事情通・久松剛がいち早く考察
最近HOTな「あの話」の実態〝流しのEM〟として、複数企業の採用・組織・制度づくりに関わる久松 剛さんが、エンジニアの採用やキャリア、働き方に関するHOTなトピックスについて、独自の考察をもとに解説。仕事観やキャリア観のアップデートにつながるヒントをお届けしていきます!
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事情通・久松剛がいち早く考察
最近HOTな「あの話」の実態〝流しのEM〟として、複数企業の採用・組織・制度づくりに関わる久松 剛さんが、エンジニアの採用やキャリア、働き方に関するHOTなトピックスについて、独自の考察をもとに解説。仕事観やキャリア観のアップデートにつながるヒントをお届けしていきます!
ここ最近、「未経験エンジニアを大量に採用したものの、結局仕事が見つからず、苦肉の策としてコールセンターや警備員の仕事にアサインせざるを得なくなった」という、まさに”末期的”なSESの話を耳にするようになりました。
東京商工リサーチ(TSR)によると「2024年のソフトウェア業の倒産件数」が過去10年間で最多。
その大半は資本金1千万円未満の小中規模事業者(258件)を占めており、中小SES企業への影響も顕著だと考えられます。
実際、この調査にある「受託開発企業」にはSESも含まれるのか?
直接TSRに問い合わせてみたところ、「受託開発企業」の中にはSESも「含まれる」と回答がきました。
先月末には「2025年はセールスフォースがエンジニアを採用しない」というニュースも報じられました。セールスフォースですら、生成AIの躍進にあらがえないわけですから、SES業界が受ける影響は深刻です。
そこで今回は、SES業界の現状と、AI時代にSESが生き残る方法について考察したいと思います。
博士(慶應SFC、IT)
合同会社エンジニアリングマネージメント社長
久松 剛さん(@makaibito)
2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。12年に予算都合で高学歴ワーキングプアとなり、ネットマーケティングに入社し、Omiai SRE・リクルーター・情シス部長などを担当。18年レバレジーズ入社。開発部長、レバテック技術顧問としてキャリアアドバイザー・エージェント教育を担当する。20年、受託開発企業に参画。22年2月より独立。レンタルEMとして日系大手企業、自社サービス、SIer、スタートアップ、人材系事業会社といった複数企業の採用・組織づくり・制度づくりなどに関わる
SESは1990年代の創成期から2000年代の就職氷河期にかけて、その立ち位置を確立してきました。当時の人気就職先は商社や銀行。ITエンジニアは人気職種ではなかったことから大手SIerは下位に位置づけられていました。そのSIerにも入れない人々の受け皿となったのが中小SIer、ソフトウエアハウス、SESだったのです。
当時のIT業界の人気は高くなかったこともあり、第二新卒などにも広く門戸が開かれていました。収入は低く、労働時間も長かったですが、20代を自由に生きていた人たちであっても正社員になれるケースが多々ありました。
当時のIT業界には「35歳SE限界説」という言葉がありましたが、その本質は過酷な労働環境による体力の限界を指しています。当時のエンジニアは終電まで働いたり、床に敷いたダンボールや並べたパイプ椅子の上で仮眠をとるような厳しい環境に置かれていたんです。身体や精神を壊してIT業界を去る人たちも多く居ましたが、就職氷河期世代の人口の多さから補充されていたような側面もありました。
そんな生活ですから、現場のプログラマーとしては35歳が限界と感じられ、その後はマネジャー職への転身を考えるのが一般的でした。しかしSESは基本的にメンバー層を契約先に派遣するスタイルであるため、マネジャーになるにはチーム入場をしたり、請負契約というリスクを取って社内で受託開発案件を受けたりする必要があり、ハードルは高いといえます。
一方で、低年収で働くうちに「このシンプルなSESのビジネスモデルなら自分たちでも実現できるのではないか」と考えて仲間と共に新たなSES企業を立ち上げて独立するというパターンが、昔からよく見られました。
SES企業は、自社で雇用した社員を準委任契約で顧客に出すということが基本的なスタイルです。案件がないことには基本給すら払うのが惜しくなります。そのため、営業力がないSES企業では、基本給を払うために多重請負の案件を受け入れる状態でした。
3K(帰れない・厳しい・給料が安い)の象徴のようなSES業界でしたが、2018年に深刻なデジタル人材の不足が叫ばれるようになると潮目が変わっていきます。
エンジニア不足を背景に、エンジニア市場がブルーオーシャンだという認識が広がり、「SESは稼げる仕事」という評価のもと、異業種からの新規参入が相次ぐようになったのです。
プログラミングスクールを運営する企業やフリーランスエンジニア派遣型のSES事業も市場に参入し、未経験・微経験の人材を積極的に採用するようになりました。その中には、情報商材などで得たSES企業運営の表面的な知識だけで参入する“素人同然”の企業や、SES企業を名乗りながら営業担当者だけを置いて中間マージンのみを得ようとする“ピンハネ目的”の事業者も増加しました。
しかし近年、エンジニアバブルの崩壊と求められるスキルの高度化により、未経験者・微経験向けの求人は激減しています。多くの企業が大量採用した人材の配属先が見つからず、大手・新興を問わず、IT以外の分野への配置を余儀なくされているのです。
具体的には、コールセンター、警備員、自動車産業の期間工……もはやITとはかけ離れた職種で、なんとか雇用を維持している状況です。しかも、新興SES企業の多くは、借入れで事業を回していたツケが回り、返済に行き詰って次々と廃業に追い込まれるケースが増加。現在、弊社でも倒産企業の背景を整理していますが、Company Searchによると真っ当な経営をしているSES企業であれば大手企業や同業他社に買収されており、冒頭で言う倒産には該当していません。近年のSES企業の倒産の主な原因は、無計画なSES業界への参入だったと考えられます。
一方で、経験豊富な人材を抱え、長年の実績をもつシステムソリューション企業は、廃業こそ免れているものの、M&Aの対象となるケースが増えています。
また、倒産には至っていないSES企業でも、安泰とは言い難い状況です。その要因の一つが、企業の新規事業縮小に伴う需要の変化。かつてのように、新規プロジェクトが次々と立ち上がることはなく、現在は既存システムの運用・保守フェーズが中心となり、事業を手堅く維持する方向が主流となっています。
2022年以前にバブル状態だったスタートアップ投資。ここでも受託開発企業やSES企業が賑わっていました。特にスタートアップ企業はIT開発に対して明るくない企業が多かった一方でエクイティファイナンスは受けられたため、絶好のカモだったところが散見されました。SES企業が投資しつつ、交換条件として自社のJavaエンジニアを投資先に入場させ、既存社員にRubyエンジニアに教育してもらうという条件を出してきた話もありました。
以前のように数千万円から数億円規模の予算で人材を大量投入し、不足分をSESで補うような大型案件も著しく減少しています。特に2022年までスタートアップを主要顧客としていた企業にとっては、顧客の入れ替えを余儀なくされています。
さらに、AIの進化が、未経験・微経験者の仕事を容赦なく奪い去っています。単純作業であれば、AIの方が圧倒的に効率が良い。基礎スキルしか持たない人への需要が低下するのは、もはや必然の流れです。
加えて、新興SES企業特有の課題でいえば、営業の質の低下も看過できません。SES業界には従来から、案件を相互に融通し合うBP制度(ビジネスパートナー制度)が存在していますが、最近では、初回の打ち合わせに現れない、入社日に営業担当者が不在など、信じられないようなトラブルが頻発しています。
もちろん、SES業界全体が沈んでいるわけではありません。潤沢な予算と好条件を提示できるクライアントに人材を派遣できているSES企業は、今もなお好調を維持しています。特に、国家プロジェクトやナショナルクライアントのDX案件をガッチリと掴んでいる企業は、現時点では”勝ち組”といえるでしょう。
ここで私が面白いと感じているのは、2022年以前と現在で、SES企業が重視するポイントが大きく変わってきている点です。
かつては、SaaSやスタートアップが潤沢な資金をばら撒いており、商流の少なさ、つまり”直請け”であることが理想とされていました。しかし、今はどうでしょう? 太いクライアントから大きな請求が見込める案件であれば、2次受け、3次受けでも待遇が改善されているのです。手掛けるプロジェクトによっては生成AIの導入も見送られるため暫く安泰である可能性があります。
そもそも、国家プロジェクトの案件はSES企業に対する信頼の積み重ねが必要なため、そう簡単に獲得できるものではありません。直請けに固執してスタートアップや自社サービス企業ばかりに営業をかけていたら、案件が激減し、経営が立ち行かなくなるのは火を見るよりも明らかです。
さらに、プレイヤーの観点から好調なSESを考察すると、SESエンジニアは大きく分けて三つの層に分類できると考えています。「高還元SES」は待機期間に対して寛容にはなれないが高いな収入を得られる層。「従来型のSES」は、還元率はやや低いものの、ある程度安定して働ける層。そして「派遣的な仕事を行うSES」はもはやIT業務とは呼べないような仕事に従事している層です。
SESの層 | 特徴 |
---|---|
高還元SES | 高い収入を得られるが、待機期間に対して雇用リスクがある |
従来型のSES | 還元率は低めだが安定している |
派遣的な仕事を行うSES | IT業務も扱っているが、それ以外の業務を行う可能性がある |
上位2層は、互いに転職が可能です。
しかし、派遣的な仕事を行うSESとそれ以外の層の間には、越えられない壁が存在します。最下層にいる人たちは、「エンジニアになれる」という甘い言葉を信じて入社したにも関わらず、現実は3年間コールセンター業務に縛り付けられてITエンジニアの案件に関わる機会すら与えられず、ITエンジニアとしての経験がないための転職も難航するという、まさに地獄のような状況です。
そこから抜け出すには、プライベートの時間を使って自己研鑽を積み、難関資格を取得し、その上で理解あるSES企業を見つけてポテンシャル採用されるといった形が狭き門ですが現実的です。
では、AI時代にSESエンジニアが生き残るためには、どのような能力を身に付けるべきか。
先ほど、SESの役割は「生成AIが不得意とする領域に特化していく」と予測を述べましたが、プログラミング周辺領域でAIが進出しにくいポイントから、ヒントが見えてきます。
一つ目は「AI導入に障壁がある分野」、例えば金融・公共・医療などの高い専門性やセキュリティーが求められる分野ではAI導入に時間がかかる可能性があります。これらの領域で経験を積むことで、市場価値を維持できるでしょう。
二つ目は「発注者が抱く思いを言語化する能力」です。クライアントワークにおけるコンサルタント、自社サービスにおけるPdM(プロダクトマネージャー)など、クライアントのニーズを的確に捉え、言語化する能力はAIには代替できません。ソフトスキルが高く求められると言えます。
三つ目は「責任を取る」という覚悟や立場です。実装過程がヒトであれ、AIであれ、最終的な責任を負うのは人間です。特に、出来上がってきたソースコードをチェックするQA(品質保証)の役割は残ると考えています。ただし、AIによってQAの効率化が進む可能性や、職を追われた他職種からの人材流入も考えられるため、今ほどの求人数はない可能性があることには注意が必要です。
最後に四つ目です。それは「プログラミングも分かる情シス的役割」です。従来、プログラムを書いてアウトプットすることが主流だったエンジニアの役割も単価下落が予想されます。二つ目の言語化力でもお話しましたが、今後はIT知識を活かしながら顧客ニーズを的確に捉え、既存ソリューションを組み合わせて業務効率化を実現する、DXエンジニアのような役割を担える人への需要が増すでしょう。
さて、エンジニアバブル下では、ITエンジニアを何名採用するかが企業間で競われていました。それゆえ、ITエンジニアは投資対象として扱われ、大切にされてきました。
しかし、これからは、企業はより実利を求めるようになっていきます。特定のプログラミングを習得するだけでは不十分で、所属企業に価値貢献できるような動きを、未来を予測しながらやっていく必要があります。
AI時代の変化を恐れず、現状に甘んじることなく、自身のできることを増やしていきましょう。
文/福永太郎 編集/玉城智子(編集部)
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