国交省がMinecraftで「地下神殿」を再現! リアルすぎるワールドデータの作成舞台裏
地下深くにそびえる巨大な柱。ゲートが開き、勢いよく水が流れ出す……。
今、国土交通省の河川事務所や地方整備局といった出先機関で、実在する治水施設や公園を『Minecraft』上に再現する取り組みが広がっているのをご存じでしょうか。
しかもそのクオリティーは、単なる“ブロック遊び”の域をはるかに超えています。
【首都圏外郭放水路×マインクラフト①】
世界的な人気ゲーム #マインクラフト の世界に #首都圏外郭放水路 が登場!#地下神殿 の世界を体験しながら、#治水 と #防災 を学ぶことができます。作成したワールドデータを本日から #江戸川河川事務所 HPで一般公開します!https://t.co/16G7x68cpl pic.twitter.com/PiTVx73bTw
— 国土交通省 江戸川河川事務所 (@mlit_edogawa) April 23, 2025
点群スキャンで地形を測量し、Pythonでブロックデータに変換、設計図に基づき構造を1ブロック単位で設計……。土木現場で培われた技術とノウハウが、ゲームの中で生きているのです。
一体なぜ公共施設を再現し、どんな思いを込めたのか? 再現プロジェクトに取り組んだ、三つの事業所にインタビューを行いました!
首都圏外郭放水路(江戸川河川事務所|関東地方整備局)
埼玉県春日部市に位置する「首都圏外郭放水路」は、国内最大級の地下治水施設です。高さ18m、重量500トンの巨大な柱が59本もつらなる構造は、さながらゲームの古代神殿のよう。テレビや映画のロケ地としてもたびたび登場し、「地下神殿」の愛称で知られています。
この放水路を運営・管理している江戸川河川事務所は、「もっと多くの人に地下神殿について知ってもらおう」と、24年より8つのパワーアップ計画の検討を始めます。その施策の一つが、Minecraftによる再現プロジェクトでした。
川の近くに住んでいる方でも、水害のことを“どこか他人事”に感じがちな人は、結構いるんじゃないかなと感じています。
ただ、こうしてゲームの中で体感することで、“自分の暮らしとつながっている”と気付いてくれるはず。
近年は異常気象が危険視されていますし、防災意識を高くもって欲しいという思いを、このプロジェクトに込めています。
首都圏外郭放水路の再現で特徴的なのは、「施設を“動かす”体験」が組み込まれている点です。
プレイヤーがコマンド入力で雨を降らせ、雨水が地下に流れ込むことでゲートが開き、勢いよく水が排出されるーーそんな一連の流れを、プレイヤーが自ら操作できるように設計されています。
こうした演出を実現するには、ゲーム内の水流速度や動作タイミングの細かな調整が欠かせません。
実際の放水施設のような「タイムラグ」や「水位上昇」「水の流速感」を体験として伝えるため、Minecraft内の水流パラメータやブロックの設置順、回路による遅延制御などにこだわりました。
さらに、排水後に溜まる泥を掃除する体験では、専用の装置で仮想ブルドーザーを動かすUI的ギミックが追加され、プレイヤーが“メンテナンスの重要性”まで体感できるように設計されています。
ポンプ稼働シミュレーション
首都圏外郭放水路の役割を理解してもらうために、ワールド内に大雨が降り洪水が発生した状況を設定。プレイヤーは、ゲート操作を行い地下トンネルに洪水を取り込みむとともに排水機場のポンプを稼働させ江戸川に洪水を排水することで、周辺地域の浸水被害を防ぐ
地下神殿の泥清掃体験
地下神殿(調圧水槽)に水が流れ込むと、細かい土砂も一緒に入ってきてしまう。そのため、洪水調節が終わった後は広大な調圧水槽の泥掃除をしなければならない。プレイヤーはブルドーザーを使い、東京ドームのグラウンド約1つ分の広さの泥掃除を体験できる
国営讃岐まんのう公園(香川河川国道事務所|四国地方整備局)
24年3月、香川県まんのう町にある「国営讃岐まんのう公園」のバーチャル再現データが公開されました。
公園を管理する香川河川国道事務所では、21年から建設産業のデジタル化(i-Construction)に取り組んでおり、その中で「マイクラ活用」のアイデアが生まれたと言います。背景にあったのは、建設業に根強く残る「3Kイメージ(きつい・きたない・きけん)」を払拭したいという思いでした。
“建設=つらそう”じゃなくて、“技術を駆使して面白くつくる”ものだと伝えたい。その入口がマイクラだったわけです。
インフラ分野の次世代を担う子どもたちに、遊び感覚で3次元モデルに親しんでもらいたいですね。
日本最大のかんがい用ため池「満濃池」に隣接する、広大な自然公園。その再現対象は、エントランス広場や芝生広場、滝といった、自然景観と人の手が共存するパブリックスペース。こうした国営公園の再現は、全国初の事例でした。
再現にあたっては、まず広大な自然公園の一部を対象に、スマートフォンに搭載された「LiDARスキャナー(3D計測ができる高精度なレーザー測量装置)」による地形スキャンを実施。取得した「3次元点群データ(3次元の座標情報をもった点の集まり)」の座標と色情報をCSV形式で抽出し、PythonスクリプトでMinecraftのブロック形式へと変換していきます。
また単純な変換にとどまらず、取得した点群データは精度向上のため6つの区間に分割し、それぞれを補正・統合していくという“アナログな手作業”も不可欠だったそうです。
中でもこだわったのは、「ただ似せる」のではなく、視覚的なリアリティを崩さないこと。芝生や滝の質感、起伏、空間の抜け感。それらを表現するため、ブロックの種類や配置、色調のバランスを職員自身が微調整し続けました。
国が出す以上、適当なもので済ませられない。技術の入口として子どもたちが触れるものだからこそ、“本物感”にこだわりました
荒川第二・第三調節池(荒川調節池工事事務所|関東地方整備局)
関東地方整備局・荒川調節池工事事務所が手がけたのは、埼玉県から東京都にまたがる「荒川第二・第三調節池」の再現です。
これは、総面積約760ヘクタール、治水容量約5100万㎥という大規模治水施設。東京ドームおよそ410杯分に相当する規模で、2040年ごろ(令和12年度)の完成を見据え、現在も段階的に工事が進行中です。
再現プロジェクトの発端は、荒川調節池工事事務所に眠る、数多くの3D設計データ(BIM/CIM)。「このデータを、何か有効活用できないだろうか」という声が、事務所内で大きくなっていく中、地元・さいたま市が主催する教育イベント「SAITAMA Minecraft AWARD」に白羽の矢が立ちます。
“Minecraftを使ってアイデアや設計力を競うこのコンテストは、子どもたちの創造力と技術理解を自然に育む場として地域でも話題になっていました。
これを見て、うちの3Dデータも同じく活用できるのではと思ったんです。
こうして、24年から一部エリアのマイクラ再現プロジェクトが始動。プロジェクトは、まず既存の3D設計データ(BIM/CIM)をもとに、Minecraft用の地形・構造物データへと変換していく作業から始まりました。
事務所の職員だけではなく、協力会社のソフトウエアエンジニアの技術的支援の下、実際の変換作業はPythonと生成AI(ChatGPT)を組み合わせた独自スクリプトによって進められたそうです。
【1】調節池の3D地形・構造データを複数エリアに分割
対象エリアが広いため、変換精度や作業効率を保つために区画化。
【2】各エリアの形状情報をPythonスクリプトでマイクラ用フォーマットに変換
ブロックごとの配置・高さ・勾配などを自動生成。生成AIを利用し、構造物の種類に応じたブロック素材の割り当てルール(例:堤防=土、芝地=草ブロック)を構築。
【3】変換結果を人手で検証・改良
堤防の斜面や排水門の形状について、設計通りのなめらかさが表現されているか確認。実際の色合いや材質感との違和感がないか、地元職員の目で細部までチェック。
一つ一つのブロック選定にはかなりこだわりました。
例えば芝生エリアは色味を重視すれば鮮やかな緑で表現できますが、現実に即した“堤防としての質感”を再現するために、あえて地味な土ブロックを使っています
再現された「荒川第二・第三調節池」のワールドデータ
まとめ
今回取材した三つの事業所が取り組んでいたのは、それぞれ異なる施設の再現であり、使った技術や導入の背景もバラバラでした。けれど、そこに共通していたのは、「公共インフラの仕組みを、どうすれば人に伝えられるか?」という強い問題意識です。
Minecraftを使ったのは、単なる話題作りでも、教育素材として“ウケがいい”からでもありません。
実際の測量データや設計図をベースに、3D空間に構造を組み上げ、操作や流れ、質感までも再現していく。そこには、土木技術者としてのこだわりと創意工夫が存在していました。
そして、“仕組みをつくり、誰かに使ってもらう”という点で、私たちエンジニアの仕事も本質はそう変わらないのでは? そんな風に思わせてくれる取り組みでもありました。
興味があるエンジニアの方は、ぜひ実際にワールドデータをプレイしてみてはいかがでしょうか。自分の手でゲートを開けたり、ブルドーザーで泥を掃除したり……。そんな操作の一つ一つから、「こんな風に見せれば伝わるんだな」という発見があるはずです。
ものづくりに携わる者同士、少しジャンルは違っていても、きっといい刺激が得られると思います!
取材・文/今中康達(編集部)
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