いい転職は“最高の退職”から
エンジニアのための円満退職塾辞めた企業のプロジェクトに副業で参画したり、再入社したり……。退職した企業とつながり続けることがスタンダードとなった今、キャリアの選択肢を狭めないために重要なのは、会社と“良い関係”のまま辞めること。エンジニアがいい退職・いい転職をかなえる方法を伝授する円満退職塾、ここに開講!
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「またこの人と一緒に働きたい」――。前職の仲間にそう思ってもらえる退職をかなえるためには、在籍期間中にチームに貢献していることは大前提だが、退職が決まってからの過ごし方も重要だ。
そこで、エムスリー株式会社 執行役員 CTO/VPoP山崎聡さんと、株式会社レクター広木大地さんにインタビュー。
エムスリー卒業生とも親交が深い山崎さんと、ミクシィ(現:株式会社MIXI)時代には開発部門を率い、現在は多数の企業の技術組織アドバイザリーを手掛けている広木さんに、エンジニアが円満に会社を辞めるために意識したい「退職確定後のスタンス」を聞いた。
エムスリー株式会社
執行役員 CTO/VPoP 山崎 聡さん(@yamamuteking)
大学院博士課程中退後、ベンチャー企業、フリーランスを経て、2006年、臨床研究を手掛けるメビックスに入社。09年、メビックスのエムスリーグループ入り以降、エムスリーグループ内で主にプロダクトマネジメントを担当する。18年からエムスリーの執行役員。20年4月からはエンジニアリンググループに加えて、ネイティブアプリ企画部門のマルチデバイスプラットフォームグループと全プロダクトのデザインを推進するデザイングループも統括。20年10月より初代CDO(最高デザイン責任者)に就任。22年4月より現職
株式会社レクター代表取締役
一般社団法人日本CTO協会理事
広木大地さん(@hiroki_daichi)
1983年生まれ。筑波大学大学院を卒業後、2008年に新卒第1期として株式会社ミクシィに入社。同社のアーキテクトとして、技術戦略から組織構築などに携わる。同社メディア開発部長、開発部部長、サービス本部長執行役員を務めた後、15年退社。現在は、株式会社レクターを創業し、技術と経営をつなぐ技術組織のアドバイザリーとして、多数の会社の経営支援を行っている。著書『エンジニアリング組織論への招待~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタング』が第6回ブクログ大賞・ビジネス書部門大賞、翔泳社ITエンジニアに読んでほしい技術書大賞2019・技術書大賞受賞。一般社団法人日本CTO協会理事。朝日新聞社社外CTO
――今日のテーマは「退職が決まった後の過ごし方」です。退職が確定した後、どのようなスタンスで残りの期間を過ごせばいいでしょうか。
山崎:大前提として、退職時は大なり小なり不満があるものです。それを言いたくなる気持ちは分かりますし、改善点があるなら組織としてはぜひ教えてほしい。
ただし、一時的な感情に振り回されないよう気を付けたほうがいいとは思います。
退職してもIT業界にいる以上、働く場所が変わるだけです。先々でまた同じ会社で働いたりすることはよくある話。
退職時に感情的になってしまったことが、巡り巡って将来に影響する可能性は十分あります。信頼関係が重要ですから、わざわざそれを壊すような辞め方をする必要はないと思いますね。
広木:私は顧問としていろいろな会社と関わりがありますが、顧問先の会社を退職した人が、別の顧問先の会社に入社してくることがあります。「また会いましたね」っていう。
山崎:A社とB社の顧問をしていて、A社の退職者がB社に入ってくるようなパターンですかね?
広木:そうです。日本のIT業界は想像以上に小さなコミュニティーですから、そういったことはあちこちで起きています。
そして、共通の知り合いなどから「この人ってどういう人なの?」と、これまでのリファレンスを聞かれることも日常茶飯事です。同意の上でのリファレンスチェックも浸透してきました。
山崎:それはありますね。
広木:私が退職する人にいつも話すのは、「狭い世界なので、またどこかで一緒に仕事をしましょう」ということ。
実際に仕事をすることもよくありますし、そうなってくると退職は「クラス替え」に近いですよね。小学校2年生の時に同じクラスだった人と3年生で別れても、4年生でまた同じクラスになる、みたいな。
山崎:すごく共感しますね。まさにクラス替えみたいなもので、そういう意味では退職後に思わぬ場所で再会しても、それほど意外性はないですよね。
エムスリーの卒業生とは日常的にSNSでやり取りをしていますし、感覚的には「アサインされたプロジェクトが違う」くらいのイメージ。同じ職場で働いていないだけ。
卒業後も引き続きエムスリーのOSSにマージリクエストやプルリクエストを送ってコントリビュートしてくる人もいるので、ある意味では一緒に働いているとも言える。
広木:先々で辞めた会社の人たちとどういう関わり方をするかは分かりません。下の人もどんどん成長しますから、もしかしたら将来は自分の上司になるかもしれない。
だからこそ、目の前の人を侮ったり悪く扱ったりしない方がいい。退職に限りませんが、後々にしこりが残るようなことをするのは単純に得がないなと思います。
山崎:ビル・ゲイツが「オタクをバカにしないほうがいい。将来の上司になり得るから」と言っていた気がします。
彼はオタクの能力の高さを伝えたかったのだと思いますが、今の広木さんの話と通じるところがありますね。
広木:これまで日本企業は終身雇用で長く一緒に働く前提だったから、その分アンフェアなこともあったし、親子的なウェットさもあった。
一方、エンジニアに関しては、世の中全体の雇用ニーズが高まっていることもあり、会社と個人の関係性はフェアです。
だから「退職=縁を切る」ではなく、「またどこかで一緒に働こうね」という、ある種のドライさがあるのだと思っています。
――退職前の1カ月間で、具体的にやったほうがいいことはありますか?
山崎:周囲への退職の伝え方を相談してもらえるとありがたいですね。
退職が周りの人に与える影響は大きいので、タイミングや退職理由の伝え方をすり合わせできると助かります。
もちろんうそをつく必要はないですけど、退職理由のどこを中心に説明をするか、上長と相談して決めてほしいです。
例えば「〇〇さんが嫌」「〇〇さんにはついていけない」という理由が本音だとしても、それをみんなに共有すべきかは別の話ですから。
――他の人たちはこれからもその会社で働いていくわけですしね。
山崎:その通りです。同僚への配慮は退職する人に最も求められることだと思います。
もちろん、本当の退職理由を1on1や人事面談などの場でフィードバックしてくれるのは大歓迎です。
辞める理由は組織改善に不可欠な情報ですから、仮に「〇〇さんが嫌」の背景に何かあったなら教えてほしい。
ただ、その伝え方や伝える相手、シチュエーションはよく考えた方がいいと思いますね。
広木:退職理由の伝え方によっては周りの人にネガティブな感情を広げるわけで、もしかしたら退職を連鎖させてしまうかもしれません。
そういう行動を取る人が周りからどう思われるのか、冷静に考える必要はありますね。
マネジメントの立場だからというだけの話ではなく、シンプルに本人にとってもいいことがないんですよ。
そういう辞め方をしてしまうと、それまでどれだけ良い仕事をしていたとしても、その人へのリスペクトがなくなってしまいますから。
山崎:次の職場での評価が入る前から下がる可能性もあり得ますよね。
ネガティブな退職ブログを書く人もいますが、採用側はチェックしています。しょっぱなから人間関係がくじかれかねません。
広木:先ほど「ドライな関係」と言いましたが、組織にちょっとしたー撃を与えながら辞めようとする遺恨がある時点で相当ウェットですよね。
そもそも退職時に攻撃をすること自体が、相対的に自分の市場価値の低さやフェアな関係が築ける力がないことを意図せずに証明してしまっているとも言えます。
「いつでも辞められる」のであれば、たつ鳥がいちいちウェットな攻撃をする必要はありませんから。必要があればしっかりと会社にフィードバックすれば良い。
ただし、IT業界全体を見れば、いまだにアンフェアな労使関係になってしまっている会社もあります。
私個人としては、そういう場所からは一刻も早く逃げ出してほしいし、その際にみんなと良い関係性を保ったまま退職しましょうとは言いません。攻撃したくなる気持ちの全てを否定しようとも思わない。
とはいえ退職時に一撃を与えることは、自分の気持ちが少し晴れるかもしれないだけで、お話しした通り良いことは本当にありません。
そう認識した上で覚悟を持ってやるのであれば別ですが、「きちんと熟慮を重ねた決断なのか?」は今一度ご自身に問うていただきたいですね。
山崎:退職時の感情の整理ができていないと、転職活動そのものにも影響しますよね。
採用面接でネガティブな転職理由を言う人は、「早く脱出したほうがいい環境にいる人」と「現職への不満がたまりにたまっている人」の二つに大別できます。
前者の人たちがネガティブなことを言うのはこちらも理解できますが、後者の人がポジティブに映るかというと、全くそうではないわけです。
「面接でわざわざ説明するくらいなので相当文句を言っている人なんだろうな」と思ってしまう。
広木:エンジニアとして、軽口や皮肉を言いたい気持ちは分かるんですよ。そのほうが周りが笑ってくれるし、楽しいのも分かる。
私も若い時はそういうことをいっぱいやった気もするし、今もそういう気持ちになることはたくさんあります(笑)
ただ、その発言が思った以上にネガティブに受け止められることもあって、特に退職に関することはそうなりやすい。
そこへの自覚が持てると、退職理由の表現の仕方にも考えが及ぶような気がしますね。
――退職が決まってから、会社に対して申し訳なく思ったり、肩身が狭い気持ちになってしまったりする人もいます。そういう気持ちとどのように向き合えばいいでしょうか。
広木:そもそも退職を重大に捉える必要はないと思っています。
私としては、社内ではかなえられないキャリアを求めて別の場所へ行くことに、ネガティブな要素は何もないと思っているんです。
会社が成長すればその人がまた働きたいと思えるかもしれませんから、「そうなったら戻ってきてね」とも言える。
今は一社で50年働く時代ではありません。その間には自身のキャリアや家庭の事情など、さまざまな出来事があるでしょう。
その結果、転職することもあるでしょうから、在籍企業数はそれなりの数になるはずです。
つまり、辞めるにあたって企業と退職者がお互いの人格否定をし合うような世の中ではないんですよ。その認識は持ったほうがいいと思います。
「この会社に一生を捧げる」と決めて就職する人はほとんどいないけど、昭和の「社員は家族」みたいなウェットさも文化としてはまだ残っている。
これがいびつさにつながっているのでしょうね。つながりの強さが裏目に出ている部分はあると思います。
山崎:分かります。冒頭で広木さんが言っていた「クラス替え」を別の言葉で表すなら「引っ越し」かなと思いました。
賃貸マンションから別の賃貸物件に引っ越すのは、そんな大げさな話ではないじゃないですか。
引っ越しも不満が伴うものだけど、それまで住んでいた賃貸マンションが駄目だった理由を管理組合にめちゃくちゃ言うかというと、違いますよね。
そんな感覚でいいのかなと思いました。単なる引っ越しを大げさにして、その家が駄目だった理由を熱心に訴える必要があるんだっけ? というドライな考え方があってもいいかもしれませんね。
広木:退職の仕方には、普段の仕事の仕方が現れます。
仕事は段取り力が重要であり、プロジェクトを任せられる立場になるとなおさら段取り力がエンジニアには求められる。
そして、会社がネガティブな状況にならないように退職するのもまた段取り力です。
退職はいわば最後のプロジェクト。そんな仕事の意識で、ドライに向き合えるといいのかもしれませんね。
取材・文/天野夏海 編集/玉城智子(編集部)
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