IT賢者に聞く!
“今、20代エンジニアだったら”働きたい会社の三大条件エンジニアとしてのキャリアのスタートダッシュを切るために、大事な時期である20代。この時期にどんな環境を選び、どのような経験を積むかが、自身の成長速度を左右するといっても過言ではない。では、理想の成長を実現するためには、何を軸に会社を選べばいいのか? 業界を牽引するトップエンジニアや著名人たちが、自らの経験をもとに「もし今、20代だったら」と仮定して語る、働きたい会社の三大条件からヒントを探ろう。
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IT賢者に聞く!
“今、20代エンジニアだったら”働きたい会社の三大条件エンジニアとしてのキャリアのスタートダッシュを切るために、大事な時期である20代。この時期にどんな環境を選び、どのような経験を積むかが、自身の成長速度を左右するといっても過言ではない。では、理想の成長を実現するためには、何を軸に会社を選べばいいのか? 業界を牽引するトップエンジニアや著名人たちが、自らの経験をもとに「もし今、20代だったら」と仮定して語る、働きたい会社の三大条件からヒントを探ろう。
「勝ち馬を狙ってキャリアを選ぶのは、ナンセンスだと思いますよ」
そう語るのは『ソフトウェアファースト』(日経BP)の著者であり、MicrosoftやGoogleといった世界的企業で成功を収めた技術者、及川卓也さんだ。
一流企業で結果を出してきた彼は、誰もが認める「成功者」。さぞ戦略的にキャリアを重ねてきたのだろうと推測するも、及川さんはそれを否定する。
及川さんはどのような軸で働く場所を選んできたのか。そして、もし今20代だったらどんな条件の会社を選ぶのだろうか。及川さんの経験を振り返りながら、若手エンジニアが働く会社を選ぶときに意識するといいポイントを探った。
ーーもし自分が今「20代のエンジニア」だったら、どんな視点で働く会社を選びますか?
新卒時はいろいろな会社を受けて、入れた会社に入りました。ですからブレない軸を持って会社選びができていたかと問われたら、胸を張って「イエス」とは言えません。
ただ、自分なりに大事にしていたのは次のような観点だったと思います。それは今改めて会社を選ぶとしても、基本的には変わらないです。
ーーでは、会社選びの条件を三つ教えてください。
一つは、「世の中の役に立つ仕事ができる」こと。例えるなら、社会的なインフラとして残るような仕事です。
亡くなった私の父は土木設計技師でした。いろいろな橋や道路を作ることに携わっていましたが、中でも記憶に残っているのは碓氷バイパスです。昔は旧道と呼ばれる険しい道しかなかったところにバイパスができたことで、快適に通行できるようになりました。私自身、学生時代にドライブに行き、「これは親父が作ったんだ」「社会の役に立つ仕事をしていたんだな」と感じたことを覚えています。
私の学生時代はバブル期の真っ只中。「モラトリアム人間」という言葉にも象徴されるように、できることなら社会に出たくない気持ちもありました。ですが、それでも社会に出て働くのであれば、父親の仕事がそうであったように、社会のインフラとして残る仕事がしたい。
結果として入ったDEC(ディジタル・イクイップメント・コーポレーション)は、ミニコンピュータをはじめ、後のインターネットの発展を支える技術を数多く開発していました。ここで作られた技術が他の会社でも使われているという意味では、まさにインフラを作る会社でしたね。
ーー続いて、二つ目の条件はなんですか?
「自由な社風」があること。今風の言葉で言えば「ボトムアップ型の文化がある」「オープンな会社」といったところでしょうか。
世の中には「やらされ仕事」に甘んじてしまっている人も少なくないですが、私は昔から「面白い」と感じた仕事以外はやりたくない性格。それこそDECは、社員が自主的にアイデアを出し、プロジェクトに挑戦できる文化がありました。
若い頃にそのような環境で働けたことは、私のエンジニアとしてのキャリアの中で大きな財産になっていますね。
ーーでは三つ目の条件を教えてください。
「守りに入ることなく挑戦している会社」です。これは、私がこれまで選んできた会社に共通している要素ですね。
DECはミニコンの会社として、当時主流だったメインフレームの牙城を崩そうとする挑戦者の立場にありました。
次に転職したMicrosoftも、パソコンの分野ではトップになりつつありましたが、IT業界という大きな括りで見ればパソコンなど一部の領域に過ぎず、「たかだかパソコンの会社」と見られていました。ただ「Microsoftが次のバージョンで考えている分散処理技術はすごい。これで世の中を変えられるのではないか」「中の人として挑戦したい」と思い、転職を決めました。
その後、Googleに入った時も同じです。当時のGoogleは、それこそ私のいたMicrosoftに挑戦するポジションにありましたから。
挑戦的な会社には、新しい技術に触れる機会はもちろん、自分のアイデアやスキルを試す場がたくさんある。20代のエンジニアにとって、自分の可能性を広げるためにうってつけの環境だと思います。
ーーMicrosoftもGoogleも、及川さんの見立て通りにその後、世の中を変えることになります。会社の将来性をどう見極めればいいのでしょうか?
うまくいく企業を見極めるコツはありません。私のキャリアに関して、よく「勝ち馬に乗った」と言われますが、それは結果論です。たまたま当たっただけだと思っています。
例えばネットワークOSの分野では、当時圧倒的だったノベル社に追随する存在としてバニヤンという会社がありました。技術的にいいものを持っていて勢いがあるという意味では、Microsoft以外にも注目すべき存在はあった。別の会社に入った結果、まったく成功しなかった可能性もあったということです。
つまり、「将来これが来る」という打算があったわけではありません。「単純にその技術が好き」「面白い」「もっと勉強してみたい」という内発的な動機に動かされてきたという方が正しいです。
DECに入って最初に「パソコンをやれ」と言われた時の印象は「16bit、640Kバイトしかない、おもちゃみたいなもの」。ですが、実際に触ってみたら「面白い!」となりました。夢中になって取り組んでいたら「Microsoftとの共同プロジェクトがある」と米国への出向を命じられて、どんどん巻き込まれていったというのが実際のところです。
まったく違う分野だったとしても、やってみて面白かったら、私はそれをやっていたと思います。その気持ちに任せて行動していると、どんどんと面白い世界が広がっていくというのが私の実感です。
ーー自分の理想に合う会社は、どのようにして見つけたらいいですか?
私の時代は、学生が会社の中のことを窺い知る方法はOBから話を聞くくらいしかありませんでした。まだインターネットもなかったので、就職雑誌を見て想像するので精一杯。ですから、実際に入社してみると全然違うということも多かったと思います。
当時と比べると、今は会社の中のことを知る方法がたくさんあります。インターンもそうですし、中途であれば副業・兼業で少しずつ関わるという方法もあります。そういう機会を利用すべきです。
フリービットの創業者の石田宏樹さんは学生時代、憧れていたソニーの盛田昭夫さんに手紙を書き、直接アドバイスをもらったところから会社を立ち上げるに至ったそうです。
私のところにもまったく知らない若者からLinkedinやFacebookで「お話を聞かせてください」とメッセージが来ることがあります。今はそういうツールも揃っているので、どんどん活用すべきでしょう。
ーー忙しいはずの経営者も、そういう若者のことを面白がって対応してくれるということでしょうか。
全てに対応してもらえるとは限らないですが、ダメ元でやってみる価値はありますよ。あまりそういうことが増えてしまうと、こちらとしては困る面もあるのですが(笑)
いきなりDMを送るというのは極端だとしても、今はカンファレンスや勉強会など、ソフトウエア技術者が会社の中のことを話してくれる場が結構あります。そういう場所に顔を出して、イベント後の懇親会で直接「お話を聞かせてください」とやるのでもいいですよね。
ただし、その会社のことをほとんど調べることなく、何も知らないまま話を聞きにいくのは褒められる行動ではありません。相手に対して失礼というのもありますが、何も知らない状態だと、すでに公開されている情報を聞くだけでも一杯になってしまい、あまりにもったいない。
調べられることは調べた上で、それでも分からないことを聞きにいくというスタンスがいいでしょう。
ーー自分なりの問いや仮説を持って臨むからこそ得るものがあるんですね。
その通り。「自分がその会社に入ったらどうするか」というイメージも持っておくべきです。
Google時代、とある外資系企業の人から「このポジションを募集しているのだが、興味はないか」と声を掛けられたことがありました。当時の私は積極的に転職活動をしていたわけではありませんでしたが、面白い会社だとは思ったので、意見交換の場を持つことにしたんです。
まるで入社面接のように次々に質問を浴びせられ、多少戸惑ったところもあったのですが、回を重ねる中で「これはこれで思考実験として面白い」と思うようになっていきました。そこで「自分であればこうする」という意見を15ページくらいの英語のレポートにまとめて提示したところ、ものすごくウケが良かったんです。
その後、その会社の業績が悪くなり、私も転職する気はなかったので実際にそこで働く未来は訪れませんでした。ですが、あの会話は知的バトルのようで楽しかったですし、おそらくはそういう会話を重ねる中でこそ、その会社が自分に合うかどうかが分かるのだと思います。
ーー若い人には、そもそも自分の理想がなんなのかが分からない、あるいは入社後のことがはっきりとイメージできないという人もいるようです。
分かります。私もそうでしたから。ソフトウエア開発が具体的にどんな仕事なのか、ましてや最初に配属されたプリセールスエンジニアの仕事がどんなものなのかなど、まったく分かっていませんでした。
ですが、エンジニアtypeの読者なら最低限「UXデザイナーをやりたい」「フロントエンドがいい」くらいの解像度の望みは持っているはずですよね。であれば、一旦はそれに従って、飛び込んでみればいいと思います。ただし、それに執着することはしない方がいい。
ーーそれはなぜですか?
IT業界の職種など、どんどんと変わっていくものです。私が業界に入った時にはまだWebがなかったから、Webエンジニアは当然いませんでしたし、フロントエンド・バックエンドの区別もありませんでした。ですが、そこから瞬く間に状況が変わっていったのは周知の通り。生成AIが登場したことで、今後はさらに新しい職種だって生まれるかもしれません。
ですから、ひとまず「これをやってみよう」と決めて飛び込んでみる。すると、働いていく中で自分が何に向いているのかが分かっていきます。技術のトレンドとして「今後はここの重要度が増す」「この職業はなくなっていくだろう」といったことが見えてくるところもあるでしょう。そういうフィードバックを得て、少しずつ輪郭をはっきりとさせていけばいいんです。
今の日本は圧倒的に労働力不足。生成AIの発展による影響はあるにせよ、働き口に困ることは基本的にはないはず。どんな仕事であれ、極めればそこそこやりがいは見つかるはずですし、経済的にも、安定するかはともかく、そこまで貧困になることはないと思います。と考えたら、若いうちは失敗を恐れずにやりたいことをやればいい。いろいろな経験をするのがいいのではないでしょうか。
ーーご自身の若手時代の選択や仕事ぶりに関して、20代のうちにやっておけば良かったと後悔していることはありますか?
私は若い頃からさまざまな仕事をする機会に恵まれました。プリセールスもやったし、顧客向けのアプリケーション開発も、研究開発も、アーキテクチャの設計やOSを作ることもやりました。
私にはどんな仕事もそこそこうまくこなせてしまうところがあって、それ故に「あれもこれも、そこそこできる」、いわば器用貧乏のようになってしまったんです。
キャリアの後半になるにつれて心掛けるようになりましたが、もっと若いうちから、どの仕事に対しても「極める」つもりで真剣に向き合えば良かったと思います。
ーー与えられた機会を最大限に生かすべきということでしょうか。
20代前半の私は、仕事に必要な知識はちゃんと勉強して身に付けるのですが、そこで終わってしまっていました。
例えばプリセールスの仕事では、同行してくれる営業の先輩に食らいついて話を聞いたり、営業の本を読み漁ったりということをしなかった。技術に関しても、顧客に説明するのに必要な分だけ勉強して済ませていました。「上澄み」だけで終わっていたんです。
しかしある日、突然先輩に「このネットワーク、何がどう流れてコンピュータに届いてるのかちゃんと説明できる?」と聞かれたことがあって。「そこまではちょっと……」と答えあぐねた私に対して、その先輩は「それでいいと思ってるのか」と問い詰めました。
「お客さんは聞いてこないから、お前は適当に話していれば済むかもしれないが。裏ではこういうものを全部作ってる人間がいるんだぞ」などとボロクソに言われてね。そういう悔しい経験もして、徐々に必要を超えて学んでみようという意識が出てきたように思います。
技術に関して、表面的な知識だけで分かったふりをして話す人はIT業界にもいます。効率的で、目の前の成果は出せるかもしれないですが、深みがないから、専門家と話すとすぐに底が知れてしまいます。
ーー技術を探求する姿勢が大切だと。
スティーブ・ジョブズが「Connecting the dots」という言葉に込めたように、何がどう役に立つかは事前に全て分かるわけではありません。内発的動機に従って打ち込んだものが、結果として将来、思わぬ形で役立つということもあります。
そういう意味では、役に立つか立たないか、必要かどうか以前に、表層だけでは飽き足らず、「もっと知りたい」という気持ちが湧き上がること自体が重要なのかもしれないです。
プロダクトマネジメントをしていると、ユーザーの潜在的な課題を見つけるためにインタビューを行うことがあります。ですが、話してもらったことに対して「そうですか」で終わっていては、核心には近づけません。「この人はなぜこういう返答をするのか」「これに困っているというが、それはなぜか」などと疑問を持ち、より深く知ろうとするところから、突破口は開かれる。それに近い話のようにも思います。
知りたいという気持ちがある人間からすると、いくらあっても時間は足りないものです。昔は眠れない夜にWikipediaを見だすと、楽しすぎてずっとリンクを辿って行って、余計に眠れなくなるということがよくありました。
今は生成AIがあります。もちろん全部を鵜呑みにするわけにはいきませんが、一読しただけでは理解できないような論文やドキュメントを読み込ませて「どういうことなの?」と聞いていくと、正しい情報を踏まえた上で、分かりやすく紐解いてくれます。
つまり、どこまでも知の探求ができる条件が整ってきているということです。探求する心がある人とない人とで、辿り着ける深さや広さに、より大きな差が生まれる時代になっていると言えるのではないでしょうか。
Tably株式会社
代表取締役 Technology Enabler
及川卓也さん(@takoratta)
早稲田大学理工学部卒業、日本DECを経てMicrosoftに転職。Windowsの開発に携わり、その後Googleではプロダクトマネジメントとエンジニアリングマネジメントに従事。退職後はスタートアップを経て、テクノロジーによる課題解決と価値創造で企業支援やプロダクト開発エンジニアリング組織づくりの作成支援を行うTably株式会社を設立
取材・文/鈴木陸夫 撮影/桑原美樹 編集/今中康達(編集部)
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