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2025年はエンジニアがマネジメントを見直す転換期? 「多様性は面倒」では済まされないこれだけの理由/ハヤカワ五味・國本知里・だむは

NEW!  働き方

2025年1月、民放キー局・フジテレビの不適切接待問題が炎上し、スポンサーが一斉に撤退する事態に発展した。

経営を揺るがした本騒動の要因の一つとも考えられるのが、ホモソーシャル(男性同士の結束が強い閉鎖的な文化)な社内文化だ。組織の同質性が高まるとマイノリティーの視点が見落とされ、やがて大きな問題へとつながりやすくなる。

では、日本のIT業界はどうだろうか。日本のITエンジニアの女性比率は「18.8%」と言われ、OECD加盟国中17位(※)。同じような構造が、いつの間にか形成されてはいないだろうか。

そこで今回は、生成AIなどテクノロジー領域で活躍する3名の女性に話を聞いてみた。彼女たちの目に、いまの日本のIT業界はどのように映っているのだろうか。

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ハヤカワ五味さん(@hayakawagomi

18 歳で起業後、ランジェリーブランド『feast』、フェムテック事業『ILLUMINATE』など、多数の事業を展開。2022年3月にはユーグレナグループにグループインし、はたらく女性向けの新規事業開発に取り組む。24年4月に退職後、大手IT企業に生成AI関連の推進担当として転職。生成AIの利活用に関してSNSでも積極的に発信している

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Cynthialy株式会社 代表取締役
國本知里さん(@chelsea_ainee

企業向け生成AI人材育成・AI定着化支援コンサルティングを提供。女性AIリーダーコミュニティ「Women AI Initiative」創設、一般社団法人 生成AI活用普及協会 協議員、ChatGPT監修書籍Amazonベストセラー1位等、広く生成AIの普及に取り組む。 大学院修了後、SAP・外資ITベンチャー・AI スタートアップにてSaaS・AI領域の大手向けコンサルティング営業・事業開発に従事。AI・DX特化ハイクラス人材紹介を起業後に、2022 年 Cynthialyを創業。iU大学客員教授。Business Insider「BEYOND MILLENNIALS 2024」 受賞

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bgrass株式会社 CEO 兼 CTO
咸 多栄さん / だむはさん(@damuha_

ジェンダーギャップをテクノロジーで解決する、女性ITエンジニア向けハイスキル転職サービス「WAKE Career」を運営。韓国生まれ日本育ち。新卒でSIerに入社。エンジニアとして開発やプロジェクトリーダーを担当。2020年にWeb業界にキャリアチェンジ。その傍ら女性エンジニア向け1on1サービス「sister」を個人開発してリリース。21年11月に独立。22年7月にbgrass株式会社を設立。IT業界のジェンダーギャップ解消を目指し精力的に活動。22年女性リーダー支援基金採択。24年「BEYOND MILLENNIALS 2024」選出。Forbes Women in Tech 30 2024選出

女性エンジニアには「2倍」のマサカリが飛ぶ?

ーー成長めざましい生成AIの領域も含めて、IT業界やエンジニアの世界はまだまだ女性比率が低い状況です。皆さんはその中で違和感を抱いたり、働きづらさを感じたりすることはありますか?

だむは:大前提として「男性が悪い」という話ではないことは強調したいのですが、事実として、エンジニアの世界で女性は圧倒的マイノリティーです。だからこそ、バイアスがあると感じます。

例えば、私が男性部下と一緒に顧客先に訪れた時、訪問先の方は男性の方を上司だと無意識に判断したようで、彼に対して先に名刺を差し出しました。

あとは、かつて会社員のエンジニアとして転職した時、出社初日に男性の同期だけが先輩エンジニアからランチに誘われたこともありましたね。

どちらのシーンでも、別に悪気があったわけではないと思うんです。そもそも、圧倒的に男性が多い職場では、こうしたことが自然と起こってしまうのも無理はないというか……。

國本:確かに、環境による違いは大きいですよね。

例えば、私も以前働いていた外資系企業では、女性の割合が少なかったとしても、外国籍の方など人種的なマイノリティーも多いので、フラットな関係性が築かれやすかったです。

ハヤカワ:あくまで私が経験した一部の人の話ではありますが、以前、生成AI発信者中心の集まりに行った際に、男性比率が9割以上で女性は数人しかいませんでした。

そうしたら、普通に下ネタの話が始まって……。「めっちゃダサいな、やめてくれよ」と思いました。

一緒に参加していた男性の友人が、「あれはないわ」と言ってくれたのがまだ救いでしたね。

それ以降、そういった類いの集まりには行かなくなりました。今はどの集まりに行くか、慎重に選んでいます。

だむは:めっちゃ分かります。私も30人中女性が2人くらいのエンジニアコミュニティーに参加した時、会場に入った瞬間に目線がパッとこっちに向くのを感じたというか……。

それに、そういう場所で技術的な発言をしたら、「それは違う」「これはこうだから」みたいな感じで、女性の場合は男性の2倍くらいのマサカリが飛んでくる感覚もあります。あくまで私の感覚値ですけどね。

ハヤカワ:ニュアンスとしては、本題と関係のない揚げ足を取られる感じですよね。

國本:業界の人たちが集まる場に参加しても、マイノリティーだと話し掛けられにくいし、こちらから話し掛けに行きづらい面もありますよね。

ハヤカワ:「遠巻きに何か言われてんな〜」みたいなことを感じることもよくある気がします。

指を指されるイメージ

今はまだ「女性向け」が必要なフェーズ

だむは:私は「IT業界でマジョリティー側にいる人以外がテック系イベントに参加しづらい」ことによって、機会格差が生まれていることに大きな課題を感じているんですけど、お二方はどうですか?

國本:同感です。技術的な相談をしたいときに、気軽に立ち寄れるコミュニティーがないのは大きな問題だと思っています。

ーー女性エンジニアの中には、テックカンファレンスやエンジニアコミュニティーに参加することに対してハードルの高さを感じる人もいますよね。

ハヤカワ:例えばですが、男性も女性ばかりいる場所には行きづらいと思うんです。

いま「“女オタク”生成AIハッカソン」の企画をしているんですけど、「メンターとして手伝いたいけど、正直なところ女性ばかりのイベントには行きづらい……」と言う男性もいて。

一般的なテック系イベントでは、その逆が常に起きているとも言えます。

國本:私も先日、登壇者の9割が女性のAIカンファレンスを開催したんですけど、「女性限定のイベントなの?」「めっちゃ行きにくい」と男性から言われました。

AI時代を牽引する女性リーダーが集う1Dayカンファレンス「Women's-AI-Day」

2025年3月2日(日)開催|AI時代を牽引する女性リーダーが集う1Dayカンファレンス「Women's AI Day」

もちろん、男性にも参加してもらって、理解や支援を得ることに大きな意義があるので、「共感してくれる人はぜひ来てください」と常に話しています。

ではなぜ「女性」を強調しているかというと、こうまでしないと女性が入ってこられないから。

逆に、AIカンファレンスに「Women’s AI Day」と題しただけで、女性参加者が400名近くも集まるんですよ。本当にびっくりしました。

ハヤカワ:分かります! 「女オタク」って付けた途端、ハッカソンにめっちゃ人が集まってきてびっくりしました。「今までどこにいたんだろう!」っていうくらい。

正直、私だって「女性向け」ってわざわざ打ち出したくありません。性別で区切るのは全然本質的ではないと思うし、別に「女性向け」と書かなくても女性の参加を禁止しているわけではないし。

ただ、現実としてはまだ「女性向け」と明記しないと参加しづらい「空気」があるのだと思います。

だむは:本当は男女半々のテックカンファレンスをやりたいですよね。お互いに良いコミュニケーションを取れるのが、一番だと思いますし。

ーー「女性はテックイベントに消極的」と思い込んでいる人は、考えを改める必要がありそうですね。

國本:テックイベントを主催する場合に、「登壇者の女性比率を30%にする」と決めるだけで参加者の景色も変わると思いますよ。

だむは:そうですね。集団として認知されるクリティカルマス(※)とされる目安は30%前後とされているので、まずはそこを目指してもらって、ゆくゆくは50%を目指してほしいですね。

國本:海外では登壇者の属性バランスへの意識が強く、アメリカでは登壇者の50%が女性なのが当たり前。知人のアメリカ人からは「日本は女性比率が低いことに危機感を持った方がいい」と言われたこともあります。

(※)集団の中でたとえ大多数でなくても、存在を無視できないグループになるための分岐点

手を取り合って進めるイメージ

ーーとはいえ、「女性に登壇の依頼をしても断られる」という声も耳にします。

だむは:ぜひ「3回」声を掛けることを意識してみてほしいです。

Facebook初の女性役員シェリル・サンドバーグの著書『LEAN IN』(日経BOOKプラス)では、「女性は100%条件が整わない限り、なかなか手を挙げにくい傾向がある」と指摘されています。

その要因の一つにあるのが、「女の子はおとなしく」「男の子は元気よく」といった幼い頃から刷り込まれた社会的なバイアスです。その影響で、女性は慎重になりすぎてしまうことも少なくありません。

このバイアスを理解して、アクションを取る必要があると思います。

誰しもがマイノリティーになり得る

ーー生成AIの領域において、作り手やユーザーの多様性の欠如によって生じるリスクはありますか?

ハヤカワ:生成AIと倫理に関するトピックで明確な課題として、「ユーザーの属性が偏ると、学習によりその偏りがより助長されるリスク」というものがあります。

生成AIはユーザーのデータを学習して賢くなっていくので、本来は男女だけでなく、年齢や国籍などさまざまな属性の人が生成AIを活用した方がいいわけです。

國本:加えて、出力の制御の仕方をちゃんと考えられる人がいないのも危機だと思っています。

最近ではジェンダーへの配慮不足で炎上する事例が増えていますが、公開前に男女双方の視点でチェックしておけば防げたケースも多いはず。

それと同じで、生成AIも「そもそもこれで出力していいんだっけ?」というチェックが働くように裏側で制御しないと、出力をミスしかねないと感じています。

ーー公正なサービスを作る上でも、多様性が大事ということですね。

だむは:性別に限らず、さまざまな理由で、誰もがいつでも業界・組織の中でマイノリティーになり得る。そう想定したときに、シンプルに多様な方がいいとも思います。

國本:もちろん、多くの人が多様性の必要性を頭では理解しているのだと思います。

ですが、自分がマイノリティー側になってみないと、実感として分からないことは多いですよね。

私は趣味で推し活をしているんですけど、観客の90%が女性のコンサートにVCの男性を連れて行ったことがあって。

彼がすごいそわそわしていて、「これが普段スタートアップのイベントで女性が感じている感覚です」と伝えたら、「こういう思いをしていたのか」と初めて実感できたと言っていました(笑)

納得しているイメージ

ーー多様なメンバーをマネジメントする立場にいる人などは、自分がマイノリティーになる場にあえて足を運んでみることで、仕事に生かせる学びを得られそうですね。

ハヤカワ:そうですね。あとは、「何かしらのバイアスを誰しもが持っている」という前提に立つことが大事だと思います。

だむは:特に、エンジニアリングマネジャー(EM)として組織の中で人材採用や人事評価に責任を持つ立場の人は、自分のバイアスによって相手の機会を損失させる可能性があることを理解した上で物事を見る必要があります。

私自身も会社経営やマネジメントをする立場なので、自分のバイアスにはできる限り意識を向けるようにしているのですが、バイアスを可視化するのにAIを活用するといいですよ。

例えば、エンジニア採用における男女別の選考通過率など、各種データを客観視する仕組みをAIでつくってみるのもおすすめです。

他にも、バイアスをチェックする「バイアスチェッカー」があるので、人から機会を無自覚に奪ってしまう前に、ぜひ使ってみてほしいと思います。

多様性を意識できないマネジャーは、いつの間にか「老害」に

ーーEMにとっても、ダイバーシティーマネジメントがより重要なスキルになっていきそうですね。

だむは:はい。2025年はミレニアル世代やZ世代が労働者の過半数を占める転換期(※)といわれています。これまで「多数派」だった40代以上の男性たちですら、徐々に「少数派」になるわけです。

Z世代は「SDGs」を学校で習っている世代だし、上の世代とのギャップは大きく、これから変化が起こるのではと思います。

さらに、企業は多様性の重要性を意識しないと、これからどんどん求職者から選ばれなくなります。女性がオス化しなくても活躍できる企業は増えているし、個人が一つの会社にしがみつく必要もない。

そうなると、社員の属性や価値観に極端な偏りのある企業は、今後淘汰されていくだろうなと思います。

多様性が広がっていくイメージ

ーー社会全体がエンジニア不足なわけで、個人から見れば働く場所はいくらでも選べますもんね。

國本:今後、従来のボーイズクラブ的な集まりと、女性向けの集まりのマインドをどう混ぜていけばいいのだろうと思うこともあって。

前者では売り上げやシェアなどが話題に上がりやすく、競争の文化が強いのを感じるのですが、例えば女性AIリーダー人材の育成・推進をする「Women AI Initiative」では「共創」をテーマとしています。

この「競争」と「共創」をどう合わせていけばいいのでしょうね。

だむは:男女だけでなく、世代による違いもある気がします。

『タイプロ』(※)を見ていたら、参加者の10代〜30歳の男性がみんな仲良しで。Z世代の男性は、競争より共創の考え方が強いのかもと感じました。

若い世代の競争心が低いことの良しあしもあるでしょうけど、「みんなで良いものを作る」面では良い方向に作用するんじゃないかと思いますね。

(※)Netflix配信のオーディション番組『timelesz project』

ーー世の中の流れを意識せずに従来の競争型マネジメントを続けてしまうと、あっという間に老害になりそうですね……。

ハヤカワ:生成AIの登場によって、エンジニアだけでなく、さまざまな職種の働き方が根本的に変わっていくと思います。人間が担う仕事はごく一部になり、ほとんどの業務をAIがこなす時代が来るかもしれません。

でも、正直なところ、みんな「働くのが面倒くさい」と思っていませんか? 私は毎日遊んでいたいので、AIが仕事を引き受けてくれるのはむしろありがたいくらいです(笑)

そうなったときに大事なのは、「これからの時代、人間はどう生きるのか?」という問いだと思います。組織づくりにおいても、単に人間の多様性を考えるだけでなく、AIを含めた多様なリソースをどう活かしていくかが問われる時代になっていく。

これからのマネジメントは、今の「マネジャー像」とはまったく異なるものになるかもしれません。誰もが正解を知らない中で、それでも意志を持ち、未来を選び取っていくことが求められるのだと感じています。

取材・文/天野夏海 編集/今中康達(編集部)

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