域に挑むLuupと、SaaS、 Fintech、 プライバシーテックなどの領域で高いプレゼンスを発揮しているLayerX。伸び盛りのスタートアップのCTOが考える、ビジネスを育てるための意志決定とは?
株式会社LayerX 代表取締役CTO 松本勇気さん(@y_matsuwitter)
株式会社Gunosy入社、CTOとして技術組織全体を統括。LayerXの前身となるブロックチェーン研究開発チームを立ち上げる。18年より合同会社DMM.com CTOに就任。大規模Webサービスの構築をはじめ、機械学習、ブロックチェーン、マネジメント、人事、経営管理、事業改善、行政支援など広く歴任。19年、日本CTO協会理事に就任
株式会社Luup CTO(共同創業者)岡田直道さん(@7omich)
東京大学工学部卒業後、同大学院在学中より株式会社AppBrew、株式会社リクルートライフスタイル、Sansan株式会社など複数社で主にサーバーサイド・iOSアプリ開発業務を経験。2018年に株式会社Luup創業後はCTOとして、エンジニア組織の構築やアプリケーション開発・社内システム整備を管掌
ーー今回は岡田さんからのご指名で松本さんにお越しいただきました。お二人はもともとお知り合いだったのですか?
岡田:はい。松本さんとはCTOのコミュニティーなどでお話ししたり、いろいろと相談をさせてもらったりと、いつもお世話になっています。
松本:Luupさんとは、岡田さんもそうですし、CEOである岡井(大輝)さんとも仲良くさせていただいていますね。
ーー岡田さんからはどのような相談を?
岡田:組織運営に関する内容が中心です。最近だと、エンジニア採用の進め方について相談させていただきました。
松本さんからいただいた言葉の中で特に印象に残っているのは、「当たり前のことを徹底的にやろう」というものですね。
松本:採用に関しては、「まずはエンジニアにたくさん会おう」という話をしましたね。
岡田:そうですね。松本さんは忙しい中でも月に50人、100人単位のエンジニアと会っていると聞いて、気が引き締まりました。
松本:たくさんエンジニアに会うとタレントプールが広がるのはもちろんのこと、自分たちの中でも欲しい人物像の解像度が上がりますからね。
ぼんやりと「エンジニアが欲しい」と思うだけでは採用はうまくいかない。たくさんの人と会いながら、自分の中で「今、必要な人物像はこれだ」というのを固めていくことで、採用の精度が上がっていきますから。
ーーでは、今回の対談で岡田さんが今回松本さんに聞きたかったことは?
岡田:いろいろあるのですが、まずは、新しい技術を導入する際の意思決定の流れについてお聞きしたいです。
Luupは電動キックボードをはじめとした電動マイクロモビリティに特化した事業を行っているのですが、LayerXも初期の頃はブロックチェーンに特化していた時期がありましたよね。
そんな中でも、LayerXは新領域への事業展開も果敢に行っている点がすごいなと思っていまして。
新しい技術が出てきたとき、それを導入するかどうかの判断はどのように行っているのでしょうか?
松本:技術にせよ何にせよ、僕の場合、まずは自分で触ってみます。
新しいものって、要するに全くの未知なわけじゃないですか。
未知の状態で取り入れるかどうかの意思決定をするのは適切ではありませんから、サラッとでもいいので「触れてみる」機会を持つようにしています。
例えば、最近だとモノレポ(複数のプロジェクトを単一のレポジトリで管理すること)という概念がホット。ですが、やってみないことにはメリットもデメリットも分からないので、触ってみました。
岡田:採用と同じく「解像度を上げる」ための試みですね。
ただ、現実的な問題として、組織が大きくなってくるとすべてを松本さんがリードしていくのは難しくないですか?
松本:あまりエレガントではないかもしれないですが、多少無理をしてでも最初は自分で手を動かすようにしています。
何か新しいものを組織に取り入れたり、取り組んだりするときには、それなりの熱量が必要です。そしてその熱量は、最初に「これをやりたい」と思った人が一番強いはず。
なので、まずは言い出しっぺがチャレンジして、情熱に突き動かされるままに進めてしまった方が結果的に速いんです。
岡田:トップダウンも時には効果的ということですね。
松本:はい。あと、優秀なテックリードに仲間になっていただければ、新しい技術の良しあしを試す機会を増やすことにもつながります。
ちなみにLayerXでは、今年の7月に元メルカリの名村卓さんを仲間に迎えたのですが、新しいアーキテクチャによる開発は名村さんがリードしてくれています。
ただ、僕自身も、自分で技術を学ぶことを止めないようにはしたいとは思っています。だって、メンバーが何について話しているのかも理解できないような状態じゃ、最適な意思決定なんてできないじゃないですか。
岡田:確かにそうですね。僕も学ぶ時間がないなんて言っていられないな……と身が引き締まります。
岡田:先ほどお話しされていた「多少無理をしてでも自分で手を動かす」という点にも表れていますが、松本さんは合理的な意思決定にしたがってガンガンアクションしていく人というイメージがあります。
これまでの意志決定で、「失敗したな」と思った経験はあるのでしょうか?
松本:いやいや、失敗だらけですよ(笑)
一般的に、合理的=失敗しないこと、とされることが多いですが、必ずしもイコールではないと思うんですよね。
なぜかというと、「合理的な判断」というものは、突き詰めると蓋然性(確実度)によるものだから。
例えば、A、B、Cという三つの選択肢があって、成功する確率はそれぞれ30%、30%、40%だったとします。Cを選ぶことが合理的に思えますが、それでも確率は変わらず40%なので、必ず成功するわけではありません。
だから「合理的=失敗しない」ではないんですよ。仮に「自分は失敗したことがありません」という人がいたら、単にチャレンジしていないだけだと思います。
岡田:するどいご指摘ですね。ちなみに、具体的にはどのような失敗をされたんですか?
松本:いろいろありますが、技術的なところで言うと「コンテナのカプセル化にはどれくらい価値があるのか」を検証した時ですかね。
Kubernetesすらなかった時代のDockerをChef代わりに使い、全てのアーキテクチャをDocker上で無理やり動かしたのですが、うまくいかなくて全撤退しました。
他にも、Gunosy時代に開発していた『ニュースパス』をマイクロサービス化しすぎて大混乱をもたらしたこともあります。
これについては、mosaさん(取締役である榎本悠介さん)が「マイクロにしすぎた結果がこれだよ!」という資料にまとめているので、気になる方はぜひご覧ください。
岡田:チャレンジが大きい分、失敗の規模も大きくなると思うのですが、大胆な挑戦を繰り返せる秘訣はあるのでしょうか?
松本:「失敗したら何が起きるのか」を整理して、その上でリスクテイクするか否かを決めることです。
何となくで物事を始めると、仮に失敗したときプロダクトの品質や工数にどのくらい影響するのか、リカバリーにどのくらいかかるのかが把握できない。結果、漠然とした不安につながります。
でも、事前に「ここで失敗しても、この領域まではテストしてあるから、原因をすぐに特定して解決できる」「リカバリーはせいぜい1カ月程度で済む」などと割り切っておけば、あとは意思決定すればいいだけですから。
岡田:なるほど。すごくスッキリしました。
スタートアップって、さまざまな不確実性の中で意思決定をしなければならない局面が多いじゃないですか。
例えばLuupであれば、法規制のゆくえや社会の要請に従いながら自分たちのビジョンを実現していかなければなりません。
そのバランスはとても難しいし、どんな意思決定をするにしても、「これが正解」と言い切れない不安感があったんです。
だけど、今のお話を聞いて、最大のリスクに対する見積もりと決断をして、不確実性自体はそのまま飲み込んで進むのだなと納得しました。
ありもしない「正解」を求めるのではなく、影響範囲を割り切った上でたくさんのトライアルアンドエラーを積み重ねることが大切なんですね。
松本:さらに言えば、ここでもたくさんの人に会うことが重要だと思います。
1人ですべての経験を積むのはどう頑張ったって不可能ですが、仮に5人の友達がいて、それぞれのチャレンジを共有していったら、自分+5人分、つまり6人分の知見が貯まるわけです。
そうやって視野を広げていけば、成功確率や失敗時のリカバリー工数の見積もりがどんどん正確になるので、チャレンジへのためらいも薄れていくはず。
ライバル心に火がつくなど、成長スピードにも好影響がもたらされますよ。
岡田:おっしゃる通りですね。加えて僕の場合、社内のエンジニアやエンジニア以外のメンバーと会話する機会も大切にしています。
同じプロダクトであっても、職種によって見え方が変わりますよね。経営層とエンジニアの視点が違えば、営業やバックオフィスのメンバーもまた違った視点でプロダクトを見ているはずです。
だからこそ、ソフトウェアの世界に閉じこもらず、違った視点の意見を常に取り入れながら開発に臨むことで、社内の空気もよくなるだろうし、プロダクトの完成度も上がっていくと感じています。
松本:まさにそうです。どこまで行っても最後は「人」が突破口なんですよね。
岡田:ちなみに、松本さんはご自身のCTOとしてのキャリアの軸や将来像についてどう考えているんですか?
松本:Gunosyにいた頃までは、「成功させるぞ!」というシンプルな行動原理で動いていました。
それはキャリアもそうだし、率直に言えば経済的にも成功したい思いがあって。「何か一つでも、プロダクトを大当たりさせるぞ」といったような野心がありました。
だけど、ある時点で頭の中を整理して、自分が「こうありたい」と願う未来について考え直したんです。
その結果、単に経済的に成功するとか、高いポジションを得ることが本当の望みではなくて、常に最先端の課題に取り組んでいる人たちのコミュニティーに身を置くことや、そこでの挑戦を通して人間の生活をハックしていくことが僕の理想なんだなと気付きました。
ーー「ある時点」とは、いつですか?
松本:会社が大きくなったタイミングと、子どもが生まれたタイミングですね。
特に後者の影響は大きい。不思議なもので、3000グラムちょっとのわが子を抱いていると、「この子が成長した未来はどのような社会になっているんだろう」という考えが自然と湧いてくるんですよ。
自分の視点が「今、ここ」から20年後とかにフッと移動する感覚がある。そして、限られた時間の中でどういうチャレンジができるかという思考が生まれる感じですね。
岡田:僕はCTOとしてのチャレンジ経験がまだまだ足りないなと痛感しています。
なので、松本さんの失敗論はとても興味深かったですね。20代の失敗なんて、いくらでもリカバリー可能なんだなと再認識しました。
ーー最後に、エンジニアをリードする立場として、お二人が考える「サービスグロースを担う技術者」へと成長するために大切なことを教えてください。
岡田:これは僕自身にも言えることですが、「今できていること」「やりやすいこと」という“安全地帯”から抜け出して、時には身の丈に合わないようなチャレンジもしていくことが大切だと思います。
それが回り回ってプロダクトの評価を高めることにもつながり、結果的に会社の評価も高まっていくんだろうな、と。
松本:成長を続けるためのコツはいろいろありますが、あえて明確な目標を定めず、がむしゃらに走り続けるのもアリだと思います。
山登りに例えると、「エベレストに登る」ということだけを目標にしてしまうと、登りきったらあとは降りるだけになってしまいますよね。
だから、いつまでも成長し続けるためには、山を登る過程そのものを楽しめる人間の方が強いと思いますよ。
取材・文/夏野かおる
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