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米国でのウォーターフォール採用は10%未満? 日本でアジャイルは普及する?…アジャイルにまつわる悩みに第一人者たちが回答【平鍋健児×市谷聡啓×岩瀬義昌】
永和システムマネジメント代表の平鍋健児さんとレッドジャーニー代表の市谷聡啓さんをゲストに迎え、NTTコミュニケーションズの岩瀬義昌さんがモデレーターを務めたECDW2023(※)のトークセッション「日本企業のアジャイル開発はなぜ失敗するのか?」では、質疑応答に視聴者からたくさんの質問やお悩みが寄せられた。
当日の質疑応答タイムで答えきれなかった質問に対して、後日改めてお三方にお時間をいただき、回答してもらった。今回はその内容をお届けしよう。
※『エンジニアtype』が2023年6月21~25日に開催したテックカンファレンス『ENGINEERキャリアデザインウィーク2023(ECDW2023)』
株式会社永和システムマネジメント
代表取締役社長 平鍋健児さん(@hiranabe)
アジャイルの普及をライフワークにし、ソフトウエアづくりの現場をより協調的に、創造的に、そしてなにより、楽しく変えたいと考えている。アジャイルジャパン初代実行委員長、著書『アジャイル開発とスクラム』など多数
株式会社レッドジャーニー 代表
元政府CIO補佐官 DevLOVE オーガナイザー
市谷聡啓さん(@papanda)
サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験豊富。プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウエアの共創に辿り着くべく越境し続けている。 訳書に『リーン開発の現場』、著書に『カイゼン・ジャーニー』『正しいものを正しくつくる』『チーム・ジャーニー』『いちばんやさしいアジャイル開発の教本』『デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー』『組織を芯からアジャイルにする』『これまでの仕事 これからの仕事』がある
NTTコミュニケーションズ(株)
イノベーションセンター テクノロジー部門 担当課長
岩瀬義昌さん(@iwashi86)
東京大学大学院修士課程修了後、2009年にNTT東日本に入社。大規模IP電話システムの開発などに従事したのち、内製、アジャイル開発に携わりたいという思いから14年にNTTコミュニケーションズSkyWay開発チームに転籍する。 20年には組織改善に尽力すべく、ヒューマンリソース部に異動。22年からは再び開発部に戻り、全社のアジャイル開発・プロダクトマネジメントを支援。現在は、同社のイノベーションセンター テクノロジー部門 担当課長として活躍。23年3月に発売された書籍『エンジニアのためのドキュメントライティング』を翻訳。エンジニアに人気のポッドキャスト『fukabori.fm』も運営
誕生から20年以上、なぜいまだにアジャイルは「特別」なのか?
岩瀬:「なぜアジャイルって未だに特別視されるのか?」という質問が来ています。個人的には、アジャイルという言葉は認知しているものの、経験したことがない人が多いからだとは思います。
日常的な行為って話題に上がらないけど、未知のものは特別視する人は多いじゃないですか。
平鍋:たしかに米国ではアジャイルはすでに「当たり前」になっているから、取り立てて話題に上がることは少ないですよね。
日本ではまだウォーターフォールが採用されることも多いですが、米国でそれを採用している企業は全体の10%未満というデータもあります。
岩瀬:シェア率としては、完全に日本と逆転してますよね。ウォーターフォール型で開発を行っていると、米国では周りのスピードに着いていけずに駆逐されてしまうのでしょう。
とはいえ、日本におけるアジャイルの広まりを実感することもあって、当社の新卒社員向けの研修を行っていると「ウォーターフォール」という言葉が通じなくなってきているんです。
いわゆる「アジャイルネイティブ世代」と呼ばれる世代なのでしょうね。
平鍋:たしかに当社においても、同じようなことはありますね。
しかし、日本にSIerのような構造が残っている限りは、米国のように「アジャイル一択」という状況に逆転することは難しいのではないかと個人的には思います。
アジャイル開発が少しずつ広まる現状を踏まえて、SIer企業は次第に減少していくのではと予想していたのですが、減るどころかまだまだ伸びていて。そのような状況になるのはまだ先かもしれません。
岩瀬:内製化を進めるムーブメントが起こっている一方で、人材を採用するとなると時間も費用もかかってしまうから、どうしてもSIerに頼らざるを得ない状況にあるのかなと思います。
平鍋:日本企業は海外と比較すると、人材の流動性が悪いですからね。
会社都合で簡単に解雇することが難しく、採用するのもコストがかかる。内製で開発を進めるための人材確保にリソースを割くよりは、ソフトウェア開発は外注した方が良いと判断する企業が多く存在するため、産業としてSIerが大きな位置を占めているんだと思いますね。
とはいっても、今、多くのSIerがアジャイルに取り組んでいるのも事実です。既存システムのアップデートではなく、新規の開発、特に新サービスや既存システムの周辺システムでは、多くの開発がアジャイルで始まっていると言っていいでしょう。
例えば、インターネットバンキングにおけるスマホアプリやWebインターフェイスを含め、そこから先のユーザが直接触る部分ですね。
「正しいスクラム」って何? チームの認識合わせが重要
岩瀬:次は「いつも『これって正しいスクラムなのかな』と疑問に思いながら進めています。スクラムイベントをどのように進めたらいいのかわからないです」とのコメントが来ています。
市谷:「正しいスクラム」をどう捉えるかですね。それは一体どのような状態を言うのかを、チームで自分たちの言葉で考えてみようとすることが大切だと思います。
平鍋:たしかに、この言葉自体が危険な気がしますよね。スクラムをすることはどの程度重要なのか、ビジネスや組織によって異なりますから。
極論「スクラムやらなくても開発に成功してチームがハッピーならいい」という組織もあるでしょう。
岩瀬:「正しい」という言葉自体が主観的なので、たとえ同じチームメンバー間であってもその定義は人によって異なります。
私からもう一点伝えたいのは、個人的な観測範囲では「完璧なスクラムです」と言っているスクラムほどうまくいっていないケースが多いこと。
それを防ぐためにはスクラムマスター関連の資格を持っている人や同様の活動をしている外部協力者を呼んでアドバイスをもらうこと。
第三者からの声を聞いてみるのがスクラムがうまくいっているかを判断するコツだと思います。
岩瀬:スクラムに関して、「アジャイルチームを増やしていくにあたり、次にスクラムに飛び込んでいく人をどうやって巻き込んでいけばいいですか?」という質問も来ていますね。
平鍋:個人的には、社内で組織内事例発表とか、知見共有会とかを開催するといいと思います。
私もよく実施していますが、その会に参加してくれたメンバーの中から特に関心を持って自分の話を聞いてくれている人や、参加アンケートでポジティブなコメントを記載してくれた人に「一緒にやろうよ」と声を掛けたりして、伴走してくれる有志のメンバーを集めています。
モチベーションの低いメンバーとスクラムやっても、前に進まないどころか「やれって言われたからやる“ゾンビスクラム”」になるだけですからね。
※ゾンビスクラム…一見スクラムガイド通りのスクラムをやっているように見えて、実はスクラムチーム全員が頭を使わず、心もない状態にあること。さらに誰もその状況を気にも留めていないという、ゾンビのように心臓の鼓動が感じられないスクラムのこと
岩瀬:アジャイル開発の支援チームでよくやるのは、プロジェクトがうまく機能・進行しているチームにメンバーを見学に送り込んで、良い雰囲気づくりの方法を学ばせること。
ただ、「多拠点チームなので熱量などが伝わりにくい。リモート環境でもアジャイルは遂行できるのか」というコメントも届いてましたが、リモート環境だとどうしてもそれが把握しづらいんですよね。
市谷:その解決法として、メンバーが対面で話す機会を意識的につくるといいと思います。月に1回とか、3ヶ月に1回くらいの頻度でも。
平鍋:ちょうど弊社で冊子『リモートアジャイル開発のノウハウ集』を作成しているので、その内容を読んでもらうのもアリだと思います。こちらの記事を読んでいただいた方、先着20名に冊子をプレゼントしますので詳細は記事末尾をご覧ください。
「POが意思決定できない」問題は、役割分担とテーマ決めで解決
岩瀬:最後に取り上げるのは、「チームにPO(プロダクトオーナー)がいても、結局大きな方針はPOではなく役員会議など上層部が意思決定する」というコメントです。
こちらに関しては、もちろん会社の規模にもよると思いますが、役員と現場メンバーとで認識のズレが生じている可能性があるかもしれませんね。
例えば、上司に話を聞くと「もっと自由にやってほしい」と言う一方で、メンバーは「いつも指示されている」と言っていたり。よくよく聞くと、役割分担の曖昧さがこのような解釈のズレを生んでいることもあります。
平鍋:役割分担を明確に決めておく、「交通整理」が事前に必要かもしれませんね。役員は大きな方針を決定して、それ以降は現場に一任させてもらうとか。
市谷:ただ単に決定事項に従うのではなく、プロダクトオーナーが方向性を決められる状況にするためには誰も(役員も含めて)が正解を持っていなさそうなテーマで取り組む」のも一つの手だと思います。
アジャイル開発に初めて取り組むときには意識してテーマを選択すれば、このような状況を避けることができるのではないでしょうか。
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文/柴田捺美(編集部)
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