新しいことに挑戦したい、新しい環境に飛び込みたい……そう思っていても、自分の内側から湧き上がってくる「恐怖心」にどうしても打ち勝てないと悩むエンジニアは多いのではないだろうか。
そんな恐怖心と向き合いながら、フリーランスから起業家に転身を遂げた女性エンジニアがいる。2023年8月に女性エンジニア向けハイスキル転職サービス『WAKE Career』(※旧『Waveleap』)をローンチした、bgrass株式会社CEOのだむはさんだ。
もともとは会社員として働きながら女性エンジニア向けの1on1サービス『sister』を運営していただむはさんは、IT業界や日本全体のジェンダーギャップ解消に向けた活動により注力していくために、22年7月に起業を決意。
「起業してから今この瞬間までずっと怖いし、プレッシャーと常に戦っている」と話す彼女は、一体どのように内なる恐怖心と向き合いながら、進むべき道を選択してきたのだろうか。リスクを負って新しい可能性に挑戦する際に必要な心構えに迫った。
※24年5月より、『Waveleap』から『WAKE Career』にリブランディング
bgrass株式会社
CEO 兼 CTO
咸 多栄さん/だむはさん(@damuha_)
ジェンダーギャップをテクノロジーで解決する、女性ITエンジニア向けハイスキル転職サービス「WAKE Career」を運営。韓国生まれ日本育ち。新卒でSIerに入社。エンジニアとして開発やプロジェクトリーダーを担当。2020年にWeb業界にキャリアチェンジ。その傍ら女性エンジニア向け1on1サービス「sister」を個人開発してリリース。21年11月に独立。22年7月にbgrass株式会社を設立。IT業界のジェンダーギャップ解消を目指し精力的に活動。22年女性リーダー支援基金採択。24年「BEYOND MILLENNIALS 2024」選出
社会構造へアプローチするため、起業を決意
ーー22年7月に創業したbgrassでは、主にIT業界のジェンダーギャップを解消する取り組みを行っていますよね。だむはさんは個人開発者時代も、女性エンジニア向け1on1サービス『sister』を運営していましたが、なぜ起業家になったのですか。
私が目指している「日本のジェンダーギャップ解消」という目標によりコミットするには、株式会社という形で、よりインパクトの強いアプローチをしなければならないと感じたからです。
そもそも私が『sister』を開発したのは、私自身がSIerからWeb系スタートアップに転職する時に、女性のメンターを一人も見つけられなかったという経験があったから。
『sister』を立ち上げると、1〜2年の運営で500人ほどのユーザーが集まりました。そこでたくさんの女性エンジニアの話を聞く中で、今まで意識していなかった課題の存在を知ったんです。
女性エンジニアが直面している課題の原因が社会構造にあるとしたら、当事者たちが頑張るだけでは根本的な解決にはつながりません。ジェンダーギャップの解消を目指すならば、社会や企業に直接アプローチするためにも、株式会社という形で事業を運営する必要があると思い、起業を決意しました。
ーーだむはさんが起業したbgrassでは、どのような取り組みを通して「IT業界のジェンダーギャップ解消」を目指しているのでしょうか。
女性エンジニア向けのハイスキル転職サービス『WAKE Career』を運営しています。
『WAKE Career』の特徴は、転職サービスを通じて企業を変えることに重点を置いている点。世界的に活用されている女性のエンパワーメント原則(WEPs)をもとに指標を作成し、それをクリアした企業だけが『WAKE Career』で採用活動ができるようにしています。
エンジニア採用は今、多くの企業にとって最優先事項の一つです。そこにダイバーシティーを掛け合わせることによって、企業を変え、ひいては日本社会の構造を変えることにもつなげていきたいという思いが込められているんです。
ソーシャルスタートアップがスケールしたり上場したりしたケースはまだ少ないので、まずは私たちが成果を出したい。そして、スタートアップがジェンダーギャップ解消に貢献できることを世の中に示したいですね。それを見て後に続く人が増えれば、200年かかるといわれているジェンダーギャップの解消が、150年や100年に縮まるかもしれません。
ーー既に『WAKE Career』はいくつかの注目企業にも導入されていますよね。滑り出しは順調ですか?
そうですね。前身のサービスはリリースしても問い合わせが一件も入らなかったのですが、『WAKE Career』はローンチ直後から何十社も問い合わせが入り、既にたくさんの企業に使っていただいています。
ちなみに『WAKE Career』はローンチ前に営業資料とプレスリリース、LPだけで検証を行った後、クライアントとの商談を終えてから開発をスタートしました。開発開始から1ヶ月半でMVP(Minimum Viable Product)をリリースした流れになります。
実は『WAKE Career』のローンチに至るまで、実は3回ほどピボットを繰り返しました。起業当初は『sister』の1on1サービスを、企業に福利厚生として入れてもらうように動いていたんです。
ただ、サービス導入の進捗具合や、クライアント担当者と話した感覚から「ジェンダーギャップ解消にかかる年月を少しでも多く早めるには、1on1サービスだけではインパクトが足りない」ということに気が付きました。「この事業を続けていても、200年が190年程度にしかならないのでは」と思ったので、潔く方向性を変えたんです。
失敗続きのキャリアから「不可能はない」ことを学んだ
ーー率直な疑問なのですが、起業して事業を展開することに、怖さは感じなかったんですか?
もちろん怖かったですよ。法人化する時は数カ月悩みました。
自分にとって法人化とは、単なるフリーランスの法人成りではなく、社会課題の解決を目指して世の中と戦い始めることを意味していたからです。「もう後には引き返せない」と思うと、なかなか決断ができませんでした。
でもそんな時、以前から交流のあった先輩エンジニアのりほやんさん(@rllllho)に相談したところ、「あなたは日本を引っ張っていく女性なのに、どうしてここにとどまっているの? 悩んでいる意味が分からない」と言ってくれたんです。あの時私のことを認めて、背中を押してくれる人がいたのは、とても大きかったですね。
ーー2024年4月にシードラウンドで8550万円の資金調達を実施したそうですが、裏では相当な苦労があったのでしょうか。
そうですね。資金調達できないと事業に大きく関わるというプレッシャーの下、大勢の投資家にピッチをしました。
VCからの出資は100社面接しても1~2社からしか受けられないような世界ですし、VC業界の9割は男性です。マイノリティの方が課題を持ちやすいジェンダーギャップ解消を掲げる私たちの事業は、なかなか刺さりにくい状況ではありました。
ただ、2〜3カ月の間に数十社へピッチをしていく中で、ジェンダーギャップを大きな社会課題かつインパクトの大きい領域として認識している投資家たちに出会え、無事に資金調達を終えることができました。
毎日のようにピッチをする生活は大変でしたが、その間に私が心掛けていたのは、メンタルブレイクしないようにとにかく「早く寝る」こと(笑)。夜8時には布団に入って、朝の9時や10時までたっぷり寝ていました。
メンタルブレイクしやすい時期だと分かっていたからこそ、そうならないようにメンタルコントロールするために「ローな生活」を送ろうと決めたんです。
ーー成功するかどうか分からない状況で、「思い切ってチャレンジしよう」という決断をするには勇気が必要だったのでは?
「とりあえずやってみる」ことは、結構得意なんです。きっとそれは、幼い頃から大小さまざまな失敗を繰り返してきて、チャレンジへのハードルが下がっているからですね。
私は中学3年生の時にちょっとグレてしまって、高校受験は全部落ちました。通信制の高校を出て大学に行きましたが、大学での成績は最下位からのスタート。おまけにコロナ禍の転職活動では100社ほど書類で落ちた経験もあります。
こんな私にとって、何かをするときに失敗から始まるのは当たり前のこと。それと同時に「絶対に不可能なことはない」ということも知っているんです。
例えば、大学時代のこと。私は交換留学へどうしても行きたかったのですが、枠は一人分しかなくて。成績最下位の私が選ばれる見込みはほとんどなかったと思いますが、それでも申し込み、面接で熱意を伝えた結果、なんとか留学生の枠を増やしてもらうことができました。
挑戦し続ければ、ルールの方が変わることもある。経験上それを知っているから、起業や資金調達のような厳しい経験も乗り越えることができたんだと思います。
チャレンジしていれば、自信は後からついてくる
ーー自分に自信が持てず、なかなか思い切ったチャレンジができない人もいると思います。自信を付けるおすすめの方法はありますか?
まずは行動量を増やして、小さな成功体験を積み重ねることをおすすめします。
先ほどもお伝えしましたが、私は「とりあえずやってみる」ことは得意なんです。チャレンジの分だけ失敗も多く経験しているから、失敗することに慣れている。失敗に対する恐怖心が、そこまで大きくないんです。だからこそ、行動できる幅が広がっているし、行動量も人一倍あると思っています。
そして数々の失敗を経験した日々の中で、いくつかの成功体験とも出会えました。
成功体験というとレベルの高いものに聞こえるかも知れませんが、ライトニングトークのようなプレゼンテーションに初めて登壇したといった経験は、登壇するだけで成功体験に数えていいと思います。
私は「行動すれば成功もある」ということを分かっています。たくさんの失敗の中で得られた成功体験の積み重ねが、今の私の自信につながっているんです。
また、これは特に女性エンジニアに向けたメッセージになりますが、自信を持てないのは自分のせいだけではないことも忘れないでほしいです。というのも、バイアスや社会構造の影響から、男性よりも自信を持ちにくい傾向や、完璧な状態じゃないと行動に踏み切れない傾向があるというデータがあるからです。
自分が今一歩前に出れないのは、自分だけのせいではないことを知った上で、改めて自分のことをメタ認知し、ぜひ勇気を持って一歩踏み出してみてください。
ーーとはいえ「私はだむはさんみたいにできない」と思ってしまう方も多くいそうです。
私だって、有名な大学を出たわけでもなければ、大企業に属しているわけでもありません。そんな私でもここまでチャレンジできているのですから、皆さんにできないことなんてないと思いますよ。
エンジニアの皆さんにはまず、自分自身の素晴らしさを自分で全肯定してほしいと思います。そうすればきっと、恐怖心に支配されることなく、進みたい道を勇気を持って進んでいけるはずです。
文・取材/一本麻衣 撮影/赤松洋太 編集/今中康達(編集部)
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