東証一部上場企業143社を対象とした2012年夏季賞与・一時金(ボーナス)の妥結水準調査によると、全産業平均で66万7724円と対前年比0.5%のマイナス。情報・通信では75万0833円と全産業平均を上回る結果だった(労務行政研究所調べ)。
しかし、『エンジニアtype』編集部が6月初旬に行ったアンケート結果では、夏季ボーナスの支給見送り、または支給されるかどうか分からないと答えた回答者が、それぞれ3割程度見られるなど、必ずしも楽観できる結果ではなかった(※)。
一部、ビッグデータやクラウド関連分野で盛り上がりはあるものの、SI業界全体に受託案件数の減少やプロジェクト単価の低下といった停滞ムードがあることは否めない。先行き不透明なこの時代、どうしたらエンジニアとして長期にわたってキャリアを築くことができるのか。
人気ブログ『GoTheDistance』で知られるござ先輩と、SAPジャパンで人事マネジャーを務める黛武志氏との対話の中で出てきた、エンジニアが生き残るために必要な行動原則は以下の4つだ。
【原則1】 テクノロジーの虜になるな。ビジネスを語る術を持て。
【原則2】 「参加者」より「主宰者」。勉強会は自分で運営せよ。
【原則3】 2年以上停滞したら”ルームランナー” の上にいないか検証せよ。
【原則4】 活力は休息から。あえて仕事を忘れる時間をつくれ。
なぜこの4つが必要か、対談の模様を読んでほしい。
(※)インターネットによるアンケート調査。有効回答総数113。対象業界:ソフトウエア、システム開発関連、インターネット関連、コンサルティング、シンクタンク、通信サービス、コンピュータ・通信機器メーカー
有限会社エフ・ケーコーポレーションシステム 開発部 部長
湯本堅隆氏(ござ先輩) (@gothedistance)
2003年、新卒でユーザー系大手SIerに入社後、Javaプログラマー→PM→コンサルタントとキャリアを積む。 その後、2009年4月に20人規模のインテリア用品の製造・卸企業である現在の会社へ転職。自社業務システムの開発・運用を行いながら、受託開発やITコンサルティングまで、多岐にわたる業務で活躍中。2006年から始めたブログ『GoTheDistance』では、ITエンジニアのキャリア論考に定評がある
SAPジャパン株式会社 タレント・アクイジション ジャパン・ハブ・マネージャー
黛 武志氏
1990年、横浜国立大学を卒業後、リテール業界や金融業界などを経てIT業界に。一貫して人事・採用畑を歩む。2003年、SAPジャパン入社後、一度退社し大手日系SIerを経てSAPジャパンに復帰。現在同社の採用戦略を担うマネジャーとして辣腕を振るう
そもそも、あなたは誰から給料を得ているのか?
黛 そもそも今、現場にいるエンジニアの皆さんが、どんな問題意識や危機感を持っているとお考えですか?
ござ先輩 大きく分けてふたつあると思っています。一つはプログラミングが好きなのに、やがては仕事を管理する方に回らなければいけないという葛藤。そしてもう一つが、将来に向けたキャリアパスの不透明感ではないかと思います。
黛 なるほど。今おっしゃった「プログラミングが好き」っていうのは、自分が「楽しい」ってことですよね。
ござ先輩 ええ。そうです。
黛 自分の仕事が好きであること自体、素晴らしいことなのですが、「自分が楽しいかどうか」と考える人より、その先にある「顧客が喜ぶことが自分の喜びだ」と考えられる人の方に魅力を感じるというのが、採用する側の本音です。
ござ先輩 もちろんそうでしょうね。僕もブログなんかで「プログラミングだけでは1円にもならない」って発言をたびたびしているんですが、なかなか理解されません。僕がエンジニアの皆さんに問いたいのは、「あなたは誰からお給料を得ているのか」ということなんです。つまり、顧客が喜ばないものを作ったところで商売にはなりませんよね。
黛 そうですね。
ござ先輩 それはプログラムも一緒です。仕事の対価というものは会社からではなく顧客から頂くもの。常に自分の給料や評価が何から生み出されたものなのか、よく理解すべきではないでしょうか。自分のプログラムに値札がついているって自覚が、そもそも多くのエンジニアは持っていないような気がします。
黛 確かに多くはないでしょうね。誰が自分のプログラムにお金を払ってくれているのかを知るということは、きちんと顧客に向き合わなければならないということですし、ひいては顧客が何を欲しがっていることを知ることです。でも、近年、エンジニアの職域が細分化されてしまったおかげで、多くのエンジニアの関心が顧客よりテクノロジーの方を向いてしまったのかも知れません。
ござ先輩 顧客と向き合うべきだと考えるエンジニアはたくさんいます。でも、会社がそれを問題だと思わなければ事はなかなか進展しません。だからと言ってこうした状態に甘んじてしまえば、エンジニアと顧客との距離はいっこうに埋まらない。そうなると、現状を言い訳にしてこの問題を乗り越えようとしない、個人の意識も問題になってきそうですね。
黛 同感です。組織上の問題でスポイルされていく人も確かにいます。でも一方で、染まらず頑張っている人はいますよね。「みんながそうだからそれでいい」と思うのか、そうじゃなくて「みんなはそうだけど、わたしはこうだ」と思うのか。ござ先輩の言う通り、わたしも周りのせいにしてはいけないと思っています。
ござ先輩 ダメな会社や理解のない上司のせいにしても何も変わりません。
黛 そうなんです。そもそも部下に上司は選べませんしね(笑)。仲間内でグチを言い合うのもたまにはいいですが、なかなか変わらないものに対して文句を言ったところで、何も始まりません。まず「変わるべきは自分」というくらいの自覚が必要でしょうね。
【原則1】テクノロジーの虜になるな。仕事をビジネスで語る術を持て
黛 さきほど「プログラミングが好きなのに」という話が出ましたが、「お金がなくったって構わない。オレは美しいプログラムを書く」という人は誰にも止められません。でもそうでなく、広くITの世界にかかわりながら自分の給料を高めていきたいなら、テクノロジー以外で自分なりの強みを見つけることは欠かせないでしょうね。
ござ先輩 プログラムは非常に重要ですし、美しさを求めることで品質が向上することはよくありますから、「機能美」そのものを否定するつもりはありません。でも世の中の大半のシステムは、それほど美しくないプログラムで動きながらも成果を出しているんですよね(笑)。
黛 それはプログラムの美しさと世の中に価値を提供するってことが、必ずしも同じではないということなのでしょうね。
ござ先輩 というと?
黛 一般的に、組織に属しているエンジニアというものは、年次が上がるにつれ、コンピュータの前より顧客の前に座る時間が増えていきます。エンジニアの場合、顧客の前に座る時間の長さともらえる給料の額は概ね比例していくので、どうしてもビジネスリテラシーとしてのコミュニケーション力や対人折衝力が高い方が、将来的に収入が高くなるという傾向が出てきます。
ござ先輩 おっしゃるように、今挙げられたビジネスリテラシーというものは、「人と会うのは自分の仕事じゃない」って思っている、若いプログラマーやSEにこそ必要なスキルだと思います。年を取れば、いつか技術習得に行き詰まる時が来るでしょうし、自分がやりたい技術だけにこだわるエンジニアが、顧客から頼られる存在であるかどうかは、また別の問題です。そこに認識のズレを感じるんですよ。
黛 若いうちは顧客に対して説明する能力をあまり求められませんから、気が付かずに過ごすこともできるのでしょう。でも、20代には必要がない能力かというと、決してそんなことはありません。そこに自分で気付けるかどうかが最大のポイントのような気がします。
ござ先輩 わたしもSIerにいたころ、営業に同行して売り込みにいくような経験を何度もしましたが、そういう経験なしにいきなり身に付けようとしても、なかなか培えるものじゃないですからね。
黛 エンジニアなら、技術に疎い顧客に対して仕事仲間同士の会話と同じ調子で話してしまい、なかなか理解が得られなかったという経験は誰しもあると思います。でも、日常的な場面でも訓練はできるんですよ。
ござ先輩 どういうことですか?
黛 趣味の集まりでも飲み会でもいいので、普段話す機会のない人とコミュニケーションしてみるんです。もしアニメが好きなら「えっ、アニメですか……」っていう人に、そのすばらしさを説明して納得が得られたら、それはそれで意味があることじゃないですか?
ござ先輩 なるほど。
黛 イヤがられるかも知れませんけど、少なくとも訓練にはなります(笑)。
ござ先輩 わたしもかつて、Excelはおろか、コンピュータさえ使ったことがない方々に、システム導入の有効性を説明した経験がありますが、話の内容や言葉の選び方を考えながら、自分の言いたいことを伝えるのはなかなか大変でした。でも、そこはSEである以上、避けては通れないですよね。
黛 そうなんです。あとはこうしたビジネスリテラシーの上に、業務でも業界でも英語でもいいので、何か自分ならではの得意分野を持つことです。テクノロジーだけに固執しないで「こういう内容だったらアイツに聞け」と言われるような状態をつくることが望ましいと思います。テクノロジーの追求だけで食べていけるのは、アーチスト志向の方や研究者ぐらいでしょうから。
ござ先輩 どんな強みなのかは人それぞれでしょうが、テクノロジーだけで生き残っていける人はほんの一握りだというのは同感です。テクノロジー以外にどんな強みを持てるかでその後のキャリアは大きく左右されそうですね。