『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』生みの親・亀山陽平が明かす制作裏「限りあるリソースを嘆かずに“上手く”やる」
「意図なし、主義なし、主張なし! ノリで乗り切る前代未聞のスペーストレインスペクタクル!!」
そんなキャッチフレーズが添えられたのは、2025年7月にテレビ放送が開始されたアニメ『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』。宇宙空間を走る「惑星間走行列車」を舞台に、キャラクターたちが事件に巻き込まれていく作品だ。独特な世界観、レトロポップな色調と個性豊かなキャラクター、そして聞き心地の良い自然な会話劇が多くのファンの心をつかみ、大きな注目を集めた。
9月18日に最終回を迎えたものの、コミカライズ版の連載開始をはじめ、新作パートを追加した全12話再編集版の劇場公開が決定するなど、いまだその熱狂は冷めることを知らない。
そんな話題のアニメの制作が、ほぼ一人の手によって行われていたことをご存じだろうか。本作の監督・脚本・キャラクターデザイン・モデリング・アニメーション・編集に至るまでの制作工程を一手に担当したのが、3DCGアニメーション作家の亀山陽平さんだ。
日本語以外に10言語の字幕・吹替によるグローバル配信も実現し、「個人発のクリエーティブが世界市場で戦える」ことを体現した亀山さん。今回は、『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』の制作裏と、今後の展望について語ってもらった。
3DCGアニメーション監督
亀山陽平さん(@maru_turu)
1996年8月16日生まれ。幼い頃から欧米スタイルの手描きアニメーションに憧れがあり、海外でアニメーターになることを目指していた。2016年夏からアメリカ合衆国カリフォルニア州に留学するが、欧米では手描きアニメーションが主流ではなくなっていること、そして3Dという媒体に興味を持ち始めたことから将来の方向性について考え直し、19年に大学を自主退学し日本へ帰国。20年に都内の専門学校に入学。22年2月、個人製作兼卒業制作として作ったショートアニメーション『ミルキー☆ハイウェイ』を公開。フリーランスとして活動をはじめて以降、MV制作や企業タイアップ企画などに参加。23年から新作『銀河特急 ミルキー ☆ サブウェイ』の制作を開始する
日本で愛される国産3DCGアニメーションを作りたかった
ーー大好評のうちに最終回を迎えた『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』ですが、なんと劇場版の公開も決まっているとか。世界観や個性的なキャラクター、自然な会話劇が話題となりましたが、映像面ではどのようなこだわりがあったのでしょうか?
「日本で受け入れられる3DCG作品を作りたい」という思いがありました。
アニメ界では3DCG化が進んでいますが、日本国内で継続的に3DCGで制作されている作品は多くありません。その背景には、キャラクターの立ち振る舞いがあるのではないかと思っていたんです。
ーーキャラクターの立ち振る舞いですか。
3DCGの場合、キャラクターのジェスチャーや表情がオーバーになりやすい傾向にあります。それは海外では自然でも、日本の感覚とは少し距離があって受け入れづらいのかもしれない、と感じていました。
だからこそ、日本で「面白い」と感じてもらえる3DCGアニメを作りたいと思い、『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』では自然な動きを丁寧に取り入れていきました。
この作品が、日本の3DCGアニメの面白さを世界に伝えるきっかけになったら嬉しいですね。
ーー専門学校の卒業時に制作された『ミルキー☆ハイウェイ』はほぼ個人で、そして今回の『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』もごく少人数のチームで作成されています。個人・小規模制作ならではの難しさがあったのでは?
限られたリソースの中で制作しなければならないことですね。たくさんの舞台を登場させたり、複雑なアクションを取り入れたりしようとすると、個人制作の場合は相当な時間がかかってしまいますから。
「1話あたり3分半」と決めているのも、自分のできる範囲で良いものを作るために必要だった制約です。
ーー限られたリソースの中で最大のアウトプットを実現するために、他にはどんな工夫を?
『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』の舞台を列車の中にしたことですね。限られた空間の中で展開できるので、アクションも必要最低限の動きに絞って見せることが可能でした。
僕は映画制作の舞台裏を調べるのが好きなのですが、かつての映画はさまざまな技術的制約がある中で、あらゆる知恵を絞って作り上げられています。
例えば、ドアノブに手を伸ばすシーンを撮影しようとすると、どうしてもカメラ本体がドアノブに反射して映り込んでしまう。今の技術であれば後から簡単に消せるけど、昔はそうもいきません。そこで、カメラに登場人物の服と同じ形の布を被せることで、上手くごまかしていたんです。
それと同じように、僕の作品にもいろいろなリミットがあることがバレないように作っている部分が多々あるんですよ。
個人や少人数でできることには限界があるので、いかに面白い映像を作っていくか、僕も常に頭を捻っています。
ーーさまざまな制約がある一方で、個人や小規模チームで制作するメリットはどこに感じていますか?
コミュニケーションコストがかからないことですね。もっと大きなチームでのアニメーション制作に関わったこともありますが、やはり情報の伝達には手間も時間もかかりますから。
個人制作であれば、僕自身が把握していればいい。作品のスケールによっては「少人数で作った方が速い」ケースは多いと思います。今回の『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』はまさにそうでした。
技術とクリエーティブの「ちょうどいい距離感」を探っていく
ーー『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』は、ご自身の卒業制作である『ミルキー☆ハイウェイ』の続編という位置づけですよね。『ミルキー☆ハイウェイ』も公開後に大きな反響を呼びましたが、当時はどのように受け止めていましたか?
学生最後の貴重な自由時間を使って思い切りこだわった作品を作りたいと考えて生まれたのが『ミルキー☆ハイウェイ』でした。自分がやりたいことをやり切ったら楽しんでくれる人がちゃんと現れるんだということが感じられたので、やってみて本当によかったです。
特に、キャラクターを好きになってもらえることは、作品作りにおいて最も大切なことの一つだと思っているので、自分が生み出したキャラクターの細かい動きに対する反応がいただけたのはとても嬉しかったですね。
ーーアニメーション制作を始めたころを振り返ると、亀山さんは当初手描きアニメーションの制作を志望されていたとか。なぜ3DCGに転向したのですか?
おっしゃる通り、手描きアニメーションを学ぶためにアメリカに留学したのですが、その頃すでに現地では3DCGが主流でした。
日本ではどちらかというと「絵の完成度の高さ」が重視されやすいのですが、欧米では「動きへのこだわり」の方が強く、それをリアルに表現できる3DCGが人気を集めていたんです。
実際に3DCGで制作してみると、自分の性に合うと感じる部分も多くて。僕は絵を描くときもディテールにこだわってしまうタイプなので、作り込んだモデルをベースにアニメーションを展開できる3DCGに面白味を感じました。質感もリアルに表現できますしね。
ーー3DCGも一つのテクノロジーですが、近年、アニメーション制作の現場でもあらゆる技術が活用されていますよね。特に注目を集めているのはやはりAIかと思いますが、亀山さんはこの点についてどのように感じていますか?
アニメーション制作に限らず、新しい技術の問題点がよく議論されないまま社会に広がっていくことに対しては、正直なところ不安な気持ちもあります。ただ、AIが発展していく様子を見ていると、近い将来にはAI抜きでアニメを作るのは難しくなるかもしれないと思うのも事実です。
アニメーション制作についていえば、AIって「クリエーティブ」の領域に強い気がするんですよ。キャラクターデザインだったり、シナリオ制作だったり。でも、この作業が好きでアニメを作っている人はたくさんいると思うんです。
僕もその一人なので、一番楽しいところは自分でやりたい。だから、クリエーティブに関する部分は今後も自分で行って、その他の大変な作業をAIに頼めるようになったらいいですね。
ーーAIに一番頼みたいのはどんな作業ですか?
3DCGだと、布や液体のシミュレーションに工数が掛かるんですよ。それがAIで一瞬でできるようになったらありがたいです。見応えのある映像が低コストで作れるようになれば、さらにアニメの可能性が広がりますね。
ーーでは今後は積極的にテクノロジーを活用していこうとお考えですか?
特に現時点では「使おう」とも「使わない」とも決めていません。制作スタイルは、その時作りたいもの、そして見てくれる人が喜んでくれるものを作るために、最適なやり方を選択していきたいと思っています。
これまでの作品は個人・少人数での制作ということでも注目していただきましたが、私自身は特に制作体制にこだわりがあるわけではありません。一番優先するべきなのは、多くの人に楽しんでもらえるものを作ることなので、そこをぶらさずにいきたいですね。
作品情報
『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』
2022年、当時映像系専門学校生だった亀山陽平が卒業制作としてYouTubeに公開した短編3Dアニメ『ミルキー☆ハイウェイ』は、独特な世界観やゆるい会話劇が話題となり、総再生回数は1,128万回を記録。国内のみならず海外からも大きな注目を集める作品の続編アニメとして2025年7月からTV放送&配信されたのが『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』。
前作『ミルキー☆ハイウェイ』で銀河道路交通法違反として逮捕されたチハル(CV.寺澤百花)とマキナ(CV.永瀬アンナ)は社会奉仕活動をすることに。超簡単な任務のはずが、やがて宇宙空間に危機をもたらす事件となっていく……。
新作パートを追加した全12話再編集版の劇場公開も決定!
■公式HP:https://milkygalacticuniverse.com/
■YouTube:アニメ『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』公式
■X:@MGUJapan
■Instagram:milkygalacticuniverse
■TikTok:milkygalacticuniverse
©亀山陽平/タイタン工業
取材・文/一本麻衣 撮影/桑原美樹 編集/秋元 祐香里
RELATED関連記事
JOB BOARD編集部オススメ求人特集
RANKING人気記事ランキング
t-wadaが説く、今あえて“自分の手”でコードを書く理由「バイブコーディングは、エンジニアのためのものではない」
Ruby父 まつもとゆきひろ「出社させたがるのは、マネジャーの怠慢でしかない」
今のAIは限界? 日本発“第三のAI”の可能性をAI研究者・鹿子木宏明が提唱する理由
「人員増・組織拡大は継続の方針」アクセンチュア新社長・濱岡大が見据える“変革のプラットフォーマー”への道筋
メルカリ・ハヤカワ五味が感じた生成AI推進を阻む三つの壁「個人で世界を変えようとしなくていい」
タグ