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AI時代、技術の壁は消え「心理の壁」が残る。まつもとゆきひろが40年コードを書き続けて見つけた“欲望”の価値

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ソフトウエア開発の歴史において、プログラムを書く主体は人間以外に存在しないという大前提が、静かに崩れ去ろうとしている。

生成AIという新たな知性の台頭は、コードの自動生成を日常へと変え、開発のスピード感を劇的に塗り替えた。この加速の陰で、現場のエンジニアたちは「自らの存在意義」という根源的な問いに直面している。

約40年もの間コードと対話し続けてきた、Rubyの生みの親・まつもとゆきひろさんは、プログラミングという行為がかつてないほどの激変期を迎えているこの状況をどう捉えているのだろうか。

世界中の開発者から慕われるまつもとさんの言葉から、AIとの共生時代におけるエンジニアの生存戦略を紐解いていこう。

プロフィール画像

Rubyアソシエーション理事長
Ruby開発者
まつもと ゆきひろさん(@yukihiro_matz

プログラミング言語Rubyの生みの親であり、一般財団法人Rubyアソシエーション理事長。株式会社ZOZOやLinkers株式会社、株式会社LIGなど複数社で技術顧問などを務めている。オープンソース、エンジニアのコミュニティ形成などを通じて、国内外のエンジニアの能力向上やモチベーションアップなどに貢献している。島根県松江市名誉市民

※本記事は2026年3月開催の『ITトレンドEXPO2026 Spring』の講演「日本のエンジニアが世界を変える ─ Rubyが示す未来と、AI時代の戦い方」の内容を抜粋・編集して公開しております
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「書く」負担の消失と、肥大化する「読む」責務

かつてのソフトウエア開発は、人間が文字通り一文字ずつロジックを「書く」作業が中心だった。その風景を一変させたのが生成AIの台頭だ。その変化はエンジニアこそ身をもって感じていることだろう。

まつもとさんは、AIが普及した先にあるエンジニアの役割の移り変わりを、現場のリアリティを交えながらこう語った。

「開発現場には『レビュー』という文化がありますよね。属人的に開発を進めることで発生する見落としのリスクを回避するために、他の人が確認するためです。

AIがコーディングを代替するようになった今、開発業務に占めるレビューの割合がどんどん増えているといわれています。レビューそのものをAIで行うことも可能ですが、人間が全く手を出さないわけにはいかないのが現状です」

生成AIがデータやコードを出力し、人間のエンジニアがそれを注視して分析・査読(レビュー)を行っている様子を概念化したイラスト。AIによる自動生成と人間による最終判断の役割分担を示している。

書く苦労から解放される一方で、人間には「AIが書いたものが正しいか」を判断する高度な査読能力が求められている。まつもとさんは、この変化がプログラミング言語のトレンドにも影響を及ぼすと予測する。

「今まではコードを書くことが活動の中心だったエンジニアも、これからは『コードを読むこと』がより一層求められるようになる。そうなると、簡潔で読みやすいプログラミング言語が台頭してくるのではないか、と考えられます」

AIは「エンドユーザーコンピューティング」の再来を招く

書く作業が減り、「正しく読める人」が価値を持つ時代がくる。一方で、AIの普及はエンジニア以外の人々にも開発の門戸を開きつつある。

1980年代に提唱された、現場の人間が自らシステムを構築する「エンドユーザーコンピューティング(EUC)」の概念が、AIという強力な補助輪を得て、ついに完成の時を迎えようとしているのだ。

「AIの進化に伴って、開発はエンジニア以外の人たちにとっても可能な業務になりました。例えば、バックオフィスの人が自分の作業を効率化するソフトウエアをAIに作ってもらい、会社の生産性を高めるような事例も増えていくでしょう。

エンドユーザーコンピューティングが流行った1980年代は、担当者がいなくなったりデータベースが変わったりして、次第に使われなくなっていきました。ですがAI時代なら、担当者が変わってもプロンプトさえ残っていれば何の問題もありません。より持続可能性のあるエンドユーザーコンピューティングが実現できると思っています」

属人化によって崩れていた仕組みが、AIによって“引き継げる形”になる。ここに、過去には実現できなかった可能性があるのだ。

シニアに求められる「暗黙知」の言語化

開発の民主化が進む反面、懸念されるのは次世代の育成だ。まつもとさんが特に危惧するのは、ジュニア層の成長機会が減ってしまう未来だ。

AIが「下書き」を完璧にこなしてしまう時代、ジュニア層はどうやって経験を積むべきなのか。

「失敗したときに『AIが間違えました』と言っても、社会的にはできていないことに変わりはありません。私たちシニア層は経験値や勘みたいなものが働くので、AIが間違えた時に『ここが間違っているな』と分かりますが、問題なのはミドル以下の人たちがどうしたらいいかということです。

ジュニアプログラマーにとっての経験値となる部分を全部AIがやってしまうので、学ぶ機会が少なくなっていく。すると、『業界に入ったけれど学ぶことができない』という暗い未来になりかねません」

シニア層が培ってきた「暗黙知」の言語化。それは、AIと共に働くための「羅針盤」を、次世代に手渡すことなのだ。

シニア層からジュニア層への技術継承や、チーム開発のサイクルを表現しているイラスト

「ジュニアが成長するために必要な基本的な技術やスキルを身に付ける体制を、今のシニアたちが作っていかないといけません。

シニアの頭の中にある『ソフトウエアを作ることはどういうことで、そのスキルはどういうものか』を言語化して、ジュニアを育てていく体制を作ることが業界全体の責任ではないかと思います」

身体性と欲望の価値が増す

AIが進化し続ける中で、人間のエンジニアが担うべき仕事はどこに残るのか。まつもとさんは、技術がどれほど進化しようとも、AIが踏み込めない領域を次のように解説した。

「AIには欲求や欲望、身体性がありません。『お腹が空いた』『退屈だ』と思わないので、課題解決のための最初のモチベーションは人間から与えられなければならないんです。

だからこそ、世の中の不便さや不満に対して敏感になること。人間が感じている不満をどう解消するか考えることは、人間にしかできない貴重な活動です。観察力を持って世の中を見ることは、いずれの時代にも必要だと思います」

どれほどAIが進化しても、解決すべき「不満」を見つけ出すのは人間にしかできない。そう定義した上で、まつもとさんはさらに踏み込む。重要なのは、その不変の本質を理解した上で、変わりゆく開発環境に対して「いかにしなやかであるか」という点だ。

AIの論理的な処理能力と、人間の直感やアイデア、欲求を対比させたイラスト。AIを効率的な実行ツールとして活用しつつ、人間が「何を解決したいか」という根本的なモチベーション(電球のアイコンで表現)を供給し、両者が歯車のように連携して課題解決に向かう共生関係を示している

スキルの陳腐化を恐れるのではなく、変化の波を乗りこなすためのマインドセットについて、彼はこう説く。

「仕事の性質の変化は避けられません。なので、それに対して『抵抗勢力』にならないことが大切です。大昔の技術が現代では使われていないように、今多くのエンジニアが持っているスキルも、有効なものとそうでないものに分かれるでしょう。

そうなったときでも、自分のキャリアが無駄になったと考えるのではなく、活用できるものをどんどん伸ばしていこうという柔軟な受け止め方ができるといいですね」

海外に出る壁は、技術ではなく「意志」だ

変化を柔軟に受け入れた先に広がるエンジニアの可能性は、なにも国内の市場だけに留まるものではない。まつもとさんは、日本のエンジニアが世界という舞台で戦うために乗り越えるべきは、技術力ではなく「心理的な壁」の突破だという。

「技術力やセンスという観点で、日本人が劣っていると感じたことは一度もありません。必要なのは、海外に出る意志だけだと思います。

日本人にとって一番大きいのは、心理的な壁と言葉の壁です。それを乗り越えるのが面倒だからと出て行かないのはもったいない。それこそ、言葉に困ってもAIが翻訳してくれる時代です。挑戦する壁はどんどん低くなっているはずなので、活用できるものは最大限に活用してほしいですね」

言葉の壁はAIが壊してくれる。残るは、自らのプロダクトを世界に問う勇気があるかどうかだ。

まつもとさんは、自身の40年にわたるキャリアを振り返り、最後にこう結んだ。

「私は約40年間プログラミングをしていますが、ずっと楽しいと思い続けています。これだけ楽しくて可能性があるものを、もっとたくさんの人に触れてほしいというのが純粋な気持ちです。

AIは、ソフトウエア開発のスピード感を高め、より多くの問題を解決し、世の中を良くするために使えるツールです。作っている方も楽しいし、使っている方も嬉しいというポジティブなサイクルを回していける時代になればと願っています」

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【開催期間】 2026年3月8日(日) 〜 3月22日(日)
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