アイキャッチ

『ドラゴンボール』編集者の“事”に仕えるものづくり哲学「圧倒的成果を出して、誰にも文句を言わせない」【鳥嶋和彦】

働き方

    エンジニアtype読者の中に『週刊少年ジャンプ』を知らない人は、もはやいないと言っても過言ではないだろう。では、『週刊少年ジャンプ』が国民的な雑誌となった背景に、一人の編集者の存在があったことはご存じだろうか。

    その編集者は、鳥嶋和彦さん。『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』の作者・鳥山 明さんを見出し、大人気作へと導いた人物だ。

    しかし当の本人は、「ジャンプは嫌いだ」と公言する。なのになぜ、数々のヒット作を生み出し、雑誌の成長へとつなげることができたのだろうか。

    ものづくりに携わる者なら誰もが直面する「組織の論理」と「ユーザーの期待」のはざまで、どう自分のやり方を貫くのかーー形は違えど「ものを作る仕事」に励むエンジニアにとっても学びとなるに違いない、鳥嶋さんの仕事観に迫った。

    編集者の鳥嶋和彦さん

    編集者
    鳥嶋和彦さん

    慶應大学法学部卒業後、1976年集英社に入社。創刊8年目の『週刊少年ジャンプ』編集部に配属され、鳥山 明など人気漫画家を発掘育成。96年、同雑誌6代目編集長に就任。以後、同社全雑誌責任者の専務取締役、白泉社代表取締役社長、会長を歴任

    事に仕えれば、やり方は何だっていい

    僕ね、『週刊少年ジャンプ(以下、ジャンプ)』が嫌いなんだよ。「『ドラゴンボール』をはじめとするメガヒットを連発したジャンプ伝説の編集者」なんていわれるけど、もともとは『月刊プレイボーイ』の編集者になりたくて集英社に入ったからさ。最初はジャンプの存在すら知らなかったし、漫画なんて読んだこともなかった。今も用がなければ読まないよ。

    それでも30年以上漫画編集者をやってきたのは、自分が見つけた漫画家の才能が花開いて、それが読者に認められていく過程を最前列で見るのが面白かったからだろうね。

    僕はずっと読者と作家を第一に考えて仕事をしてきたけど、編集部は雑誌の発行部数を重視していたから、自分の姿勢を貫けば上司や同僚と折り合いが悪くなったり、面倒なことも起きたりする。でもさ、読者と作家を見ていれば、そんなことはどうでもいいんだよ。

    仕事は「事に仕える」って書くでしょう? その意味をちゃんと考えれば、仕事はつらくないの。会社や上司の考え方に合わせて、前例に従って正しいやり方をするから苦しくなる。

    例えば、やりたいことの承認が上司から下りない場合、本当にやりたいなら決裁者がどういう人間か、リサーチするよね。ボスを知らずに攻略しようとしたって討死するんだからさ。それでも駄目ならさらに上の上司に話を通す手もある。

    本質を考えて、そこに対する傾向と対策を立てた方が結果として楽しいし、自分なりのやり方になるじゃん。決まりきったやり方の方が楽かもしれないけど、それは事に仕えていないし、自分で自分を殺しているよね。

    インタビューに応じる編集者の鳥嶋和彦さん

    何より、圧倒的な実績を出せば誰からも文句は言われないよ。事を成し遂げる上で大事なのは相手だから、僕と組めば損はないことが示せればいい。「読者に喜んでもらえる作品を生み出して、作家にも幸せになってもらう」って目的があるから強く戦えるしさ。

    入社2年目でヒットを出せたのは、漫画のことを知らなかったから

    僕は入社2年目の25歳で『ドラゴンボール』作者の鳥山 明さんを見つけて、前作の『Dr.スランプ』が大ヒットしたことで実績を築けた。ドミノ倒しみたいなもので、最初の一枚を倒せたら、あとはドミノを切らさないことを考えればいい。若手のうちに大きな実績を出しておけば自分のやり方を通しやすくなるし、その後はかなり楽だね。

    僕が早々にヒットを出せたのは、漫画に興味がなかったからだと思うよ。1年目でジャンプ編集部に配属されたけど、ジャンプの漫画が全然面白くなくてさ。だから朝一番でやらなきゃいけない仕事を済ませたあとは、資料室で昼寝してたわけ。そんなある時、ふと資料室の漫画を全部読んでみようと思ったの。そしたらちゃんと面白い漫画もあるんだよ。要するにつまらない漫画がジャンプに載っているだけで、漫画自体は自由度の高い表現媒体だと分かった。

    インタビューに応じる編集者の鳥嶋和彦さん

    もう一つ、手が止まる漫画はほとんどつまらないことも分かってね。子どもたちは約400ページのジャンプを20分で読むんだけど、僕も山ほどの漫画を同じようなスピードで読んだの。その結果、一番手が止まらなくて面白い漫画がちばてつやさんの『おれは鉄兵』(講談社)だった。

    今度はどうして面白いのか、気になるじゃない? だから1話19ページを50回、コマ割りやセリフ、アングルを分析しながら読んだら、漫画には文法があることが見えてきた。その文法に当てはめながら新人漫画家と打ち合わせをしてみたら、目の前の作品がどんどん面白くなっていくわけ。読者アンケートの人気順位も上がって、これだって思ったね。

    僕が思う面白い漫画は、キャラが動くだけで面白い漫画。当時のジャンプは暑苦しい熱血漫画を良しとしていたから編集部が考える面白さとはズレていたけど、あの頃は漫画が変わりつつある時代で、次はポップでライトな感覚が受けると思っていたの。

    そうなると先輩のセオリーは古いわけじゃない? 先輩より僕の方が読者との年齢も近いし、何より山ほどの漫画を見て、ジャンプ以外の漫画雑誌に面白い作品があると知っていたからね。ということは、僕がもっと面白い作品をジャンプ読者に提示できればいいと思ったわけ。その辺は漫画を知らなかった分、俯瞰して見られたんだろうね。

    そんな中で出会ったのが、鳥山さん。原稿を一目見て才能があると思ったけど、鳥山さんはじじいが主人公の漫画ばっかり描くんだよ(笑)。そんなの子どもたちには受けないから、最初の約2年間はずっとダメ出しをして、500枚のボツ原稿の後に出てきたのが『Dr.スランプ』の1話目。目が悪いロボットの女の子・アラレと、おっさん発明家の則巻 千兵衛の二人暮らし。こんなに良い設定で、インパクトあるキャラは他にない。アラレがいることで、地味なキャラクターにも光が当たる。だから「これは面白い!」と思って2話目を描いてもらったの。

    インタビューに応じる編集者の鳥嶋和彦さん

    そしたらさ、あろうことかアラレがどこにもいないんだよ(笑)。頑固で負けず嫌いな鳥山さんは「これは千兵衛さんの物語なんだ」「少年漫画で女の子を主人公にしたくない」って聞かないから、「女の子が主人公の読み切り漫画をジャンプに載せて、読者アンケートで3位以内だったら主人公をアラレにしよう。4位以下なら君の言う通りでいい」って賭けを持ち出して、結果は見事3位。こうして『Dr.スランプ』は大人気漫画になり、次の『ドラゴンボール』につながっていったわけだね。

    自分の可能性は分からないから「好き」で仕事を選ぶのは危うい

    仕事を面白がるためには、自分がどう感じるか、何をしたいか、もっと大事にした方がいいと思うよ。いかに自分を見て、自分に忠実であるか。それを人は「わがまま」というけど、「あるがまま」だからね。あくまで座標軸のゼロは自分なんだよ。「自分にとって面白いかどうか」を判断するのが自分の気持ちに素直になるということ。周りを気にするあまり自分を気に掛けない人は多いけど、それだと押し潰されちゃうからさ。

    一方で、人間は思い込みで自分を見るんだよ。「これが自分の好きなこと」って決めつけると視野が狭くなる。その意味では、若い頃の「好き」を基準に仕事を選ぶのは危うさもあるし、それが適職かは疑問だね。漫画もさ、漫画家の「好き」だけでヒットは出ないの。それはあくまで過去に見てきた中から出たものであり、本人が描けるものとは違うことが多い。僕も漫画家と仕事をして作品が生まれるまでの大変さやすごさを体験したことで、ものづくりの面白さを知ったしさ。

    僕は才能がある人間を前にすると初めてスイッチが入って頭が回り始めるんだけど、それも仕事をする中で気付いたこと。新人の頃は初対面の人と話すのも電話も駄目で、今考えれば編集者は人に会わなきゃいけない仕事だから全く不適応な職業を選んだわけだけど、仕事の中で自分を変えていったんだとも思う。結果としてずっと漫画編集者をやっているんだから、本当に自分の可能性って分かんないなと思うよ。

    インタビューに応じる編集者の鳥嶋和彦さん

    だからこそ、自分がどう感じているのか、常に考え続けなきゃね。自分の感情や思いを汲み取るには、それを表す言葉が必要。自分の考えを人に説明したり、人の話を聞いたりすると言葉を獲得できるから、その意味で就職や転職活動は良い機会だね。

    同時に、相手をよく見ること。相手に関心を持てば「相手から見た自分」が分かって、自分を客観視できる。要するに、視点が一つ増えるんだよ。人と自分がいかに違うか、自分は何者なのか、ここは時間をかけて考えるべきところだね。その点、僕は自分が大好きだから、人のことにも興味を持てる。なぜなら、みんなは僕のために生きている他人だから(笑)。主人公は僕だからね。

    新卒の頃、僕は集英社の他に生命保険会社からも内定をもらったけど、そっちに行ったとしても仕事は楽しくできただろうと思うよ。何をするにしても、事に仕えていれば自分のやり方で仕事はできるし、成果も出せる。何より僕、優秀だもん(笑)。嫌なことがあっても、よく寝ておいしいものを食べれば大概忘れるしさ。だからこれまでの仕事は全部楽しかったよ。

    え? 中でも一番面白かった仕事は何かって? そんなの簡単だよ。これからする仕事。だからいつでも、今この瞬間の仕事が一番楽しいね。

    書籍紹介

    ボツ 『少年ジャンプ』伝説の編集長の“嫌われる”仕事術(小学館集英社プロダクション)

    ボツ 『少年ジャンプ』伝説の編集長の“嫌われる”仕事術(小学館集英社プロダクション)

    >>書籍詳細はこちら

    取材・文/天野夏海 撮影/竹井俊晴 編集/光谷麻里、秋元 祐香里(ともに編集部)

    本記事は2025年11月発売予定の雑誌『type就活』に掲載予定の内容を一部編集し、先行公開しております

    Xをフォローしよう

    この記事をシェア

    RELATED関連記事

    JOB BOARD編集部オススメ求人特集

    RANKING人気記事ランキング





    サイトマップ