最新の技術を学んでも、あっという間に陳腐化してしまう今の時代。ビジネスを成功に導くのは、知識でもテクニックでもなくエンジニアたちの「モチベーション」かもしれない。本特集では、環境の変化に左右されがちなモチベーションを、エンジニア自身がセルフコントロールする最新メソッドを紹介。自分をアゲて、仕事の成果もあげていこう。
なぜEMのやる気は“だだ下がり”がちなのか。リンモチ執行役員が指摘する「モチベーションが上がらない」EMに必要な意識変革
ここ数年で、エンジニアリングマネジャー(EM)の重要性は広く認識されるようになった。
ときにメンバーをマネジメントし、ときにビジネスサイドと交渉しながらプロダクトの成長をけん引するEMは、いまや開発組織に欠かせないポジションだ。
しかし、EMとして働く当事者からすると、「ピープルマネジメントばかりに時間を割いていてストレスが多い」「ビジネスサイドと技術サイドの板挟みになってつらい」「とにかくロールが多すぎて仕事がまわらない」など、仕事・キャリアの悩みはあげればキリがないだろう。
そこで話を聞いたのは、「モチベーションエンジニアリング」の技術で組織課題解決や社員の成長支援を手掛けてきたリンクアンドモチベーション・執行役員の柴戸純也さん。
同社のエンジニア第一号として入社した柴戸さんは、開発の内製化を目指してエンジニア組織を70名規模にまで拡大させた立役者で、自身もEMの立場を経験している。
EMのモチベーションはどんなときに下がってしまうのか、それをEM自身がセルフマネジメントするための効果的な方法とは何か。原因と対策について教えてもらった。
株式会社リンクアンドモチベーション 執行役員
柴戸純也さん
大手IT企業にプログラマーとして新卒入社。その後ベンチャー企業やスタートアップで役員として上場を経験したのち、2018年にリンクアンドモチベーションへ入社。『モチベーションクラウド』シリーズのプロダクト開発責任者を務める。22年より現職
EMのモチベーションを左右するのは、「やりたいからやる状態」かいなか
ーーリンクアンドモチベーションでは「モチベーション」にフォーカスした事業を展開していますよね。そもそもの質問になりますが、柴戸さんはモチベーションをどのようなものだと考えていますか?
モチベーションとは、人間に生来的に備わっているものだと考えています。
例えば、子どもを見ていると、公園の砂場で砂の山を作っては壊し、作っては壊し……と繰り返していることがありますよね。誰に頼まれるでもなく、楽しいから続けている。つまり、モチベーションがある状態です。
ところが大人になってみると、与えられた日々の仕事をこなすだけになってしまう。これがモチベーションが失われている状態。楽しく働いている人を「めずらしい」と見なす風潮すらありますが、人間としては異常な状態だと思います。
ーー確かに、「仕事だから」と割り切っている人は多いですが、楽しみながら働けた方が良いですよね。
そうなんです。それにエンジニアであれば、「仕事だからやっている」人よりも、「技術が好きで、楽しいからやっている」人の方が成長できると思うんですよ。激しく変化していく技術トレンドの「今」を敏感に捉え続けることがエンジニアの生命線ですから。
例えば、今話題のChatGPTだって、業務命令で「ChatGPTを学習してください」と言われて仕方なくやるよりも、純粋に「面白そうだから」と自らやってくれる人のほうが期待を超えてくれるような気がしませんか?
だからこそ、エンジニアは「やりたいからやっている」状態を保つことが理想的。そして、エンジニアがそう思える環境を作り出すのは、EMの仕事に課せられた重要な役割です。
ただ、EM自身が仕事にモチベーションを感じられていない状況は、各社で「あるある」状態になっているように感じます。
ーーそれはなぜでしょう?
EMは役割が広いですし、ミッションが不明瞭な場合が多く、その人自身の適性や「やりたい」気持ちよりも、エンジニアの延長でなんとなくアサインされたり、担っている人というのは意外と多いのではないでしょうか。
EMをやる人自身に強い動機がないままそのポジションに就いてしまっているなど、「自分で自分に仕事を与えられていない状態」つまり「やりたいからやっている」状態がつくれていないことが、EMのモチベーションが下がりがちな大きな要因ではないでしょうか。
「そもそもエンジニアとEMは全く別のスキル」と自覚せよ
ーー組織からの要請でEMになったけれど、「やらされている」感を持っている人が多いということですね。
そういう面はあると思います。板挟みになって苦しんでいるという話も聞きます。
本来、モチベーションを維持するためには「自分で自分に仕事を与えている(自己支配感がある)」という感覚が欠かせない。しかしこの状態にないEMが、上からはKPIを押し付けられ、下からは「無茶だ」と突き返され板挟みになればモチベーションが下がるでしょう。
その状態で、時には、ビジネスサイドから「何でこんなに開発コストが掛かっているの?」と悪意なく聞かれたりする。そんな状況が続けば、疲弊してしまいますよね。
また、「ビジネス」への関心が低いまま、EMになったことでモチベーションが低下してしまうケースもあるのではないでしょうか。
特に開発の現場でバリバリと活躍してきたエンジニアの場合、無駄のない設計や美しいコードに職人的なプライドを持っている人も少なくありません。
ところがEMになると、ビジネス的な観点が求められます。「品質は後回しにしてでもリリースを優先する」と言われる機会もあるでしょう。それをビジネス上の理由を含めて、自分の言葉でメンバーに伝えるのもEMの仕事なので、ジレンマを抱えることになります。
ーーEMは立場・業務上、モチベーションを下げやすい要素が多いことが分かりました。では、どうすればモチベーションの低下を防げるのでしょうか?
まず、EMの役割を正しく認識し、専門スキルを身に付けること。エンジニアからEMになるときに、「別の仕事に近い、別の専門スキルが必要である」ことを伝え、自覚してもらうことが大事です。
この自覚がないままに「なんとなくエンジニアの延長」と思ってEMになった場合、多くの人は「よく分からないけど、とりあえずみんながやっていることをやろう」と行動しがちです。
例えば、「毎週メンバーと1on1を実施する」などの取り組みが代表例ですね。
本来のEMの役割はエンジニアリングマネジメントというスキルを活用して事業を成功に導くことであり、1on1は手段の一つに過ぎません。
しかし「なんとなくエンジニアの延長」でEMをやっていると、気付かぬうちに、1on1もなんとなく相手の話を聞くだけになってしまいます。これでは当然ながらメンバーのモチベーションは上がりませんし、EM自身も「メンバーと向き合っているつもりなのに、なぜ伝わらないんだ」とつまらない気持ちになってきます。
その結果、「自分にマネジメントは向いていない」「楽しくない」とモチベーションが下がっていくのです。ですが、本当は「向いていない」のではなく「EMの役割が不明確」だったり、「専門スキルを身に付けていない」だけである可能性も大いにあります。
エンジニアになった頃のことを思い出してみてほしいと思います。多くの人は、さまざまな技術書を読み、たくさんのコードを書き、一生懸命勉強したはずです。一つの専門スキルを身に付けるとはそういうことだと思います。
同じように、EMになるのであれば、マネジメントやビジネスについて同じぐらい勉強する必要があります。
そうすれば、少なくとも「頑張っているはずなのに、どうしてうまくいかないんだ」というモチベーションの低下に悩むよりも、「どうすればできるか?」「こういう方法があるのでは?」といった発想になると思います。
「自分で決めた」と思うことで、仕事への向き合い方は変わる
ーー柴戸さんはマネジメントを手掛けるようになって長いですが、モチベーションの低下を感じることはありますか?
もちろんありますよ。メンバーが凹んでいるときや、モチベーションが低い状態が続いているのを改善できていないとき、メンバーとのコミュニケーションを振り返って「あの言い方は良くなかったかも」など落ち込むことはあります。「これは自分自身のモチベーションが下がっている状態だな」と感じることもありますね。
とはいえ、管理職者である以上はどんなときでもメンバーをモチベートしていかなければなりません。
なので、僕は三つの方法で自分自身のモチベーションをコントロールしています。
ーー三つの方法とは?
まずは悩みを「書き出す」こと(外在化)です。
悩みの渦中にいると、必要以上に落ち込んでしまうことがありますよね。そんなパニック状態から抜け出すためには、抱えているタスクや感情をそのまま書き出すことが有効です。
漠然としている悩みに形を与え、見える化することで客観視できて冷静に捉えられるようになります。
悩みを書き出したら、次は「行動する」こと(機械化)。
例えば、「あの言い方は良くなかったかも」と悶々とするくらいなら、本人に「強く言ってごめん」と謝った方が早い。
憂鬱なことや億劫なことの見える化ができたら、気分が乗らなかろうが、やる気がなかろうが「やる」と決めて、ゴールに向かって機械のように行動します。行動していると悩んだりする時間がなくなります。心がやる気になるのを待ってはならないと思います。
そもそも、大きかったり難しかったりして憂鬱なタスクも、砕いてみれば「大したことないな」と思えることもあります。後は、行動あるのみです。
「書き出す」「行動する」の二つは、モチベーションの高低に関わらず習慣化すると良いでしょう。
人間の行動は大半が習慣で成り立っているので、モチベーションが下がっているときでも自然に取り組める状態にしておくのがおすすめです。
そして最後が、「刺激をもらう」こと(相対化)。
モチベーションが下がった状態で一人で悩んでいても前には進まないので、社内外の人と話したり、本を読んだりして他者の考えを取り入れていきます。それによって「自分の悩みって大したことないな」「自分もそうやって笑える過去にしよう」と思えたり、はたまた自分に期待してくれている仲間を思い出せたりして、前向きになることも多いのです。
自分の状態を「いいことなんだ、普通のことなんだ」とリフレーミング(違う枠組みで捉える)できたことで、回復するようなケースもあります。
思考の枠組みをたくさん持っておくと、物事をポジティブな方向へと変換しやすくなりますよ。
ーーEMとして働いている人や、これからEMになる人がモチベーションを保つために、意識すると良いことはありますか?
どんなことであっても「自分で決めた」という意識を持って取り組むことですね。もし多数決で決まるようなことがあったとしても、です。最後は自分で決めたと自覚すること、言いなりではないと自分を納得させること。これにより他責になりませんし、責任者不在にもなりません。
先ほどもお話しした通り、「アサインされたからEMになった」「上から降ってきたKPIだから追うしかない」という状況はめずらしくありません。
とはいえ、他責で考えていては、モチベーションは下がる一方です。
EMになったきっかけは「アサインされたから」かもしれない。KPIも「経営層が決めたこと」かもしれない。でも、それを承諾したのも、主導していくのも自分ですよね。
すべてを自分事として考えれば、困難や危機が生じてもポジティブな成長痛として捉えられるようになるはずです。
せっかく働くのであれば、楽しくやりがいをもって働いた方が絶対にいい。今日お話ししたことの中から、一つでも取り入れてみてもらえたらと思います。
取材・文/夏野かおる 編集/秋元 祐香里(編集部)
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