“人間味”が愛される今、ロングコートダディが貫くもの「先人を真似ない、自分たちだけの道を探したい」
〇〇×AIという謳い文句を目にする機会が、ここ数年で如実に増えた。
中でもエンターテインメントは、AI活用が進むフィールドの一つ。エンジニアtypeでも、過去には「芸人vsAI」をタイトルに掲げたライブの様子をレポートするなど、業界の取り組みをお届けしてきた。
今回注目したのは、9月15日(月)~21日(日)に大阪で開催された『OSAKA COMEDY FESTIVAL 2025』の公演の一つ、『MANZAI × AI ~Experience Japanese Comedy~』。吉本興業グループが運営するプラットフォーム『FANY』が開発したAI翻訳サービスを用いた新しいかたちのお笑いライブだ。
この翻訳サービスは、なんと「お笑い特化型」。芸人たちのネタをAIが理解し、最適な表現の字幕を付けてくれる。話の流れを踏まえた表現、関西弁や造語への対応、そして笑いに影響する字幕の表示タイミングの調整も可能だというから驚く。
『MANZAI × AI ~Experience Japanese Comedy~』では、出演芸人たちの漫才をAI翻訳サービスが英語に翻訳。言語の壁を越えて日本のお笑いを届ける取り組みとして話題となった。
芸人たちは、技術とお笑いが一体化するこの取り組みをどう感じているのだろうか。このライブに出演したお笑いコンビ・ロングコートダディへのインタビューを通して探っていこう。
ロングコートダディ
堂前 透さん(写真左)、兎さん(写真右)
NSC大阪校31期生として2009年に卒業後、コンビ結成。THE MANZAI 認定漫才師。M-1グランプリ21年4位、22年3位。キングオブコント20年7位、22年7位、24年準優勝、25年ファイナリスト。漫才&コント 二刀流芸人No.1を決定する賞レース・ダブルインパクトでは準優勝(2025年7月)
■X:@lcd_doma(堂前さん)/@ebisumaru19(兎さん)
■Instagram:chun.dora1(堂前さん)/lcd_usagi(兎さん)
■YouTube:ロングコートダディ和尚のゲーム念仏/ロングコートダディゾーン
「AI時代」と呼ばれ、その変化の流れの速さが取り沙汰される昨今。あらゆるものが変わっていく中で、上手くその波を乗りこなしているように見えるロングコートダディ。二人はお笑い芸人として、この変化の渦の中でどうあろうと考えているのか。
インタビューでは、二人がとらえている「今の自分たち」と、思い描いている「ちょっと未来の話」についても聞かせてもらった。
ネタがAIで翻訳される。技術の進歩は率直に「すげえ」と思えた
最近ライブやテレビ番組でも生成AIを使った企画を見かけるようになりましたよね。
そうですね。でも、プライベートでは全く使ってないです。周りの芸人仲間は使ってるみたいですけど。
仕事でめっちゃ腹立つことがあったときに「こういうことがあってイライラしたんやけど、どう思う?」ってChatGPTに話しかけると、「あなたは全然悪くないですよ」みたいな返事をくれるように育ててるらしいです。
僕は技術とかそういうものが得意じゃないんで、今ってもうそんなことになってんのやって衝撃がありましたね。
僕は個人でも少しだけ使ってました。会話したりとか。
どんな会話ですか?
えっとね、僕が「プーニーポーニー」って言ったら「ポニャンピー」って返してくれって教え込んで。しばらく経ってから「プーニーポーニー」って話しかけたら「ポニャンピー」って答えてくれました。
ちゃんと覚えてるんや。賢いな。
仕事でも、去年の単独ライブの幕間VTRでAIを使ってみたり、画像を生成してもらって絵を描くときのイメージを広げる作業に活かしてみたりしてます。
今回、AIを使ったお笑い特化型の翻訳サービスが開発されたとうかがいました。先日開催された『OSAKA COMEDY FESTIVAL 2025』では、このサービスを使った漫才の翻訳や吹替動画の上映が行われましたが、お二人も出演なさっていましたよね。
最初に「自分たちのネタがAIで翻訳される」と聞いた時はどう思いましたか?
率直に「すげえ」ですね。翻訳って若干のセンスもいるじゃないですか。そこもできるようになったんかな、って。
前から翻訳アプリとかはあったわけじゃないですか。それがもっと高性能になってるってことですよね。
一回だけ海外ロケで香港とマカオに行ったことがあるんですけど、仕事が終わったのが夜遅くて、スタッフさんから「食事はルームサービスで頼んでください」って言われたんですよ。
不安だったけど、おなかがぺこぺこだったからフロントに電話を掛けて、自分なりの英語で伝えてみたんですね。でも、何も伝わらなくてガチャンって切られちゃって。それを3回くらい繰り返したらフロントの人に結構怒られちゃったんです。結局ルームサービスも頼めなかったし。
あの時もっと簡単でもっと高性能な翻訳アプリを知っていたら、ルームサービスも頼めたんだろうなって思ってます。
ルームサービス注文に失敗した兎さんは「そこから紆余曲折あって、2時間後にカジノでカップラーメンにありつけた」そう
一口に翻訳と言っても、使うサービスによってニュアンスが変わりますもんね。自分たちの漫才が翻訳される上で、ネタ選びで意識した点などありますか?
特にないですね。細かいところを気にしたら大変なので、もう任せようかな、と。
「任せる」でいうと、今後もAIがどんどん進歩していったら、もっといろんなことを任せられるようになりそうです。すでに生身の人間をモデルにしたバーチャルタレントも誕生し始めてますし。
そうなったら劇場の出番も代わりに出てほしいな。AIやったら全国の劇場で1日30公演くらい出られますもんね。新幹線代もあんまりかからんようになるやろうし。
あんまりっていうか、移動いらんやろ。
移動中の映像はいらん? ちゃんと移動してもらった方がAIも仕事のしんどさを学習してくれるんちゃうかな。
「いつかお客さんもAIになるかもしれないですね」(堂前さん)と急に怖い話が始まりそうなことを囁く
「人間らしさ」の価値が高まる中で、二人が思う「らしさ」とは
生成AIをはじめとするテクノロジーの進歩によってさまざまな仕事のあり方が変わり始めていますが、エンターテインメントの領域にも影響はありそうですよね。お二人は生身の人間の良さって何だと思いますか?
体温ですかね。温かさ。もうそれくらいしかないかもしれない。だからあったかいAIが出てきたらもう終わりです。
ロボットの中には触れるとぬくもりを感じる……みたいなプロダクトもすでにあるみたいですよ。
そしたらもう人間は撤退すべきなんかも。
どうにかして希望のある話にしたい……。
ちょっと話を変えてみるのですが、AIが進歩していくのと同じように、社会そのものもどんどん変化していきますよね。お二人がコンビを組んでから今日に至るまでの間に、世間が「お笑い」に求めるものも変化してきたのではと思うのですが、どう感じていますか?
「人間らしさ」が求められている感じはしますね。ドッキリが人気なのも、人間らしさが出るからやと思う。AIにドッキリしても、まだそこまで面白くないはずやから。
僕らが芸人を目指した頃って、芸人には「プロっぽさ」みたいなものが求められていた気がするんですよね。「お笑い芸人」という職業のプロとして、漫才の上手さとか、笑いに関する技術が必要だったと思うんですよ。
でも今は、堂前が言ったように人間らしさが重要だから、一種のキャラクター性がいるんかも。技術が高い人は増えたし、その人らしさがある方がみんなに好きになってもらえるんかな。
一人一人、一組一組にオリジナリティーが求められるようになっているということですよね。だとすると、お二人が思う「ロングコートダディらしさ」とは何でしょうか?
いい意味で「芸人っぽくないところ」ですかね。あれもこれもやろうとせず、自分たちの得意なことをやり続けてきたので。
堂前さんはいかがですか? 「ロングコートダディらしさ」とは。
結構「芸人っぽさ」があるところかな。
いや、もちろん芯の部分は芸人なんだけど、そこは見せないようにしてるって言うんかな。
最近は結構裏側を出す芸人が増えてきてるからな。
いい意味でも悪い意味でも、芸人っぽくないものをまとっているように見えてたりせんかなあ。
ロングコートダディを物に例えるなら「風呂敷」だと兎さん。「畳まれてることもあるし、ヒラヒラしてることもあるけど、近づくと意外とでかくて『包み込んじゃうぞ』みたいなところが風呂敷っぽいはず」
これからは「自分たちだけの道」を明確にしていきたい
今後も時代に合わせてアップデートが必要になってくることはあるかもしれませんが、その一方で「貫き続けていくもの」も重要なんじゃないかなと想像しています。お二人は何をアップデートして、何を貫いていきたいと考えていますか?
僕自身に求められるものは変わってきていると思います。コンビとして一番大切にしたいのはネタで、そのネタは堂前が書いてくれる。そのネタに必要な芝居だったり人間味だったり、醸し出すオーラだったり……僕はそういうものをアップデートしていきたいですね。
ただ、基本的には芸人を始めた頃の「楽しくやる」という部分は変えたくない。お笑いを全部「仕事」にしたくないから、そうじゃない部分を残すっていうのは、これからもそのままでいたいです。
ネタに重きを置くっていうのは、やっぱりずっと貫いてきたことで。でも、東京に出てきてから初めてやらせてもらった仕事もたくさんあるんで、シンプルに経験はアップデートされていってますね。
ここらへんでちょっと「技術」の話に戻ってみようかと思います。今後もっとテクノロジーが進歩したら、エンタメ領域でもできることがどんどん増えていくはずです。「こんな技術があったら」「技術を使ってこんなことをしてみたい」など、思いつくことはありますか?
普通ではありえんようなことが体験できるのが技術の面白いところなんだろうなと思うんで……例えば、普段は行けないような場所でネタができるような技術とか、映像とかができたら良さそうですね。ビルの解体工事をしている中で漫才をする、みたいな。
名だたる大手企業に人が乗れるようなロボットを本気で作ってもらいたいですね。ガンダムみたいな。NHKの『魔改造の夜』っていう番組が大好きなんですよ。そこで完成したロボットを使って、モノボケがしたいです。
最後に……もうすぐキングオブコント2025の決勝ですね(※取材は2025年9月)。今年もファイナリストとして決勝に挑むお二人ですが、以前よりも「優勝」という言葉を口にするシーンが増えたように感じています。「優勝」が実現したら、その先で挑戦したいことはありますか?
そろそろ新しいことがしたいなあっていうのは考えてるんですよね。
これまでは先人たちが築いてきた単独ライブのやり方とか、この業界での立ち回り方を見て憧れることもあったけど、そろそろ自分たちだけの道というのを明確にしていかなければ、とは思っています。
もしチャンピオンになれたら、そこには責任も伴うと思うんですよ。だから、お笑いのプロという自覚をもって、仕事に臨んでいきたいですね。
大きな目標とあわせて、今すぐやってみたいと思っていることも聞いてみた。
「今までとは違うヘアスタイルを試してみたい。昔から同じ髪型だから、もう少し伸ばすとどうなるんかな? って」(兎さん)
「荷ほどき。変な時期に引っ越しをしてしまって、人生ベストスリーに入るくらい忙しかったですね。開けてない段ボールがたくさんあるけど、そのまま捨てたろかなと思ってます。でも部屋をきれいにして、茶碗蒸しを作りたい。茶碗蒸し、おいしいですよね。幸せのジュースです」(堂前さん)
撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 取材・文・編集/秋元 祐香里(編集部)
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