書籍『プロを目指す人のためのRuby入門』(技術評論社)著者
株式会社ソニックガーデン プログラマー / 顧問CTO
伊藤淳一さん(@jnchito)
1977年生まれ。SIer、外資系半導体メーカーの社内SEを経て、2012年ソニックガーデンに入社。保守性、拡張性の高いシンプルなコードを追求するプログラマであり、プログラミングスクール「フィヨルドブートキャンプ」でメンターも務める。Qiitaではユーザーランキング1位(23年3月現在)。夢はプログラマを憧れの職業にすること。現在は兵庫県西脇市の自宅からリモートで働いている
「プログラマーの本質に立ち返る時が来た」コードを書き続けてきたアラフォー世代に迫られるAI時代の自己変革【伊藤淳一×遠藤大介】
過去に何度か訪れたAIブーム、ノーコードツールの普及……新しいテクノロジーが登場するたび、「プログラマーは不要になるのでは」という議論がなされてきた。
ただ、どこか現実味に欠けたその議論を何となく受け流してきたプログラマーにとっても、ここ最近の生成AIの進化は無視できないものがあるのではないだろうか。
特に、10年以上ものづくりの現場でコードを書き続けてきたアラフォー世代のプログラマーにとっては、これまでのやり方をどう変えるべきか、そもそも変えられるのか……という不安がよぎる。
そこで、開発現場の最前線で長年プログラマーとして活躍してきた伊藤淳一さんと遠藤大介さん(ともに、ソニックガーデン顧問CTO/プログラマー)に、今後アラフォー世代のプログラマーに求められる自己変革とは何なのか話を聞いてみた。
※本記事は、GPT4が発表される直前の2023年3月13日に取材を実施しています
書籍『fit Slack&Zoom&Trello テレワーク基本+活用ワザ』(インプレス)著者
株式会社ソニックガーデン 執行役員 / プログラマー / 顧問CTO
遠藤大介さん(@ruzia)
1983年生まれ。小学校の頃に家にあったPC-6001でプログラミングにはまり、中学・高校・大学とプログラミングに明け暮れる日々を送る。ITベンチャーや受託開発企業、Androidアプリ開発での起業を経て、2013年ソニックガーデンに入社。ソニックガーデンでは、社内インフラの整備を主導。21年から現職。夢は死ぬ直前まで楽しくコードを書き続けること
優れたAIを使って何ができるか。プログラマーの力が問われている
——昨今の生成AIの進化ぶりには目を見張るものがあります。長くプログラマーとして働いてきた人にとっては無視できない脅威になる印象もありますが、お二人はプログラマーの立場から現在の状況をどのように見ていますか?
遠藤:ここ1年くらいの生成AIの進化って本当にすごいなと思っています。『ChatGPT』などを実際に使ってみても、その印象は変わりませんし、いよいよ「仕事を奪われる」という話も全く非現実的な話ではないなと感じますね。
ただ、過去を振り返れば、機械語からアセンブラ言語や高級言語、オブジェクト指向言語が生まれ、サーバー環境がオンプレミスからクラウドへと移行したように、AIに限らずコンピューティングの歴史は幾度となく繰り返されてきたブレークスルーによって常に大きく進歩しています。
ChatGPTもAIの進化の流れを踏襲したものであるのは間違いありません。それにもかかわらず「脅威だ」という声が目立つようになったのは、ChatGPTをはじめこれらの生成AIの進化のスピードが「速すぎる」ことにあるのだと思います。
ーー進化のスピードが速すぎるがゆえに、先の変化が読みづらく余計に不安をあおるのではないか、と。
遠藤:そうですね。一方で、生成AIはいろいろな可能性を秘めた新しい道具であり、ワクワクするような楽しさももちろんあります。
このテクノロジーを使ってどういうことができるんだろうとか、そういうことを考えるのはエンジニアとしてすごく楽しいですね。
——伊藤さんはいかがですか?
伊藤:未来のことは正確には分かりませんが、現時点では生成されたプログラムをチェックするのも評価するのも人間。
AIにはソースコードの管理はおろか、お客さまの要望を漠然とした要望をヒアリングして開発要件に結び付けることもできません。
「いずれはできるようになる」という意見もあるでしょうが、だからといって今後5年以内にプログラマーの仕事がなくなるかというと、そうは思えない。注視はしていますが、まだ様子見の段階です。
遠藤:「面白さ」と「怖さ」の比率で表すと、僕にとってはまだ面白さの方が上ですね。
伊藤が言うようにプログラマーとしての見識や経験がすぐに通用しなくなるわけではないですし、優れたAIの助けを借りて何ができるか考えるのは楽しいですから。
むしろこのユニークな素材を使ってどう料理しようか考えるだけで楽しいですし、プログラマーとしてその力量が試されているような気がします。
伊藤:僕が生成AIに関してちょっと引いた目で見ているのは、これまで何度も鳴り物入りで登場し、その後、鳴かず飛ばずで消えていったテクノロジーをいくつも見ているから。
評価が定まらないうちは静観したほうが時間をムダにしなくて済みます。だから情報集め以上のことはしていないんです。「人柱」は、アーリーアダプターの遠藤に任せます(笑)
遠藤:喜んでやりますよ(笑)。僕はどちらかというと新しいテクノロジーに対して前のめりになりがちですけど、伊藤のように時間を有効活用するために、静観するっていうのも一つの手だと思いますね。
数日前の情報がもう古いということが頻繁に起こる世界ですから。利用者や適応先の裾野は広がり続ける一方、いまだ評価が定まってないテクノロジーなのは確かです。情報に翻弄されるくらいなら、要所を押さえた情報収集に徹するのもアリだと思います。
「コードを書くだけ」のプログラマーに自己変革は不可欠
——ChatGPTをはじめ、生成AIの進化はこれからも続くはずです。それがプログラマーの仕事・キャリアに与える影響について、お二人はどのように見ていますか?
遠藤:それまでプログラミングと縁もゆかりもなかった人がソフトウエア開発に興味を持って参加するようになるでしょうし、長くプログラマーとしてやってきた人にとっても、うかうかしていられない状況になることは確かだし、働き方を見直す必要はでてきますよね。
——10年~20年とプログラマーとしてずっとコードを書き続けてきたようなアラフォー世代は特に不安を感じそうですよね。
伊藤:僕らも危機感は感じていますからね(笑)、その通りだと思います。
ただ、現状「言われた通りにプログラミングするだけ」のスキルしかないアラフォー世代のプログラマーなら、やはり自己変革は避けられないと思います。
そのままでは遅かれ早かれ、任される仕事はこれからますます小さくなっていくでしょうから。
生成AIに限らず、テクノロジーはどんどん進化し民主化されるものですし、テクノロジーの進歩は非線形の効率をもたらします。
年齢や世代がどうあれ、プログラマーとしてできることを増やしていこうという成長意欲がないと、すぐに便利なテクノロジーに追いつかれ、追い越されてしまうと思いますね。
遠藤:人間がやるべきこと、AIに任せて大丈夫な部分は峻別しないとマズいでしょうね。過去を振り返っても、テクノロジーの進歩によって仕事が奪われていった人は大勢います。
しかし、その多くは持てる技術を土台に「自分にしかできないこと」を見つけ次のステージに進んできました。
今はドラスティックな変化が起こりやすい。親しんできた技術だけでなく、なるべく早く変化の兆しをキャッチする努力は年齢を重ねるほど、意識することが大切でしょうね。
例えば今なら、人間にできて、AIにできないことは何か峻別できるよう、嗅覚を磨いておくべきだと思います。
——お二人は今、ソニックガーデンで受託開発に従事していると思いますが、生成AIが受託開発業務に与える影響をどのように見ていますか?
伊藤:僕らはお客さまと直接対話しながら「こんな機能が欲しい」「こんな課題に直面している」といった声を聞いて、システムに実装していくわけですが、こうした日々の何気ない対話にさえ、10年近い蓄積があります。
システム開発はプログラミングだけで成り立っているわけではありません。そう考えると定型的なプログラミングの一部を生成AIに任せることはあっても、それ以上の業務を託せるまでには相当な時間がかかるでしょうね。
これまでに書いたコードを読み込ませることはできるでしょうが、データになっていない記憶や対話のなかに隠れているコンテクストまで、漏れなくプロンプトに打ち込むなんてできません。もしそれが可能になったときは、潔く他の仕事を探します(笑)
遠藤:生成AIの進化がパラダイムシフトを起こしつつあるとは思いますが、それが産業革命並の変革をもたらすかは誰にも分かりません。
ただ、伊藤が言うようにプログラマーはコードを書くこと以外の部分で、市場価値を見いだしていくことになるというのは、正しい見立てだと思います。そもそもプログラマーはじめ、エンジニアは顧客やビジネスサイドの願いをテクノロジーで形にするのが仕事。
コードを書くことはそのための手段であり目的ではありません。そういう意味で、生成AIをはじめとする新しいテクノロジーは、ある意味、長年システム開発に携わってきたアラフォー世代のプログラマーを「本質」に立ち返らせてくれる一面もありそうです。
今こそチャンスの時。全くのゼロからトップに躍り出ることもできる
——では、プログラマーが本来果たすべき「本質的な仕事」をしていくためには、どんなことを意識できるとよいのでしょうか?
伊藤:技術を探求すること、顧客を理解すること、それを踏まえて持てる知見をシステムに実装することに対してどれだけモチベーションを高く保てるか。そういったことをまずは意識できるといいのではないでしょうか。
いずれにしても仕事以外ではコードを書きたくないとか、顧客のビジネスにも、新しい技術にも関心がないプログラマーの将来はかなり厳しいでしょう。自らの強みを磨く機会が少ないわけですから。
遠藤:僕らは仕事を楽しんでいるけれど、決して楽な仕事をしているわけではありません。それができるのは定型化しがたいプロセスに面白さや自らの介在価値を感じられるからです。
特別な技能を必要としない作業を粛々とこなすだけならAIの方が速いし確実。そうした領域に身を置き続けることに不安を覚えるなら、スキルが磨ける会社に転職するなり、個人プロジェクトを始めるなりして手数を増やせるといいと思います。
そうしないと世間から後れを取るばかりで、取るべき選択肢も減る一方です。
伊藤:もし仮に今会社がつぶれたり、クビになったりしても「食べていける」と、言い切れる状態を保ち続けることは、非常に重要です。
この先、生成AIのブームが続こうと続くまいと、その点は変わらないでしょう。年齢や役職を重ねても現状に安住せず、常に頭の片隅にそうした危機感を持ち続けていたらチャンスはいつかやってきますから。
遠藤:生成AIの進化をめぐって今起こっていることを正確に評価するまでには、まだ時間がかかるでしょうが、さらなるブレークスルーによって、変化のスピードがよりいっそう速まる可能性は非常に高そうです。
こうしたタイミングに居合わせることが幸運だと思えるなら、プログラマーの未来はきっと明るいものになるでしょう。
他の人に先んじて知識やできることを増やせれば、全くのゼロからトップに躍り出ることだってできるかもしれません。悲観的にならず、かといって楽観的になり過ぎず、チャンスを捉えてどんどんチャレンジできるといいですよね。
伊藤:個人的に悔しいのは、こうした技術が日本からではなくほとんどが外国からやってくること。これは僕らの世代のエンジニアの責任でもあると思っています。
実際にChatGPT並のインパクトがあるテクノロジーを生み出せるかどうかは別として、日本からも世界に影響を与えるような優れたテクノロジーが生まれるよう、僕ら自身も頑張らないといけないし、若い世代を応援しなきゃな、と思うんですよね。
遠藤:変化や失敗を恐れずチャレンジし続けるためにも、僕自身も常に最新の知見に触れる努力を重ねていきたいと思っています。そこからきっと新しい可能性が生まれてくると信じているからです。
システム開発に携わるプログラマーが元気になれば、日本のビジネスや社会も元気になる。そんな人が一人でも増やせたらそれ以上の喜びはないなと思っています。
取材・文/武田敏則 撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)
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