労働は負け戦に? 10年前にAI失業を予言した経済学者・井上智洋が語る、2030年への“残酷な椅子取りゲーム”と生存戦略
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日本にも、いよいよ「AI失業」の足音が近づいている。
そして、まだAIの脅威がここまで世間に浸透していなかった10年前から、この“本当の変化”を予測し、警鐘を鳴らし続けてきた日本人がいる。
元エンジニアの経済学者であり、AIの進化が雇用に与える影響を研究してきた井上智洋さんだ。
井上さんは2016年、ベストセラーにもなった著書『人工知能と経済の未来』(文藝春秋)で「AI失業の時代が来る」と明言したが、世間は「そこまで深刻化しない」「汎用AIなど非現実的だ」と一蹴した。
だが今、その予言は現実になりつつある。
「現在の状況には“ほら見たことか”と思っていますけどね。日本に本格的な波が来るのは2030年頃。私たちに残された時間は、わずか数年しかありません」
AIによって何が失われ、何が残るのか。
そして、職業は残っても「雇用」が減る過酷な椅子取りゲームに、私たちはどう備えるべきか。井上さんに大AI失業時代の生存戦略を聞いた。
経済学者
井上智洋さん(@tomo_monga)
駒澤大学経済学部准教授。慶應義塾大学SFC研究所研究員。専門はマクロ経済学。特に人工知能(AI)の進化が雇用に与える影響を研究している。著作に『AI失業 生成AIは私たちの仕事をどう奪うのか?』(SB新書)、『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版)、『AI時代の新・ベーシックインカム論 』(光文社新書)など多数あり
日本に本格的なAI失業がくるのは2030年
「(AI失業の時代がやってくると)あんなに忠告したのに、当時はほとんど誰も聞く耳を持ってくれませんでした」
自嘲気味に笑いながら切り出す井上さんが、AIによる雇用の崩壊をロジカルに導き出し、警鐘を鳴らし始めたのは今から10年も前のことだ。
当時は「そんなわけがない」と頭ごなしに否定されることも多かったが、今やその言葉を笑える者はいない。
「実際、2025年はアメリカが『AI失業元年』を迎えました。特にホワイトカラーの若年層において、就職難は深刻です。一方、日本でその波が顕著になるのは2030年頃だと予測しています」
日本がアメリカより5年遅れる理由として、井上さんは「AI導入の遅れ」「解雇規制の強さ」「少子高齢化による人手不足」の3点を挙げる。
だが、この猶予は決して楽観視できるものではない。むしろ、現場のエンジニアたちが抱く「淡い期待」こそが危ういと指摘する。
「SNSなどを見ていると、『AIにこの作業はできないから、自分の職業はなくならない』といった0か1かの議論になりがちです。しかし、職業が消滅するかどうかは重要な争点ではありません。
AI失業と言えども多くの場合、特定の職業が完全に消えることではなく、各職業の雇用が縮小する現象です。
例えばエンジニアの仕事の8割がAIに代替可能になれば、必要な人員が5人から1人に減る。職業自体は存続しても、雇用はぐっと減ってしまうのです」
AIは平均解を量産し、人間を選別する
「AIは最大公約数的な解決策を出すのは得意ですが、個別の事情や背景を踏まえた設計はまだ苦手です。
顧客ごとの状況をきちんと理解し、それに合ったシステムに落とし込む部分は、当面人間にしかできない仕事として残るでしょう」
しかし、その「残された椅子」を巡る選別は、想像を絶する激しさになる。
大学教員である井上さん自身も、自らの職業を「極めて危うい」と話す。
「今はまだ生身の人間から教わりたいというニーズがあっても、バーチャルヒューマンのように豊かな表情を持ち、人間より説明が上手なAIが登場すれば、その優位性は消えるでしょう」
井上さんは、この流れの先に「中間層の消失」が起きると指摘する。
エンジニアも教員も、「固有の問題」を提示できない限り選別の対象となる。
「世の中は今、平均が終わった(Average is Over)と言われる時代に突入しています。普通に会社に勤め、そこそこの収入を得る。そんな普通の会社員という生き方は、成り立ちにくくなっているのです。
今後の労働市場が求めるのは、『AIを圧倒するアグレッシブな層』です。
そんなスーパー労働者になれないのであれば、『ベーシックインカムで(あるいは生活コストを最小限に抑えて)暮らす層』になるしかありません。この二択であり、中間はありません」
しかし、この残酷なまでの二極化に対し、日本人の危機意識は驚くほど低い。
「国際的なアンケートを見ても、日本人は自らの仕事が奪われると考えている割合が極端に低い。AIを単なるツールと見ているか、ドラえもんの影響で『AIは友達』だと無意識に思い込んでいるのかもしれません。
ですが、経済学的に冷静に考えれば、過酷な未来が待ち受けていることが分かります。
生産性が上がった分、価格が安くなって需要が十分に増えるのであれば雇用は維持されますが、そうでなければ、合理的な企業は人を減らします。生産性の向上と雇用の減少が部分的には裏表の関係にあることを、多くの人は見落としています」
幸いにも、日本に残された「執行猶予」は4年ある。
「この4年で、自分はどちらの方向へ行きたいのか。アグレッシブに価値を創出する側か、それとも脱労働を享受する側か。
ホワイトカラーのほとんどが、今その決断を迫られています」
人間に残された仕事は「不平不満力」
生き残るためには、AIには決して真似できない「人間固有の領域」に踏み込まなければならない。では、その領域とは何なのか。
「人類に残される最後の仕事は、不平不満を言うことです。私はこれを『不平不満力』と呼んでいます」
AIは与えられたゴールを最速で駆け抜け、指示されたシステムを効率的に構築することについては、もはや人間に勝ち目はない。しかし、AIには決定的な欠点がある。
エンジニア読者の皆さんなら、すでに耳にタコができるほど聞かされてきたであろう言葉――そう、AIは「自ら問いを立てること」ができないのだ。
「AIは不平不満を持ちません。お腹も空かないし、肩も凝らない。だから『世の中のここが不便だ』とか『この手続きが面倒でたまらない』といった、生身の人間が感じる切実な痛みや苛立ちを、自発的に理解することはないのです」
井上さんに言わせれば、エンジニアリングの知識がある人こそ、この「不満」を価値に変えられるという。
「不平不満をただ垂れ流すのではなく、それを解決すべき課題(要件)へと昇華させる力。それこそが、AI時代を勝ち抜くための最大の資質です。
逆に言えば、何の不平不満も抱かず、現状に満足して指示待ちに徹しているエンジニアは、AIに代替されるだけの存在になってしまうでしょう」
一方で、この激しい生存競争に参入しないという選択も、井上さんは否定しない。
「どうしても解決したい問題が見つからない、あるいは競争そのものに疲れたという方は、(導入されたらの話ですが)ベーシックインカムをもらってのんびり暮らせばいいんです。家でプラモデルを作ったり、歌ったり踊ったりして過ごす。
それが許容される“ゆるい社会”こそが、私が理想とする脱労働社会の姿でもあります」
生真面目な義務感は捨てていい
生き残るための「問い」や「不満」を見つけようと身構える私たちに対し、井上さんはさらに一歩踏み込んだ指摘をする。
そもそも「人間たる者働いて世に貢献すべし」というその生真面目な勤労道徳こそが、AI時代に私たちが真っ先に捨てるべき呪縛だというのだ。
「かつて明治政府が国民に対し『一生懸命働け、勉強せよ』と発破をかけた富国強兵のスタンスは、国家の発展には不可欠なものであったのでしょう。しかし、今にも残るその勤勉さがAI時代には、むしろ自らの首を絞めることになりかねません。
というのも、労働があまり必要なくなった社会で、ベーシックインカムをもらって遊んで暮らしてください、と言われてもそれに耐えられないからです」
井上さんが提唱する「脱労働社会」の本質は、労働をゼロにすることではなく、人生の主軸をどこに置くかを「自ら選べる社会」にすることにある。
しかし、多くの日本人は、労働が主軸でないような人生に耐えられない、と井上さんは課題を挙げる。
「働かなければ人としてアウト、といった強迫観念が強すぎるんです。
例えばヨーロッパの人なら、バカンスで一カ月間海辺で寝ていられる。でも日本人は、一日ダラダラしたら罪悪感を抱いてしまうでしょう?
これは初等教育から『掃除をしましょう』『靴は揃えましょう』というように生真面目であることを植え付けられてきた罠でもあります」
「そんな思い込みは、もう捨てていい。
AIという便利なツールは、人間がその義務感から解放されるために存在しているのですから。
義務感ではなく、必要だから労働する、楽しいから労働するということでいいと思う。そして、労働が必要でもなく楽しくもなかったら、遊んで過ごせばいい」
義務感に縛られ、眉間にしわを寄せていては、せっかく労働から解放されるはずのAI時代をエンジョイできない。
そこで井上さんが提案するのが、意外にも「身体との対話」だ。
「これから労働が少なくなる時代では、ぼーっとする時間を楽しめないといけないかもしれない。しかし、勤労道徳がなくても、身体的にそれに耐えられない可能性がある。
私たちはあまりにも身体性をないがしろにしてきました。パソコンにかじりつき、ストレートネックや猫背になり、肩が凝り固まった状態で、果たして心地よくぼーっとできるでしょうか。そんな状態ではQOLが上がるはずもありません。
それに、人間ならではの独創的なアイディアは、リラックスした心地よい身体感覚の中からこそ生まれてくるものです」
具体的な手法として挙げるのが、ヨガやストレッチ、座禅といった手法で自らの身体を見つめ直すことだ。
「インド人がヨガを通じて探求してきたように、生きているだけで心地よいと感じられる身体感覚を思い出すべきです。
腰痛や肩こり、身体の歪みを放置せず、ストレッチなどで整えていく。現代人は、自分の身体ともう少し対話した方がいい。
身体を整えることは、AI時代を豊かに生きるための必須科目にすらなると私は考えています」
資本分配率9割の時代に、生き残るには?
もし、AI失業時代に入っても「仕事現場でプロとして活躍し続けたい」なら、磨くべきはコードを書く速度や効率ではなく、「飲み会の幹事」に象徴されるような、面倒で非合理な状況をさばく人間力だと井上さんは語る。
「飲み会の幹事は、人間力が問われる極めて難易度の高いタスクです。人間は突然キャンセルしたり、勝手な要望を出したりしますよね。
その非合理な調整事をこなし、場を盛り上げるホスピタリティ。これこそが、生身の人間相手の要件定義能力そのものなのです」
では、AIに代替されない「不平不満力」や「人間力」を磨けば、経済的にも安泰と言えるのだろうか。
「AIには代替されないスーパー労働者としてやっていくのは、どんどん難しくなっていくと思います。
AIの高度な発達に伴って、多くの人々は、労働市場から脱落してベーシックインカムをもらって暮らすしかなくなる。
それでも人一倍豊かに暮らしたいと思ったら、資本家になるという手があります。
結局のところ、これからの時代は労働者の取り分である『労働分配率』が減り続け、反対に株主などの取り分である『資本分配率』が増えていくことになります。
AIが働く割合が増えれば、人間が労働によって得られるパイは相対的に小さくならざるを得ない。極論を言えば、資本家が収益の9割を手にするような世界に向かっているのです」
労働による収入だけに頼ることは、縮小していくパイを奪い合う椅子取りゲームに参加し続けることを意味する。だからこそ、誰でも可能な生存戦略は一つしかない、と説く。
「少しずつでも、資本家の側に回ること。つまり投資です。例えば、月10万円を投資に回せば、10年で元本だけで1200万円になります。これを複利的に運用していけば、将来的に労働から卒業するための強力な盾になります。
世の中の仕組みを論理的に積み重ねていけば、今のうちに資本の側に足を突っ込んでおくべきだということは、ごく当たり前の結論として見えてくるはずです」
井上さん自身、何年も前からAI半導体大手のNVIDIAなどの特定企業の台頭を予測し、その可能性を説き続けてきたのも、決して一過性のブームに飛びついたわけではない。
「技術がどう進歩し、それに伴って経済の力学がどう動くのか。その因果関係を正しく組み立てれば、AI失業の到来も、投資という防衛策の必要性も、10年前から明白な事実でした。私はただ、論理が導き出す未来を、あるがままに伝えているに過ぎません」
未来に怯えるのではなく、その構造を理解し、自分の人生を自らディレクションすることはできると話す。
「AIによって、私たちがかつて奪われた“ぼーっとする権利”を取り戻せる日が来ようとしています。その時代を、ただ仕事を引き剥がされた敗北者として迎えるのか、仕組みを理解して享受する側になるのか。
わがままに、自分の美学を持って生きる準備を始める。それこそが、大AI失業時代を生き抜くための、最も合理的なロジックに他なりません」
文/福永太郎、玉城智子(編集部)、編集/玉城智子(編集部)
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