IVRy
プリンシパルエンジニア
成田一生さん(@mirakui)
名古屋大学大学院を修了後、2008年にヤフー入社。Yahoo! メールのバックエンド開発に従事する。 10年にクックパッドに入社。サーバサイドのパフォーマンス改善や画像配信を担当後、インフラストラクチャー部部長や技術本部長などを務め、執行役CTOに就任。23年1月からは『クックパッドマート』の開発に従事。24年1月にクックパッドを退職し、IVRyに転職。
「クックパッドの顔」の一人だった成田一生さんがCTOを退任し、いちエンジニアに戻るというニュースが業界を賑わわせた2022年の末。「キャリアは、どういうストーリーに乗っかるか」と語った成田さん独自のキャリア観は大きな反響を呼んだ。
あれから1年、成田さんは14年間勤めたクックパッドを24年1月に退職。現在は電話AI SaaSを展開するIVRy(アイブリー)で、いちエンジニアとして開発に取り組んでいる。
「クックパッドでエンジニアに戻った結果、何を感じたのか」
「同じ“いちエンジニア”なら、なぜ転職する必要があったのか」
「CTOのキャリアも狙えたであろう中で、その道は考えなかったのか」
あまたのエンジニアが抱くであろう疑問について、成田さんに聞いた。
IVRy
プリンシパルエンジニア
成田一生さん(@mirakui)
名古屋大学大学院を修了後、2008年にヤフー入社。Yahoo! メールのバックエンド開発に従事する。 10年にクックパッドに入社。サーバサイドのパフォーマンス改善や画像配信を担当後、インフラストラクチャー部部長や技術本部長などを務め、執行役CTOに就任。23年1月からは『クックパッドマート』の開発に従事。24年1月にクックパッドを退職し、IVRyに転職。
約1年前、クックパッドのCTOから現場エンジニアとなった頃の心情を、成田さんは次のように振り返る。
「事業に関して意思決定をするのは経営ボードですが、実際に開発を行う現場エンジニアの取り組みは、時に経営判断以上にサービスに対する影響力を持ちます。だからこそ現場で問題が起きているときは、自分自身が渦中に飛び込んで解決したいという思いがあった。CTOとして、なかなか現場に出られないもどかしさを感じていました」
そんな歯痒さに輪をかけて、成田さんは自らの技術力の衰えも実感していた。
「6年間も開発の最前線を離れると、最新技術と自分の技術力の間にギャップが生まれます。子どもの頃からプログラミングをしてきた僕にとって、技術は常に拠り所でした。大切なものが古びていくこと、失われていくことが怖かったんです」
世の中には、CTOでありながらコードを書く人もいる。しかし成田さんは、経営課題とプログラミングの課題を、同時並行で考えることはどうしてもできなかったという。
葛藤の結果、再びエンジニアとなった成田さん。すると、頭の容量に余裕が生まれ、周囲から『顔色が良くなったね』と言われるほどだったと明かす。
現場エンジニアとして、ものを作る醍醐味を改めて噛み締める日々。ところが同時に、CTOだった頃の自分を顧みて「自分を過大評価していた」ことにも気付いたという。
「せっかくCTOを経験して現場に戻ってきたのに、思うように課題を見つけられない自分がいました。現場にあふれる大量の情報の中から課題を発見することは、まるで砂漠の中で宝石を見つけるように難しかったんです。
今思うと、CTOの頃は現場で解決できなかった難しい課題が自然と耳に入りやすかった。つまりCTOの椅子に座っていたからこそ大きな課題と向き合っていられたんだ、という事実に気付きました」
本来、経営に求められる機能は「良い問題を生み出すこと」であるはず。それなのに自分は、現場から上がってくる課題を受け身で対処していただけだったのかもしれないーー。
CTOの立場を退いて初めて分かった、自分の実力。そこから目を逸らすことなく、成田さんは次に進むべき道を考え始めた。
クックパッドでエンジニアとして1年過ごした後、成田さんはIVRyに活動の場を移した。転職のきっかけは、40歳という節目を迎えたことだったという。
「新たな成長フェーズを迎えたクックパッドで成果を出すためには、あと5年はコミットする必要があると思いました。そこで『次の5年をクックパッドで過ごすか、それとも別の環境に挑戦するのか、どちらが自分の成長にとって良いだろう』と考えたんです」
結果、成田さんは転職を決めた。「想像の外側に行きたかった」、それが決断の理由だ。
「クックパッドのことは変わらず大好きですが、14年同じ会社にいると想像の範囲外のことはなかなか起こりません。どんなに激しい変化に見えても、よく見てみると『あぁ、これか』と思えてしまう。それに、“慣れたつもり”の人が仕切るのは、会社にとっても良くない状態ですよね。
だから、これからは『慣れていないこと』をしたいと思ったんです。そうすれば、もっと難しい課題が解けるようになるかもしれない。今の自分からは想像がつかない自分になれるかもしれないと思いました」
成田さんが会社の成長と自分の成長を天秤にかけたのは、このときが初めてだった。それまでは、「自分が何になるか」についてほとんど関心がなかったそうだ。
「昔は、人並みに出世欲がありました。新卒で入社したヤフーは規模が大きくて管理職の席も限られていたので、『この中でどうしたら成り上がれるだろう?』と思っていましたしね。
ただ、クックパッドに入ってからは『マネジャーになりたい』とか『CTOになりたい』といったことは正直に言って一度も思ったことはありませんでした。会社の中にある課題に対して、今自分が対処することが会社にとって良いと思えたときに、そのポジションを引き受けてきただけです。どうやって自分たちのビジョンを達成するか、という巨大な目標の前では、誰がどう出世するかみたいなことは、あまりにも些細なことだったんです」
新天地のIVRyで、成田さんはプリンシパルエンジニアとしてサービス開発に携わっている。CTO経験がありながら、ここでも現場で働くことを選んだ理由は何なのだろうか?
「CTOが向き合う課題って、どの企業でも大体一緒だと思うんです。起こりうる課題はある程度パターン化されていて、セオリーもできつつある。だから『CTO』という専門職でいろいろな企業を渡り歩く人は多いし、それは自分にも十分あり得たキャリアでした。
そうしなかったのは、今の僕には刺激が必要だったから。何より『CTOの仕事は、他社でもきっとできるだろう』と思ってしまっている自分に危機感を感じました。もっと現場で過ごす時間を増やして、リアルな事業課題に対する解像度を高めたかったんです」
IVRyを選んだ決め手は、意外にも「オフィス」にあったという。
「IVRyのオフィスに訪れると、エンジニアを含める多くの社員が当たり前のように出社していました。出社していると、セールスのミーティングの声とか、他のチームがトラブル対応をしている様子が聞こえてきますよね。自分の仕事と直接は関係がなくても、重要な問題を解決するためには必要な情報です。
しかしリモートワークになると、直接関係のある情報しか入ってこなくなる。こういう環境では、いろいろなチャンスが失われてしまう気がします。最近はどの会社もオフィスになかなか人が集まらない中で、出社云々が経営トピックにすらならないのはすごいと思ったんです」
IVRyのオフィスは不思議な場所だ。真っ先に目に入るのはボルダリングの壁。無造作に床に置かれたギター、レコードやスピーカー。ほかにも、キャンプ用品やあらゆる書籍が並んだ本棚など、明らかに仕事とは関係のないものが同居している。
「仕事と趣味を完全に切り分けない環境は、僕の仕事に対する姿勢とも噛み合うものでした。本来、仕事に没頭している人にとって、仕事のオンオフなんてつけられるはずがないんです。
クライアントだけでなく、自分たち自身も仕事を楽しもうとする。そんなIVRyの『Work is Fun』の姿勢はとても魅力的ですね」
40歳の節目に、次の5年間をIVRyで過ごす決断をした成田さん。今後のキャリアについてはどのように考えているのだろうか。
「なるべく想像できないことに触れたいので、将来のことはあまり考えないようにしているんです。それに、先のことなんて分からないから細かく決めすぎても仕方がないと思うんですよね。不正確な地図を選ぶより、確かなコンパスを持って歩く方が、結果的にいい方向に進める気がします。
これはIVRy代表の奥西(亮賀)とも意見が一致した点です。経営においても、よく分からない未来を描くより、何かが起きた時にどう対処するかを決める判断基準を磨くことの方が大切なのではないでしょうか」
キャリアについても、会社の未来についても「将来のことは分からない」。そんな成田さんに、迷いながらもある質問を投げかけてみた。
成田さんが、今後クックパッドに戻る可能性はありますか?
「可能性としてはあると思います。でも、今のクックパッドには僕が解ける問題はもう残っていないので、戻るとしたら、もっといろんな問題を解けるようになる必要があるんです」
でも、と成田さんは言葉を続ける。
「本当は、僕を必要としていないクックパッドであってほしい、という気持ちもあるんです。古株を引っ張ってきてなんとかするというのは、成長する会社の選択としてはあまりポジティブではない気がしていて。『成田なんかもういらないよ』と言われて、僕が会社を出たことを後悔するぐらい、クックパッドが成長するのが最高なんだと思います」
やっぱり今もクックパッドのことを考えているんですね、と言うと、成田さんは「当然です!」と、力強く答えた。
かつての職場を愛する気持ちと、新しい自分を追い求める気持ち。一言では言い表せない思いを抱えながらも、心のコンパスだけを頼りに、成田さんは前へと歩み続ける。
取材・文/一本麻衣 撮影/桑原美樹
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