開発者体験発信 / 採⽤広報活動の指標‧羅針盤をつくる。
開発者体験認知ランキング、なぜ“イメージ”で決まる? 知られざる真意
日本CTO協会が発表している「開発者体験が良いイメージの企業ランキング」。今年も上位30社の受賞発表は大きな注目を集めた一方で、SNS上では「実際に入社して働いた経験からつけられたランキングではなく、“イメージ”で選ばれているのはなぜ?」と疑問を投げかける声も少なくなかった。
なぜあえて「イメージ」を調査し、ランキングをつけるのか?
その背景を取材すると、採用の最前線に直結する意外な狙いが見えてきた。さらに、受賞企業DeNAとソニーが明かすAI推進のリアルから、“開発者に選ばれる会社”の条件も考えてみたい。
なぜ「イメージ」で評価するのか
今回発表された開発者体験ブランド力ランキング、上位30社(参照元)
ランキング発表直後、SNSでは「イメージで選んだランキングに何の意味が?」といった声も見られた。確かに「入社してみないと分からないことを、なぜ外から評価できるのか」という疑問はもっともだ。
この点について、日本CTO協会の広報担当はこう説明する。
「このランキングは、社内の実体験そのものを測るものではなく、技術者からの認知度を測るものです。企業のエンジニア採用活動においては“どう認知されているか”が意思決定に少なくない影響を与えるためです。」
つまり、社内での実体験をどれほど整えても、それが社外に伝わらなければ人材獲得にはつながらない。その“伝わり方”を数値化したのが今回のランキングだ。調査対象もエンジニア転職サービス上に登録しているエンジニアに限定されており、単なる世間一般の印象ではなく、同じ開発者視点で「働いてみたいと思える会社か」を問う仕組みとなっている。
実際、開発者体験ブランド⼒調査の資料にもこう記されている。
開発者体験ブランド⼒が客観的な指標の⼀つとして、多くの企業にとっての⽂化形成や採⽤活動のヒントになることを望んでいます
要するにこの調査は、「技術広報の取り組みをどう評価するか」を示すものなのだ。
広報担当もこう強調する。
「ランキングは、日々情報発信や採用広報に尽力している技術広報の努力を可視化し、評価するためのものでもあります。開発者向けイベントの開催や技術ブログの発信、SNSでの継続的な情報共有といった地道な活動が“イメージ形成”に直結しています。今回のランキングはその成果を見える化し、エンジニア採用を現場で支えている人たちをモチベートする仕組みでもあるのです」
LayerX・さくら・DMMが語った、開発者体験を高める挑戦
表彰式当日には、ランキング発表に続いて受賞企業によるパネルディスカッションが行われた。壇上に立ったのは、LayerX・さくらインターネット・DMMの担当者たちだ。
テーマは「この1年の技術広報活動の振り返り」や「開発者体験の実践」。まさに“技術広報の取り組みを共有し、評価する場”であることに合点がいった。
では実際に、3社はこの1年どんな挑戦をしてきたのか。
その中から編集部が印象的だと感じたポイントを抜粋する。
LayerX
オフィス移転を機にイベントスペースを整備し、「ほぼ毎週イベント」が当たり前に。さらに各事業部主導で持ち回りでブログを公開することで、発信文化が自然に根づいている。生成AIではClaude Maxを希望するエンジニアに開放。記事の執筆にも活用しているエンジニアもおり執筆効率も大幅に向上した。
さくらインターネット
中途社員の入社直後に入社理由をインタビューした記事を公開し、採用のモメンタムを生み出す取り組みが特徴的。直近では社員の積極的な情報発信、外部登壇を促すためガイドラインを整備しチームで支援する体制を目指している。ChatGPT Enterprise全社導入やGitHub Copilot本番利用許可など、AI活用にも踏み込んでいる。
DMM
コロナ前のリアルイベント復活が追い風に。テックブログを公式HPから独立させるなど情報発信を工夫。AI活用については「効率化と同時に疲れも増す」という現場の声を率直に共有し、健康モニタリングへの課題意識を示した。
セッション全体を通じて浮かび上がったのは、 「発信文化をどう根づかせるか」 と 「生成AIをどう開発者体験に組み込むか」という二つの大きなテーマだ。
AIによる効率化の一方で、レビュー負荷の増大や利用格差、健康面への影響といった“新しい悩み”が各社から語られていたことも印象的だった。
【受賞企業に聞く①】
“即GOサイン”でAI導入、DeNA流トライアル体制
今回10位にランクインしたDeNA。その要因について尋ねると、同社が昨年から進めている「大規模なAI推進」にヒントがありそうだという。
トップの南場智子さんが「AIにオールインする」と宣言したのは記憶に新しい。その方針のもと、社内では「どのような体制で進めるべきか」「事業をどう変えていくか」をトップダウンで議論してきた。
グループエグゼクティブ/IT本部 本部長 金子 俊一さんに話を聞いた。
私の担当領域では、AIの全社活用を前提にした社内IT環境の再整備を進めてきました。既存の環境や仕組みももちろん存在していましたがそれに加えて、エンジニアを含めた全社員が自由に最新のツールを試せるよう整えました。話題にあがるようなAIツールはほぼ全て試していますが、事業領域や働き方が多様なので、今はそれぞれに最適なツールを見つけるフェーズですね。
その取り組みを後押しするのは、資金も含めた大胆な姿勢だ。
AIトライアルに関しては、上限なくお金を費やす体制になっています。利用規約に反しないものであれば原則どのようなツールでも、上司がOKを出せばすぐに使えるんです。調達部門もトライアルに関しては「即GOサイン」を基本方針とし、昨年のうちにトライアルを素早く走らせる仕組みを整えました。
導入直後のトライアル期間は大事な業務データは入れない。並行してセキュリティーやリーガルチェックを走らせ、NGが出たら中止する。そういうルールで回しています。欧米系・中国系問わず多様なツールを対象にしますが、入力データが学習に使われるか、規約が透明かといったポイントを見て、後日NGになるケースもあります。
AI特化の審査体制もすでに存在し、効率化に向けた新しい取り組みも始まっている。
独自の言語モデルやGoogleの『NotebookLM』を活用して、セキュリティー確認や社内相談をAIに気軽に投げられる環境を開発して利用中です。気軽に相談できるようになると、ものすごい数の問い合わせが来るんです(笑)。だからこそ、その対応もAIで楽にしていきたいと考えています。
最後に担当者はこう語った。
こうした取り組みをもっと積極的に発信できれば、『開発者体験のいい会社』というイメージはさらに強まったかもしれません。来年に向けて、そこを磨いていきたいですね。
【受賞企業に聞く②】
Enterprise LLMで月5万時間削減、ソニーのAI推進力
ソニーのAI活用について、ソニーグループ 品質マネジメント部 統括部長 登 正博さんはこう語る。
ソニーグループ向けには、独自構築した『Enterprise LLM』があります。エンジニアに限らず、非エンジニア職も含めて、文章や翻訳、画像解析など、幅広い用途で社内活用が進んでいます。エンジニア職であれば、もちろんコード生成でも活用しています。
このEnterprise LLMは、毎月250万回以上の社内業務に利用され、月5万時間の削減につながっているとされる。さらに社内では、AzureやAWS、Google Cloudといった主要クラウドを横断的に活用し、ChatGPT、Claude、Geminiに加え、Llamaなどのオープンモデルも取り込んでいる。結果、30種類以上のLLMを社員が自由に試せる環境を実現している点は、特筆に値する。
加えて、130種類以上の生成AIモデルを自由に試せる『プレイグラウンド』と呼ばれるPoC環境を社内に整備しています。すでに300件のビジネスPoCが実行され、そのうち50件が本番業務に進んでいます。AIの実験と本格導入を両輪で回す仕組みが根付きつつあります。
こうした環境整備に加えて、今回評価につながったと考えられるのが、エンジニアによる登壇イベントの取り組みだ。
今まであまりやってこなかったのですが、エンジニアが登壇するイベントを多くやりました。そうした発信も評価につながったのではないでしょうか。
まとめ
正直、このランキングが「採用広報の成果を可視化する仕組み」とは、取材するまで知らなかった。多くのエンジニアも同じではないだろうか。
だが、採用市場の現実は残酷だ。いくら社内体験が素晴らしくても、外からそう見えなければ人材は来ない。
イメージを測ることは、つまり採用活動そのものを測ること。
各社が積み重ねてきたナレッジや工夫が、この調査によって可視化される。そのように解釈し、活用していけば、このランキングは単なる順位づけ以上に、業界全体の知見共有の場として機能し、各社の採用力や組織活性化に効いていくのだろう。
文・編集/玉城智子(編集部)
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