バズワードから紐解くエンジニアのキャリア
IT業界で注目される次世代技術は、常に“バズワード化”する。AI、ロボティクス、IoT、ブロックチェーン、FinTech、オムニチャネル……一過性の“Buzz”で終わらずに普及・定着していく次の注目技術は、エンジニアの働き方をどう変えるのか? この連載は、そんなバズワードの1つにフォーカスして現役SEをはじめとするエンジニアがめざすキャリアと将来展望について考察していく。
バズワードから紐解くエンジニアのキャリア
IT業界で注目される次世代技術は、常に“バズワード化”する。AI、ロボティクス、IoT、ブロックチェーン、FinTech、オムニチャネル……一過性の“Buzz”で終わらずに普及・定着していく次の注目技術は、エンジニアの働き方をどう変えるのか? この連載は、そんなバズワードの1つにフォーカスして現役SEをはじめとするエンジニアがめざすキャリアと将来展望について考察していく。
今回『エンジニアtype』が注目したバズワードは“HR Tech(エイチアール・テック)”だ。「HR(Human Resource)=人事」分野に、Tech(Technology)を投入していこうという潮流を指すHR Techに、エンジニアの新たな活躍の可能性を見い出していく。
企業におけるクラウド型サービスの浸透や、モバイル活用、ビッグデータ活用の進展など、時代の流れが追い風となり、人事の業務をITによって効率化するサービスが近年次々に登場。先行していた米国を追い掛けるような形で、日本でもこの2〜3年の間に急激な盛り上がりを示しているのがHR Tech分野だ。
16年の日本のHR Techクラウド市場の規模は119.2億円が見込まれ、前年比54%増に。そして、21年度には613億円規模にまで成長する見通し……これは、情報通信分野の市場調査機関であるミック経済研究所が、今年2月に発表した『HR Techクラウド市場の実態と展望 2016年度版』で示した推計・予測の内容だ。
同じ2月、IDC Japanは「日本におけるFintech関連IT支出」が20年には338億円に拡大する、という予測を発表した。双方の金額を単純比較してみても、HR TechがFinTechを超えるほどの規模になる可能性を感じ取れるはずだ。
そんな中、日本ではKUFU(現:SmartHR)が15年にクラウド労務ソフト『SmartHR』をリリース。1年で登録企業数2,500社を達成するという快挙を成し遂げた。そこで、今回は代表である宮田氏に、HR Tech分野のさらなる可能性や、エンジニアに及ぼす影響などについて語ってもらった。
SmartHR 代表取締役CEO
宮田昇始(みやた・しょうじ)氏
1984年生まれ。大学卒業後、ITベンチャー企業に入社。ウェブディレクターとしてキャリアをスタート。その後、難病を患うも傷病手当金(社会保険の一つ)を受給しながらリハビリに励み、社会保険のありがたみを身を持って感じる。2013年1月にKUFU(現SmartHR)を設立。受託開発事業を行う一方で、Open Network Labに参加。開発したクラウド労務ソフト『SmartHR』が数々のイベントで優勝し、15年11月に正式リリースすると、多くの企業から注目を浴び、日本におけるHR Techムーブメントを代表するサービスとして認知されるに至っている
まず、HR Techと呼ばれるサービスには、具体的にどのようなものがあるのだろう? 宮田氏が率いるSmartHRの他にも、ジョブカン、CYDAS(サイダス)、iTICE(アイティス)、Talentio(タレンティオ)、サブロク、Wantedly(ウォンテッドリー)、カオナビなど、日本生まれのベンチャー企業がこの2〜3年の間に急速に成長しているわけだが、宮田氏によれば、一言にHR Techと言ってもその役割は多岐に渡るという。
「人事の仕事は勤怠管理や給与計算、採用や教育、人材の評価や管理、福利厚生など幅広く、各分野でIT化したサービスを提供するベンチャーが生まれ、それぞれが独自の成長を見せています」
その中でもSmartHRが手掛けているサービス『SmartHR』は、いわゆる労務管理と呼ばれている分野を効率化するものだという。人事担当者がこれまで人力で行なっていた入退社の書類作成や、社会保険・労働保険に関わる面倒な手続きをクラウド型サービスで簡単かつスピーディにするといったサービスだ。
そして宮田氏はHR分野のIT化について、FinTechなどとは異なり、その国々に合わせた仕様が大切だと語る。
「グローバルな時代ではありますが、HRというのはローカルの法律や制度や慣習と密接に関わる分野です。ですから、米国が先進国だといっても、日本の事情に最適なサービスは、やはり日本のプレイヤーによって提供されるケースが増えていくと思っています」
市場規模の急速な拡大が予測され、なおかつ日本ならではの法律や制度に適合したサービスでベンチャーが次々に参入している。こうなればHR Techはエンジニアのキャリア形成にも大きなチャンスをもたらしそうではあるが、そもそもなぜ今までこうした盛り上がりがなかったのだろうか?
これまで、企業のシステムにおいて人事領域のオペレーションをサポートする機能は、SAPやOracleなどが提供するERP等のパッケージソフトが対応してきた。だが、それらの多くは従業員数の多い巨大企業向けのツールであり、膨大な投資を必要とした。中小規模の企業であっても人事業務は煩雑なのだが、低コストでしっかりサポートしてくれる存在がなかなか登場してこなかったのだ。
「コスト面だけでなく、機密性の高い従業員の個人データを取り扱うのが人事ですから、セキュアな仕組みでなければいけない、という制約もありました。ところが近年になってやっとクラウドを活用するサービスへの信頼感が定着したことで、セキュリティーへの懸念とコストの問題を払拭するクラウド型サービスへの期待が本格化してきたんです」
さらに宮田氏は、これまで企業が人事をはじめとする管理業務への技術投資よりも、営業やマーケティングなど、直接売上や利益につながる分野へ企業が優先的に投資してきたことも影響していると指摘する。そのため、人事領域には「技術や機械が取って代われるような作業」が無数にあるにもかかわらず、人の手や勘に頼る状態が続いてきたのだ。
「ところが、例えば当社のSmartHRを導入された企業からは、これまで労務の仕事に費やしていた時間が3分の1に減った、というような声もいただいています。そうして生まれた時間的余裕で、新しい人事制度の策定が進んだとのこと。人間の手をわずらわせていた仕事がテクノロジーによって効率化できれば、広い意味で生産性が上がることに、多くの企業が気付き始めているんです」
さらに、少子化の進行によって今後は人材採用での競争が激化する他、限られた人員でいかに管理業務を効率的に進め、収益を生む活動にエネルギーを集中させられるかが経営の鍵を握っていく。そうした時代背景もあって、HR Techへの期待は高まったのだと宮田氏は見ている。
「企業の人事労務部門が担っている業務のかなりの部分が、公的機関に申請する書類作成や手続きで占められています。『手書き・郵送・はんこ』が当たり前だった分野に適切なクラウド型サービスのメスが入れば、人事業務の生産性は飛躍的に上がるはずです」
SmartHRは16年、『SmartHR for Developers』を公開。APIをオープンにすることで他社のクラウドサービスとの連携を可能にした。すでにマネーフォワードのクラウド給与計算ソフト『MFクラウド給与』やタレンティオの採用管理ツール『Talentio』等との連携がスタートしており、日本のHR Techが横つながりで質や機能を上げていく拡張性・将来性も示している。AIやビッグデータの活用も含め、多様な先進技術も取り込んでいくHR Techは、市場拡大という面ばかりでなく、技術面での魅力も高まっている。
「以前に、当社とタレンティオの主催で『HR Tech Kaigi』というトークイベントを開きました。HRの未来について語り合おう、という主旨でしたが、80名の参加定員に対し、250名以上の参加希望がきました。当日、参加者の顔ぶれを見ると、エンジニア、コンサルタント、ベンチャーキャピタル、メディアなどさまざまでしたが、事業会社の人事担当のかたも多数参加してくれました。今、技術者からもそれくらい熱い期待が寄せられているところです」
どうやら、先見の明があるエンジニアはHRというフィールドに照準を合わせつつあるようだ。しかし人事分野は専門性が高く、業務知識を持ち合わせていないエンジニアには敷居が高いのではないだろうか。
「SmartHRに労務管理に精通したエンジニアが多数いたかというと、そんなことはありません。ベースとなる仕組みを構築する際にはもちろん勉強も必要ですが、パフォーマンスのチューニングや、サービスの安定性などを上げていく過程は特殊なものでもありません」
そして自身の経験を元に以下のように続ける。
「私は過去にBtoCの仕事もしてきましたが、プロダクトのクオリティーよりもプラットフォーム上のコンテンツ次第でユーザー体験の良し悪しが決まるところがありました。けれどもHR TechのようにBtoBの領域では、プロダクトそのもの、エンジニアの書くコードそのものがダイレクトにユーザー体験に直結します。そういう面白さと出会いたい技術者ならば、思う存分腕をふるえるはずです」
最後に、エンジニア自身が人事部門に入り込んで活躍していくといった可能性を尋ねると「十分可能性はあります」との返答。HR Techが本格化すればするほど、ユーザーサイドにもITの知見を持った存在が不可欠になるというわけだ。エンジニアにとってのキャリア形成のチャンスは、間違いなく広がろうとしている。
取材・文/森川直樹 撮影/羽田智行
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