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Mac OSのEl Capitan問題に見た「趣味のPC」の終焉と、次の熱狂のありか【連載:えふしん】

働き方

    Twitterクライアント『モバツイ』開発者であり、2012年11月に想創社(version2)を設立した有名エンジニア・えふしん氏が、変化の激しいネットベンチャーやWeb業界の中で生き残っていくエンジニアの特徴を独自の視点で分析

    プロフィール画像

    えふしんのWebサービスサバイバル術
    藤川真一(えふしん)氏

    FA装置メーカー、Web制作のベンチャーを経て、2006年にpaperboy&co.へ。ショッピングモールサービスにプロデューサーとして携わるかたわら、2007年からモバイル端末向けのTwitterウェブサービス型クライアント『モバツイ』の開発・運営を個人で開始。2010年、想創社(現・マインドスコープ)を設立し、2012年4月30日まで代表取締役社長を務める。その後しばらくフリーランスエンジニアとして活躍し、2012年11月6日に想創社(version2)設立

    学生のころ、シャープのパソコン『X68000』を愛する人たちが日々集う、パソコン通信の掲示板に毎日アクセスしていました。

    当時、国民機と呼ばれたNEC『PC-9801』へのアンチテーゼとして、自由を求めるユーザーが日々集っていました。「ないものは自分で作ろう」というオープンソースのようなメンタリティがあり、ここで育って、プロのエンジニアになっていった人たちもたくさんいます。

    From Dave Jones flickrにクリエイティブコモンズで載っていた、『X68000』のメインボード

    From Dave Jones flickrにクリエイティブコモンズで載っていた、『X68000』のメインボード

    しかし、時間が経つにつれ、商業的に成功したとは言い切れないX68000のエコシステムに、どこか閉塞感を感じたり、理想主義に走るユーザーが増えていきました。

    そしてある日、私の知人も、「もっと自由な世界を手に入れるんだ」と宣言をして掲示板を去っていきました。

    僕が、Windowsがメジャーになる前のIBM-PC互換機のことを知ったのは、その時が最初でした。IBM-PC互換機は、自分の好きなハードウエアを組み合わせて、性能を向上させることができる世界になっていました。決して叶わないX68000の夢を掲示板で嘆き合うのではなく、自ら行動して最新のハードウエアを組み合わせて、どんどん先に進めるのが魅力だと聞かされました。

    その後、Windowsが出て、IBM-PC互換機は日本においてもスタンダードとなります。パソコンマニアは、秋葉原で自作パーツを購入し、自分の好きなようなハード構成を組み合わせて、クロックアップを楽しんだりしていた。また、LinuxというPC-UNIXが出てきて、OSにおいても自由が得られるようになりました。

    しかし、そこにあった「自由」とは、開発者が自分で手を下せる範囲のシステムレベルのものであり、文字フォントやグラフィックなどのクリエイティブな要素については、ビジネスとして組み合わせていかないと良いものが得られないということも、また知ることになります。

    たくさんの人が使える高度なプロダクトにするためには、ビジネスの論理も活用しながらシステムを組み合わせていかないといけません。

    その後の展開は、皆さんがご存知の通りです。Windowsが天下を取った後、ジョブズがAppleに戻って、iMacからMac OS Xが出て、さまざま様々なPCのイノベーションが起こった後にiPhoneが登場します。

    徐々にモバイルの世界が大きくなっていき、MacOSよりもiOSが主役になります。Windows、iOS、MacOSは、互いに影響を与えるように発展していき、今はそれぞれが運営するクラウドサービスを前提としたネットワーククライアントという側面も持つようになりました。

    El Capitanで気が付いた、AppleクラウドクライアントとしてのMac OS

    最新のMac OSのEl Capitanには、レアケースにおいて深刻な問題が発生することが分かり、そのことについて先日ブログに報告記事を書きました。

    この記事で書いた内容は、SSL/TLSのRoot証明書のキャッシュがうまく認識できず、ネットワークにうまく接続できずにCPU使用率が高くなってしまうという問題でした。

    本記事で言いたかったのは、このような問題が起きたことへの文句ではありません。真の問題は、ネットワークに接続できないがゆえに見えた、各種daemonの存在です。

    calendard

    mappushd

    storeaccountd

    gamed

    これらのデーモンは、Mac OS Xに搭載されているカレンダーアプリ、地図アプリ、iTunes Account、ゲームなどに使われるgameサーバにアクセスするデーモンではないかと思います。

    さらに最後に見えたのが、

    softwareupdated

    というdaemonでした。Mac App Storeがうまく動かない時に自動的に動いていました。つまり、Mac OSのソフトウエアアップデートとは別に、Mac OSのコアデータを更新する機能があったということなのでしょう。

    このdaemonは、El capitanからは初めて搭載された機能ではないようですが、気が付いたらiOSだけでなくMac OSも「Appleクラウドサービスのクライアント」としての性格が強くなっていることを強く意識させられました。

    なぜ、AppleのWebサーバにつなぐためのSSL証明書がうまく認識できなかっただけなのに、仕事に使っているMac OSが利用に耐えないほどCPU負荷が高くなってしまうのか? この事実には、やはり複雑な気持ちにさせられました。

    「たくさんの人が使わなくていい」という選択肢

    From Alejandro Pinto マルチデバイス時代の「使い勝手」を追い求めることは、やはり何かとトレードオフしなければできないのか?

    From Alejandro Pinto マルチデバイス時代の「使い勝手」を追い求めることは、やはり何かとトレードオフしなければできないのか?

    これを機に、AppleがMacという製品で目指していたであろう「誰でも使えるPC」とは、どういうことだろうかと考えてみました。私はBASEで「お母さんでも使えるネットショップを構築すること」を仕事にしているため、「誰でも使える」ことの本質をついつい考えてしまいます。

    以前、アップル本社の近くまで行った時に、シリコンバレーの空気を感じながら、アップルの製品の本質というのは何なんなのだろうと思ったことがあります。勝手ながら辿り着いたのは、こんな考えです。

    「MacやiOSが解決しようとしている問題は、決して簡単なものではない。しかし、簡単ではないからこそ、優れたビジュアル、優れたユーザーインターフェース、優れたシステムを開発し、『誰でも使えるコンピュータ』を目指して難しい問題を整理しようとしている」

    当然、理想を追い求めると、現実と対峙することになります。しかし、一つ一つ解決していく中で、時代性をつかみ、夢を見てくれる利用者にできるだけ多く認められることが重要です。それが、時代のニーズと折り合いをつけるという意味であり、それができたプロダクトは成功し、残念ながら折り合わなかったプロダクトは、Appleでさえ失敗します。

    そのような流れの結果、El capitanにおける新しい仕様変更は、UNIXとしてのディレクトリ構造における主要部分を「ユーザーには自由に使えなくするべき」という結論を下し、/usr , /binにはシステム的な制約がついて書き込みができなくなりました。セキュリティの問題でシステムを破壊されるのを防ぐための対応だそうです。

    もちろん、開発者、ユーザーサイドは、この問題を避けるべく淡々と受け入れていくしかないのですが、この道の先には、IBM/PC互換機の世界にあった自己責任とワクワク感を前提とした世界は見えません。

    むしろ統制された、例外のないルールの中でいかに良い製品を作るかという、最適化されたビジネスの世界になっていくように思えます。

    それに対して「趣味としてのコンピュータ」の本質は、おそらく、安心・安全で誰でも使える世界ではなく、どこかリスクがあって、不安定で、自己満足で、自己責任の世界なのだと思います。

    その結果として、大いなる夢を抱ける世界になるのではないでしょうか。

    今のMac OSは、自分が子供のころから慣れ親しんできた趣味のPCとしては、すでに終わっていることに気が付きます。

    「次の熱狂」はIoTを支えるオープンハードウエアになるのか

    そう考えた時に、僕らのようなかつてのパソコンマニアにとって「次に何が面白いのだろうか?」と考えると……。個人情報満載のスマートフォンでRootを取って何かをしようとは思わないので、やはりIoTを支えるオープンソースハードウエアの世界なのかも、と思い始めました。

    IoTが難しいのは、万人が使うものを考えると、己の無力感に苛まされる部分です。なにせ、インターネットのWebサイトであれば、簡単に誰でもアクセスしてもらえるものを作れます。一方でIoTデバイスの量産などは、すぐにできるものではありません。

    なのでこの分野においては、ひとまず「誰でも使える」ことは考えずに、「自分だけが使える」、「友だちとだけで使う」ということから考えていくのがいいのではないでしょうか。

    IoT周りの熱量は日々高くなっているようですが、自分の狭い視界から見て、足りていないのは、自分本位で楽しそうにしている人たちの姿と、それを真似してみんなが同じものを再現し始めるムーブメントです。

    子供のころの原体験として、X68000のクロックアップができるという情報は、瞬時にネットをかけめぐり、秋葉原ではパーツが品薄になる騒動が起きました。強いニーズがあれば、理屈抜きに感情だけで人が集まることを知っています。

    Webでも、MovableTypeが出てきて、多くの人がこぞってブログを設営し始めたし、Railsが出てきたら、毎日のように、Railsを使うための初心者記事であふれていました。

    新しい発想で「ビジネス」が生まれ始めるのは、そのようなムーブメントの後で、技術が少しコモディティ化してからであることが多いです。ハードウエアにおいても、Arduinoブームよりもっと具体的なプロダクトレベルで、きっと遠くないうちにムーブメントが出てくると思うので楽しみにしていますし、そのチャンスに乗り遅れないようにしないとな、と思っています。

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